69.いやー付与魔法はダメダメですなぁロノム氏ー
「アイスブレード!」
ロノムは魔法詠唱の結びの言葉と共に愛用のハンドアックスを天に向かって掲げる。
詠唱完了と共に吹雪の奔流が巻き起こり、周囲を凍てつかせながら青白い氷の結晶がハンドアックスを覆っていく……ことはなく、ちょっとだけ涼しい風が周りに吹いただけだった。
「いやー付与魔法はダメダメですなぁロノム氏ー」
ロノムの傍で体育座りをしながら見ていたシャンティーアが、にやけ顔を浮かべながら肩をすくめ両の掌を上に向ける。
「付与魔法だけじゃないぞ。防御魔法も破壊術も治癒術もてんでダメだ」
ハンドアックスを下ろしてシャンティーアの方に向き直り、ロノムが真面目な顔をしながら答えた。
アンサスランの正門から少し離れた街道近くの平原で、ロノムはシャンティーアに魔法の稽古をつけて貰っている。
もっとも、先程からシャンティーアのアドバイスに従っているのにも関わらず探索魔法以外の魔法の腕はさっぱりなのであるが。
「昔から探索や調査、記録系の魔法以外うまく使えたためしがないんだ。何かコツとかないかなーと思ってシャンティーアさんに付き合って貰っているわけだけど、どうだろう」
「ロノム氏もご存じのとおり魔法のコツは人それぞれドラゴンそれぞれだし、ほとんど才能の世界だから教えられるものじゃないよ。私だってアイリス氏には治癒術、ロノム氏からは探索関連の魔法を色々と教えて貰いたいところだけど、ハッキリ言って教えるの無理でしょ? ま、基礎的な稽古くらいは何とかなると思うけどさ」
「確かになぁ」
シャンティーアの言葉にそう答えて、ロノムは草むらに背中から倒れ込んだ。
初歩的な魔法の使い方に関する本は図書館に行けばいくらでもあるし、ギルドには冒険者向けに魔法の使い方に関する講義も存在している。
故に魔法は学ぼうと思えば誰でも学べるものであるが、その出力については個人差に依るところが大きい。
例えばアイリスであれば治癒術に関して言えば並び立つ者がいない程の才能に恵まれているが、支援術については並の支援術師程度であり破壊術に至っては初歩の魔法しか使えないくらいには苦手である。
アイリス本人によれば「不肖このアイリスは博愛主義者なので破壊の魔法は使わないのですよ。え? 別に、一人じゃ魔物を倒せないとか不貞腐れてなどおりませんし? それに、イザとなったらすっごい破壊の魔法とか使えるはずですし??」とのことであるが。
「それにしてもロノム氏は不思議だね。あんなに高度な魔法を多重展開できるのに破壊術の基本である火すら出せないなんて。普通火球くらいは出せそうなものだけど」
そう言いながらシャンティーアは土を払いつつ立ち上がり、魔法を詠唱する。
そして掌の上に小さな火の球を作ると、それを近くにあった岩に投げつけた。
火球は岩にぶつかった後に爆ぜて消え、何事もなかったかのように元の景色へと戻る。
「そうなんだよなぁ。どんなに破壊術が苦手と言っても、初歩の初歩であるファイヤーくらいは使えてもいいと思うんだけどなぁ」
ロノムは先程もシャンティーアが使ったような火球の魔法を試してみたが、やはり穏やかな暖かい風が吹いただけで終わってしまった。
せめて蝋燭サイズでもいいから火炎のひとつくらい出て欲しかったものである。
「まあ、ロノム氏は誰も使いこなせないような探索の魔法とか計算魔法とかできるからそれでいいんでないかい?」
「そうは言ってもさ、アイリスさんとメルティラさんはSランク、ルシアさんもBランクだ。対してリーダーの俺がCランクのままだと三人のお荷物になりかねないからさ、何とか攻撃補助や防衛魔法を使えるようになって支援術師だけでも上のランクを目指したいと思ってね」
そう言いながらロノムは立ち上がり、再び魔法の訓練へと入る。
「その意気やよし。少年のその決意を見届けたお姉ちゃんも手伝うよ」
そんなロノムの様子を見て、ロノムからしてみれば一回りかそれ以上は年下であるシャンティーアが言った。
「ところで、本日パーティメンバーのお三方は?」
