後日談 私の知らない15年 その4
世界は常に代わり続けている。
私の知る世界は、ずっと昔の世界。
15年という時間は…確かに、世界を大きく変えることはなかった。
国が滅びたとか、破綻しかけているとか、新たな国が生まれたとか。
そういう『変化』は無い。
けれど…確実に変わっている。
それについていくだけで、今は精一杯だ。
「はぁ…疲れた……」
「お疲れ様です。ご飯にします?お風呂にします?それとも…ワ・タ・シ?」
「…それも今は廃れたノリらしいね」
「そうですね〜。今は有無を言わせずベッドインからの、ゾンビ顔が主流ですから」
「『花冠』による女性優位思想の工作の影響?」
「いえ。純粋にそういうのが好まれているだけです。まあ、影響が無いとは言い切れませんよ?その背景には咲島さんが積極的にメディア露出して女性冒険者を喧伝し、『強くて稼げて頼りになる女性冒険者』ってのが1つの理想像として確立された結果だそうですから」
『強くて稼げて頼りになる女性冒険者』が理想の女性、ね…
ヒモ男になりたい願望でもあるのかな?
私は過去の人間だから、そんな男真っ平ごめんだけど。
「…ふふっ。神林さんの時代だと、女性の社会進出って言われてたことが、そんな言葉が使われないくらい当たり前になったんです。その考えは、過去の考えですよ」
「かずちゃんはいつから心を読めるようになったの…?」
「顔に書いてありますよ。…ゴホン!今や女性が会社の重要ポストや、医者や、政治家になるのは当たり前。男が稼いで女は家事、なんて考えは神林さんや私たちの時代でさえ、ナンセンスと呼ばれていたんですよ?むしろ、性別で役割を決めるなんて考えは今の時代無いんですよ」
性別で役割を決める、ね…
私の生きてた時代じゃ考えられないや。
まだまだそれを目指して試行錯誤していた段階。
何処となく歪で、不格好で、問題だらけの時代だったからね。
今は、それはそれは素晴らしい時代なんだろう。
「まっ、まとめると夫婦でどっちらかが専業家人になるのか、共働きなのかで口を挟む人間は、この時代では受け入れられないってことです。『ヒモ男』なんて言葉は、一応残っていますが当時とは大きく意味が異なります」
「どういう意味なの?」
「神林さんの時代だと『お金を持っている女性取り入ってに生かされている男性』とか、『働かずにパートナーの女性に収入を頼っている男性』とかの意味ですよね?今だと単に『穀潰し』とか『ニート』って意味です」
「へぇ〜?」
『ろくに働かず、女性を働かせてのうのうと生きているダメ男』という意味で使われた言葉は、今や『ダメ人間』を意味する言葉になったわけなのか。
まあ、今の御時世で前者の意味で『ヒモ男』を使うと、多分差別と捉えられるんだろうね。
性別で判断しない…いい時代になった物だね。
「…ちなみに、専業家人ってなに?」
「ああ。専業主婦って意味ですよ。専業主夫でも意味は通じますが、『女なら主婦、男なら主夫って区別をつけること自体が差別だ』と、『家にずっと居て家事を主としている人』なんだから『専業家人』という呼び方が相応しいとして、そんな感じで使われます」
なるほど…
『性別によって名前を変えること自体が差別』
私の時代には浸透してなかった考え方だね。
「なので、性別に関係する単語は大半が、別の言葉や新しい言葉に置き換えられています。OLなんていい例ですね」
「オフィスレディー、だっけ?今はなんて呼ばれるの?」
「さぁ?よく聞くのは『ワーカー』ですかね?」
「労働者…働く人って事?」
「ええ。それなら性別に関係はありませんし。それに関連して『PR』なんて呼ばれたりもします」
「それは何?」
「プロレタリアート。労働者って意味です。同じ使い方をされるので、個人差ですね」
なるほど…男女どちらであっても同様の意味で通じる言葉に置き換えられてるんだね。
