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93.第三章エピローグ(2)

「出立の準備が整ったよ、いつでも出られるからね」


 後方で積み込み作業をしているロノム達に向かって、シイナが声をかけた。



 クリストファー伯の館で開かれた宴も前日に終わり、ロノム達六人はアンサスランへと戻るところである。


 セリンヴェイルで商いをしていたシイナが丁度拠点としている町に戻るというので、便乗させてもらうことにした。



「いいところでしたね。もう少しゆっくりしていきたかったですが」


 メルティラが名残惜しそうに冠雪した山の()に目をやる。



「仕方ないでございますよー。仕事も完了した上に冒険者ギルドから私とメルちゃんだけでも急いで戻ってこいなんてお達しがきておりましたからねー。なんでもダンジョンにヘカトンケイルが出たとかなんとか」


「アイリスさん達はヘカトンケイルを倒したんですよね。凄いなぁ……」


 女子組四人はそんな会話をしながら、自身の荷物を積み込み続けた。



 クリストファー伯と山岳民族の対立も終わり、セリンヴェイルに集まっていた冒険者達も他の仕事を求め各地に散っていく準備を始めている。


 もうしばらくすればシイナ達行商人も護衛不足に悩まされず、自由に行き来することができるようになるだろう。



「よし、みんな荷物整理は終わったな。忘れ物がないか最終チェックをしたら出立しよう」


 早朝の穏やかな光を浴びながら、ロノムはメンバー全員に向かって大きな声で言った。





*****************************





 温かい太陽光に照らされた草原に伸びる街道の只中を、二台の馬車が緩やかに進んでいく。


 馬車の脇ではメルティラとネシュレムの二人が周囲を警戒しながら歩いている。


 そこにアイリスとルシアの二人が前方の馬車から顔を出し、警戒業務の交代を告げた。



「……」


 一方、後方の馬車の客席では感知魔法を展開し続けるロノムの対面で、エクスエルが足を組み座りながら、一人物思いにふけっていた。



 今回、ロノムと共に戦ったのはいつ振りだろうか。


 レッド・ドラグーンで共にパーティを組んでいたとき以来か、いや、その後ネシュレムとアイリスを救出したときが最後か。


 あの事件から少し前、アライアンス追放に同意した私をロノムは今も恨んだりしているだろうか?



 エクスエルはそんなことを考えながら静かに目を瞑っていた。



 思えば初めて会ったときから、エクスエルはロノムの冒険者としての才能を認め、そして嫉妬の対象でありながらも良き友人であり好敵手であろうとしていた。


 それ故にロノム自身の足踏みが続いていたときには失望もし、発破をかけるという意味もあってアライアンスからの追放に同意したわけだが、結局は自身の短気さと口の下手さが浮き彫りとなっただけで終わってしまった。


 今現在、ロノムと周囲がうまく回っているのはロノム自身の実力と幸運に過ぎず、あのときに自分が発破をかけたからではないことはエクスエルも自覚している。



「なあ、ロノ……「そういえばエクスさんはさ、一度アンサスランに帰ったあと、どうするの?」


 エクスエルがロノムに対して何か言いかけたところで、ロノムの方が先にエクスエルに問いかけた。



「ん? ああ、そうだな……。また冒険者ギルドに籍を置きアンサスランの冒険者としてやっていくつもりだ。諸国巡りの武者修行も充分やったしな」


「そっかそっか。それじゃあ、うちのアライアンスに来ないか? 歓迎するよ」



 この男は……。私がお前になにをしたのか覚えていないのか?


 エクスエルは心のうちでそんなことを思った。


 あの時に冒険者人生……いや、下手をすればその後の人生すら失っていたようなことをされたにも関わらず、屈託のない表情を浮かべながらそんなことを言ってきている。



「なあ、ロノム……。レッド・ドラグーンのときは、すまなかった……。あれのせいでお前の人生は随分と変わってしまったように思う」


「ええ……。あのときのことに頭を下げられても……」



 ロノムにとって、あのときの追放劇は正直すっかり忘れていた過去だった。


 あの後もなんだかんだあってエクスエルとは和解していたつもりだし、今回の件でもエクスエルとネシュレムは飛び入りにも関わらず勝手に作戦行動に組み込んだりと、随分と世話になっている。


 むしろ逆に、エクスエルがあのときのことを悔いていることを知って申し訳ない気持ちにすらなった。



「前も言ったかもしれないけど、あのときのことに対してマイナスの感情なんてひとつもないよ。ひょっとしたら今成功しているからというはあるかも知れないけど、それにしたってさ」


