66.ダンジョン探索(5)―歴とした生物であることの証左だった
『いやいや、お見事です。流石は我等が見込んだアンサスランの冒険者』
大部屋の上を浮揚しながら、金色のドラゴンが言った。
漆黒のドラゴンは他の魔物と違い砂へと還らず、その死体は残ったままである。
これは旧文明の魔物ではなく、歴とした生物であることの証左だった。
「どういうことだ?」
地へと舞い降りる金色のドラゴンに対して、警戒するロノム達。
『そんな警戒しないで下さいよー、私にあなた方と敵対する意思はありません』
そうは言っても、アンサスランでは有無を言わさず襲い掛かってきた上に自分達をこのダンジョンへと導くように飛んでいたこのドラゴンを警戒しないわけがない。
ロノム達は黄金のドラゴンに対してそれぞれ自分の武器を構えた。
そんなロノム達に対して降参と言った仕草をするような動きで両の手を挙げながら、黄金のドラゴンは魔法的な光を身に纏いその体躯を縮小させていく。
「お前は……」
「この姿でお会いするのは二度目でしょうか、王都白竜騎士団団長、ハーネートと申します。そして……あなた方が今しがたお倒しになられたのが、古き時代より生きたドラゴン……生前は同胞達より黒竜公と呼ばれておりました」
そう言いながら、ハーネートはどこからか自分の身体よりも大きい白い布を取り出し、手向けのように漆黒のドラゴンの切り離された頭へとゆっくりと布をかける。
「待て……何をしている……?」
警戒を続けながらロノムがハーネートに問う。
「悲しき古竜、黒竜公への哀悼とあなた方への感謝を……まあ順を追って説明させてください。黒竜公はあなた方に言った通り人間達人型種族を滅ぼすか屈服させるかして、自分は王……いえ、神のように崇められる存在になるつもりでした。かつての栄光が忘れられずにね」
「かつての栄光……とは、ドラゴンの殿方がおっしゃっていたように、昔はドラゴンが世界を支配していた時代の事でしょうか……」
メルティラ独り言のように呟く。
「ええ。色々あったんですよ昔。人間達が文明を築いた後に一度滅んで、それから再びささやかな文明を勃興し始めて……黒竜公はドラゴン族の復権を考えておりましたが、古より生きているドラゴンのほとんどは、静かに生きていく事を選びました。ドラゴン達のほとんどは深き山の奥や人型種族の居ない新天地、あるいは深き海の底へと移り住んでいきましたが、中には人に交じり人のような生き方をする者もいました。我々のように……ね」
「昔……ええと、その話し方からするとハーネートさんも旧文明の時代から生きているのですか?」
ルシアは真っ向からハーネートに問いかけた。
「ははは。こう見えて私、あなた方から見れば結構なお年寄りなんですよ。この国の建国からずっと見てきましたからねえ。最初の頃は国父と共に村を築き上げ、その村が王都として成長した後の時代にあっては一介の町人として市民生活などを謳歌し、また、ある時は貴族の養子として政に参加したりもしておりました。今は平民上がりの騎士団長をやっておりますがね」
年寄りと言われたところで到底信じられない軽妙な態度で、ハーネートは更に続ける。
「そんな折、ダンジョンの魔物達を従えた黒竜公が現れました。よくよく話を聞けばこの国の王都を殲滅し、いずれは世界に覇権を唱えるとおっしゃるのです」
「王都レイ・トレリムなんですがね……私にとってもずっと見守り続けてきた、子供のような存在ではあるんですよ。たとえ古からの同胞と言えども、その破壊を許容しかねる程度には」
少しだけ、影を落とすかのような表情を見せながら、ハーネートは尚も明るい口調で話した。
「黒竜公とその眷属達の強さ自体は見事なものでした。全面戦争にでもなれば王都は火の海になるでしょうし、正直我が国の冒険者や軍では元凶である黒竜公を倒すことは不可能でしょう……黒竜公はダンジョンを根城にしておりましたからね。いやねぇ、ダンジョン探索や魔物相手の戦闘には慣れていないんですよ、うちの子達は」
相も変わらず胡散臭い語り口でひらひらと手を動かし尚もハーネートは続ける。
「そこでですね、対魔物や対ダンジョンに一日の長があるアンサスランの冒険者に目を付けました。我が上司……ああ、知ってます? ローレッタ妃様というのですけど。まあそのお妃様がアンサスランの冒険者に入れ込んでおられましてね。それとなーく理由を付けて、アンサスランから冒険者を派遣して貰おうと裏でこそこそ動いておりました」
長く一人で話しつつ若干の休憩のため一呼吸を置いた後も、尚もその口は滑らかに動き続けた。
