74.魔物達との直接的な戦闘に慣れたロノム達にとって、訓練された者達相手との対人戦の駆け引きはやりにくいことこの上ない
「泉の女神様は善き勇者に祝福を授ける。その抱擁は冷たくも温かい水の羽衣。展開せよ! ハイドロヴェール!」
アイリスの防衛魔法が飛来してきた火球の魔法を防ぐと共に、戦端が開かれた。
「シイナさん、町に向かって全力で逃げてくれ! 俺達はあの集団を引き付ける!」
「わ……分かった! 頼んだよ!」
ロノムの言葉を聞いたシイナは荷車を引いている馬に鞭を打ち、街道を急がせる。
「アイリスさんはそのまま馬車に乗ってシイナさんの護衛を! メルティラさん、ルシアさん、奴等を倒すぞ!」
「しょーちしました!」
「承りましたロノム様!」
「りょ、了解です!」
ロノムの指示と共にアイリスは急いで馬車に駆け込み、メルティラとルシアはロノムと共にその場で相手を待ち構えた。
一方の人型種族と魔物の交じり合った軍勢も、街道を走る馬車を追う者と待ち構えるロノム達両者に向かってそれぞれ襲い掛かってくる。
人型種族はこの国の騎士団や兵士と言った格好ではなく、鮮やかな染料を使った山岳民族特有の衣服を身に纏っていた。
「ルシアさん、馬車を追っていく勢力に射撃を頼む、弾が届かなくなったらこちらに加勢をしてくれ!」
「はい!」
ロノムの指示の元に、ルシアはアイリス達を乗せた馬車を追っていった軍勢に対して発砲する。
人型種族と魔物がいくつか倒れた後、相手が射程の範囲外に出ていったのを確認した後にルシアはロノム達の加勢へと回った。
「ごめんなさい……! 少しは倒せましたが結構な数が向こうに行ってしまいました!」
「構わない。騎兵はいないし魔物も足の速い種族はいないようだ、アイリスさんがいれば充分撒ける! こっちに集中しよう!」
ロノムが眼前に迫ってきた敵勢力を見極めながら、ルシアを鼓舞する。
「させませぬ!」
他方、メルティラはロノムとルシアよりも一歩先に行き、最前線で迫り来る軍勢と相対した。
軍勢はメルティラを取り囲むも彼女の持つ大盾と片手剣に阻まれ、思うような攻撃ができない。
その隙を突いてロノムが敵勢力へと突撃し愛用のハンドアックスで蹴散らしながら、相手の数を減らしていった。
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鮮やかな色の衣装を纏った人型種族と魔物に追われながら、荷馬車は下り坂となっている街道を駆け降り一目散に町へと向かって行く。
「魔女に目を付けられたお姫様。困った王様は賢者を訪ね、おまじないを教わった。防げ! プロテクション!」
アイリスは飛来してきた魔力の矢を防御魔法で防いだあと前方の方へと目を移し御者台の様子を確認する。
「ああもう、ここまで来るのに歩かせすぎたのか、馬もスピードが出ないね! このままじゃ奴等に追いつかれちまう……!」
御者台ではシイナが必死の形相で鞭を打っているが、馬車馬二頭もこれが精いっぱいといった感じの走りである。
「お馬ちゃんたち大変ですか!? 人以外に効くかどうか分かりませんが、少しお待ちください!」
荷馬車前方の方へと移動したアイリスは精神を集中し、魔法の詠唱を始める。
「砂漠を彷徨う旅商人は、疲労と空腹のうちに夢を見た。再び目を開くとそこには天国か蜃気楼か、眼前にオアシスが現れ旅商人の渇きを潤していく。精力よ満ちよ! レストフィールド!!」
詠唱完了と共にアイリスの周囲に緑の光が舞い踊り、馬車を包み込んでいった。
その光に触れた馬二頭は再び元気を取り戻し、その脚を力強く前へと運んでいく。
「お、おお、いい子達だ! 町の門を潜ればこっちのものだよ、そのまま走り続けろー!」
シイナの掛け声とともに荷馬車は緑色の光を纏い追い縋る軍勢を引き離しながら、セリンヴェイルへと向かって行った。
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「は!」
ロノムのハンドアックスが飛びかかってきたワーウルフの首を刎ねる。
アイリス達が逃げていく一方、ロノム達と対峙していた敵勢力は数を減らしていた。
魔物はその全てが倒され砂へと還り、残った人型種族達は間合いを取りながらロノム達三人を半円形に取り囲んでいる。
「どういたしましょうか、ロノム様」