「ああ、今日はアイリスさんとメルティラさんが冒険者ギルドに呼ばれていて、ルシアさんもその付き添い。俺もついて行こうかと思ったけど、三人から自分の時間に使って欲しいと言われてね」
「そっかそっか。それじゃあ魔法の特訓、みっちりやっていこかー」
そんな会話をしながら、ロノムとシャンティーアは突き抜けるような青空の下で魔法の特訓を再開した。
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一方その頃、アイリスとメルティラ、そしてルシアの三人はアンサスラン中央に位置する冒険者ギルドの一画で、ギルド役員の一人から主にSランク冒険者としての心構えと言った辺りの講義を長々と聞かせれていた。
「……というわけでだ、アイリス君、メルティラ君両名ともにSランクの称号を戴いているからには、アンサスランの冒険者の模範となることを肝に銘じておくように。また、ルシア君についても、二人を支え更なる向上を目指してよく働くように」
ゲンさんやフィスケルよりは少しだけ年若いといった年齢の男性のギルド役員が、長テーブルの前に座る三人に対して告げ席を後にする。
「はぁい。心得ておりますですよ」
「Sランクの名に恥じぬよう、邁進していきたいと思います」
「は、はい。僕も頑張ります」
対してアイリス、メルティラ、ルシアの三人は三者三葉の返事をしながら、ギルド役員にお辞儀をし役員の退出を見送った。
部屋から退出したギルド役員と入れ違いになるように、今度はもう二人のギルド役員……ゲンさんとフィスケルが三人のいる部屋に入ってくる。
「よう、終わったみたいだな」
「おーゲンさんお久し振りですと思ったら一昨日もロッさんと一緒にいつもの酒場で飲みましたね。内緒ですが不肖このアイリス、先程の講義は大変眠かったでございますよー」
部屋に入ってきたゲンさんに対してアイリスが長机に突っ伏し両手を伸ばしながら答えた。
「あいつは融通が利かない上に説教が得意だからな。現役時代は『堅牢のドゥアン』って二つ名だったが、堅牢ってよりも堅物の方がぴったりだぜ」
「そう言うなゲン、ドゥアンのお陰で助かってることも沢山ある」
大声で笑いながらからかうように言うゲンさんに対して、フィスケルが苦笑いを浮かべながら窘める。
「ところで、フィスケル様と養父はどうしてこちらに?」
「ああ。後日正式な通達があると思うが、君達がちょうどギルドに来ているなら早めに耳に入れておこうと思ってな。これから数日後、また旅に出て貰うことになるかもしれない」
メルティラの疑問にフィスケルが答えた。
「旅に……ですか?」
「概要を説明するとだな、北方にある国境付近に地方領主様の治める小さな街があるんだが、そこにある冒険者ギルドを通じて地方領主様から要請があったんだ。なんでも、腕の立つ冒険者パーティを貸して欲しいってことでな」
不安そうなルシアの問いかけに対してゲンさんがいつもの粗雑な口調の中に優しい声色を混ぜて答える。
「それを私達にということでございますか」
「その国境付近を治める地方領主が隣国から攻めてくる山岳民族の侵攻を食い止めているのだが、最近相手の勢力に魔物が混じり始めているそうでな。ダンジョン絡みの話でもありそうなので、我々アンサスランの冒険者ギルドに要請が来たというわけだ」
「なるほど。王都の件に引き続き私達の出番と言うわけですね」
メルティラがにこやかに微笑みながら、フィスケルに対して返事をする。
「まあ、なんだ。こう言ってはなんだが、君達はゲンが関係してるアライアンスなんでこういった外遊を頼みやすいという面もある。ギルド絡みの仕事で申し訳ないんだが、宜しく頼む」
「それじゃあ、後日改めて正式な通達をアライアンス宛に送るからよ、ロノムにもその旨を宜しく伝えておいてくれや」
「了解いたしましたよー」
三人に対して通知を行った後にゲンさんとフィスケルは部屋を出て役員室へと向かい、それに続いてアイリス達も冒険者ギルドの部屋を後にして銘々の家へと帰っていった。





