72.冒険者として仕事の依頼を受けたいのですが
「馬車が出せない?」
北方の辺境領へと向かう旅程も半分が過ぎ、ロノム達の旅もここまでは順調だった。
しかし途中に立ち寄った中間地点にある町の辺りから、その雲行きが怪しくなってくる。
「それはどういうことでしょうか? 私達を乗せることに何か不都合でも?」
ロノムの後ろに控えているメルティラが、馬車の前に座っているターバンを巻いた女性に問いかけた。
アイリスとルシアの二人は別の場所で物品や食料の買い出しをしている。
「そうじゃないのさ。私達だって出来れば馬車の一つも出したいところなんだけどね、そうもいかない事情があるんだ。最近はこの辺りも物騒になってきていてね、護衛でもつけなきゃオチオチ街道も進めやしないんだが、その護衛を引き受けてくれる奴がいないんだ」
よく晴れた青空の下、数台の馬車が停留している町の駅で、長い黒髪を女性用のターバンで纏め上げた筋肉質の女性が木箱の上に座りながらロノムとメルティラに答えた。
「護衛の仕事は基本的に冒険者に頼んでるんスけどねぇ、最近はこの町に滞在している冒険者が少ねえんスよ。何でも国境付近の山を根城にしている奴等の侵攻が激化してきてて、冒険者連中が傭兵として取られちまってるって話でサ。こんな調子で物流も滞っちまってるし、俺達の商売も上がったりッスよ全く」
ターバンを巻いた女性の傍で暇そうにしていた短髪の男も会話に入ってくる。
彼女達の後ろを見ると、荷物を積み終えたまま出立ができないといったような馬車が何台も止まっていた。
「冒険者もいないわけじゃないけどね、今いるのは野草取り専門とか裕福な家の家庭教師専門とかそういった連中ばっかりだ。戦える奴はみんな、北方に行っちまった」
「護衛不足で人を運ぶ馬車も荷物を運ぶ馬車もここしばらく動いてねッスね。どっかに戦える冒険者とか転がってねッスかねぇ」
彼女達の言葉に、ロノムとメルティラは顔を見合わせる。
「その、私達も冒険者なのですが。アンサスランの」
「アンサスランの冒険者? 珍しいね。アンサスランを目指す奴はいてもアンサスランから出てくる奴は少ないから、アンサスラン出身の冒険者は滅多に見ないよ。結構前に二人組の冒険者がこの町を通ったっきりだ」
メルティラの顔を見ながらターバンを巻いた女性が答えた。
「いずれにしろ、俺達も街道を通って北方まで行かなければならないんだ。俺達でいいなら護衛の仕事を引き受けても構わないから、馬車を出してくれないか?」
「そうしてくれるなら助かるな。この町の冒険者ギルドに『ゼゼ商会』の名で護衛の依頼を出してあるから、冒険者ギルドに話を通してきてくれないか」
「分かった、冒険者ギルドに行ってみよう。メルティラさん、まずはアイリスさんとルシアさんを探しに行こうか」
そう言ってロノムはメルティラを連れ、アイリスとルシアを探しがてら冒険者ギルドへと向かって行った。
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冒険者ギルドは町の中心部から少し外れたところに立っていた。
「本当にここでよいのでしょうか……」
ロノム達と合流したルシアが不安そうにつぶやく。
この町の冒険者ギルドはアンサスランにある石造りの立派な建物とは違い、木造一階建てのおんぼろ一般住宅といったような佇まいであった。
「いちおー『冒険者ギルド』の看板が立っておりますので間違いないのではないでしょーか」
先程からしばらく眺めていても人の出入りひとつない建物を見ながら、アイリスが答える。
「ともかく、冒険者ギルドに入ってみよう。話はそれからだ」
……ロノム達が冒険者ギルドの扉をくぐると、薄暗い上にあまり広くはないホールの向こうに木造りのカウンターが鎮座していた。
