80.ロノムは我に返り、冷や汗をかきながら席に着いた
「俺達はアンサスランの冒険者ギルドから依頼されて麓の町に来て、それでそこの領主様と冒険者ギルドに頼まれてここのダンジョンを探索に来たのだけれど、エクスさん達は?」
ロノムが未だに驚きを隠せずにいるエクスエルに対して言った。
ロノムとエクスエルの後ろでは、女子組四人が久々の再会に喜んでいる。
「あ、ああ。私達はあの後各地を放浪し、たまたまセリンヴェイルに立ち寄ったところで厄介な事件が起こっている事を知ってな。今はそこの冒険者ギルドに請われるままに、協力している」
「そうなのか。アンサスランの冒険者ギルドから何か言われて来ているのかと思ったよ」
「いや、アンサスランは無関係だ」
ロノムの言葉に対してエクスエルは「違う」と言ったジェスチャーをしながら返答する。
後ろの方ではネシュレムが珍しいポーズを取った猫のアクセサリーを三人に見せ、何やら盛り上がっていた。
「それはそれとして、山岳民族の一部が逃げていった。恐らく援軍を呼ばれるだろう。今すぐここを離れた方がいい」
「同感だ。一度セリンヴェイルまで戻ろう」
ロノムはアイリス達三人に、そしてエクスエルはネシュレムに合図を送ると、六人は荷物をまとめて集団で山岳地帯を下り麓の町まで戻っていった。
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「へえぇ~! なんとなんと君達まさか知り合い同士だったとは、アンサスランには沢山冒険者がいると聞いていたけど、そんな偶然もあるもんだねぇ~!」
冒険者ギルドの一室でクリストファー伯が全身を使って驚きを表現しながら、ロノム達に言う。
あの後、無事に山を下りてセリンヴェイルまで辿り着いたロノム達六人はまず冒険者ギルドへと向かった。
冒険者ギルドのギルドマスターに報告しようとしたところでクリストファー伯と副官のゼフィトがやってきたので、これから報告を共有する次第であった。
「それで、ロノム様一行とエクスエル様一行は別々の任に当たっていたと聞いていますが、それぞれどのような事がありましたか?」
「まずは私達から話そう」
ゼフィトの言葉に足を組みながら椅子に腰かけていたエクスエルが手を挙げて返した。
「我々側の大きな収穫としては、魔物を操るという男がいるということが分かった」
「魔物を操る男……?」
中央に座るセリンヴェイル冒険者ギルドマスター・デイノスが、エクスエルに聞き返す。
「ああ。その男が語るところによれば、そいつは麓の町や冒険者のことを偉く恨んでいるような口ぶりだったな。私とネシュレムもその男が操る魔物に襲われたわけだが、山岳民族の服を纏っていながら体型や顔つきは奴等とはかけ離れていたことに違和感を覚えた。顔立ちから見ればどちらかというとこの辺りの住人に近いといったところか」
エクスエルの言葉にクリストファー伯とゼフィトが顔を見合わせた。
「加えて特徴的だったのは、人の頭ほどもある宝珠を戴いた杖を持っていたことだな。宝珠は禍々しいまでの魔力を纏っており、それが魔物を操る核であると言われても不思議ではないような代物だった」
「人の頭ほどもある宝珠だって? もしかしたらそれは、ダンジョンコアかもしれない」
エクスエルの報告に対してロノムが割って入ってきた。
「ダンジョンコアだと……? 馬鹿を言うな、アンサスランでも噂の域を出なかった存在だぞ? そんなものが本当に存在するわけがないだろう」
「俺達が探索したあのダンジョンだけどさ、強力な魔物であふれてて全ダンジョンと比較してもかなりレベルの高いダンジョンだったんだ。で、そのダンジョン、不可解なことに比較的浅い層である三層にダンジョンコアが存在していたんだ」
ロノムの言葉にエクスエルは手を顎に当てながら考え込む。
「ううむ……確かに噂に聞くダンジョンコアであれば、魔物を操ることも可能だろうが……いやしかし……ダンジョンコアなんてそんな簡単に見つかるものか?」
