71.アンサスラン冒険者の名に恥じぬよう、肝に銘じて行ってきます
「なるほど……人間の軍勢に魔物が混ざっていることまでは分かっていますが、ダンジョンがどう関係しているかまでは分かっていないと言うことですね」
「うむ。十中八九ダンジョン絡みではあると思うんだがな、向こうの冒険者ギルドの調査でも確たる証拠は出ていないそうだ」
冒険者ギルドにある会議室の中で、ロノムとフィスケルは打ち合わせをしていた。
ロノム側にはアイリスが、フィスケル側には年若い女性のギルド職員がそれぞれ同席している。
「あの辺りにある町……セリンヴェイルにある冒険者ギルドはそれほど大きくはないのですよね」
「ああ。セリンヴェイル自体があまり大きな町ではないからな。こう言ってはなんだが、特筆することもない田舎町だ」
セリンヴェイルとは、国境付近に存在する小さな町である。
国内街道のほぼ終着点にありその北方には山岳地帯が広がっているが、国境の向こうにある山脈地帯を根城にしている山岳民族の侵攻に絶えず晒されている町でもあった。
「アンサスランからは北方街道を通って馬車旅も含めて大体二十日くらいだろう。王都に行くよりも随分と時間がかかる計算となるかな」
「船は、船旅はありますか!?」
「いや、川沿いの旅程というわけではないので船はない」
「セーーーフ」
フィスケルの言葉に目一杯体を使ったジェスチャーをしながら、アイリスが安堵の表情を浮かべる。
「セリンヴェイル含め、あの辺り一帯を治めているのはクリストファー伯だ。クリストファー伯は近年代替わりしたばかりであるが、現当主は北方民族の侵攻をよく抑え込み我が国防衛の礎となっているそうだ。今回はそのクリストファー伯直々の応援要請だな」
そう言いながらフィスケルはファイリングされた資料をロノムとアイリスに見せた。
「クリストファー伯? どこかで聞いたことがありますね」
「紫紺の宝珠をローレッタ妃から下賜されたのが、確かクリストファー伯じゃなかったっけ」
「おー思い出しました。つまり、顔見知りですなあ」
「顔は見知ってないね」
アイリスとロノムのやり取りに対して「オホン」と咳ばらいをしながら、フィスケルが話を続ける。
「そもそもだ、魔物と人が共闘するなど聞いたことがない。君達も知ってのとおり、大部分の魔物はダンジョン防衛機構の一要素であり外に出るようなことはしない。例外的にダンジョンから出てきて人里を襲うタイプの魔物もいるにしろ、ダンジョンから大きく離れるようなことはないからな。クリストファー伯との連携のもと、周辺ダンジョンを探索して原因を調査が君達の役目だ」
「了解しました。しかし魔物というか……ドラゴンなら人との共闘も有り得るのでは?」
フィスケルの言葉にロノムが先の王都での騒動を思い出しながら問いかけた。
「いや。向こうの冒険者ギルドから送られてきた資料を見るに、どうもドラゴン族はいないらしい。オーガやリザードマンと言ったダンジョン防衛のみを是とする人型の魔物から、ワーウルフと言ったようなダンジョンから出てきて人里を襲うような獣型の魔物までさまざな連中の混成軍となっているようだな」
「なるほど……」
レポート形式で記載された資料を眺めながら、ロノムはフィスケルに返す。
「それと、今回冒険者ギルドからお目付け役を派遣するかどうかだが、役員は派遣せず君達シルバー・ゲイルに任せるという判断だ。現地での指揮権もロノム団長に任せる。……なんというか、アンサスランの方でも最近はダンジョンの関係でギルドの方も大忙しでな。前回は王都で今回は辺境領という差もあるが……まあつまり、君達を信用しているということだよ」
「分かりました。アンサスラン冒険者の名に恥じぬよう、肝に銘じて行ってきます」
「無論、留守の間君達のアライアンス本部はゲン含め冒険者ギルドがしっかり預かっておく。頼んだぞ」
*****************************
「人間達の軍勢に魔物が混ざっている……か……。どんな感じなんだろうね」
