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後日談 私の知らない15年 その1

気分で書いています。2、3話ほどで終わると思います。

8月中旬

1時間外に出るだけで、命に関わるほどの猛暑が日本中を襲う真夏の日。

世間ではすっかりお盆期で、当の私もお盆帰省のために京都の田舎の実家に帰ってきていた。


チ~ン…………


「………」


仏壇の前で手を合わせ、ご先祖様に挨拶をする。

コレが済んだら次はお墓参りだ。

せっかく実家に帰ってきたのだから、ゆっくりゴロゴロしたいところだけど……そういうわけにはいかない。


「ただいま。おじいちゃん」


仏壇の横に飾られた写真。

その人物は、私もよく知る人だ。

神林賢人。

前代当主で、私が蘇るまでの15年間のうちに、天寿を全うしてこの世を去ったそうだ。


おじいちゃんが亡くなったのは、2年前の11月のことだそうで、特に病気で体を悪くしたわけでもなく…本当に老衰で亡くなったそうだ。

自然に…ゆっくりと…日に日に体が動かなくなって静かに亡くなったらしい。


「……さて、おじいちゃんのところに行こうか」


お墓参りの道具は、全てお父さんたちが用意してくれている。

白髪の目立つシワの多くなったお父さんと、少し背の縮んでしまったお母さんと一緒に家の裏にあるお墓に手を合わせる。

当然かずちゃんもいるけれど、少し離れた所から静かに見ているだけだ。

お墓に手を合わせ終えると、夏の暑さにやられてしまう前に家の中に戻ってエアコンの効いた部屋で横になる。


「……なんでかずちゃんは仏壇にもお墓にも手を合わせなかったの?」


ふと気になって、私の横で寝転がっている本人に聞いてみる。

すると、意外な答えが返ってきた。


「私は悪魔ですから。更に仮にも神格の存在。こういう宗教行事には、基本関わらないようにと思っているんです」


自分が悪魔で、神格の存在だから手を合わせない。

う〜ん…なんでだろう?


「へぇ〜……なんで?」

「簡単な話、悪魔が仏壇やお墓に手を合わせるなんて、なんだか縁起が悪いと思いません?それに加え、私は神格の存在。どちらかと言うと、手を合わせて拝まれる側の存在なんですよ」


なるほど…

確かに悪魔が仏壇で手を合わせるってのは、縁起が悪いと考えられなくもない。

そして、かずちゃんはどちらかと言うと手を合わせて拝まれる側。

そんなかずちゃんが仏壇やお墓で手を合わせるのは…ちょっと変な話かも。


そんな話をしていると、同じ部屋にいたお父さんが笑った。


「なるほどなぁ。確かに間違ってないかもしれないが、別に構わないと思うぞ?仏様は寛大な心を持っておられるし、お墓参りも先祖を敬うための行為だ。悪魔だから、神格だからってのは、関係ないんじゃないか?」

「はぁ…?」

「仏様は器が広いから、悪魔だって真心で接してくるなら手を取るし、先祖を敬う行為に神格も人間も関係ない、ですか……まあ、そうかも知れませんね」


私はよくわからなかった。

だから、解説の意味を込めて噛み砕いた内容をかずちゃんが教えてくれた。

とてもわかりやすく、うんうんと首を縦に振れる内容。

かずちゃんは少し考えてどうするか悩み…お墓参りだけはすることにしたらしい。

けれどその顔は何処か浮かない様子で…何か思うところがありそうだった。





            ◇◇◇






その日の夜。

私はかずちゃんと一緒に夜の街を散歩していた。

故郷の街は…この15年で随分様変わりしていて、私の知る建物がいくつもなくなり、私の知らない建物がいくつも増えた。

知っている人はかなり減り、知らない人もかなり増えた。

昔からよくお世話になったお店がなくなり、全く知らない若い夫婦が営むお店があった。

15年という時間は…言葉にすればあっという間でも、街の景色を変えるには十分すぎるもの。

それを思い知らされた。


「……夜中も随分と暑くなったね。快適な生活をしてたから、外がこんなだなんて知らなかったよ」

「15年前とは変わりましたからね……街の景色も、ずいぶん変わりましたね」


かずちゃんも、街を見渡してそんな事を言う。

ふと何か思いついたのか、突然私のほうを見て何かの魔法を使うと、翼を出現させて空へと飛び上がった。

私にかけられた魔法は空を飛ぶ魔法で、かずちゃんの力で天へと舞う。


「ここなら、誰にも聞かれませんね」

「ん?なにを?」

「……大事な話をです」


…てっきり、えっちなことでもするものだと思っていた。

誰にも聞かれない、なんて言うからびっくりしたけど……大事な話ってなんだろう?


かずちゃんは何処か寂しそうな顔をして、人前では言えないらしい話をしてくれた。


「お昼に仏壇のこととお墓参りのことで、私は悪魔で神格だからと言いましたけど…あれ、嘘です」

「そうなの?どこがどんな感じで?」

「…基本全部、ですかね。本音を言うと、仏壇にもお墓にも興味を持てないからやらなかったんです。価値を感じなかった、とも言えますけど」


仏壇やお墓に興味や価値を感じられなかった。

…どういう話なんだろう?


