84.二人で辛辣な評価を下した後、避けられぬ戦いに備えた
「よくきてくれたよ。オレの方から出向いてやる予定だったんだけどな、手間が省けたよ」
「御託はいい。単身乗り込んでくるとはいい度胸だ、無駄な抵抗はせず大人しく捕縛されろ」
隆起した岩の高台から見下ろしてくるマクスウェルに向かって、エクスエルが銀製の錫杖を構えながら言う。
「まあまあ慌てなさんな。確かにあんたにも用はあるよ? だがしかし、まずはあんたの後ろの二人からだ」
そう言うとマクスウェルは兵士達に囲まれている元冒険者の民間人二人に目を移した。
「あんた等、よくもあの時あんな場所でオレのことを追放してダンジョンの中に置き去りにしてくれたよな。あの時の恐怖、オレはいつまでも忘れることはないぜ?」
マクスウェルの言葉と共に人の頭ほどもある大きさの宝珠が妖しい光を帯びる。
その不気味さに若干気圧されながら、元冒険者の二人は反論をした。
「冗談じゃない! 俺達はお前が一人で突出した後、ダンジョンの中を散々探し回ったんだ! そのせいで……リーダーのエニンを失った……。許せないのはこちらの方だ!」
「ふん、自分の過ちすら認められず都合のいいストーリーだけを追い続けるのか。まあいいよ、あの時お前達に追放され見捨てられたお陰で、オレは新たな力に覚醒したんだ!」
そう言いながらマクスウェルが禍々しい宝珠を戴いた杖を天へと掲げる。
その動作と同時に、ロノム達一行の前に陣取り大人しくしていた魔物の集団の中から二体ほど襲い掛かってきた。
「無駄です!」
「はっ!」
突っ込んできた犬型の魔物とトカゲ型の魔物は、メルティラの片手剣とロノムのハンドアックスによって打ち倒される。
魔物二体はしばらく痙攣をした後、砂へと還っていった。
「今のはただの挨拶代わりだよ。分かるか? この能力が……。オレは、オレはな! 全ての魔物を操る力に覚醒したんだ! 自分の意のままにな!!」
「待て、マクスウェル! お前が持っているその宝珠はダンジョンコアなんだろ? ダンジョンコアはアンサスランでも解明が進んでいない得体の知れない力なんだ! まだ人の手に負えるものじゃない、今すぐ手放した方がいい……!」
ロノムの言葉に対してひとしきり高笑いをした後、マクスウェルは続ける。
「知ったことかよ。あんたが言うように人の手に負えるものじゃないとしたら、それを操れるオレは神かなんかじゃないのか? そうだ、そうだよ。オレが神だ……! オレは神だったんだ……!! だとしたら、まずやることがある……。オレのことを追放したあんた等二人に生き地獄を味わわせてやろう。オレがどんな目に遭ったか知ってもらうためにな」
マクスウェルの言葉に宝珠は妖しく呼応しながら、禍々しいオーラを放ち続けている。
「そして次は、あんた等冒険者とクリストファー領の奴等だ。あんた等はオレの真の実力も分からずに蔑み迫害し続けた。その報いを受ける時が、今来たんだ!」
マクスウェルは最後まで言い切ると、再び高笑いを始めた。
一方その様子をずっと眺め続けていたアイリスとメルティラは、半ば呆れながら二人で顔を見合わせる。
「まーったくなにを言っているのか思いのほか分からないですねぇ。そこはかとなく狂気を感じます」
「思想としては幼稚そのものですね。そんな性格の方が途方もない力を得てしまったのですから、恐ろしいものです」
そして二人で辛辣な評価を下した後、避けられぬ戦いに備えた。
「ルシア……。貴女の……射撃武器で……、あの……台所によく出る……黒い不快な虫のような……男を……今すぐ……射抜けたり……しない……?」
「ええと……できなくもないと思いますが、外した時のリスクを考えるとやらない方が無難かもしれません」
「そう……だよね……。残念……」
心底残念そうなネシュレムを横目に見ながら、何とも言えない苦笑いを浮かべながらルシアも銃を構える。
「それじゃあ、いくぞ! 神の裁きの時間だ!」
そんな女子組四人の様子など知ることもなく、マクスウェルは満面の笑みを浮かべながら杖を掲げ魔物達に指令を出した。
「来るぞ!」
ロノムの言葉と同時にメルティラが前方へと駆け出し襲い来る魔物と対峙する。
遅れてロノムとルシアも前へと出て、その後ろでアイリス、エクスエル、ネシュレム達術師組は詠唱を始めた。