日も傾き始めた頃合いに、冒険者ギルド前から伸びている大通りを歩きながらロノムはアイリスに話しかけた。
「どーなんでしょーねー。ギルドの偉い人にも分からないとなると、現地で判断するしかないのでしょーかねー」
少しだけ周囲の目を気にしながら、アイリスがロノムに答える。
ロノムもアイリスもアンサスランの中ではかなり名の通った人物となり、こうして街を歩いていて声を掛けられることは滅多にないものの視線を向けられることは多くなった。
アイリスにとってはその視線に若干の居心地悪さを感じることもあるが「多少注目されるのは仕方がないですね」と割り切りながら自身が慣れるまでは我慢することにしていた。
「セリンヴェイルのことや魔物のことも含めて一応出立前に図書館に寄って情報を仕入れておこうとは思うけどね。しかし今回はギルドの御目付け役は無しか……。向こうの冒険者ギルドの規模も小さいとのことだし、我々で判断しなければならないことも多いかもね」
一方のロノムは自身に向けられている視線に気付いていないのか、それとも気付いた上で敢えて無視しているのかも分からないようなといったような感じでアイリスとの会話を続ける。
近頃ロノムは「周囲の好奇の視線やいらぬ雑音など気にする必要はない」といったような態度を見せることが増えてきた。
アイリスにとってはそんなロノムが頼もしくもあり、また、人生における目標のように感じることも多くなった。
「ふふふ。頼りにしてますよ、団長」
「こちらこそ頼りにしているよ、副団長」
アイリスが笑いそれにつられてロノムも笑う。
アライアンス内においてアイリスは明確に副団長という役職に就いているわけではないが、三人の中では一番年上と言うこともあり何だかんだで女子勢のまとめ役というポジションに落ち着いている。
そもそもシルバー・ゲイルは相も変わらず四人しかいないわけだが。
「夕暮れも近付いてきたし、少し旅用の買い物をしてからいつもの酒場に行こうか。今日はゲンさんもいるかもしれないし」
「そーしましょうかー。またしばらくあの酒場にも行けなくなりますしねー」
そんな会話をしながら、二人はアンサスランの大通りを歩いて行った。
*****************************
「それでは、北方のことは任せたぞ。シルバー・ゲイル」
「全く厄介で面倒な仕事を頼まれちまったけどよ、お前達ならやってくれると信じているぜ」
ロノム達の出立の日の朝、アンサスランの西門前には冒険者ギルドの役員であるフィスケルとゲンさん、そして数人のギルド職員が見送りに来ていた。
「まーかせてください! Sランク冒険者に恥じない成果を上げて参りますよ!」
冒険者ギルドのメンバーに対して朝からテンションの高いアイリスが手を振りながら返事をする。
「僕も皆さんの足を引っ張らないように頑張ります」
「私もしっかりと働いて参ります」
一方のルシアとメルティラも、アイリスほどのテンションではないながらもギルド職員達の見送りに笑みを浮かべながら答えた。
「本当はセリンヴェルまで向かう馬車を用意してやりたいところだがな。ギルドには北方に対して土地鑑のある者の伝手もないので、次の町からは馬車を乗り継いでセリンヴェイルへと向かって欲しい。すまない」
「いえ、大丈夫です。次の町までで充分ですよ」
馬車の窓から顔を出しながら、ロノムが申し訳なさそうな顔をしているフィスケルに言った。
「それじゃあシルバー・ゲイル、出発しよう」
「「「おー!」」」
そして馬車内へと顔を向けシルバー・ゲイルの面々を鼓舞し、三人も元気よく気合を入れる。
四人がしっかりと着席したことを確認したところで、ロノム達を乗せた馬車はフィスケルとゲンさん達に見送られながらアンサスランの西門から北の方へと延びる小さな街道を進みセリンヴェイルへと向けて出立していった。