「念のため、私自身もアンサスランの冒険者がどれ程のものなのか確認しにも行きしました。ほら、あの時戦ったでしょ? いやしかしまさか、その時力試しをした相手が丁度王都に派遣されてくるとは予想外でしたけどねえ。それには少し驚きました。……と、いうわけで、王都を守るためにあなた方を利用させて頂いた……と言うのが今回の件の真相でございます」
ハーネートはロノム達に説明を終えると、白い布を被せられた黒竜公の頭部へと向き直る。
「黒竜公もですね、可哀そうなお方だったんですよ……。かつての栄光が忘れられず誇りを傷つけられながら生き続け、王都さえ簒奪できれば人間を再び従えることができると馬鹿な夢を見続けてきてね……」
「……」
軽妙な態度から一転、ハーネートは俯きながら誰に対して言うわけで無いような言葉を続ける。
「そんなわけ無いじゃないですか……我々ドラゴン族はね、支配者たる器ではなかったのですよ。それにあの程度の戦力、たとえ王都は蹂躙することができたとしても、人型種族全てを滅ぼすことができるわけがありません。せいぜい一時的に都市の一画を占拠するのが関の山で、その後は圧倒的な数を誇る人間達に奪還される未来は目に見えています。それだったら何度も夢破れその度に誇りを傷つけられ続けるよりは、いっそここで終わらせてあげた方がいいでしょう……」
正直ロノム達は迷っていた。
この話を信じていいものか。
一度やり合った相手であるし、どうにもその軽妙な態度が胡散臭い。
「シルバー・ゲイルよ。吾輩はその話、信じてよいと思う」
しかし、そんなロノム達に対してシルヴィルが口を開いた。
「シルヴィルさん……?」
そしてシルヴィルはロノム達の前に出る。
「ハーネートと言ったな、今は白竜騎士団の団長であるか。久しいな」
「ええと……申し訳ありません。御貴族の方とお見受けしご尊顔は拝したことがあるのですが、全てを把握しているわけではないものでして……」
シルヴィルの言葉にハーネートは頭を下げた。
「シルヴィル・グレツウィル。貴族とは名ばかりの下級貴族だ。吾輩が貴殿に出会ったのは今のような人の姿ではない。貴殿の本来の姿……ドラゴンの姿の時だ」
「……!?」
その言葉に、ハーネートは幾分か動揺したような表情を見せた。
「吾輩が駆け出しの冒険者であった頃、貴殿に命を救われたのだ」
シルヴィルさんの過去にそんなことが……?
そう思いながら、ロノム達は黙ってシルヴィルの話を聞き続ける。
「あれは吾輩が商人の依頼を受けて王都近くの森へと薬草を採りに行った時であったかな、依頼の品自体は採取することができたものの、運悪く凶悪な魔物に襲われてしまってな……その時に黄金のドラゴン……つまり、貴殿が加勢してくれたことによって難を逃れたのだ。その姿は忘れようもない、吾輩の冒険者の原体験として、深く心に刻まれておる」
「確かに……時折元の姿となり、王都レイ・トレリスの住民に力を貸すことはありました……。しかし、そんな行動も随分ご無沙汰していたのですけどねぇ。まさか、グレツウィル卿を以前にお助けしていたとは……」
「加えてこの国の建国神話には、幾度か黄金のドラゴンの話が出てきている。いや吾輩も下級貴族の身故詳しいことはよく知らなんだが、王家に代々伝わる秘伝の史書にはそのような事が記されていると実しやかに噂されていてな。それ故、黄金のドラゴンについては正式な史書には記されていないまでも、貴族の間では密やかに守護の神として崇められておる」
そしてシルヴィルはハーネートからロノムへと向き直り、言葉をかける。
「と言う訳でシルバー・ゲイルよ。ここは吾輩の顔を立てて、黄金のドラゴン……ハーネートの事を信じてやってはくれぬか? 仮に不都合が起こったとしても、責任は吾輩が取る」
「は、はい。俺達がやるべき事は、ダンジョンの攻略とそれに伴う王都の防衛です。指揮権はシルヴィルさんにありますし、従います」
そこまで言われてはロノム達にこれ以上ハーネートを追求する必要はない。
ここはシルヴィルの言に従い、大人しく武器を納めることにした。
「うむ……」
「アンサスランの冒険者達よ 、感謝いたします」
シルヴィルが頷き、ハーネートが恭しく礼をする。
「それはそれとして言っておきたいのですが」
全てが丸く収まろうとしていたところで、黙って話を聞いていたアイリスが口を開いた。
「ハーさんはその胡散臭さ、何とかなりませんかね。いつ『ありがとう冒険者達、漆黒のドラゴンを倒してくれて。これで私が何の障害もなく王になれます!』って言いだすか、ずっと身構えておりましたよ」





