73.二十を越える野盗をたった四人で撃退したロノム達に対して、シイナは感嘆の声を上げた
「前方に数人、怪しげな人影が潜んでいるな。両脇からも敵意のある連中が何人か近づいてきている」
町を出てしばらく街道を道なりに進んだ先にある見通しの悪い林の辺りで、ロノムの感知魔法に何かが引っかかった。
「お? 野盗か何かでしょうか?」
「だろうね。戦闘準備に入ろう」
ロノムの言葉と共にアイリスとルシアが馬車の外に出て、メルティラと戦闘に関する打ち合わせを始める。
「林道は道が狭くて隊商が縦に長いからな……どこか防衛しやすい場所で戦えるといいんだけど」
「それなら、もう少し行った先に少しだけ広くなった場所がある。林の中には変わらないのであんまり見通しがいいとは言えないが、そこでできるだけ固まる形でいいかい?」
「ああ、固まってくれるとありがたい。そこで敵を迎え撃つことにしよう」
御者を務めているターバンを巻いた女性シイナはロノムと軽く会話をした後、隊商の面々に指示を出した。
荷物を目いっぱい積んだ馬車群は林道の中の少し広まった場所に出ると、出来る限り塊になるよう纏まっていく。
「アイリスさん、弓持ちが数人いるので基本的には隊商の傍で遠隔攻撃からの防衛を頼む」
「しょーちしました!」
「メルティラさんは遊撃しながら、ルシアさんはアイリスさんの防衛魔法に護られる範囲内で敵の数を減らしていってくれ。俺はある程度数が減るまで隊商付近で感知の魔法を展開しながら司令塔を続ける」
「かしこまりました。指示の程、宜しくお願いいたします」
「了解です、ロノム隊長」
ロノムが指示を出すと、三人はそれぞれ自身の戦いやすい位置へと向かって行く。
野盗と思われる連中が近づいてきている気配はあるものの、時間的余裕はもう少しありそうだった。
「奴さん方、どのくらいの数で来るかねえ」
馬が怯えないように落ち着かせながら、シイナがロノムに声をかける。
「相手は二十を少し越える程度かな。この辺りの野盗がどれだけの徒党を組んでいるか分からないけど、一般的には多い方と言えるな」
「まだ敵影も見えてないってのに大体の数まで分かるのかい、アンサスランの冒険者は凄いねぇ。いやしかしだ、二十越えるってのは結構な数なんだが……正直そんな数で来られるとは思ってなかったよ。四人で大丈夫なのかい?」
ロノムの回答にシイナの声に若干不安の色が混じる。
「アンサスランの冒険者は魔物相手中心だから対人戦の経験が多いわけではないけど、うちのパーティメンバー三人はそこらの野盗程度どれだけ束になってこようがやられることはないよ。そろそろ応戦するから、隊商のみんなは荷物や馬車の影に隠れていてくれ」
シイナにそう告げて、ロノムは馬車の席から立ち上がった。
「アイリスさん、弓持ち達の動きが止まった。恐らく配置についてこちらに狙いを定め始める頃合いだろう。防衛魔法を頼む」
「おっけーです! ふわふわの浮雲は妖精達と踊りたい。妖精達は浮雲に一つ条件を持ち出した。私達のお洋服になりなさい。展開せよ! クラウド・ウォール!」
アイリスの詠唱完了と同時に、隊商が雲のような霧に包まれる。
その様子を見て相手は焦ったのか、アイリス達や馬車に向かって矢が数本飛来してきた。
しかし相手の飛び道具は隊商を包む霧に触れると同時に人の目で目視できる程度に動きが鈍り、近くにいたメルティラに叩き落とされていく。
「そこ……!」
一方のルシアはアイリスの魔法で作り出した霧に隠れながら、矢が飛来した方へと銃弾を何発か発砲する。
その後遠くの方から三人ほどの男の悲鳴と共に木の上から人が落ちるような物音が聞こえてきた。
「街道を正面に見て右手側の人数が多い、弓持ち三人近接武器が十一人だ。正面から左手側には残り七人だな」
「承知いたしました。そちらは私がお相手いたしますね」
ロノムの声と共にメルティラが駆け出していく。
メルティラは大盾と片手剣で飛来する矢を受け流しながら木々の影から隊商に近づきつつある相手の集団へと突撃し、そしてアイリスもクラウド・ウォールを維持しながら突撃していくメルティラの武器に対して攻撃補助の魔法を付与した。
「ルシアさん、街道正面左手すぐの樹上に二人、弓持ちがいる。何とかなるか?」
「目視できました。この距離なら撃ち抜けます」
メルティラを見送った後、ロノムは馬車から外に出てルシアに指示を出す。
ロノムの指示に従ってルシアはターゲットに対して銃身を向け、二発だけ弾丸を発射した。
ロノム達を狙っていた弓持ち二人はそれぞれルシアの銃弾に足と肩を射抜かれ、木の上から落ちていく。
ロノムは相手の様子を最後まで確認することなく感知の魔法を展開し続け、メルティラの動向を追った。
