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85.あれ! あの魔法使えるか!? なんだっけ……、あの! 泡に包まれるみたいな魔法……!

「ルシアさん、ネシュレムさん! つかまって!」


「りょ、了解です! ロノム隊長!」



 ともに落下する大岩を足場にしながら、ロノムがルシアの右手を掴み放心状態のネシュレムを抱え込んだ。


 とはいえロノムにできることは少ない。


 地面への激突は避けたいものの、大岩と共に大地を滑り落ちながら絶賛谷底へと向かっている最中である。



「ネシュレムさん! あれ! あの魔法使えるか!? なんだっけ……、あの! 泡に包まれるみたいな魔法……!」


「コーヒーは……深煎りが……。は……。え……ええと……泡に……包まれるやつ……泡……。あ……使える……やってみる……」


「何とかできそうなら頼む!」


 自分が置かれている状況に対して若干現実逃避モードに入っていたネシュレムだったが、ロノムの声で自分を取り戻し魔法の詠唱を始めた。



(りく)貴方(あなた)と……(うみ)(わたし……)二人(ふたり)逢瀬(おうせ)は……(ひそ)やかに(つづ)く……。深海(しんかい)から()かぶ……(はかな)(あわ)は……、さながら二人(ふたり)(いだ)く……(あい)揺籃(ゆりかご……)(つつ)め、バブルボール」


 ネシュレムの詠唱完了と共にロノム達三人は水のような球状の物質に包まる。


 そこからワンテンポ遅れてロノム達は大岩と共に崖下に叩きつけられ、大岩は真っ二つに割れながら轟音と共に砂埃をまきあげた。



「ルシアさん、ネシュレムさん、無事か!?」


「大……丈夫……」


「な、なんとか生きてるみたいです」



 一方のロノム達は球状の物質がクッションとなり、三人とも無傷であった。


 ネシュレムの魔法によって作られた球状の物質はしばらくすると弾け飛び、霧状になって消えていく。



「良かった……。と、そうだ! マクスウェルは!?」


 ロノムが周囲を見渡すと、真っ二つに割れた大岩を挟んだ向こう側に宝珠を戴いた杖を使いよろよろと立ち上がる男の姿があった。


 どうやらグリフィンや獣型の魔物がクッションとなり、大事には至らなかったようである。



「おのれあんた等……! まさか普通のやり方では勝てないと思ってあんな乱暴な手段に出るとはね……! スマートさが足りないんだよこの粗暴な冒険者共め!!」


「いや、誤解だ! 俺達だってこんな事態、想定外だったんだ!」



 ロノムの抗議も虚しくマクスウェルは勝手にキレだし、自分と共に落ちてきた四体の魔物をけしかける。


 魔物達はマクスウェルが選んだ精鋭であり、全てがその鋭い牙を剥きながらロノムへと襲い掛かってきた。



()(まえ)にあるのは……たった一枚(いちまい)だけの(かべ)……。だけど貴方(あなた)(こころ)内側(うちがわ)は……(だれ)にも(はい)れない……(だれ)にも()えない……。(そび)()て、ストーン・ウォール」


 魔物の急襲に備えハンドアックスを構えたロノムの眼前の大地が突如隆起し、岩の壁を作り上げて敵の攻撃を妨げる。



「お……おっと!?」


 想定外の防御呪文に戸惑いながらも、ロノムは岩の壁を乗り越えて目の前にいたライオン型の魔物に対してハンドアックスを振り、その首を刎ね飛ばした。


 ライオン型の魔物は砂へと還り、今この場にいる魔物は三体のみとなる。



「ああもう闇雲に突っ込むなバカ共! 一旦戻れ! 戻ってオレのことを守れ!!」


 マクスウェルは自身が命令したのにもかかわらず何やら喚き散らしながら、杖を掲げ一度魔物達を撤退させる。


 その隙を見てロノムとルシア、そしてネシュレムは一度集合し作戦の確認を始めた。



「すまない、ネシュレムさん石壁の魔法を使えたんだな。ちょっと想定外だった」


「ロノムと……一緒だった時は……治癒術が中心で……支援術は……あんまり使わなかったから……。今は……逆に……あまり治癒術を使わなくなって……支援術の方が……多い……」


「支援術の種類は?」


 ネシュレムと会話しつつ、ロノムはマクスウェルの方を警戒し続ける。



「攻撃付与とかは……あまり……得意じゃない……。物理的な……防御とか……敵の……足止めとかなら……」


「分かった。俺が前線で引っかき回すから、ネシュレムさんは支援術で援護して欲しい。ルシアさんはいつものとおり、減らせる敵から減らしていってくれ。狙えるようならマクスウェルを狙って構わない。相手に残った魔物はグリフィンとマンティコア、そしてデュラハンだ。厄介な魔物なのでしっかり連携していこう」


 そして二人に対して指示を出すと、ハンドアックスを構えた。



「わかった……」


「了解しました、何とか頑張ります」


 二人の返事を待たずに、ロノムは谷底に喊声(かんせい)を響かせながらマクスウェルの方へと駆け出す。



「ああもう、こんなことになるならもう少しオレの近くに下僕を残しておけば良かった……! 最近の物語では主人公のピンチは流行らないんだよ! 下僕共、オレを守りつつ奴等を叩き潰せ!」


