89.いや……ある意味でここが潮時なのかもしれん
「戦頭、完全に囲まれてます」
坂の中腹で身動きが取れなくなっている山岳民族の部隊の中心にいる男が、老練な指揮官に向かって呟く。
彼等は一人飛び出していったマクスウェルの援護及び回収をしつつクリストファー伯の小規模部隊を殲滅する心積もりで用兵をしていたが、その動きはクリストファー伯に掌握されおり逆に包囲されるという事態になってしまった。
「まさかクリストファーの本隊がこの場に現れるとはな……。誰も彼奴等の本隊の移動に気付かなんだか?」
戦頭と呼ばれた白髪頭の指揮官はイラついたように自身の髭をなぞりながら、冷静を装いつつ脇に控える槍を持った男へと聞く。
「伝令によれば、クリストファーの本隊は一部を我等の本陣へと睨みを利かせるために分隊として残し、他は退却したという話でした。まさかクリストファー本人が分隊を率いているとは……」
「それはワシかて同じことじゃ。本陣を差し置いて戦頭のワシがこちらを率いているとは思わなんだろう……」
そんな二人の男がコソコソそんな会話をしていると、二人からはやや遠方にいるクリストファーが馬から降りてきて坂の中腹を見据えて何やら手を振りながら叫んできた。
「おーーーい、戦頭ーーー。いるんでしょーーー? いるならお話があるから手を振ってくれーーーぃ」
岩だらけの崖によくこだまする大声は、いつものゆるい感じの中に地方領主の伯爵たる相応の威厳が秘められている。
「戦頭、完全にバレちまってますね」
「恐るべきは当代のクリストファーよ……」
山岳民族の戦頭はそう呟くと、集団を掻き分けて前へと出て、クリストファーに対してしわがれた声で叫ぶ。
「クリストファーよ、この場にお主自ら出てくるとはのう。……いったい何が目的じゃ」
「おーやっぱりいたいたー、ひっさしぶりー。あのねー、ちょっと前から棚上げになってしまってる和平協定を再開したいと思ってさー」
「協定の……続きじゃと……?」
クリストファー伯の言葉に若干の思案をした後、戦頭は疑問形で返した。
「そうそうー。おっけーなら何もせずにこの場は引き下がるよーん。一部の人達は捕虜として此方達が引き受けるけどねー」
「断ると言うたら?」
「その選択肢はないよー。はっきりしっかりちゃっかり言えば、此方達にとって厄介な相手は戦頭と魔物達だからねー。その二つを今この場で手中に収めた今、そっちの制圧なんて容易いにゃんにゃん」
多勢の騎士団と精鋭部隊による武力を背景にクリストファー伯が強気の姿勢を崩さぬまま、戦頭に対して取引を持ち掛ける。
「戦頭、我等はクリストファーの言いなりになるくらいなら、玉砕も覚悟の上です。ご指示を」
「いや……ある意味でここが潮時なのかもしれん……。魔物の集団を増強したことによって夢を見たとはいえ、遅かれ早かれクリストファーには屈する運命だったのじゃろうな……」
副官の男に対してそう呟きながら、自身の持っている大槍を強く握りしめクリストファー伯に向かって叫んだ。
「先の和平協定の折に出たとおり、ワシ等の所領や生活の在り様に口は出すまいな?」
「変わんないよー。そっちの生き方にはあんまし口出ししないよー」
そして、クリストファー伯のその言葉を聞いた戦頭は自身が持っていた武器をその場に投げ捨てて、クリストファーに対し投降の意思を示す。
「よかろう。和平協定の再開、ワシが直々に族長へと進言する」
「あんがとねー。そいじゃ、今日はここで解散! ひとまずこの男と杖は此方達で預からせてもらうねー」
クリストファー伯のその言葉に騎士団員が動き、拘束したマクスウェルを立ち上がらせる。
そして兵士の一人が大地に落ちたマクスウェルの杖を取ろうとしたその時だった。
「ぐあ!」
「うぐ!?」
包囲されている山岳民族の集団の中で大人しくしていた魔物達が突然暴れ始め、山岳民族の戦士達に牙を剥き始めた。
「きゅ、救世主殿! どうして!?」
「い、いや違う! オレじゃない!!」
魔物達が山岳民族の戦士に対して危害を加えている様子を眺め首を振りながら、マクスウェルが愕然とした表情を浮かべて叫んだ。
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「なんだ……? 何が起こっている!?」
