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91.間違いなくチャンスは一度きりだ

「エクスエル様、今です!」


氷晶(ひょうしょう)(つら)なる牙突(がとつ)常闇(とこやみ)(かぜ)狂気(きょうき)宿(やど)吹雪(ふぶき)()す。()()れろ! ブリザード!」



 メルティラが集めた魔物達を、エクスエルによる吹雪の破壊術で一掃する。


 ポイントゲッターの二人はクリストファー伯の兵士達や山岳民族の戦士達と比べると数倍多くの魔物を倒していた。



「ちっ……! 次から次へとキリがないな!」


 しかしエクスエルがいくら倒しても、次から次へと魔物は生成されその牙を剥く。


 このまま無限に魔物が湧き続けるようであれば、いつか二人も力尽きるであろう。



「おおおおぉ!」


 一方のロノムは二人が作り出した間隙を見つけ、得物のハンドアックスと共に突進し空中に浮かぶ宝珠に対して斬りかかる。


 しかし、ハンドアックスの刃が宝珠のつるりとした表面に対して僅かにぶつかったところで赤黒いオーラを発し、ロノム諸共大地へと弾き飛ばした。



「く……!」


 そして宝珠の放つオーラによって跳ね返され尻もちをついたロノムに対して、周辺に生成された魔物が殺到してくる。



「ロノム、うまいこと躱せ! ()けの(ほし)形成(かたな)白刃(はくじん)幾星霜(いくせいそう)()(かさ)(みずか)氷星(ひょうせい)となり(はは)なる()へと(かえ)りつく。()(そそ)げ! アイシクル・ヘイル!」


「う、うまいこと躱せってそんな無茶な! うわぁお!!」



 エクスエルの詠唱完了と共にロノムの頭上から広範囲に氷柱と霰の嵐が降り注ぎ、襲い掛かってきた魔物達を壊滅させる。


 一方のロノムは石だらけの大地を這い回り転がりながら、なんとか吹雪の破壊術を掻い潜ってエクスエルとメルティラが戦っている場所へと帰ってきた。



「お前の斬撃でもダメか。こうなると打つ手なしだな……」


 何とか立ち上がり恨めしそうに睨んでくるロノムに対して、エクスエルは何事もなかったかのように言う。



「いや、そうでもなさそうだ。よく見るとあの宝珠、俺の斬撃で僅かだが傷がついてる」


 エクスエルが宝珠に目を凝らすと、確かに先程ロノムが斬りかかったところに浅い傷ができていた。



「そして、どうやらあの防御オーラは連続では放てないようだ。まずエクスさんが破壊術でオーラを吹き飛ばし、その後間髪入れずに俺が斬りかかればいけるんじゃないか?」


「なるほど、それはやってみる価値はあるな」


 ロノムの作戦に対して僅かに頷きながら、エクスエルも同調する。



 しかし。



「問題は、その作戦を遂行するためには魔物の数が多過ぎるという点だな。せめてもう一人くらい、対魔物に長けた冒険者がいてくれたらよかったのだが……」


 今この場でポイントゲッターのエクスエルとロノムが宝珠に集中すれば、形勢は一気に魔物側へと傾くだろう。


 非常にリスクの大きい賭けであり、ロノムとしてもエクスエルとしても悩ましいところである。



「でしたら、私がこの周辺全ての魔物を引き受けます。その隙にロノム様とエクスエル様はあの宝珠に集中くださいませ」


 二人が戦いながら作戦について相談していたところに、メルティラが提案する。



「メルティラさんが一人で!?」


「私が周辺の魔物を全て引きつけて耐え続ければ、万が一ロノム様達の作戦が失敗したとしても持ち直すこともできるでしょう。今は一つでも多く、可能性のあるものを実行していくべきです」


 メルティラが襲い掛かってきた魔物を大盾で防ぎその首筋に剣の刃を入れながら言った。



「しかし……。いくらお前とはいえ、可能なのか?」


「私はアンサスランの栄えあるSランク冒険者であり、幼少期より剛盾(ごうじゅん)の手ほどきを受けてきた生粋の防衛士ですよ。そのくらいのこと、やってのけて当然です。さあロノム様、エクスエル様、見事私が隙を作ってみせますので、宝珠の方を宜しくお願いいたします」



 メルティラはそう言うとロノム達の返事も聞かずに宝珠の方へと駆け出していく。


 そして宝珠の放つオーラに吹き飛ばされないようにしながらその剣で数発の斬撃を入れつつ魔物を引き付けると、そのまま宝珠から離れ魔物との戦いを始めた。



「く……! 急ごう、エクスさん! メルティラさんが作ってくれたチャンス、無駄にするわけにはいかない!」


「ああ、分かった!」


 メルティラの戦いを横目で追いながら、ロノムとエクスエルはそれぞれ得物を構えた。





*****************************





 メルティラは数多の魔物を引きつけ戦い続ける。


 今までこれほど十重二十重に回りを囲むほどの魔物と戦った記憶は数えるほどしかなく、それもアイリスやロノム達の支援すら望めない状況は初めてであった。



 しかし、倒すことさえ考えなければ自分一人でもこの戦線を維持できる自信は持っていた。


 何故ならば自分は剛盾(ごうじゅん)と呼ばれた伝説の冒険者の娘だからである。



 幼い頃から諸国を巡り、養父と共にダンジョンやダンジョンから溢れ出てきた魔物と対峙していた。


 一番初めに武器を持った時の記憶はない。


 それこそ物心ついたときには既に盾と剣を扱えていたように思う。


 盾と剣の使い方は幼い頃からゲンディアスが全て教えてくれた。



 ゲンディアス本人は「お前には勉強や処世術、テーブルマナーまで俺が知ることは大体を教えた」と言っているのだが、正直盾と剣の使い方以外は教えて貰った記憶がないのはご愛敬である。



