90.おー、どうしたどうした、ちんまいのの二人組ー
「おー、どうしたどうした、ちんまいのの二人組ー」
クリストファー伯が突如湧いた魔物の群れに対抗するために戦場のど真ん中で自軍をまとめ上げていると、敵味方が入り乱れて混戦模様となっている戦場の奥からアイリスとネシュレムが走ってきた。
余談ではあるが、クリストファー伯とアイリスの身長と年齢はそれほど変わらない。
「ロッさ……パーティリーダーの命により、救護場所を作ろうと思っております! どこか都合のいい場所はありますか!?」
「おーそれならこの辺りで頼むよー」
「りょーかいしました! それじゃあこの場所をお借りしますね!」
クリストファー伯の許可を得たアイリスは、魔物と人間達が争う戦場のど真ん中に座り込みつつ精神を統一し治癒術の詠唱を始める。
「遥かな大森林の彼方には、全てを癒す水が湧き出る。水は泉となりて、英雄達を包み込む。その大いなる力は女神の泉。癒しの場をここに! トータル・リバイタル!!」
そして詠唱の完了と共に、アイリスの周辺は水色のような薄緑のような色の靄で満たされた空間が展開された。
クリストファー伯がその様子を横目に入れながら指揮を執っていると、魔物と戦っていたためにアイリスとネシュレムよりも少し遅れてルシアがやってくる。
「クリストファーさん。アイリスさんがトータル・リバイタルという治癒術を展開している間、この中は強力な治癒空間となります。負傷した方はこの空間の中に集めて下さい!」
そしてルシアはクリストファー伯に対してそう告げると、治癒空間を守るための戦いに入った。
ルシアの言葉を聞いたクリストファー伯も騎士達に指示を出し、アイリスの作りだした治癒空間に負傷者を搬入する。
「おー。なるほどなるほどねぇー。治癒術ってのはこういう感じのものなんだねえ。中々いいなぁうちの子達も使うことできないかなー」
治癒空間内に運び込まれた負傷者が通常では考えられない速度で傷が癒されていくのを見ながら、クリストファー伯がそんな呟きをした。
一方、アイリスと共に救護場所の展開を任されたネシュレムは少々迷っていた。
確かに自分も治癒術師ではあるが、実力を見るとアイリスとは大きな隔たりがあることは実感している。
特にトータル・リバイタルのような高度な治癒術の隣で自分が治癒術を使うことはほぼ無意味であり、逆に足手まといとなる可能性もあった。
「……ええと……それなら……。貴方は……ひかり光で……私は……影……。太陽のような……貴方の……裏で……、私は……月のように……密かに……巡る……。だけど……それでいいの……。それが私の……選ぶ道……。増幅せよ、アンプリフィケーション」
ネシュレムの詠唱完了と同時に黄色の魔法陣が展開され、アイリスの治癒術が補強される。
「おおー! 何やら力が漲ってくるような感じがいたします! ネシュちゃん、これは……!」
「術を……補強する……術……。私自身は……あまり……複雑な魔法や……集中を必要とする……魔法は……苦手だから……。だから……せめて……他のみんなの……役に立てる魔法をと……思って……魔法の構成を勉強して……作った……。今日……初めて使ってみたけど……うまくいった……みたい……」
「なるほどなるほど! 何となくネシュちゃんがどういう思いでこの魔法を作り上げたのかが想像できます。私のみならず、エクっさんの役に立てるといいですね!」
その言葉に赤面するネシュレムに対してニッコリと笑いながら、アイリスは治癒術の展開を続けた。
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「ダメです! 近づかないで下さい……!」
ルシアが犬型の魔物の眉間に銃弾を撃ち込み、砂へと還す。
他にも様々な魔物が襲い掛かってきたのを返り討ちにしてきたが、今回はいつものような遠距離からの射撃ではなく充分に引きつけてから魔物を倒していた。