「私は、神格――いわゆる『神』になりました。本物の神様です。だからこそ、わかるんです。世間一般で言われるような『神』や『仏』は存在しないってこと」

「それは……」

「もちろん神は居ます。私がそうですし、認めたくはありませんがこの世界の神は『蝶の神』です。けれど、世界で信仰されるあらゆる宗教の『神』、ないしそれに相当する存在は居ません。だからこそ…仏壇にも、聖書にも、経典にも、何の価値も見いだせないんです」


……神は居ない、だったけ?

いや、神は死んだ、だったかな?

そういう話かな。

かずちゃんは神の視点で世界の真実を知っているから、お盆の行事にも価値を感じないんだろう。

だから、仏壇に手を合わせなかったのか。


「なるほど…それは分かったよ。でも、お墓にも興味を持てないってのはどうして?」


お墓に興味を持てない理由。

まあ、お墓自体がかなり宗教的な色が濃いものだから、そういう意味で興味が持てないだけなのかもしれない。

でも、何か違うと私の勘が言っている。


「簡単な話です。神も仏も居ないのなら…当然天国と地獄もありません。死んだら輪廻の大輪と呼ばれる場所へ魂が還り、肉体は土へ還ります。いくら祈ろうと冥福には繋がりません。いくらお墓を手入れしようと、肉体が土へ還ることを止めれません。…私に言わせてみれ、『合理的意味の無い行為』なんですよ」


この世に天国も地獄も無く、魂も肉体も還るべき場所へ還る。

ただそれだけ。

だから、お墓参りは合理的意味の無い行為と感じられる。

う〜ん……そうかな?


「…確かに、祈ったからと言って死んだ人は蘇らないし、お墓をきれいにしても体がもとに戻るわけじゃない。でも、ご先祖様を敬い、大切にし、リスペクトする心は大切じゃないかな?」


何も冥福を祈るだけがお墓参りじゃないし、生き返って欲しくてお墓を綺麗にする訳じゃない。

先祖を敬い、大切にする心こそがお墓参りの本懐。

例え合理的意味がなくても…こういう心は大切だと思う。


「そうですね。だから、私はこの世界で生き、最後まで寿命を全うした賢人さんに敬意を払って、お墓に手を合わせました。それ以上、それ以下でもありません」

「なら別にいいじゃん」

「ですね。……でも、こんな話聞きたかったですか?」

「……まあ、あんまりいい気分じゃないね。だから、誰にも聞かれない場所を選んだ。かずちゃんは優しいね」


結果自体はめでたしめでたし。

それで終わるけれど、この話を聞きたかったかと聞かれれば、正直気分のいい話ではない。

だから気を使って、わざわざ空まで飛んできたんだろう。

かずちゃんは優しいね。


「…紫さんは、全然動じないですね」


今は私の実家に居るから、『紫さん』呼びのかずちゃん。

中々新鮮だね。


「ん〜?まあ、元からそんなに神様なんて信じてなかったし。歴史の勉強で習わなかった?言ってることとやってることの矛盾がありまくりの宗教者たちの話」

「ふふっ、アレは確かに面白いですね。15年で神の視点というものが身についてきて、それを思い返すと『人間って愚かだなぁ』って思いますから」

「なにそれ?かずちゃんもずいぶん偉くなったね〜」

「実際この世界で私に命令ができるのは『蝶の神』だけですから。なんだったら、アレ自体が神らしい事をする気がないので、その気になれば私がこの世界の神になることだってできるんですよ?」

「『ああ神よ…』ってかずちゃんが崇められるの?それはそれで面白そうだね」


かずちゃんが神になる姿を想像して、2人で笑う。

かずちゃんは神になる気なんてないし、なったとしてもちゃんと神様できるかわからない。

…というかかずちゃんが神になると、咲島さんが更に暴走しそうで怖い。

『神の加護だー』とか『神のご意思だー』とか『神罰だー』とか言いながら、目についた男を殺して回るんだ。

控えめに言って狂ってる。


「ふぅ…いっぱい笑ったらスッキリしたわ。世界は常に代わり続けてるんだし、いつまでも昔と変わった景色に驚いてちゃダメね」

「ですね~。さっ、紫さんの実家に戻って、夜ご飯にしましょう」

「お風呂は一緒に入る?もういい歳だし、私の実家くらい別々でも良いんだよ?」

「う〜ん…特別な理由もなく別々にお風呂に入るのも新鮮ですし、アリですね。先に入っていいですよ、紫さん」


一通り笑って暗い思いを吹き飛ばした私たちは、空から家に帰って夜ご飯を食べる。

そして、2人別々でお風呂に入って、別々の布団に包まって寝る。

15年でかずちゃんも成長したのか、自重という言葉を覚えて、私の実家では行為に及ぶことなくぐっすり眠れた。




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