「はっ!」


 魔物の体躯は大小様々であり、数にものをいわせて波状攻撃を仕掛けてきた。


 しかしどれだけ数がいて何重に囲もうとも、一度にメルティラと対峙できる数は限られている。


 戦い方にさえ気を付ければ、あとは体力の続く限り魔物を受け持ちながら一体一体屠っていくだけだ。



 幸いにも今回は時間制限がある。


 ロノムであれば確実に、宝珠をなんとかしてくれるだろう。


 自分はその間だけ頑張ればいいのだ。


 メルティラはそう信じている。



「養父の……そして私の見込んだ殿方です。そのくらいのことはやれて当然ですよロノム様」


 メルティラが息を上げつつも魔物の一体を砂へと還しながらそう呟いた時、ロノム達が宝珠と対峙しているであろう方向から一筋の閃光が上空へと伸び、そして消えた。





*****************************





 得物を構えたロノムとエクスエルはそれぞれ宝珠に対して構える。



「エクスさんの詠唱が終わったところで俺が突っ込む。自分のタイミングで術を放ってくれ。術の選択はエクスさんに任せる」


「了解した。お前もタイミングを見誤ってオーラに吹っ飛ばされるなよ? 間違いなくチャンスは一度きりだ」


 そういうとエクスエルは精神を集中し、破壊術の詠唱を始める。



()けの(やみ)(つど)うは()()霜狼(そうろう)


 エクスエルによる早口の詠唱を聞きながら、ロノムは腰を深く沈め駆け出す体勢をとる。



幾重(いくえ)(つら)なる狼牙(ろうが)()きて、雪崩(なだれ)(とも)喊声(かんせい)をあげよ」


 チャンスは一度きり、それも非常にシビアなタイミングだ。


 エクスエルの魔法と共にロノムがはじき返されれば意味がないし、かといって遅すぎても後発のオーラが間に合ってしまうだろう。


 宝珠がエクスエルの破壊術をはじき返した直後の、ほんの一瞬の間隙を突くしかない。



()てつく(きば)によって(ほふ)られるがよい! ライムタイド・ウルヴズ!」


 エクスエルの詠唱完了と同時に氷雪の大狼は群れを成し、宝珠へと突進していく。


 大狼の群れは宝珠を食い破ろうとしたところで獲物の放出した赤黒いオーラに吹き飛ばされ、悲鳴のような音をあげながら空中に舞った。



「いまだ!」


 その直後、ロノムは弾けたように走り出す。



「うおおおぉぉ!」


 そして吹き飛ばされた青白く透き通った大狼達と入れ違いながら飛び上がり宝珠の上を取ると、大上段からハンドアックスを振り下ろした。





*****************************





「いやぁ参ったねぇ、ジリ貧とはまさにこのことだねぇ」


 馬上で指揮を執りながらクリストファー伯がいつものようにのんびりした口調で隣にいる白髪頭の戦士に言う。



「ふん、そうは言いつつもいつものお決まりの奇策でなんとかするのがお主じゃろう。はようその手腕でこの場を取り仕切れ」


 クリストファー伯に声を掛けられた戦頭(いくさがしら)が別の戦士に指示を出しながら毒づいた。



「んふっふっふ。今日は本当に何もないよ、はっきり言えば欲張らずに魔物が沢山現れた時点で撤退すればよかったにゃーんなんて思ってるところなんよねぇ。強いてあげるとすれば引き返して山を下りているはずのゼフィトが本隊を率いて救援に来てくれることなんだけど、それは作戦に入ってないからねぇ。いやぁ参った参った」


「その割には余裕ではないか。ワシ等はいつもお前のその余裕に、煮え湯を飲まされてきたのじゃぞ」



 気付けば戦っている人員も随分減り、大半がアイリスの展開する治癒空間に運び込まれている。


 傷の癒えた者達は再び戦場へと駆け出しているのだが、出てくる者よりも入っていく者の方が多くなっていた。



「でも、今の状況を打破できれば全てうまくいくと思っているよ。そういった意味では正解だったのかな」


 周りを見渡せば、先程までは互いを無視し合っていたクリストファー伯の兵士達と山岳民族の戦士達は共闘し連携を取りながら魔物を倒し続けている。


 負傷したクリストファー伯の兵士を山岳民族の戦士が肩に担ぎ、アイリスの作る治癒空間に運び込むという光景も見られた。



「共通の敵がおるから共闘し合っているだけじゃ。かかる事態が過ぎ去れば、どうせまたいがみ合うようになる」


「それを何とか抑えるのが、此方(こなた)達為政者の役目だもんねー。戦頭(いくさがしら)にはその役目、期待してるよーん」


 クリストファー伯が戦頭(いくさがしら)にそう言ったところで、戦場の奥から一筋の閃光が上空へと伸び、そして消えていく。


 そして魔物達は動きを止めると徐々にその身体が崩れ落ち始め、砂へと還っていった。

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