77.お祖父ちゃんも元冒険者で、この武器もお祖父ちゃんの形見なんですよ
「とりあえず買い出しはこれくらいでいいかな。思っていたよりも物資の調達が捗って良かった」
「本当ですね。セリンヴェイルまで来る途中にあった町よりも、品揃えが豊富でした」
雲は多いながらも暖かい太陽の日差しが降り注ぐ空の下で、ロノムとルシアは大きな荷物を抱えながらセリンヴェイルの中心を走る目抜き通り沿いの商店街を歩いていた。
買い出しと情報収集を兼ねた散策であり、アイリスとメルティラはそれぞれ宿で別の用事を済ませている。
「そうだ、ルシアさん。弾丸の残りはどう? これからの戦いで足りそう?」
「はい、残りは充分あります。それに先程お邪魔した鍛冶屋さんでいくつか作って貰えそうです」
「それなら良かった。武器がある限りは戦い続けられる俺やメルティラさんと違って、ルシアさんは残弾の管理もあるから大変だよね」
「慣れればそこまで大変ではないですよ。それに、残弾の管理も射撃士の仕事の一つですから」
業務上の必要な会話をルシアとしながらロノムが町を見回してみると、町人達に混ざって冒険者と思われる連中も多いことが見受けられた。
商人シイナが言っていたとおり、周辺の冒険者達がこの町に集まってきているのだろう。
「結構冒険者がこの町にきているみたいだね。これだけ集まっているとなると、依頼人であるクリストファー伯の金払いはかなりいいのかもしれない」
「アンサスランの冒険者とは何だか雰囲気が違いますね。たまたまなのかもしれないですけど、単独の冒険者も多いみたいです。アンサスランではソロの冒険者はほとんど有り得ないので、なんだか新鮮な気分です」
ルシアも物珍しそうに町を見回しながら、ロノムと会話をする。
冒険者達の持ち物もダンジョン探索に特化したアンサスランの者達とは異なり、主武器とは別に農耕に使う鍬や採掘に使うピッケルといったものを背負っている冒険者も多く見られた。
「ルシアさんはシルバー・ゲイルに入る前に、アンサスラン以外で冒険者をしたことはある?」
「いえ、アンサスランの外で冒険者をやったことはないです。僕はずっとお祖父ちゃんにアンサスランで育てられていたので、冒険者を始めたのもアンサスランからなんです。お祖父ちゃんも元冒険者で、この武器もお祖父ちゃんの形見なんですよ」
そう言いながらルシアは太腿のホルダーに入れた銃を右手でそっと撫でた。
「そっか。お祖父さんもルシアさんが立派に育って自分の武器を引き継いでくれて、嬉しいだろうね」
「ありがとうございます。お祖父ちゃんもずっとアンサスランにいたので、アンサスラン周辺から外に出たのもこの間王都に行ったのが初めてでした。ロノム隊長はアンサスラン以外でも冒険者をやっていたのですか?」
「ああ、まだ駆け出しの頃にね」
ロノムはアンサスランの外出身であり、若い頃にアンサスランへと流れついた。
アンサスランに定住して以降はダンジョン探索中心の生活となったが、流浪の冒険者時代の経験は今でも生きていると思っている。
「アンサスランの冒険者はちょっと特殊なのであまり当てはまらないけど、実際の冒険者は便利屋とか傭兵と言った存在なんだ。基本的には貴族や商人、そして町の有力者の依頼を中心にこなしていくのが冒険者だから、ダンジョン攻略を中心とする冒険者はあまりいないかな」
「そうなんですね。ええと、そうなるとアンサスラン以外のダンジョンはあまり攻略されていないんですか?」
「うん。もちろんそれも冒険者の仕事だけど、ダンジョン攻略はリスクも高いので生業にしている冒険者自体が少ないよ。だからなにかダンジョン絡みの問題が起こると、我々アンサスランの冒険者が頼られるんだ。アンサスランの冒険者がダンジョン攻略を中心にしているのは、冒険者ギルドがダンジョンに関するノウハウをきっちりと体系化しているからだね」
