79.ダンジョン探索(2)―ロノムは咄嗟にダンジョンコアから手を引き、悲鳴をあげながら後ろの方へと転がり込こんだ
「これは……恐らくダンジョンコアだ。どうしてこんなところに……」
金属製の壁や床に囲まれたその部屋は、大広間と言って差し支えない程の広さを持つ空間であった。
他に何もない部屋の中心部には軟性のパイプをいくつも纏った金属製の台座があり、台座の上には金属ともガラスともつかない人の頭のサイズほどもある宝珠が鎮座している。
「ダンジョンコア?」
「ああ。この宝珠はダンジョンコアというもので、このコアがダンジョン全体を制御しているんだ。ダンジョンコアは魔物の発生やトラップの発動、他にもダンジョン自体の修復や防衛といったものをコントロールをしていると言われている存在だよ」
ロノムは三人を下がらせて一人でその宝珠へと近づき、まじまじと観察する。
「そしてダンジョンコアはダンジョンの本体と言って差し支えない存在だ。だから、通常であれば人の手の届かないような深層……例えば十層やそれよりも遥か下層にあるという話だし、こんな浅い層に存在していることはまずない……はずなんだけど……」
「なんと、そんなに大事なものなのですか。例えばそれを……えーと、回収したり壊したりしたらどーなるのです?」
アイリスがいつもどおりの軽い口調で不穏な事をロノムに聞いた。
「どうなるか……どうなるんだろうか、分からない。回収されたというニュースや過去の記録は見たことがないし、念入りに調査されたという記録もないんじゃないかな……」
そう言いながらロノムはダンジョンコアへと手を伸ばす。
「……!」
ロノムがダンジョンコアに手を触れた瞬間であった。
突如視界が閉ざされ、ダンジョンコアから旧文明時代のものと思われる知識や情報の洪水、そして苦悶や破壊衝動といった負の感情がロノムへと流れ込んでくる。
ロノムは咄嗟にダンジョンコアから手を引き、悲鳴をあげながら後ろの方へと転がり込こんだ。
「ロノム隊長、大丈夫ですか!?」
ロノムの尋常ならざる様子を見て、三人がロノムのことを抱え上げようとする。
「すまない、俺は大丈夫だ……。しかし、ダンジョンコアはダメだ。これは触れてはいけないものだ……」
額に脂汗を滲ませながらロノムが三人へと答えながら立ち上がった。
あと少しダンジョンコアに触れたままでいたら、途方もない情報の洪水と負の感情にロノムの精神は圧し潰されていただろう。
「ロッさん、お疲れのところ悪いのですが、向こうの通路から魔物が来てます。指示をお願いします」
ロノムの様子を心配しながらも周囲を警戒していたアイリスが声をかける。
「ああ。物資も少なくなってきたし、今日の探索はここまでにして一旦撤退する。ダンジョンコアについては今すぐどうにかできるものじゃないな。セリンヴェイル冒険者ギルドと協議して、アンサスランに指示を仰ぐなりして考えよう」
多少の目眩を感じながらもロノムは気合を入れ直し、一行は魔物達から逃げるように広間からもと来た道を引き返し始めた。
*****************************
「おー。ようやく出口が見えて参りましたねー。長かったー」
「残弾もギリギリでした。何とか間に合って良かったです」
横幅が広く先の長い通路の前方に、ダンジョン内の明かりよりも強い光が見え始めてきた。
アイリスとルシアの二人が一歩前を歩きながら、前方に見える出口へと向かっていく。
「前方にはもうトラップはないみたいだ。魔物の反応もないしもう安心だね」
出口が付近まで来たことによって若干の安堵を覚えながらロノムは先を行く二人に答え、ここから先はもう魔物との戦闘は無いだろうと生命反応感知の魔法を解除しようとしたその時だった。
「待った! 出口のところに人型生物集団の反応がある!」
ロノムが叫んで何かしらの指示を出そうとするよりも前に、アイリスは早口で詠唱に入る。
「ふわふわの浮雲は妖精達と踊りたい。妖精達は浮雲に一つ条件を持ち出した。私達のお洋服になりなさい。展開せよ! クラウド・ウォール!」