「流石メルティラさんだな。十数人いた野盗があっという間だ」
ルシアと共に弓持ちを倒していた僅かな時間で、メルティラは右手側の野盗をあっさり壊滅させていたようだった。
ロノム達一行は合計で十数人の野盗を倒し、残った連中も隊商から離れ逃げていく。
ロノムはこれ以上残党を追う必要が無いことをパーティメンバーに指示し、荷物の間や馬車の影に隠れていた隊商の面々に安全を告げた。
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「いや、大したものだな……」
二十を越える野盗をたった四人で撃退したロノム達に対して、シイナは感嘆の声を上げた。
「それで、野盗はどうする? 倒した奴等も息はあるけど」
「このまま放置だな。ちょっと前までは王都から派遣されてきている警備兵に引き渡していたのだけれど、今はその警備兵も北方に人員を取られていて野盗を勾留する余裕もないみたいなんだ」
シイナがお手上げと言ったポーズをロノムにとり「どうにかならんかね」と一人呟く。
「ロノムさん、あんたらも傭兵として稼ぐために北方に行くんだろ?」
「いや。俺達はアンサスラン冒険者ギルドからの要請の下に、北方で何が起こっているのかを調査しに向かっているんだ。何でも相手方の軍勢に魔物が混ざっているみたいでね。そのことについて、シイナさんは何か知っていることとかある?」
「魔物か……。たまに隊商がゴブリンとかワーウルフに襲われることもあるにはあるんだが、それ以外のは見たことがないね……。そういうイレギュラーなこともあって、冒険者や王都の兵が北方に駆り出されているってことかねぇ」
ロノムの言葉にシイナは顎に手を当てながら少し考え、特に知っていることはない旨を伝えた。
「だろうね。解決したら、この辺りにも冒険者達が戻ってくるかもしれないな」
「ああ、私達としてもそれを願ってるよ」
シイナとそんな会話をして再び馬車に乗り込もうとしたところで、ロノムの足が止まる。
「おっと、また敵意のある連中がこちらに向かってきているな。次は十人程度だ」
「野盗の連中も久々の隊商なんで張り切ってる感じか……。できれば、その熱意をまっとうな仕事に向けてくれればいいんだがねえ」
シイナが隊商に野盗の到来を告げ、ロノム達は再び戦闘態勢に入った。
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「セリンヴェイルの町並みが見えてきたよ。ここに来るのも久し振りだなぁ」
御者台で馬を操るシイナが馬車の中にいるロノム達に大声で呼び掛ける。
冒険者ギルドのある小さな町から北方へと足を進めて十日、アンサスラン出立からは二十日程が経ったところで、ロノム達一行はようやく目的地である田舎町セリンヴェイルが見える場所まで辿り着いた。
複数の商人や荷運び人が寄り集まってできた大きな隊商も一人、また一人と目的地である町や集落に到着し、残りは隊商のまとめ役を買って出たシイナと彼女の荷馬車だけとなっていた。
「緑と山々に囲まれた良い場所ですね。思っていたよりもずっと美しい景色です」
「セリンヴェイルは小さな田舎町だけどいいところだよ、ちょっと山の方まで行けば温泉もあるし。それと、町の向こう側の小高い丘の上に建物が見えるだろ? あの立派な建物が、この辺りを治めるクリストファー伯爵の住まうお城さ」
馬車内の席に座り小窓から外を眺めるルシアの言葉にシイナが返す。
ロノムが前方に目をやると、冠雪した山々の麓に色とりどりの屋根を設えた建物が並んでおり、町の奥にある山の上には小さいながらも美しい白亜の城がそびえ立っていた。
「ロッさーん。前方左の方でわちゃわちゃと何やら起こってるみたいなのですがー」
ロノムが馬車内で感知の魔法を展開し続けながら町の方を眺めていると、外を歩いていたアイリスが声をかけてくる。
馬車から降りてアイリスの指差す方向を確認すると、どうやら遠くで少数の軍隊同士による戦闘が起こっているようであった。
「あれは?」
「なんでしょうかねぇ。ひょっとしたら、あれが噂の山岳民族とクリストファー伯との攻防戦なのでしょーか」
ロノムとアイリスが馬車と共に歩きながら対岸の火事といった雰囲気で戦闘の様子を見ていると、そのうちの一隊が分裂してロノム達の方へと突撃してくる。
「……て、こちらにも何やら一団が向かってきているよーなのですが!?」
「明らかに敵意剥き出しで近付いてきているな……! シルバー・ゲイル、戦闘準備だ!」
ロノムの言葉と共に馬車の中で待機していたメルティラとルシアも飛び出し、四人は防戦の構えを取った。