アンサスランに定住してダンジョン攻略を生業としていなければ、自分は今でも普通の冒険者としての生活を送っていたのだろうか。
そんなことを思いながら、ロノムは町行く冒険者のことを横目で見る。
「ルシアさんも、まだ若い中でこうしてダンジョン攻略と普通の冒険者の生活を両方こなせているのは貴重な体験になると思う。やることも多くて大変だとは思うけど頑張って欲しい。給金はちゃんと支払うからさ」
「ありがとうございます。シルバー・ゲイルの力になれるよう、頑張ります!」
「ああ、宜しく頼む」
ルシアにしろアイリスにしろメルティラにしろ、ロノムよりも随分と年若い。
特にルシアについては年齢的に言えばまだまだひよっこと言って差し支えはないだろう。
にも拘らず高いランクを維持しながらロノムのことをよく支え、着実に経験を積んでいっている。
「俺もまだまだ負けてはいられないな」
町の様子を見回しながら、少しだけ斜め後方を歩くルシアには聞こえないようにポツリと呟いた。
彼女達はロノムにとって良き仲間であり良きライバルである。
三人達のためにも自分のためにも、ロノムは良き団長であろうと改めて心に誓いを立てた。
「そう言えば、山の方に行くと温泉があるみたいですよ」
大通りの前方に広がる冠雪した山々を眺めながら、ルシアがロノムに言う。
「温泉か。アンサスランにも共同浴場はあるし風呂に浸かることもあるけど、共同浴場とどう違うんだろうね」
「今回の件が終わったり余裕ができたりしたら、皆さんで行ってみませんか?」
「ああ、そうしようか」
ロノムとルシアはそんな会話をしながら、アイリスとメルティラの待つ宿へと戻っていった。
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翌朝、ロノム達一行は目標のダンジョンに向かって山岳地帯を歩いていた。
白く降り積もるというほどではないものの、昨日のよく晴れた空とは違って全体が雲で覆われており、チラチラと雪も舞っている。
そんな中、先頭で感知の魔法を展開しながら歩いていたロノムが足を止めた。
「どうしましたか? ロノム隊長」
「前方に魔物を三匹ほど感知した。大きさからいってワーウルフか何かだな」
立ち止まった後、僅かな時間だけ無言でいたロノムであったがルシアの声を聞いて三人に呼びかけた。
その言葉を聞いてアイリス、メルティラ、ルシアの三人は警戒しながらそれぞれ武器の用意に入る。
「今度はワーウルフですか。さっきはサラマンダーとヴァイパーでしたね。先程から戦っている魔物達も、山岳民族と共に戦っている魔物なのでしょーか?」
アイリスが背負った鞄を置き杖を構えながら、ロノムに聞いた。
「分からない……。サラマンダーやヴァイパー、そしてワーウルフならダンジョンから外に出て活動することもあるし、どちらとも言えないな……」
ロノム達は途中で魔物に何度か遭遇しているが、いずれも難なく撃退しながらここまで来ている。
しかし途中で出くわした魔物の中には、少なくともオーガやリザードマン、ミノタウロスといったようなダンジョンから外に出てこないタイプの魔物はいなかった。
それ故に今まで戦ってきた魔物が山岳民族の操る魔物なのかどうか、ロノムにはまだ判別できない。
「ただ、近くに人間や他の人型種族はいないみたいだ。今のところは山岳民族と戦闘になることはないと思う」
「その方が有難いです。正直に申し上げれば、人と戦うのは苦手ですから」
メルティラがそんなことを言いながらいつもと同じような笑みを浮かべ、片手剣と盾を構える。
「ともかく今は目の前の魔物に集中しよう。シルバー・ゲイル、戦闘準備だ」
「了解です!」
三人はロノムの言葉に対して元気よく返事をすると、それぞれ自分の武器を構え魔物の襲撃に備えた。





