地上の戦い
2人がダンジョンに入ってからしばらくして…
「そうか…やっぱり罠だったようね」
ダンジョン入口の監視をしていた人達からどうなったかを聞き、溜息をつく。
あの2人なら、そう簡単にやられることはないだろう。
それこそカミが待機している領域でもない限り、負けるとは思えない。
「見事に分断されたわね。早川の嫌らしいところまで引き継いでるのか?」
そう言って振り返ると、さっきから監視をしてくれていた子たちが怯える相手がいた。
「各個撃破は基本だと、この体の持ち主の記憶を見て学んでね?まずはお前だ、『菊』」
そう言って、ヒキイルカミが放つのは超火力の熱光線。
早川のよく使っていた魔法だ。
「魔法で私を攻撃するなんて…本気で言ってるの?」
大太刀で魔法を破壊すると、纏う魔力の量を増やす。
戦闘力で言えば私は『花冠』で4位。
秀才の『青薔薇』『牡丹』はもちろん、年長者の『椿』さんよりも下。
そんな私が一人でカミを相手するなんて…無謀も良いところ。
…まあ、勝算がないとはまた別の話だけど。
「舐められたものだね。分断したら勝てるなんて…私が一人だと何もできない雑魚に見える?」
「口ではなんとでも言えるだろう。お前はこのレベル差をどう埋める?」
レベル差、ね…
私の魔力の練度だと、だいたいレベル差を50〜70は埋められる。
しかし、相手はレベル400のカミ。
主君なら《神威纏》と《魔闘法》で相手をできるけど…私じゃそれだけ見るとまるで勝ち目がない。
ならどうやって勝つか?
「私一人でも勝てるけど…主君の許可が無いからね。時間稼ぎでもしようか?」
「時間稼ぎか…出来るものならやってみるといい」
早川の顔と声でそう言い、私の懐に一瞬で転がり込んでくるヒキイルカミ。
…確かに、大太刀の間合いじゃないね。
ここは。
「大太刀が使えないなら、格闘でなんとかすればいい」
「むっ!?」
膝を振り上げてヒキイルカミの顎を撃ち抜こうとするも、手で止められる。
…まあ、このくらいは想定済み。
内ポケットから小さな機械を落とすと、私は全力で後ろに飛んだ。
「なんだ?それはッ!?」
私を追いかけようとしたヒキイルカミは、爆発を避けることができず爆炎に包まれる。
どうせ効かないだろうし、煙幕みたいなものだ。
一旦距離を取れればそれでいい。
「確か、正面からの戦闘だと五分五分だったかな?まあ、あの2人相手だとそれは間違いないね。…“正面から”ならね?」
「何の話だ?まさか、コレが奥の手だと言うまいな?」
「そんなわけ無いでしょう?それに、私の優しさにも気付けないなんて…」
そう言って、私は何か物を渡すようにゴムボールを投げる。
ヒキイルカミはそれを受け取ると、そのピンクのゴムボール見て首を傾げた。
次の瞬間、閃光が走り、またもやヒキイルカミが爆炎に包まれる。
「燃えにくいモノでも、弱火でじっくり焼けば中まで火が通る。さてさて、調理に何分くらいかかるかな?」
ヒキイルカミにも聞こえるようにそう言うと、数十の魔法が同時に飛んでくる。
私はそれを、自分に害及ぼすモノのみ破壊して前に出る。
すると、ヒキイルカミが手に禍々しい剣を握りながら迫ってきた。
「接近戦。レベル差のゴリ押しは効かないよ。もし近接戦闘の心得が無いのなら、実力差などないも同然」
「ふむ…そうか、それは問題だな」
そう言うと、ヒキイルカミはその剣で私に斬りかかってくる。
もちろん私も大太刀を構えて応戦するけど…予想通り剣術は初心者のそれ。
実力の差があるからとはいえ、動きが分かりやすいからどうにでもなる。
嵐のようで、全て見え見えの剣の連撃を容易く受けきると、ヒキイルカミは面白くなさそうな顔をして私から距離を取る。
技術の重要性を理解して、自分の不得手な間合いで戦うことを辞めたか…
「私から逃げたわね。さて、次はどんな攻撃をしてくる?魔法は効かないけど」
「そうだな…ではこうしよう」
逃げたヒキイルカミを煽ると、なにかのスキルを使う。
すると地面から魔法陣が現れ、かなり強そうなモンスターが召喚された。
モンスターを召喚して、そいつらに戦わせる。
ヒキイルカミ本来の戦い方で攻めてきたか…
「波状攻撃…悪くないね」
「そいつらは全員レベル100以上。いくらでも召喚できるが…お前はどうする?」
「全部倒すまで。たかがレベル100ごときで私を倒せると思わない事ね」
召喚された数十のモンスターが、私の啖呵を合図に一斉に襲い掛かってきた。
きっと、『椿』さんが死んだ時もこんな感じだったんだろうね。
…でも、私はあの人の二の舞にはならない。
(まずはこいつらの認識を狂わせようか…)
《偽装》を使って迫りくるモンスターの視界に干渉し、私の位置を誤認させると…ヒキイルカミに悟られないように攻撃される瞬間に後ろに跳んで攻撃をかわす。
そして、一番近くに居るモンスターを大太刀の一薙ぎで両断する。
更に返す刃でもう一体をワンパンすると、攻撃に使う魔力の量を減らし、身体能力の強化に回してモンスターを攻撃する。
これを数秒のうちに3回やった。
それだけで最初に現れたモンスターの半分を倒したけれど…駄目だ、補充されてる。
ヒキイルカミの方を一瞬見ると、既にモンスターが補充されている。
倒した分は元に戻った…いや、それより増えてるね。
私の体力切れが狙いかな?
