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88.若いって、良いな

「ま……待て……! マクスウェル!」


「バカ言うなよ!? 誰が待ってなんかやるかよバーカバーカ!」



 ロノムを先頭に何とかついてきているルシア、随分と遅れて最早息も()()えのネシュレムに追いかけられながら、マクスウェルが必死の形相でグリフィンの背にしがみつきながら毒づく。


 マクスウェルとロノム達はつかず離れずの距離を保ちながら、谷底で追いかけっこをしていた。



「なんか、最近走り回ることが増えている気がするな……。というか前よりも走るのがきつくなってる気がするんだが、ひょっとして体力が落ちたか……!?」


 前回の王都で空舞う黄金のドラゴン……ハーネートを追いかけ回したことを思い出しながら、ロノムが独り呟く。



 まだまだ現役の冒険者として働いているロノムだが、そろそろいい歳をしたおっさんであることも事実である。


 長距離を走る体力については若い頃よりも限界の天井が近くなっていた。



「ロノム隊長……! 僕が先行して何とかグリフィンの動きを止めようと思います……!」


「ルシアさん、頼む!」


 ルシアはそう言うと前に躍り出て、ロノムのことを引き離しながらマクスウェルを追いかける。



 若いって、良いな。


 そんなことを思いながら、ロノムはもはや動かなくなり始めている脚に鞭を打ちつつ何とか前へと進んでいった。





*****************************




「クソ……! しつこい奴等だ……!」


 マクスウェルが後ろを振り返ると、赤髪の男は脱落間近であり黒髪の術師は既に見えなくなるほど後方にいるようだがキャスケット帽子をかぶった華奢な女の子だけはまだまだ元気に追い縋ってきた。



「ええいもう、いつもは救世主様救世主様と都合のいいことばかり言ってくる山岳民族の連中はどうなってるんだ……! いつもオレに助けられてるんだから、こんな時こそオレを助けるべきだろ!?」


 そう言いながら前方に目をやると、崖上へと続く坂道の上から一団が下ってくるのが見えた。



「あれは……クソ……敵か!?」


 坂道を下ってきているのは銀髪の痩せた男を先頭に、重装甲冑の女と小さなエルフ、そしてクリストファー伯の兵士達であった。



「いたぞ! マクスウェルがこちらに向かって走ってくる!」


「ルシア様もおります! よくご無事で!」


「おー。随分と後ろですが、ロッさんの姿も見えますねえ。よかったよかったー」


 エクスエル、アイリス、メルティラの三人がそれぞれ得物を構え、グリフィンの背に乗って突っ込んでくるマクスウェルと対峙する。



白刃(はくじん)(みず)より(いで)でて()けの(ほし)形成(かたな)す。(つらぬ)け! アイシクル・レイ!」


 エクスエルの放った破壊術は前方から突進してきたグリフィンの胴を射抜き、背に乗ったマクスウェルを振り落とした。


 グリフィンはその場で倒れこみ、砂へと還っていく。



「うう……クソ……!」


 一方のマクスウェルは地面へと叩き付けられゴロゴロと転がりながらも、禍々しい宝珠を戴いた杖を手放さない。


 しかし地面へと叩き付けられた時の痛みと傷により、すぐには立ち上がることができない状況となっているようであった。



「アイリスさん、メルティラさん……! ありがとうございます、危うくマクスウェルさんを取り逃すところでした……!」


「ルシちゃんも無事で何よりです! お怪我はありませんか!?」


 息を切らしながら追いついてきたルシアに対して労いの言葉をかけながら、アイリスが治癒術の詠唱を始める。


 その後ろからロノムがぜえぜえ言いつつふらつきながらも、何とか追いついてきた。



「ロノム! ネシュレムは……!? ネシュレムの姿が見えないがどうした!?」


「無事……あの……走って……後ろ……まだ……」


「わ、分かった、無事ではあるんだな……? 息を整えたら詳しく聞くから、取りあえず呼吸を整えろ……!」


 全力疾走を続けた後の死に掛けのおっさんは取りあえず放置しながら、エクスエルは大地に伏した男の方へと向き直る。



「年貢の納め時だな。大人しくその杖を手放し、神妙にお縄につけ」


 そしてやけに古めかしい言い回しをしながら、錫杖を構えてマクスウェルへと迫った。



「くくく……。バカを言うなよ、オレはまだ負けたわけじゃないぜ。オレには切り札の魔物、ヘカトンケイルがいるんだからな……! 知ってるか? ヘカトンケイル! お前達ザコ冒険者が束になっても太刀打ちできない最強の魔物だぞ!」