ただでさえ敵味方入り乱れての大乱戦である上に、ルシアが戦っている場所はクリストファー伯が指揮を執る本隊と近い位置にあり、同士撃ちを避けるためである。
「う……こんな近くから……」
迫り来る魔物を倒し終わりルシアが呼吸を整えようとしたところで、自分のすぐ隣で魔物が生成され始めた。
魔物の形が完成し牙を剥く前にすぐさま銃弾を撃ち込み砂へと還した後すぐに辺りを見回すと、アイリスが治癒術を展開する場所の傍やクリストファー伯が指揮を執る場所の近くでも続々と魔物が生成され続けている。
「ちゃんとしなきゃ……。僕だけの力で何とかしないと……」
いつもルシアに対して的確な指示を出してくれるロノムは現在外周の方で魔物と戦いながら宝珠への対策を考えており、この場にはいない。
姉貴分のアイリスもメルティラもそれぞれの役目についており、ルシアに対して取るべき行動を示してくれる状況ではなかった。
「自分で考えて、自分で対処しなきゃいけないんだ……。僕だって一人の冒険者として、いつまでもロノム隊長、アイリスさん、メルティラさんに頼っているわけにはいかない……!」
一人そう呟くと、ルシアは襲い掛かってきたトカゲ型の魔物の急所を撃ち抜き一撃で砂へと還す。
「お祖父ちゃん、見てくれていますか? ルシアはお祖父ちゃんのような冒険者になりたいと思って、頑張ってきました。僕は、頑張れていますか? お祖父ちゃんの背中に、少しでも近づけていますか……?」
そして銃身に熱を帯びた愛用の武器をひと撫でした後、無限に湧き続ける魔物を一体一体確実に葬っていった。
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戦場が混迷を極める中、クリストファー伯の騎士団と山岳民族の戦士達は互いが互いを意識しつつも、何となくお互いを無視し合いながらそれぞれ魔物と対峙していた。
しかしそれぞれが必死に戦い続けているが、無限に湧き続ける魔物の前に負傷者の数は続々と増え続けている。
そんな折に、クリストファー伯は傍に控えていた数人の騎士を近くに呼びつけた。
「ちょっとさ、この混戦の中大変だとは思うけど、向こうにいる戦頭に伝言と用事を頼まれてくれない?」
そしてクリストファー伯は騎士達に伝言の内容を伝える。
「了解しました。しかし、彼等は聞いてくれますかね?」
「流石に聞いてくれるんじゃない?」
短い会話を交わしたあと、騎士達は混戦の中を馬に乗って駆け抜けて行った。
一方の山岳民族の戦士達は、ただでさえ少ない手勢の半分が魔物にやられ、壊滅も時間の問題といった状況であった。
戦頭と呼ばれる指揮官自ら武器を取り魔物を追い払う始末である。
「戦頭、ここはもうダメです。戦頭だけでも生き延びて、俺達の仇をとってください」
「それができるのであればな。これは天命じゃ。魔に魅入られたものを利用し己が我を通そうとしたワシ等に対する天罰じゃ」
槍を構えた側近の男に対して戦頭がそう答え、冥土への覚悟を決めたところで戦場に舞う土埃の奥から銀甲冑に身を包んだ騎士が数名現れた。
「戦頭殿! 我が主クリストファーから、貴公宛に伝言です!」
「このような状況で伝言とは……して、クリストファーはなんと?」
「まず一つ、つまらぬ意地を張り合わずここは共闘しよう。二つ、それぞれ指揮系統がバラバラに動いていては効率が悪いのでクリストファーの傍で指揮を執って欲しい。三つ、前二つを合意するか否かに関わらず、負傷した者を我が方に連れてこい。冒険者達が治癒術によって救護陣を展開しているのでそちらにも貸す。以上!」
騎士達は馬上から戦頭に伝えると、槍を取り周囲の魔物と相対する。
戦頭は僅かな時間思考を巡らせたあと、騎士達に向かって言った。
「ワシ等は既に先程クリストファーに屈した身じゃ、なんとでも命ずるがよい。傍らに来いと言うなら屍となろうが隣に立ってやろうぞ」
その言葉を聞いた騎士達は魔物を打ち払いながら、戦頭を筆頭とした山岳民族の戦士達と共にクリストファー伯が率いる本隊の方へと先導していった。





