81.足を引っ張っていた無能な仲間に別れを告げたパーティリーダーは足枷がなくなり成り上がり街道を駆け上がる~今更自分の無能さに気付いたようだがもう遅い。土下座してきても知りません~(10)
「はぁーあ……今日も疲れた疲れた。あ、そういやティーリよ、オレ様宛のSランク記念トロフィー、まだこねえ?」
部屋の隅で経理仕事に勤しむティーリに対して、ボルマンが大あくびをしながら問いかけた。
「トロフィーなんて来るわけないじゃないですか……。そもそも詐欺だったんだし……」
生きる事すら面倒臭そうなボルマンに対して、顔に暗い影を落としながら心なしかやつれつつあるティーリが書類に数字を書きながら答える。
「だーかーらー、オレ様が詐欺になんてあうわけないだろ? あいつらはマジのギルド役員だったんだって」
最近のボルマンはいつもこんな調子である。
ティーリが二人組の詐欺師逮捕の新聞記事を見せても、頑なに認めようとしなかった。
そもそもボルマンはあまり字が読めないのであるが。
「ま、いいや。やることも終わったし今日はもう帰るわ。はー働いた働いた、いやー全く、大手アライアンスの団長様は大変だねぇ」
「ええもう酒でも何でも飲みに行ってください。今日もお疲れ様でした」
そんなティーリの言葉を聞いてか聞かずか、ボルマンは自身の肩をポンポン叩きながらさっさと執務室を後にし街へと繰り出していった。
ちなみに本日のボルマンの仕事は、ギルドに提出する書類の判子を一つ捺しただけである。
「はぁ……うるさいのが出て行ったのでようやく仕事に集中できる……」
横からあれこれ口を出してきたりちょっかいをかけてきたりしていたボルマンがいなくなったので、ティーリはようやく溜まっている書類仕事に集中し始めめることができた。
あの事件からしばらく経ったあと、一度は空中分解しかけていたアライアンス「レッド・ドラグーン」であったが、内情こそグズグズではあるものの老舗の看板に惹かれてやってくる冒険者もチラホラ現れ、所属している冒険者数も持ち直し何とか複数のパーティが組めるほどになっていた。
「もう少しでアライアンス経営を安定軌道に乗せることができるんだ……。そのために今ここで頑張らないと……!」
現状アライアンスの事務仕事や経営関係はほとんどティーリが一人でやっており、しばらくまともに休めていない体に鞭打ちながら、自分に言い聞かせるようにティーリは書類仕事へと向き合い続けている。
このような苦行を続けているのも全てはアライアンスメンバーのため、そして自分のためでもあった。
しかしティーリは知らない。
ボルマンの横暴とセクハラに耐えかねて、一パーティ分の冒険者が退団目前であることを。
頑張れティーリ、負けるなティーリ。
全てを背負い込む君に幸あれ。
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「いやー今日も忙しかったなー、団長も楽じゃないねぇ。そうだろ? ホリ」
「まあ、そうかもしれないッスね」
まだ日の高いお昼過ぎ、ティーリがひたすらに書類仕事をしている中でボルマンは腰巾着のホリドノン連れてアンサスランの繁華街をブラブラしていた。
ちなみにこのボルマン、最近は毎日が休暇日みたいなものである。
近頃はダンジョン探索にも行っていないし、アライアンスの仕事は最初から最後までティーリに投げっぱなしであった。
「ちょっとよっと、そこのお兄さん! いいものがあるヨ、買っていかないカ?」
「ああん? オレ様?」
そんなボルマンに対して、目抜き通りの露店が立ち並ぶエリアで商売をしている異国風の衣装に身を包んだ怪しげな男が声をかけてきた。
男に誘われるまま、ボルマンとホリドノンはその男が開いている露店の商品を物色し始める。
「なに、このダサい木彫りの熊」
「コレ、開運の置物ヨ。部屋に置いているだけで幸運が訪れるネ。お兄さん、どう?」
「ふーん。いや、オレ様幸運の女神様に愛されてるくらい幸運なのよ。だからそういうの別にいいわ」