 マクスウェルがそんな指示を出すと、デュラハンとマンティコアがロノムへと襲い掛かりグリフィンがマクスウェルの前に待機する。



「させるかっ!」


 白兵士Cランクのロノムにとってはどちらも格上の相手ではあったが、メルティラの戦いを間近で見続けてきたこともあり何とか二体の攻撃を凌ぎ切る。



「ルシア……、タイミングを見て……私が……マンティコアの動きを……止める……。ロノムと……私で……抑えている間……、貴女は……マンティコアを……何とかして……」


「わ、分かりました!」


 ルシアが動き回るマンティコアに狙いを定めていると、マンティコアはロノムから一度距離を取りその巨躯でもって突進攻撃を仕掛けようとしてきた。



()かないで……。貴方(あなた)は……(ほか)では……()きてはいけない……。貴方(あなた)が……本来(ほんらい)いるべき場所(ばしょ)は……(わたし)の……抱擁(ほうよう)(うち)……。さあ……、(わたし)の……(うで)(なか)で……(しず)かな……(やす)らぎを……。(とど)まれ、バインディング・ハンズ」


 その隙を見逃さずネシュレムが魔法の詠唱を唱え切ると、大地から影のような腕が何本も伸びてきてマンティコアの脚を絡め取る。


 マンティコアの動きが止まり狙いが定まったところで、ルシアが数発の弾丸でその眉間を撃ち抜いた。



「よくやった! ルシアさん、ネシュレムさん!」


 マンティコアが悲鳴を上げながらのた打ち回っているところに、ロノムがデュラハンを蹴り飛ばしマンティコアの方へと駆け出す。



「たっ!」


 そしてハンドアックスの一撃でもって止めを刺し、マンティコアを砂へと還した。



「まず一匹……て、しまった!」


 一方ロノムに蹴り飛ばされた後すぐさま体勢を整えたデュラハンは、ターゲットを切り替えてルシアとネシュレムの方へと向かって行く。



「ええと……、()かないで……。貴方(あなた)は……(ほか)では……()きてはいけない……」


 ネシュレムも足止め魔法の詠唱を開始するが、デュラハンの駆ける速度の前には間に合いそうにない。



「させません!」


 剣を振りかぶり急接近するデュラハンの前に、ルシアが立ち塞がる。


 そして振り下ろされたデュラハンの剣を間一髪横に逸れて躱すと、ルシアは厚く覆われた装甲に対してローキックを入れた。



「い……痛ったぁ……!」


 たとえ場数を踏んだ冒険者と言えど、ルシアに近接格闘の心得はなく体術が使えるような鍛え方を普段からしているわけではない。


 デュラハンのことを蹴り上げたことによって自身の足が痛くなっただけであり、相手には僅かなダメージすら与えられなかった。



(とど)まれ……、バインディング・ハンズ」


 しかしその行動は隙を作るのに充分であった。


 ネシュレムの詠唱が間に合い、デュラハンの動きを止める。



「ルシアさん、よくやった! 止めといくぞ!」


「了解しました!」


 最後は駆けつけてきたロノムのハンドアックスによる一撃とルシアの至近弾によって、デュラハンも砂へと還っていった。



 その様子をグリフィンに守られながら見ていたマクスウェルは驚愕する。


「バカな……オレの下僕達が……! くそ、こうなったら奥の手だ! 来い! ヘカトンケイル!!」


 そして自慢の魔物三体がやられ戦線が圧倒的に不利な状況であることを認めると、妖しいオーラを纏い続ける宝珠を戴いた杖をがむしゃらに振り回し、何やら魔物を召喚し始めた。



「何か来るぞ……! ルシアさん、ネシュレムさん、警戒態勢を!」


 ロノムがルシアとネシュレムに警戒を促し、自身もハンドアックスを構え敵の来襲に備える。



「……」


「……」


 しかしロノム達が緊迫しながら周囲を警戒するも、魔物は現れない。



「何で来ないんだよぉヘカトンケイルぅ!! ああくそ、冗談じゃない! こんなところでやられてたまるか!」


 半ば混乱しながらマクスウェルは叫ぶと、傍にいたグリフィンの背に騎乗し谷底を駆け出していく。



「あ、ま……待て! マクスウェル! ネシュレムさん、なにか乗り物だったり速度が上がったりする魔法は使える!?」


「ごめん……。そういうのは……ない……」


「分かった、走って追いかけよう!」



 そんな会話と共に、ロノムとルシア、そしてネシュレムの三人はマクスウェルを追いかけ始める。


 三人とも身体が資本の冒険者とはいえ、既にいい感じのおっさんであるロノム、体力タイプではないルシア、そしてまごうことなきインドア派のネシュレムにとって、よく訓練された軍馬ほどのスピードを誇るグリフィンを追いかけ続けるのは大変辛いものとなった。

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