「何だったらエクスさんとネシュレムさんも一緒に来て欲しい。二人にも見てもらった方が手っ取り早いと思う」
「はいはーい、盛り上がっているところちょっとごめんだよーん。此方達にとってはちょっと難しい話過ぎたので、その、まずはダンジョンコアについて詳しく教えて貰ってよーい?」
ロノムがエクスエルと話をしていたところで、クリストファー伯が手を挙げながら入ってきた。
「伯爵、エクスエル氏が報告の最中にご無礼をいたしました、申し訳ございません。まずはエクスエル氏の報告から吟味をお願いします」
クリストファーの言葉にロノムは我に返り、冷や汗をかきながら席に着いた。
その様子を見てアイリスは苦笑いを浮かべて掌を上にしながら「やれやれ」といったポーズをとり、メルティラとネシュレムは静かに微笑んでいる。
ルシアは何やら自分事のように思え内心ハラハラしていた。
「いや、私からの報告は以上だ。ロノム、ダンジョンコアについて説明してやれ」
「あ、ああ。ええとですね……ダンジョンコアについて話しますと……」
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「んなるほどねぇ~。確証はないにしろ、ダンジョンはそんなものによって制御されてるってことなんだねぇー。いんやー世の中は此方の知らんことばかりでんなぁ、なるほどなるほど」
クリストファー伯が必要以上にうんうん頷きながらロノムの説明に対して感心する。
「はい。ですので明日もう一度件のダンジョンへと赴き、本格的な調査をしようと思います」
ロノムのその言葉に対してクリストファー伯が両手でバツを作り、ストップをかけた。
「明日はダメだよー、君達はお休みお休み。それに、此方達の方がやるべき宿題ができたからねぇ~」
「え?」
クリストファー伯の言葉にロノムが思わず声を上げる。
「ゼフィトー、此方達の領内くまなく調べて、なんか此方達に恨みを持ってそうな人を探そか~」
「はい。了解いたしました」
「いやー大体わかったよ~。ほんと、君達に頼んでよかったよかった、トントン拍子に話が進んでいくね~。疲れただろうから君たち全員、しばらくは町の宿屋でゆっくり休んでね~」
「い、いや、しかしだな……」
ロノムに続いてエクスエルもクリストファー伯の真意が分からず異を唱えようとしたが、ゼフィトがそれを制し説明を始めた。
「伯爵はこう申しております。ダンジョンの難度を考えると、何日も連続で探索することは現実的ではないでしょうから次の行動に備えて英気を養って頂こうと考えています。それに、今ダンジョンへと向かえば山岳民族の戦士達ともかち合うでしょうから無駄に疲弊する可能性も高くなります。貴君等が休息をしている間に、我々は男の素性を探るつもりです。その男が領内の者であれば、五日ほどお時間を頂ければ素性もわかるでしょう、ということです」
ゼフィトのその言葉に、ロノムもエクスエルも納得するしかなかった。
「うちの領地せっまいからね~。領民はみーんな顔見知りみたいなものなのよー。だから、うち出身ならすぐ分かるんじゃないかなぁ~」
「流石に領民全員の顔を覚えている変態は伯爵くらいのものでしょう。ああ、ロノム殿にエクスエル殿、自慢になってしまいますが、領内には美味しいものも美しい景色も揃っておりますし少し山を登れば温泉もありますので、我等の調査が終わるまで領内の観光地を巡りつつごゆるりとお過ごしくだされば幸いです」
ゼフィトはロノム達に恭しく礼をして、部屋を後にする。
「そいじゃ、此方達も仕事に取り掛かるからさぁ、デイノスも手伝ってねぇん」
「承知いたしました。所属の冒険者達に仕事を出しますので、なんなりとお申し付けください」
伯爵によって色々と話が進んでいく中、ロノム達は束の間の休息を取ることとなった。
休憩と聞いて女子組四人が「あの喫茶店が気になっている」とか「この辺りには変わった染物があるので仕立て屋に行こう」と言った話で盛り上がっている中、基本的には仕事一筋のロノムとエクスエルは互いに顔を見合わせて苦笑いを浮かべる他なかった。