アイリスの魔法によってロノム達が霧に包まれたところで、ダンジョンの出入口の方から何本も矢が飛来してきた。
それと同時に鮮やかな染料で染められた衣服をまとった人型種族の集団……山岳民族の戦士達がダンジョンへと雪崩れ込んで来る。
「ま、まずい! ダンジョンに入ってきちゃダメだ! 想定外に人が増える事で、ダンジョンがどんな牙を剥くか分からなくなる……! こんな凶悪なダンジョン、尚更だ……!」
しかしロノムによる忠告の叫び声も虚しく山岳民族の戦士達は次から次へとダンジョンの長い通路へと駆けこんで来た。
戦士達がダンジョンに侵入したところで、突如彼等がいる場所の横壁が崩壊する。
そして壁の向こう側からはアークメイジやデュラハンといった魔物が複数体出現し、その魔法と剣でもって山岳民族達を次々と葬っていった。
一方のロノム達もその有様の単純な傍観者ではいられない。
背後から魔物の集団が迫ってくることが感じ取れた。
「く……ここも危険だ! 何とか出口まで脱出するぞ! この状況、ダンジョンの中よりも外に出て奴等に囲まれた方が余程マシだ……!」
そう言ってロノムは罠感知の魔法を再び展開すると、目の前から出入り口に向かって先程まではなかった筈のトラップが方々で活性化しているのが分かった。
「ああもう……! 三人とも、絶対に俺から離れないように! そして絶対に何があっても俺の通った道を通り可能な限り足跡も俺にあわせるように! 下手な場所を踏んだら全員まとめてサヨナラだ!」
「中々無茶な要求をされているような気もしますがりょーかいしました!」
ロノムは慎重かつ出来るだけ急ぎ足で出入り口へ向かって行き、後ろにいる三人もそれに続く。
一方で山岳民族の戦士達は一旦戦う相手をロノム達から大量に現れた魔物に切り替えるも、あるいは魔物倒れ、あるいは途中で爆発のトラップに引っかかったりして次第に数を減らしていった。
そんな混乱を横目にロノム達四人はトラップを回避しながら山岳民族が魔物と戦う横をすり抜け、何とかダンジョンの出入り口へと到達し転がりながら脱出した。
しかしそこには数十人の山岳民族の戦士達が待ち構え、ダンジョンの出入口と共にロノム達を包囲している。
流石にこの状況はどうにもできずロノムは愛用の斧を地面へと投げ捨て、後ろにいる三人にも武器を置くよう目配せした。
「果たして私達を、生かして下さるでしょうか……」
敵の戦士達が作る槍衾の前に両手を上にあげながら、メルティラが小声で呟く。
「どうだろうな……。俺達を人質として使うつもりならまだ助かる望みはありそうだけど……」
そうメルティラに返しながら、ロノムが山岳民族の戦士達に何か問い掛けをしようと思ったその時だった。
「吹き荒れろ! ブリザード!」
戦士達の頭越しに聞こえてきた魔法の詠唱と共に、ロノムを取り囲む戦士達の間に吹雪が吹き荒れる。
山岳民族の戦士達はあるいは雪の嵐に吹き飛ばされ、あるいはその場に踏み留まりながらも体勢を崩していく。
「ロノム様!」
「オーケー!」
ロノムとメルティラは降って湧いたその隙を逃さず武器を拾い上げ、算を乱した山岳民族の戦士達を次々と斬り伏せていった。
「ルシちゃん! 我々もやってやるですよ!!」
「了解ですアイリスさん……!」
そして二人よりも一手遅れてアイリスとルシアも攻勢に回り前線で戦うロノムとメルティラを援護する。
ロノム達一行が何とか山岳民族の戦士達全てを沈黙させ安全を確保したところで、フードを被った冒険者の二人組が近づいて来た。
「ありがとう。すまない、助かった」
ロノムが四人を代表してフードを被った二人組に礼を言う。
「お前達も冒険者だな。見たところダンジョン探索を命じられたようだが、セリンヴェイルの冒険者ギルド所属の者か? て……お前……ロノム!? どうしてここにいる!?」
「え? あれ!? エクスさん!?」
二人組の冒険者がフードを脱ぐと、そこにはロノム達が見知った顔があった。





