新しい命
車で家から十分程の場所。
一軒家が立ち並ぶ住宅街に、私達はやって来た。
「なんか…金持ちが住んでそうな住宅街ですね?」
「私達は『花冠』である以前に冒険者。そっちの稼ぎでお金はたくさんあるのよ」
「なるほどです!」
つまり、杏は割とお金持ちって事だ。
まあ、私達のほうがお金あるけど。
「着いてきて。家を案内するから」
「は〜い!」
かわいい赤ちゃんに出会えると聞いて、かずちゃんがウッキウキで杏の後に続く。
私は、杏の子供と言うのがどんな子なのかとても気になっていたので、私も私でウキウキで家の中へ案内される。
そうして、スイスイとリビングへと向かうと…
「ただいま。すみれは寝てる?」
「おかえり。ベッドでぐっすりだよ」
リビングには、杏よりも少し……いや、結構背が低いとても若い男性が居た。
そして、リビングの奥の方にベビーベット――にしてはちょっと大きい――が見える。
旦那さんのことは一旦置いておくとして、杏の子供の事が気になっていると、旦那さんがこっちに歩いてきた。
「はじめまして。僕は浅野勝己。杏の夫です」
「は、はじめまして…!」
「はじめまして。神林紫です」
「あっ!わ、私は御島一葉です…!」
人見知りのかずちゃんは、自己紹介を忘れて私の後に気付いてやっていた。
その様子を微笑ましく眺めたいところだけど…今は、勝己さんと話すのが先だ。
「かなりお若く見えますね。もしかして、杏よりも歳下だったり?」
「はい。23です」
「へぇ…?」
3歳も下か…杏は歳下好きなのかな?
「言っておくけど、勝己くんからだからね?別に私の趣味じゃない」
「…でも、結婚したんだ?」
「勝己くんほど、いい人はいないよ。私にはもったいないくらいだ」
「ゾッコンじゃん。良かったわね?勝己さん」
「恥ずかしいですね…」
2人はかなりラブラブの様子。
私とかずちゃんには劣るけど、かなりアツアツのカップルだね。
2人のラブラブ具合をイジっていると、泣き声が聞こえてきた。
「あらら、起きちゃったか…待っててね〜。ママが行きまちゅよ〜」
杏が泣き出したすみれちゃんのところへ走っていく。
そして、可愛らしい声で泣くすみれちゃんを抱き上げた。
「わあっ…!」
「あらあら…」
ベットに隠れて見えていなかった、杏と勝己さんの子供すみれちゃん。
もう新生児では無いにしても…まだまだ可愛らしさ真っ盛りの小さな女の子。
私よりも少し低い、176センチの高身長である杏の子供にしては小さい。
勝己さんの遺伝子をしっかりと受け継いでいる。
かわいい女の子だ。
そんなすみれちゃんを、杏は私達のもとに連れて来る。
「ほら、私の子供。浅野すみれ2歳よ」
「きゃわわ〜!」
「赤ちゃんって本当にどうしようもなく可愛いわよね〜」
私達の前にやってきたすみれちゃんは、見知らぬ人を前に泣き止み、ジーッと私達を見つめてくる。
2歳もまだまだ可愛らしいなぁ…
…2歳?
「え?4歳じゃないの?」
「はぁ?なに言ってるのアンタ」
いや、だって杏は町田さんの教育係で…町田さんは4年目じゃ…?
「町田さんは4年目なんでしょ?仮にすみれちゃんが生まれてすぐに復帰したとして…4歳じゃない?」
「…はあ?」
「違うの?」
理解できないと言う表情を見せる杏。
そこへ町田さんがやって来た。
「私は『花冠』2年目です。4年目なのは、冒険者ですよ」
「あっ、そういう…」
「それに、先輩と出会ったのは、すみれちゃんが生まれてから半年後の事です。私の教育係って、最初は先輩じゃ無かった事があります」
なるほど…すみれちゃんが生まれてすぐに復帰するなんて、母親として酷い真似をさせるほどのブラックじゃ無かったか、『花冠』。
しかし、半年で復帰しないといけないのか…中々キツイな。
「女性を守る組織の割に、育休がしっかり取れないのは残念ね。杏としてはどうだったの?」
「散々だよ。親と義両親からめっちゃ文句言われたし、勝己くんには迷惑かけたし…おまけにまだしっかりと回復出来てない状態での職場復帰。その上、ワガママな新人の教育係を押し付けられたときた」
「うっ!」
飛び出し続ける愚痴。
すみれちゃんの教育に凄く悪そうだけど…大丈夫か?