私がOLと呼ばれた時代は昔の話なんだねぇ…今働いてたら、PRって呼ばれるのか。
なんな、広告宣伝みたいだね…
「…浦島太郎状態だから違和感がすごいけど、いい時代になった物だね。これぞ理想的な男女平等社会なんじゃないの?」
「そうかも知れませんね。産休育休は夫婦両方が取るのが当たり前ですし、それを支援する制度もあります。セクハラも、男が女に、女が男にだけでなく、男が男、女が女でも通じる社会です。私たちの出会った頃のような触れ合いは、今の価値観に生きる人たちだと普通に犯罪なんですよ?」
「生きやすいのか、生きにくいのか…」
「まあ、少なくとも平等な世界ではありますよ。ちなみに言っておくと、発言と行動には細心の注意を払うべきですよ?『セクハラ詐欺』なんて言葉があるくらいですし」
「なにそれ…」
またなんかろくでもなさそうな単語が出てきたぞ…
絶対ヤバいヤツだって…
「神林さんに分かりやすく言うと、痴漢冤罪みたいなものです。それをやって来た相手の性別がどうであれ、『性的に見られた』と喚いて慰謝料を騙し取ろうとする犯罪のことですよ。これのヤバいところは、街を歩いていたらいきなり見知らぬ男、女が自分のことを指さしてきて『この人に性的な目で見られました』と言ってくる、対策の難しさにありますね」
対策の難しさって…コレ対策できるものなの?
極端な話、目が合ったらその時点で詐欺をふっかけられるってことでしょ?
スマホを見続けるしかなくない?
「スマホを見続けたらなんとかならない?」
「その場合、スマホで写真を撮られたって喚かれますよ」
「ああ、そっか…なら本とかは?」
「本に隠しカメラが〜」
「じゃあもう下を向いて歩かせようよ」
「顔を隠して見てる〜」
「……上を向いたら?」
「ポケットにカメラを入れて、胸を張ってる」
「もうめちゃくちゃ……」
なんでもありすぎる。
新手の痴漢冤罪みたいなものかと思ってたけど、アレのたちの悪さに防ぎにくさをブレンドした極悪犯罪じゃん…
私の知ってるセクハラと全然違う…
「まあ、神林さんがもしその手の犯罪に巻き込まれたら、すぐに私を呼んでください。それを言い出した奴らや警察の前で、テラクソえろいキスをしてあげましょう!」
「そ、そっか。……ちなみにそのテラクソって何?」
「10年くらい前に流行った言葉ですね。今使ってるのは、三十路に入ってすっかりオバサンになった私くらいですよ…」
急に自虐し始めるかずちゃん。
見た目が変わってないからそんな風に見えないんだけど、かずちゃんってこれでも32歳なんだよね…
「三十路かぁ…死んでる間の時間を年齢にカウントしないなら、かずちゃんは私よりも歳上だもんね」
「ぐはっ!?」
「自分で言ったくせにダメージ受けるのね…」
ダメージを受けて苦しそうにするかずちゃんを見てクスリと笑う。
…まあ、私だって人のことは言っていられない。
あっという間に私も三十路。
それどころか、本来はもう四十代なんだ。
フェニクスとカミになったおかげで老いないけれど…確実に私の時代が終わりに向かっている。
あんなに無茶できたもの昔の話なんだ。
そう考えると、少しさみしいね。
「はぁ…私たちも、大人になっちゃったよね」
「そうですか?」
「うん。大人になったよ。特にかずちゃんは」
「そ、そんなふうに言われると恥ずかしいです…」
「そう?恥ずかしがることはないよ。体は未熟なあの頃のままだけど大人の色気を感じて、すっごく美味しい」
「むっ…そこですか?もっと他に無いんです?『落ち着いた』とか『思慮深くなった』とか」
「かずちゃんが思慮深い…?」
「ちょっとぉ〜!?それは酷くないですかぁ〜!」
あの頃と変わらない方法でかずちゃんをからかう。
かずちゃんもあの頃と変わらない怒り方をして…すごく嬉しかった。
やっぱり、抱いた時に大人の味がするようになった以外は、そんなに成長してないね。
かずちゃんは、変わらず可愛い。