不思議なポーズを取った木彫りの熊の置物に対して、ボルマンはそんな評価を下す。
「お気に召さなかったようネ……。それならコレは? 女にモテる首飾り! コレをつけてたら、もー女にモテてモテて仕方がないネ!」
「そんなこと言ったって、オレ様既にモテまくりよ? これ以上モテたら困っちまうんだよねー」
「そ……それじゃこんなのもあるヨ! 仕事運が上がるブレスレット!! もー仕事入りまくり儲かりまくりヨ!!」
「いやー、そうは言ってもオレ様ただでさえ今は多忙過ぎるのよねー。仕事とかはもーいーわ」
「こ……こ……こ……攻撃が当たるようになる指輪!」
「オレ様の弓の腕前知らないっしょ? 百発百中のボルマン様とはオレ様のことよ」
この露店商に対して、ボルマンは非常に強かった。
なにせ根拠のない自信と壮大な自尊心の塊のような男である。
自分に対する巨大な評価については留まることを知らない。
「な、なにか……なにか売れるモノ……!」
一方の露店商としても折角掴んだ客を逃したくはない。
ボルマンに対して何か売れるものを必死に探し続けている。
「お、この服かっけーじゃーん。なに、異国の?」
「お、おお、お兄さん流石、お目が高い! それこそ珍品中の珍品ヨ!」
露店商が商品を探している横でボルマンが選んだのは、趣味の悪い髑髏の文様と何らかの呪詛のような言葉が刺繍された、はっきり言えば着るやつはいないと思われる程趣味の悪いゴテゴテとした異国の服であった。
露店商としてもどう考えたって売れるわけがないと思っているが、知り合いの仕立て屋から頼まれ渋々店先に置いているものである。
しばらくしたら売れた体にして捨てようと考えていた商品であった。
「そう、これ着たらどんな醜男でもイケメンに見えるといわれている服ヨ! まさにお兄さんにぴったりネ!!」
「ああん? 醜男でもイケメン?」
「あ、いや、イケメンが、更に一層より引き立つ服……!」
露店商の言葉にボルマンは少し迷いながら、服を手に取りジロジロと物色し続ける。
「ふ~ん、なるほどねぇ……。ただ、オレ様はもう既に貴族のお嬢さん達も見惚れるほどのイケメンだから、こんないい服着ちまったらまた更にモテちまうよなぁ……。ま、いいわ。気に入ったから買ってくわ。ホリ、お前は? 何か買うの?」
「いや。自分は特にいいッスね」
「そ。ほんじゃ、行くか」
そう言ってボルマンは異国の服をハンガーから乱雑に引っぺがすと、ぼったくりと言って差し支えない価格を支払って意気揚々と去って行った。
「……確かにこの勝負はワタシの勝ちかもしれないケド……実質的には敗北ネ……。ワタシもまだまだってことヨ……」
何とかボルマンに商品を買わせることに成功した露店商であったが、そこはかとない敗北感が彼の胸のうちに残されていた。
この経験を糧に、露店商が後に世界を股にかける大商人となるのはまた別の話。
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「な、どうよオレ様! アンサスランに並ぶ者なしといった感じだろ!?」
「はあ、まあ、そういう感じかもしれないッスね」
先程露店商から購入した髑髏と呪詛が刺繍された服を早速着ながら、ボルマンは意気揚々と街を歩いている。
そこはかとなく周りの人間はボルマン達のことを避けているような雰囲気ではあるが、彼等はそれに気付かないし気にしない。
「よーし。いい服も買ったし、おねーちゃんのいる店に行って酒でも飲むか!」
「うッス。了解ッス」
そして街の人の視線など全く気付いていないボルマンは上機嫌になりながらホリドノンを引き連れて、女の子のいる飲み屋へと入っていった。
……その後、またしてもボルマン達は店内で昏睡し有り金を全てふんだくられてゴミ捨て場に放置されるという被害に遭う。
しかし、パンツ一枚で放り出されたホリドノンとは違い、今回ボルマン自身は身包みを剥がされることはなかった。