「我等も冒険者に後れを取るな! 魔物を抑えマクスウェルを捕縛する!」
「「「おおー!」」」
一方の兵士達も兵長の号令に従い陣形を保ちながら前進してく。
兵士達に呼応して元冒険者の二人も兵士達と共に前進を始めた。
「お前達二人はもう役目を果たした。隙を見て逃げろ」
そんな元冒険者に対して兵長が撤退するように促す。
「何をおっしゃいます。伯爵様のお役に立てるのであれば、この身を投げ出す覚悟でございますよ。我々とて魔物と戦ってきた元冒険者です。遅れは取りません」
しかし、元冒険者の二人はそう言ってそれぞれ武器を取り、兵士達と共に魔物との戦いに身を投じて行った。
「氷晶は連なる牙突、常闇の風は狂気を宿し吹雪と成す。吹き荒れろ! ブリザード!」
エクスエルの魔法によって魔物は次々と倒されていく。
洗練された破壊術師にとって対多数の戦いはもっとも得意とする状況であり、エクスエルにとっても十八番と呼べる場面であった。
戦局はエクスエルを現在中心に進んでいる。
「ロノム! ここは私が受け持つ! あのうすらバカを何とかしに行け!」
「オーケー! ルシアさん! ここはエクスさん達に任せて、俺達はマクスウェルだ!」
「了解しましたロノム隊長!」
魔物と人による乱戦の中、ロノムとルシアは魔物の間を抜け出しマクスウェルが陣取る高台に向けて駆け上がる。
「ネシュレム! ロノムを援護しろ!」
「エクス……分かった……!」
エクスに命じられ、ネシュレムも防御の魔法を使いながらロノム達についていった。
「は! させるかよ!」
一方のマクスウェルは杖を左右に振り、自分へと迫るロノムとルシアに対して魔物の群れを差し向ける。
「この世界は……涙色に染まる……冷たい牢獄……。かつて愛しあった二人も……今は互いに……拒絶して……、鎖に繋がれ……心を……閉ざす……。孤独と共にあれ……、グリーフ・プリズン」
しかしロノムとルシアの周囲には球体上のバリアが張られ、僅かな間ながら魔物を寄せ付けない。
その猶予時間を使って二人はマクスウェルへと距離を詰めていく。
「ちっ! どいつもこいつも鬱陶しい!」
ロノム達が目前へと迫ってきたところで、マクスウェルは鳥型の魔物の背に乗り込み空中に飛び立とうとした。
「ルシアさん!」
「はい!」
しかし鳥型の魔物が大地を蹴ったまさにその瞬間に、ルシアが高台を駆け登りながら狙いを定め発砲する。
弾丸はマクスウェルにこそ当たらなかったが彼の騎乗する鳥型の魔物の腹部へと命中し、魔物は地上から僅かに飛び上がったところでバランスを崩した。
「うわ!?」
マクスウェルも魔物の背から振り落とされ、岩だらけの山肌へと投げ出される。
「たっ!」
他方、ロノムは鳥型の魔物がバランスを崩した際に生まれた隙を逃さず一足飛びに迫り、その首を落として砂へと還した。
「あんた……! よくもやってくれたな!?」
マクスウェルは何とか体勢を整え立ち上がると、何体かの魔物を自分の周囲に呼び防御を固める。
高台の上でロノムとルシア、そしてネシュレムが対峙し、今まさにマクスウェルとの間で戦いが始まろうとしたその時だった。
「!?」
突如ロノム達の足許が鳴動し、高台となっていた岩場が崩壊する。
高台は地滑りを起こし、巨大な岩場はロノム、ルシア、ネシュレムとマクスウェルを乗せたまま山肌を滑り落ちていく。
四人と数体の魔物は岩場と共に山の中腹に口を開ける崖下へと崩落していった。
「ネ……ネシュレーム!!」
僅かに離れた場所でその様子を見ていたエクスエルが、自らの持ち場を放り出しロノム達を追いかけようとする。
しかしエクスエルが職場放棄をしようとしたところで、メルティラとアイリスが彼のことを引き留めた。
「エクっさん! ネシュちゃんもルシアちゃんもきっと大丈夫です! ロッさんがついておりますから! ロッさんのことを信じて下さい!」
「私達はこの状況を切り抜けることの方が先決です! 魔物の群れの殲滅は、エクスエル様が頼りなのですから!」
二人の言葉にエクスエルは我に返り、魔物達へと対峙する。
「あ……ああ……取り乱して済まなかった。そうだ、これほどの数の魔物を何とかできるのは、私達冒険者だけだったな……。ロノム……ネシュレムのことを頼んだぞ……!」
エクスエルはそう言うと、迫り来る魔物の群れに対して再び破壊術の詠唱を開始した。