 一呼吸置いたあと、ロノムは更に続ける。



「それにボルマン隊長や他のメンバーだけならともかく、エクスさんにも言われたんじゃ仕方がないや。あのときの俺は本当に実力不足だったんだよ。それ故に追放されて当然だったし、それが自覚できたからこそ今があるんだ。終わり良ければすべて良しってわけじゃないけど、そんな感じだよ」


「全く……お前というやつは……」


 そう言いながらエクスエルはロノムに手を差し出し、ロノムもそれに応え二人は握手をした。



「で、お前のアライアンスには所属せんぞ」


「はあ!? この流れ、絶対にうちにくる流れだったろ!?」


「ふん。お前の部下になるなんざ、死んでも御免だね」


 エクスエルはいつもとは違った笑いをロノムに見せながら、冗談交じりに言った。



「いやいやいや、部下じゃないって。仲間だって」


「そもそもだ、お前だって私が同じアライアンスにいたらやりにくかろうよ。別々に動いて時折共闘するくらいが丁度いい。ああ、基礎トレや修練ならいつでも付き合うぞ」


「そんなものかなー」



 納得がいったようないかないようなそんな表情をしながら、ロノムは顎に手を当てながら考える。


 二台の馬車はそんな中の様子など構いもせずに、南方へと歩を進めていった。





*****************************





 遠雷が小さく轟き篝火だけが中を照らす薄暗い地下牢で、一人の男が膝を抱えながら項垂(うなだ)れていた。



 男の名前はマクスウェル。


 ダンジョンの中を我武者羅に駆けていた中で偶然にもダンジョンコアに触れ、魔物を使役する力を得た者である。


 クリストファー伯の兵士や冒険者ギルドの職員からは拷問とはいかないまでもきつめの尋問がなされ、精神は既に疲弊していた。



「あんた……誰だ?」


 そんなマクスウェルの前に、金の刺繍を施された上等なフード付きのマントを被った者が現れる。



 身長は低く子供のような背格好であろうか。


 その者は牢屋の内部に侵入し、マクスウェルの前に立っていた。


 牢屋には鉄格子の扉がついているが、その扉は閉じたままであり鍵が開いている形跡もない。



「僕のことはどうでもいいんだよ。それよりも、君自身のことさ」


 マントを被ったなにかは少年のような声色でマクスウェルに呟く。



「君の罪はダンジョンの中枢であるコアを見つけ、それを自分の力にしようとしたことだ。そして君の功績は、コアに導かれるままに、コアを開放してくれたことだ」


 なにを言っているのか訳が分からない……。


 マクスウェルはそんなことを思いながら、なにも言わずにマントを被ったなにかの話を聞き続ける。



「君は……マクスウェルと言ったっけ? うん、まあそれはなんでもいいかな。コアを手にしたときに、君の人としての生は終わり今は新たなコアの器になったんだ。そう、君はダンジョンコア。思い出して、僕達の理想の世界を。君なら覚えているはずだ」



 その言葉を聞いた瞬間マクスウェルの意識は遠のき始め……否、マクスウェルという外殻を色付けていた記憶は消去され、膨大な知識と未知の景色で埋め尽くされていった。


 そしてかつてマクスウェルであったものは牢屋の床に乾いた音を響かせ、転がっていく。


 人の頭ほどの大きさもある宝珠をその手に納めると、マントを被ったなにかは霧のように消え失せた。



「なんの音だ? 余計なことをするなよ」


 そう言いながら衛兵が牢屋の前までくると、マクスウェルがいないことに気付く。



「……! た、大変だ! 捕虜が逃亡した!!」


 衛兵は慌てふためきながら上長へと報告をしに行った。





ここまでお読み頂きありがとうございます、第三章はこれで完結です。

少し急ぎ足過ぎたかなという部分もありますので、隙を見ては修正する箇所が出てくるかもしれません。


ここで一旦お休みし、次章は年内に投稿できればと思っています。


ありがたいことに、探索魔法は書籍化もさせて頂くことができました。

これも読者の皆様のお陰です、本当にありがとうございます。

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― 新着の感想 ―
[一言] 幸運にもコアに直接触らず杖にできた、または杖に加工されたものを持ち出したのかと思ってたんだけど。 (まぁ、加工済みなら今度は誰が加工したかの謎が残るんですが) 触れた時既にマクスウェルの精神…
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