「かつてこの体の持ち主はお前の仲間を倒すために確保していた全てのモンスターを消費して、数の暴力で戦闘に勝利したようだ。時間もコストもかかるが…近接戦をして理解した。お前は強い」
「そりゃどうも」
「だからこそ、確実な方法で勝ちに行くとしよう」
「あらそう。それは残念ね!」
『椿』さんがやられたような数の暴力による確実な戦い方。
いくら一騎当千でも、無限のように湧き出してくる敵の前ではどうしようもない事も多い。
主君のような、広範囲攻撃でも持っていないと物量攻撃は厄介なんだよね。
そしてこの場合、最も気を付けるべきは魔力の残量。
《偽装》を使うにも、戦闘力を上げるにも魔力を必要とする。
魔力が無くなったら即ゲームオーバー。
抵抗したところで物量に押されて……という感じで『椿』さんはやられたんだろう。
油断は出来ないし、出来るだけ魔力を節約したい。
となると大事なのは…
(余計なとこに魔力を使わない。例えば、今武器に魔力は要らないから供給をカット。ヒキイルカミが魔法を使ったらまた流せばいい。あと、防御用の魔力もカット。どうせ攻撃は食らわないし、私に攻撃を当てられるのはヒキイルカミだけ。あいつの攻撃なんて当たったら即死or大ダメージ確定だから意味無しと)
余計な魔力を使わないようにして節約をしつつ…仕込みも怠らない。
四方八方から襲いかかってくるモンスターの認識を歪めて攻撃が当たらないようにしつつ、隙も作る。
さて…この戦い方であの2人と、彼女が来るまでの時間を稼げるかどうか…
…最悪、間に合わなそうなら私がなんとかすればいい。
私は主君にヒキイルカミの対処を任されたんだ。
その期待に応えないとね?
そう考えて、私は地獄絵図のようなモンスターの一斉攻撃に対処しつつ、反撃の機会を伺っていた。
◇◇◇
『菊』との戦闘を開始してもうすぐ30分は経つだろうか?
確実な勝利のためには、体力の眷属を失うことになる。
しかし、所詮人間。
失う眷属も大した事ないと思っていたが…
(流石の戦闘力だな…既に眷属が6割削られた)
用意したモンスターの数を6割も減らされてしまった。
我が権能…神威を使ってダンジョンの中で無限湧きさせているモンスターを呼び出そうとしたが…神林紫と御島一葉に出てこられては困る。
あの2人の戦闘力は『菊』に匹敵すると考える必要がある以上、神威のリソースの大半をダンジョンに割かねばこの攻撃が失敗に終わる可能性が高い。
咲島恭子を始めとした勢力は放置しても問題ないが…あの2人は放置するとあのお方から授けられている成長の加護によって手がつけられなくなる。
そうなる前にダンジョン内で始末したかったが…しぶとく生き残って、レベルが上がっている。
今すぐにでもダンジョンに行くべきか?