ネシュレムとの再会を喜びクリストファー伯と相手の戦頭とのやり取りを静かに見守っていたロノム達一行であったが、突如魔物が暴れ出したのを見てそれぞれ武器を構える。
「ロッさん! あれ、あれを見て下さい! 魔物が作られていきます!」
アイリスの指し示した方を見ると、大地の土が隆起し何らかの形を作り始めロノムが今まで戦ったことのある魔物へと姿を変えていった。
「ロノム隊長、マクスウェルさんの持っていた杖が……!」
そしてルシアの見ている方では人の頭ほどもある宝珠を戴いた杖は誰にも触れられぬまま宙に浮き、一層禍々しいオーラを放ち始める。
「ロノム、感知魔法だ! 感知魔法を展開しろ!!」
「お、オーケー!」
何が起こっているのか状況をあまり把握できていないまま、ロノムはエクスエルに言われ生物感知と罠感知の魔法を同時に展開した。
「罠は……確かにいくつか発生しているが大したものじゃない……。だが魔物が周辺一帯に次から次へと発生している……!」
「やはりか。お前の見立てではあれはダンジョンコアなんだろう? だとしたら、どういう原理か知らんがあれによってこの一帯がダンジョンとなったわけだ」
エクスエルの言葉にロノムが驚愕しながら息を飲む。
「そんな! 旧文明の遺跡でない場所がダンジョンになるなんて、あり得るのか!?」
「知るか。お前との再会に始まってダンジョンコアとか魔物を操る男とかこの地に来てから想定外だらけだ。だったら、私達も想定外を想定して動くしかなかろうが」
そう言ってエクスエルは魔法の詠唱を開始しようとし、宙に浮く宝珠へと狙いを定める。
「待ってくれエクスさん。この辺り一帯がダンジョンとなったというのなら、今すぐ撤退した方がいいのでは!? この場にいる人数が多すぎる!」
「どこまでがダンジョン判定されているか分からないのにか? 下手をしたら麓の町までダンジョンとされている可能性もあるぞ」
「それは……確かに……」
エクスエルの言葉にロノムは言い淀む。
「だとしたら、今この場であの宝珠を破壊した方がいいのではないか? どうなるか知らんがやってみるぞ。白刃は水より出でて明けの星に形成す。貫け! アイシクル・レイ!」
エクスエルによって生成された氷の大槍は一直線に宝珠へと向かっていく。
しかし宝珠は黒とも紫ともつかぬオーラを放ち、襲い来るアイシクル・レイを弾き飛ばした。
そして周囲で生成され活性化した魔物達はエクスエルへと向かい狂乱さながらに襲い掛かってくる。
「はっ!」
「無駄です!」
「エクスエルさん、危ない!」
その襲撃をロノムのハンドアックス、メルティラの大盾、そしてルシアの銃によってそれぞれ返り討ちにし、数体の魔物を葬り去った。
「なるほどな、自分に害をなす相手を判断して反撃する能力をお持ちのようだ。さてロノム、どうする?」
「ああ。意思か反射か分からないけど、あの宝珠は一定の判断力と防衛機構を持っている。そうだな……魔物がどれくらい湧き出てくるか分からない以上、殲滅作戦は取れない。ならば先にあの宝珠を何とかしたいところだけど、エクスさんの破壊術をはじく辺り生半可な攻撃は効かなそうだ……と、グズグズしてる暇はなさそうだな……!」
ロノムとエクスエルが話し合っていたところに、魔物は群れを成して襲い掛かってくる。
それをメルティラとネシュレムがそれぞれの手段で対応した。
「魔物にやられて負傷している人員も多い、アイリスさんとネシュレムさんは治癒術を使って救護活動をしてくれ! ルシアさんは二人に魔物が寄り付かないように援護を! それと、俺達の動きをクリストファー伯に伝えてくれ!」
「りょーかいしました!」
「わかった……」
「はい、頑張ります!」
ロノムの言葉にアイリス、ネシュレムの二人は戦場指揮を執るクリストファー伯の近くへと向かい、治癒術の準備に入る。
ルシアはその手伝いに回った。
「俺とメルティラさん、そしてエクスさんは魔物を倒しながら隙を見つけてあの宝珠に攻撃を叩きこむ! 何が効くか分からないから試せるものは全部試す心積もりでいくぞ……!」
「承知いたしました!」
「心得た!」
ロノム達一行は治癒班と攻撃班の二手に分かれると、それぞれ自身の仕事へと向かっていった。