傍にいたメルティラは多少息が上がりつつも静かにロノムへと聞いた。
「魔物だったら有無を言わずにどちらかが倒れるまでこちらを襲ってくるんだけどな……。人相手はどうもやりにくい……」
魔物は全て倒したが残された人同士の戦場は互いに睨み合いが続き、どちらも決め手が欠ける状況となっている。
というよりも、ロノム達には援軍がないと見て、相手方が時間を使っているような状態であった。
ルシアが銃を構えれば相手も盾を構えて受け流す体勢を取り、メルティラやロノムが突っ込んで行こうとすればそれに応じて相手も退いてくる。
魔物達との直接的な戦闘に慣れたロノム達にとって、訓練された者達相手との対人戦の駆け引きはやりにくいことこの上ない。
「状況的には加勢がほぼ望めないこちらの方が圧倒的に不利だ。何とかこの場を脱したいところだが……」
「僕たちに加勢が来るとしたら、アイリスさんがこの状況を町に伝えて衛兵が駆けつけてくれる感じでしょうか。随分と時間がかかりそうですね……」
ルシアが戦闘態勢を維持しながらロノムに答える。
現状では遠隔攻撃であるルシアの銃が頼りであるが、弾丸の予備は馬車に載って町まで行ってしまったためこれ以上無駄弾を消費するわけには行かない。
しかし、ロノム達が相手の出方を窺いながらジリジリと時間だけが過ぎていく中で、敵勢力の後方から別の軍勢がこちらへと向かってくるのが見えた。
「!」
こちらに向かってくる軍勢に気づいた敵勢力のリーダーと思しき人物は左手を上げ、その合図と同時にロノム達を囲んでいた人型種族達は撤退しようとしていく。
しかしその動きは時すでに遅く、甲冑姿の騎馬隊が彼らを取り囲み次々と討ち果たされていった。
「よ~しいいよいいよ~。悪い子達は生かさず殺さず抵抗させず、どんどんしまっちゃおうね~」
一際立派な馬に乗った、長い金髪を二本のおさげにまとめている甲冑姿のうら若き乙女が、やけにのんびりした声を上げながら騎馬隊を指揮している。
背の高さとしてはアイリスくらいの低さであろうか。
そんな彼女の間延びした声とは反比例するように、率いられている騎兵達はキビキビと働き敵勢力の人型種族達を手早く倒しその身を拘束していった。
「いや~助けに来るのが遅れてメンゴメンゴ。我々と交戦していた軍勢の一部が君達の方へ行ったのは確認できていたから、本当はもう少し早く加勢に行く予定だったのだけれどねぇ~。君達が思いのほか強いことが分かったから、先に本隊の方を何とかさせて頂いたってわけなのよ。このお礼は後でするから、許してねこねこ」
女性は騎馬隊の先頭に出て馬から降り片手を振りながら、ロノム達に向かって緩ーい感じで挨拶をする。
「い、いえ、こちらこそ助かりました」
呆気にとられながらロノムが騎馬隊を率いる女性に対して礼を言った。
ロノムの後ろでメルティラとルシアが互いに顔を見合わせている。
ロノムとしては自分達を助けてくれた騎馬隊に対してもう少し格式ある礼をしたいところであったが、女性の口調や態度があまりにも場にそぐわない感じであったために、何だか肩透かしを食らってしまった気分であった。
「んで、君達は冒険者かいな? いや~助かるよぉ~。知ってのとおり、今は人手がどれだけあっても足りないにゃぁ~んって状況でさぁ~、にゃんこの手も借りたいくらいなんだよ~。あ、もちろんにゃんこ達を戦場に連れてくることはしないよぉ~。動物愛護の精神は大事だし何よりかわいいからねぇ~。にゃんこといえば、此方の家にも何匹か飼ってるけどねぇ~あの子達もまたヤンチャでさぁ~」
「伯爵、毎度のことではありますが、また猛烈に話が逸れております。冒険者殿も伯爵のせいで大変困惑しておりますし我等としても伯爵の長話に付き合う気は毛頭ございませんので、単刀直入のご挨拶を」
騎馬隊の中では統率者である女性の次に位が高いと思われる黒髪に切れ長の目をした青年が、雇い主であり上司でありその一言で物理的に首すら飛ばせることができるはずの彼女に対して慇懃無礼すら通り越した直言をする。
「あははメンゴメンゴ。いやぁ申し遅れちゃったけどねぇ、此方はアレリア・ラ・フォーデン=クリストファー。当代のクリストファーだよぉ~」
血を血で洗う戦場を潜り抜けてきた後とは思えないほどの緊張感のなさと軽薄さで、甲冑に身を包んだ女性はロノム達に自己紹介をした。