「残念だが、そのヘカトンケイルなら既に討伐されている」


「は……? バカを……バカを言うな!! ヘカトンケイルを倒せる冒険者なんて聞いたことがないぞ!?」


 マクスウェルのその言葉に対してエクスエルは無言で懐から魔物の核を取り出して見せつけ、続ける。



「私の後ろにいる二人はアンサスランのSランク冒険者だ。対魔物に関するスペシャリストであり、たとえヘカトンケイルのような大物と言えども、倒すことは不可能ではない」


 マクスウェルは盾を構え睨んで来る金髪の女性と、後ろで赤髪の男に対して治癒術をかけ続けている小柄なエルフの女性を交互に見たあと再びエクスエルの持つ魔物の核に目を移し、観念したように項垂れた。


 そして兵士の一人がマクスウェルのことを捕縛しようと近寄ったその時である。



「うぐっ!?」


 一本の矢が飛来して、その兵士の腿に突き刺さった。



「伏せろ! 敵襲!!」


 兵士長の声と共にクリストファー伯の兵士達とロノム達一行は即座に身を屈める。



「ふわふわの浮雲(うきぐも)妖精達(ようせいたち)(おど)りたい。妖精達(ようせいたち)浮雲(うきぐも)(ひと)条件(じょうけん)()()した。私達(わたしたち)のお洋服(ようふく)になりなさい。展開(てんかい)せよ! クラウド・ウォール!」


 そしてアイリスが即座に対弓矢用の防衛魔法を展開し、攻撃に備えた。



「兵士長! 山岳民族の戦闘部隊です! 囲まれています!!」


 クリストファー伯の兵士の声を聞いてロノム達一行が周囲に目をやると、崖上にはこちらに対して弓を向ける山岳民族の戦士達が、そして坂上からは近接武器を構えた戦士と魔物の集団が陣取っていた。



「まさか囲まれておりましたとは……。不肖このメルティラ、敵の包囲に気付けず一生の不覚でございます」


 アイリスのような悔悟を述べながら、メルティラが剣と盾を構え相手の襲撃に備える。


 他方、アイリスはクラウド・ウォールを展開し続けながら矢傷を受けた兵士の治療に入った。



「敵の数はどれくらいでしょうか……。僕達だけで何とかなるでしょうか……」


「ロノム、敵の数はどれくらいだ? 感知魔法を展開しろ、早く! ロノム、しっかりしろ! ロノム!」


「ま、待ってエクスさん……。や……やっと息が整ってきたばかりだから……もう少し……もう少し待って……」


 ようやく呼吸が整ってきたロノムに対して無茶な要求をしているエクスエルと、既に呼吸は整いすぐにでも戦闘に入れるルシアがそれぞれ得物を構える。



「は……ははは……! 形勢逆転だな!! どうだ見たことか、物語の主人公は最後には笑うことになっているんだ……! よく来てくれたぞお前達! そのままこの生意気な冒険者と憎きクリストファーの兵士達を殲滅してしま……え!?」


 調子に乗ったマクスウェルが宝珠を戴いた杖に支えられながら立ち上がりつつ吠え、魔物にロノム達襲撃を命じようとしたその瞬間、彼の背の方向である追いかけっこをしていた方面からクリストファー伯の旗印を掲げた騎士団が現れ、手早くマクスウェルを捕縛した。



「な、なんだ!? 今度は何事だ!?」


 マクスウェルのみならずロノム達一行が何が起こっているのかを掴めずに周囲を見回す中、崖の上に陣取っていた山岳民族の弓兵達も次々と甲冑を着た騎士達に取り押さえられていく。


 一方、エクスエル達と共にいた兵士長以下クリストファー伯の兵士達はすぐに事態を理解したらしく、崖へと続く坂の中腹に陣取っていた山岳民族の戦士達を牽制しながらその封じ込めに動いていた。



 ……そして崖の上から下までクリストファー伯の兵士と騎士達によって制圧される中、騎士団の中央が割れ一頭の軍馬が前に出てくる。


「やっほーい皆の衆。クリストファーだよーい」


 騎士団の中心からやけに間延びした声を出しながら、銀甲冑に身を包んだ背の低い女性が矢避けの大傘を設えた立派な黒毛の軍馬にまたがりネシュレムをその後ろに乗せて、前線へと現れた。

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