「……いや、先に『菊』を始末したほうがいいか。『青薔薇』『牡丹』『紫陽花』。咲島恭子の他に警戒すべき戦力はこれ程居るのだから、せめて一人は始末しておきたい」
見る限り魔力ももう尽きかけている。
これ以上眷属を減らされては後に響くからな。
ここで始末してしまうとしよう。
魔法を準備し、眷属もろとも消し飛ばせるようにヤツを狙う。
あの武器は魔法を破壊する効果があるため、直接狙うのは禁物だ。
爆風のダメージで攻撃するように、少し逸れた場所を狙わないといけない。
しかし、遠すぎると避けられてしまう。
それを恐れて近付ければ大太刀の間合いだ。
全く、魔法が効かないというのは厄介極まる特性だ。
だが、コイツさえ倒してしまえば後は流れ作業。
この私とマガツカミの最大の攻撃能力を完全無効化する『菊』をここで始末してしまえば、神林紫と御島一葉の処理も簡単に終わるだろう。
なにせ空から魔法を打ち下ろすだけで勝てる勝負だ。
早川照のやり方で眷属に戦闘を任せたおかげで、私はほとんど魔力を消費していない。
絨毯爆撃でもして確実に倒すとしよう。
「終わりだ。お前の足掻きはかなり厄介だったよ、『菊』」
「くっ!?」
疲労と魔力切れで思考が鈍っている『菊』は、魔法を避けることができずダメージを受けた。
眷属も吹き飛んだが…代わりはいくらでもいる。
連続で魔法を放ち、地形が変わるほどの絨毯爆撃を食らわせる。
念には念を入れて魔法を打ち続けると…ついに『菊』の気配が消えた。
「死体を確認して、ダンジョンに向かうとしよう。3人殺せれば万々歳。魔王の大太刀も回収しなければな」
土煙の中を歩き、最後に『菊』の気配があった場所にやって来ると………そこには何もいなかった。
「……馬鹿な」
取り逃がした?
いや、そんなはずはない。
確かにヤツは弱っていて、魔法を避けることが出来ずに死んだはず。
あの魔力の薄れ方は間違いなくそれだ。
土煙で見えなかったが、探知は間違いなく奴が死んだことを示していたはず。
ではなぜ…?
「ようやく剣が届く位置まで来やがったな、クソ野郎」
「っ!?」
背後から声が聞こえ、反射的に魔法を放つ。
しかし、手応えはまったくない。
「もうお前は私の術中。何をしても無駄」
「チッ…不愉快な……ならもう一度同じことをするまで」
モンスターを召喚し、そいつ等に戦わせようとするが…続く言葉にそれはできないと知る。
「なら逃げるだけ。私を狙うに理由は知ってる。『魔王の大太刀』を回収したいからだろ?」
…見透かされていたか。
ここで逃げられては困る。
かと言って、放置すれば神林紫達に合流される危険性もある。
時間稼ぎとしては最高の状況だな。
「…だが、ただ隠れるだけか?例え居場所が分からずとも、攻撃する手段などいくらでもッ!?」
背後にヤツの気配を感じ、魔法を放つ。
しかし、手応えは無い。
警戒レベルを1段階上げた瞬間――背筋が凍り付くような嫌な感覚に襲われ、反射的に前へ飛んだ。
その直後、私の背中が何者かによってザックリと切られる。
「躱したか…危機察知能力もしっかりあるのね」
「バカな…どれだけのレベル差があると思っているんだ…」
「レベル差?そんなもの関係ない。認識できなければ、ただ無情に理由もわからぬまま死ぬのみよ」
…クソッ!
なんの能力だ?
どんなアーティファクトを使っている?
なぜこの私が探知できない?
まさかアイツ…モンスターと戦っている間に私に何かしたか!?
「不快だ…こんな事をしてタダで済むと思うなよ…」
「出来るものならやってみな。まあ、多分無理だろうけど」
その言葉と共に、また寒気に襲われる。
避けることは出来るが…このままではヤツの言う通り理由もわからぬまま敗北することになる…
それだけはなんてしてでも…!
絶対に避けなければ!!
「舐めた真似をした事を後悔させてやる……カミを侮るなよ…人間!!」
大量の魔法を発動すると、全方位に攻撃を放つ。
『菊』は必ず何処かにいるはずだ。
そして、自分に当たるであろう魔法だけを破壊してくる。
そうすれば居場所がわかる。
さあ、魔王の大太刀を使うがいい。
お前の命を繋ぐ武器こそが、お前の死因だ。
「……そこか!!」
魔法が一部分だけ破壊され、魔王の大太刀が場所を示した。
その方向に向かって魔法でない攻撃…魔力攻撃を放つと…攻撃が命中した手応えと共に大ダメージを負った『菊』が現れた。




