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86.今ならSランク冒険者になれるのではないでしょーか!

「そこです!」


 乱戦の中、メルティラの凛とした声が響き渡ると共に魔物の一体が砂へと還っていく。


 ロノム達が崖下で戦っている一方、アイリス、メルティラ、エクスエルとクリストファー伯の兵士達はマクスウェルの置き土産である魔物の群れと戦っていた。



「兵士長様、私達に作戦がございます! 兵を少しだけ下げて頂けますか!?」


「心得た。総員、ラインを引き下げながら陣形を組み直せ!」



 人と魔物が入り乱れ混戦となりつつあった現状を立て直したかった兵士長は、先程のメルティラの言に同意し一旦前線を引き下げる。


 そして引き下がっていった前線を飛び越えてメルティラが一人、魔物の群れへと突っ込んでいった。

 

 魔物達は我先へとメルティラに殺到し牙や爪で乙女の柔肌どころかその身全てを引き裂こうとするも、彼女の盾と剣はそれを一切許さない。



草木(そうもく)()かぶ(あさ)白露(しらつゆ)妖精(ようせい)(あつ)めた(はな)(みつ)。それはきっと一匙(ひとさじ)砂糖菓子(さとうがし)。癒しの力をここに! リジェネレイト!」


 一方のアイリスは前線で魔物を集めるメルティラに対して治癒術をかけ続ける。


 支援術により被弾を軽減するよりは、いっそのこと多少傷を負っても治癒しながら戦って貰った方がいいという判断であった。



「メルティラ! 五つ数えたら後方に引け!」


 前線の様子を覗っていたエクスエルがメルティラに叫び、自身は銀の錫杖を構え破壊術の準備に入る。



「承知しました、エクスエル様!」


 メルティラは魔物の群れをたった一人で引き付けるだけ引き付けると、エクスエルの指定したタイミングで一足飛びに後方へと跳躍した。



夜陰(やいん)(すさ)冷風(れいふう)よ、()指顧(しこ)()りて氷河(ひょうが)(とき)(きざ)め。幾星霜(いくせいそう)(つら)なる凛冽(りんれつ)世界(せかい)一片(いっぺん)例外(れいがい)なく(せい)否定(ひてい)する! ()てつけ! グレイシャル・エイジ!」


 エクスエルの詠唱が完了すると同時に、魔物の群れの中心で極低温の衝撃波が巻き起こる。


 凍てつく冷気は周囲を巻き込みながら白く輝く大気となり、メルティラによって一か所に集められた魔物達はそのほとんどが凍結し活動を停止した。



「おおーーー。なんという威力の破壊術!」


 アイリスが感心しながら眺め続けている先では、凍結した魔物が徐々に崩れ落ちながら砂へと還っていく。


 流石のアイリスも、これほど大規模で威力のある破壊術は見たことがない。


 破壊術師として見れば、恐らくアンサスランでも五本の指に入るほどの実力だろうというのがアイリスの見立てであった。



「集めた魔物は全て倒したようだな。他に残党はいないか?」


 大技を使用し若干息を切らしながら、エクスエルが周囲に問う。



「いえ、他にはいないようです。全くお見事でございました」


「そうか」


 兵士長と短い会話を交わした後、エクスエルがネシュレムを探しに行こうとしたその時だった。



「兵士長! 前方から何か来ます……!」


 兵士の言葉にアイリス、メルティラ、エクスエルの三人が振り向くと、山の上の方へと続く道の向こうから何やら巨大な魔物が緩やかな速度で近づいてきているのが見えた。



 巨大な魔物は人型の大怪物ヘカトンケイル。


 キマイラやヴィーヴルといった実力者を差し置き、一度(ひとたび)ダンジョンに現れればアライアンス中のアライアンスの垣根を越えて、Sランクを中心とした上位ランクの者達六人で特別の討伐隊が組まれるほどの脅威だ。



「バカな……! ヘカトンケイルだと!? 一体どうやってダンジョンから外に出せたんだ!?」


 エクスエルの抗議の声をあざ笑いながら無視するかのように、巨大な人型の魔物は迫りくる。



「く……。あのような怪物、ここで放置することはできぬな……。総員! 何としてでもあの魔物を討ち取り、我等の実力を世に知らしめよ!」


 兵士長の号令の下にクリストファー伯の兵達は喊声を上げながらヘカトンケイルに突っ込んでいくも、最も身長の高い兵士ですらヘカトンケイルの膝下までしか及ばない人間に勝ち目はなく次々と玉砕していった。



「皆さん、ここは我々冒険者に任せて下がっていてください! そして負傷した方は私の近くに! (はる)かな大森林(だいしんりん)彼方(かなた)には、(すべ)てを(いや)(みず)()()る。(みず)(いずみ)となりて、英雄達(えいゆうたち)(つつ)()む。その(おお)いなる(ちから)女神(めがみ)(いずみ)(いや)しの()をここに! トータル・リバイタル!!」


 アイリスがヘカトンケイルから少し離れたところで、本来であれば管理された治療院の中で充分な下準備をした上でようやく発動できるはずの高等魔法を難なく展開し、負傷した兵士達の傷を癒していく。