少し心配に思っていると、勝己さんが止めに入る。
「それくらいにしておいたら?みんな困ってるよ」
「そう?」
「それに…すみれがかわいそうだ」
そう言って、杏からすみれちゃんを取り上げる勝己さん。
すると、すみれちゃんはキャッキャッ!と笑顔になり、とっても喜んでいる。
「うぅ…単身赴任の弊害か…」
「まぁ…ドンマイ」
母親なのに、旦那に負けたことに対して落ち込む杏。
優しく背中を撫でて慰めてあげていると、勝己さんがこっちへ近付いてくる。
「良かったら、お二人も抱っこしますか?あまり人見知りしない子なので、多分懐いてくれると思いますよ」
「私には懐いてないけどね…!」
「杏…みっともないよ?」
すみれちゃんに懐いてもらえず拗ねた杏が横槍を入れてくるが、構わずすみれちゃんを受け取る。
赤ちゃんなんて、何年ぶりに抱いただろう?
慎重に抱っこしてあげると、まん丸お目々で私の顔を見上げるすみれちゃん。
その可愛さに胸打たれ、よろけそうになった私を正気に引きずり戻したのは、すみれちゃんだった。
「ち〜ち!」
「父?私はパパじゃないよ?」
こ〜んなに立派な胸があるのにパパだなんて…すみれちゃんは可愛いなぁ。
優しく頭を撫でてあげると、すみれちゃんは私の服を引っ張って、胸の部分の服を剥がそうとしていた。
…もしかして?
「ちちって…おっぱいのこと?」
「ち〜ち!」
「あらあら。すみれちゃんはもうおっぱいは飲まないでしょ?」
「ヤッ!」
大きな胸を見て、おっぱいが飲めると思ったのか、私の服を脱がそうとするすみれちゃん。
その一生懸命な姿に2度目の心を打たれ、私は座り込む。
「いいなぁ。かわいいなぁ。やっぱり、赤ちゃんに勝る可愛さはないわね〜」
一生懸命なすみれちゃんの姿を見てほだされ、微笑む大人組たち。
それを良く思わない子が1人…
その子が私の服の袖を引っ張ると、もう片方の手を人差し指だけ立てて唇に付け…
「ば、ばぶぅ…!」
精一杯、赤ちゃんプレイをし始めた。
「…何やってるの?」
「あ〜う!」
「…赤ちゃんプレイのつもり?それなら家に帰ったら沢山してあげるじゃない」
「やーやー!」
赤ちゃんのように駄々をこね、泣き叫ぶかずちゃん。
17才の女子高生がそれでいいのかと思ったけれど…かずちゃんはそういう子だ。
仕方なくよしよししてあげようとすると…
「…メッ!」
「んなっ!?」
かずちゃんがすみれちゃんに怒られていた。
…これは、勝負あったね。
「今の気持ちはどう?」
「…傷口に塩を塗らないで」
完全敗北を喫したかずちゃんは、町田さんにいじられている。
顔を赤くしてしゃがみ込む姿はなんとも無様だ。
いつもならかずちゃんの無様な姿を見ると興奮するんだけど…今は同情しかない。
「帰ったらたくさん赤ちゃんプレイしてあげるからね」
「もういいです!これ以上イジらないで!」
羞恥心が爆発したかずちゃんは、そう吐き捨てて走ってリビングを出ていった。
そうしてかずちゃんが居なくなったリビングに、大きな笑い声がいくつも響いた。