小さなホールの壁やカウンターには冒険者向けの依頼書や宣伝用のチラシが貼りだされており、冒険者ギルドということで間違いはなさそうである。
木造りのカウンターの奥には年若い女性が気怠げに本を読んでいた。
「すみません、冒険者として仕事の依頼を受けたいのですが」
四人の先頭に立ち、ロノムが暇そう本を読んでいる不愛想な受付嬢に対して話しかける。
「仕事? なに、あんたら冒険者? まあ見た感じは確かに冒険者だけど、この町で登録した冒険者じゃないよね? ある程度ベテランの冒険者と見受けたけど、どこの地域の?」
受付嬢は本を閉じ、ロノム達のことを値踏みするようにジロジロと見回した。
「アンサスランです」
「アンサスラン……ね。あのお高く止まった連中かい」
面倒臭さと若干の棘が入り混じったような言葉で、受付嬢がロノムに対して答える。
「まあ、アンサスランの冒険者なら別にうちで登録したわけじゃなくても世話してやらなくもないよ。んで、受けたい仕事は?」
「順を追って説明するとですね、俺達は北方に向かいたいのですが護衛の冒険者がいなくて馬車が動かせないそうです。なので俺達が護衛の仕事を引き受けるので、馬車を動かして貰いたいわけです。先程お話しした方は『ゼゼ商会』と名乗っていました」
その言葉を聞いて受付嬢はぶつくさ文句を言いながらファイリングされた依頼票を取り出して並べた。
「んで、ランクは? アンサスランの冒険者ならランク持ってるでしょ? 四人ぽっちならCはないと、こっちとしても紹介できないよ。なにぶんこの辺りは物騒だからねアンサスラン様と違って」
「白兵士及び支援術師でCランクです」
受付嬢の言葉にロノムがアンサスランの冒険者ギルドから発行されているギルドカードを提示しながら答える。
「へぇ、二つの職でCランクなん。結構やるじゃんね。後ろのお嬢ちゃん達は?」
「治癒術師のSランクです」
「治癒術師のSラ……ふへ?」
「防衛士の同じくSランクを頂いております」
「ひょほ?」
「しゃ、射撃士のBランクです。あの、ごめんなさい、ランクが低くて」
「ふぁひゃ?」
受付嬢の態度を見るに、アンサスランから少し離れたこの町でも上位ランク冒険者という肩書は通用するようであった。
「あー……リーダーの俺はともかくメンバーのランクは充分だと思うので、北方へと向かう護衛の仕事を頂けないでしょうか。荷物が多く俺達としても出来れば馬車旅の方がありがたいので」
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「というわけで、俺達が乗客兼護衛となった。もちろん路銀もちゃんと支払うので、ここから北方に向けて行けるところまで頼む。俺はリーダーのロノム、右手からアイリス、メルティラ、ルシアの四人パーティだ」
「私はゼゼ商会の商会長、シイナだ。改めて宜しく頼んだよ」
結局ロノム達は複数の依頼を一手に引き受け、馬車九台荷馬十五匹の一大キャラバンとなった。
アンサスランのSランク冒険者と聞いて我も我もと輪が広がっていった感じである。
「それでは、私が最初に馬車の外を歩き周囲の警戒をいたします。何かありましたらご報告いたしますね」
「ああ、俺の方でも怪しい気配を感知したらすぐに伝えよう。宜しく頼む」
そう言ってロノムは馬車内の客席に座り、探索魔法を展開して索敵に集中する。
アイリスとメルティラ、そしてルシアの三人は交代で外を歩きながら周囲の警戒をすることにした。
「よし、それじゃあ出発だ! 久方振りの遠征だ、野郎共、気合入れてくよ!」
「「「おう!」」」
隊商のまとめ役を買って出たターバンを巻いた女性シイナが周りの商人や荷運び人達を激励する。
そしてロノム達と荷物を載せた馬車は小さな町の入口近くにある駅からゆるゆると動き出し、北へと歩を進めていった。