「エクスエル様、あの巨人を倒せる術はお持ちですか?」


「ある。ヘカトンケイルの位置を固定し、十数秒の時間を作れるか?」


「可能です!」


 メルティラはエクスエルに短く返事をすると、ヘカトンケイルへと向かっていった。



「いきます!」


 メルティラがヘカトンケイルへと到達すると、その脛に片手剣で初撃を与える。



 ヘカトンケイルの皮膚と肉体は鋼鉄のような強靭さを持っており、いかにメルティラといえども容易にダメージを与えられそうになかった。


 一方のヘカトンケイルは斬られた方とは反対側の足でメルティラのことを蹴り上げるも、彼女はうまく盾でその攻撃をいなし後方へと飛ぶ。



「はあ!」


 そして着地した先で気合を入れると、助走をつけてヘカトンケイルの胴部分へと飛び上がりその腹部に片手剣の一閃を浴びせた。



「あまり効果が無いようですね……。ここはやはりエクスエル様に賭けるしかありませんか……!」


 攻撃を入れた後に大地へと着地したメルティラは、ヘカトンケイルの腹部に僅かに開いた傷を見ながら言う。



 メルティラとて攻撃の性能が低いわけではない。


 恐らく白兵士であってもBランク、実績を加味すればAランクといった高位ランクを維持することができるだろう。


 しかしそのメルティラをして、ヘカトンケイルにつけられた傷は僅かであり、その傷も高い自然治癒能力によって既に塞がっていた。



「思いのほか素早いな、あのデカブツ……!」


 他方、エクスエルはその戦いを見ながら銀製の錫杖を構えつつヘカトンケイルに生まれる隙を窺っていた。



 ヘカトンケイルは堅固な装甲を持っている。


 通常の破壊術はおろか、エクスエルの大技をもってしても急所に命中しなければ効果はないだろう。


 それ故にエクスエルはヘカトンケイルの動きが止まるタイミングを待っていた。



「メルティラ、お前はただの防衛士ではないだろう。幼少期から英雄ゲンディアスの手ほどきを受けた、アンサスランが誇るSランク防衛士だ。たとえ相手が凶悪な魔物であろうとも、隙を作って見せろ……!」


 エクスエルの呟きに呼応するかのように、メルティラがヘカトンケイルの右足による攻撃を大盾で防ぎカウンター気味に片手剣を一薙ぎする。


 メルティラの一閃は巨大にして鋼鉄のような脚の腱を斬り、巨人は苦悶の声を上げてその場に倒れ込んだ。



「今だ! ()けの(やみ)(つど)うは()()霜狼(そうろう)幾重(いくえ)(つら)なる狼牙(ろうが)()きて、雪崩(なだれ)(とも)喊声(かんせい)をあげよ! ()てつく(きば)によって(ほふ)られるがよい!! ライムタイド・ウルヴズ!」


 エクスエルの前方に発生した氷雪の大狼は群れを成しヘカトンケイルへと向かっていく。


 そして群狼はヘカトンケイルの喉笛を嚙み千切りながら首を落とし、断末魔の叫びをあげる暇も与えずその活動を停止させる。



 ……ヘカトンケイルはエクスエルの破壊術により凍りつきながら砕けるような音を立てて崩れていき、後には山のような砂と大型魔物特有の核だけがその場に残っていた。



「お……おお……。あれほどの魔物をたった二人で倒してしまうとは……」


「なんという実力者達……。これがアンサスランの冒険者なのか……」


 アイリスの治癒術による治療を受けながら戦いの様子を見ていた兵士達はある者は感嘆の声を上げ、ある者は畏怖にも似た表情を浮かべる。



「何とかなりましたね、流石エクスエル様です」


「いやメルティラこそ見事だった。そしてアイリスの治癒術もな。アンサスランSランク冒険者の実力は伊達ではない」


「エクっさんも凄かったです! 今ならSランク冒険者になれるのではないでしょーか!」


 大物を倒しひとまず安堵の表情を浮かべる三人であったが、すぐに気を引き締め兵士長の方へと向かう。



「崖下に落下した仲間達の様子とマクスウェルが気がかりだ。我々は彼等の捜索に向かう」


「そうですね。マクスウェルの安否を確認していない以上、こちらもまだ目的を達しておりません。ここから下手(しもて)に向かうと崖下に通じる道があるます。そちらから崖下に向かいましょう」


 エクスエルにそう言うと兵士長は兵達の方へと振り向き、言葉をかける。



「無傷の者は私と共にマクスウェルの捜索についてこい。救護が必要な者と衛生兵はこの場に残り、キャンプ地を開け」


「皆さんの治療のために、私も残りますか?」


 兵士長に対してアイリスが声をかけた。



「いえ、アイリスさんのお陰で皆随分と動けるようになりましたので、この場は大丈夫です。落ちていったお仲間の方が心配でしょうから、我々と共に崖下へと向かいましょう」


「りょーかいです。さあ、ロッさん達を探しに行きましょー!」


 アイリスの元気の良い掛け声とともに、冒険者三人と数名の兵士達は崖下に続く道へと向かっていった。

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