65.ダンジョン探索(4)―シルバー・ゲイル! 戦闘準備に入る……!
「シルバー・ゲイル! 戦闘準備に入る……!」
ロノムの声と同時に、三人は戦闘態勢に入った。
突撃の喊声と共に漆黒のドラゴンは先頭のロノムに突っ込んでくる。
「参ります!」
しかしその一撃は、間に割り込んできたメルティラによって止められた。
『人間如きが……! ふざけおって……!!』
漆黒のドラゴンにとっては予想外の出来事である。
質量のある鎧と共に大盾を構えているとは言え、体長の何分の一しかない華奢な人間が自分の突撃を受け止めたのだ。
「メルティラさん! 援護に回ります!」
他方、目の前にいる人間よりも更に細い人間は忌まわしき旧文明の兵器を用いてこちらに攻撃してきている。
自分の知る兵器程の威力はなく強靭な鱗を貫通する能力はないが、鬱陶しくその誇りを傷つけられることこの上ない。
『おのれ……! 小さき者共がぁ!』
「泉の女神様は善き勇者に祝福を授ける。その抱擁は冷たくも温かい水の羽衣。展開せよ! ハイドロヴェール!」
漆黒のドラゴンはその顎を開き、メルティラの頭越しに炎の息をルシアに向かって放った。
しかしその攻撃は、アイリスの防衛魔法によって防がれる。
「おおお!」
そこにロノムの一撃が割って入ってきたことによって、戦況はシルバー・ゲイル有利に進んでいった。
「お、おお……あの一撃を防ぐのか……アンサスランの冒険者は……」
一方のシルヴィルは後方で何とか目で追いながら戦況を観察していた。
シルバー・ゲイルの戦闘の組立ては、メルティラを中心に成り立っていると言っても過言ではない。
メルティラが倒れればそこでシルバー・ゲイルは総崩れになるだろうし、逆にメルティラが立ってさえいれば、大抵の魔物相手であれば何とでもなるだろう。
防衛士の基礎的な実力に加えて、臨機応変でありながら指示通りに動ける柔軟さ。
そして決して砕ける事のないその盾は、パーティにとって大きな主柱となっていた。
自分もかつては冒険者として前線で戦っていたが、あのような仲間がいたのならばより一層の名声を得ていたに違いない。
そんなことを思いながら、シルヴィルは戦闘の様子を眺めていた。
『もはや許さぬぞ人間共め! 我が力の全てでもって、汝らを滅ぼしてくれる!!』
シルバー・ゲイルが優勢に戦闘を運んでいく中で、漆黒のドラゴンが何かを呼ぶような咆哮を上げた。
すると俄かにダンジョン内に殺気が満ち溢れ始める。
「ロノム様! 恐ろしき気配が集まってくるように感じます!」
「く……ダンジョンの魔物をこの部屋に呼び寄せたのか!?」
ロノム達が戦っている大部屋に繋がっている通路から、ワイバーン、火竜、そして地を這うワームまで、ドラゴン達が一斉に殺到してくる。
「シルバー・ゲイル! 後ろだ! 我々の来た入口から、ドラゴンの群れが来るぞぉ!!」
その様子を見て部屋の隅の方に逃げながら、シルヴィルがロノムに向かって叫んだ。
「シルヴィルさん! メルティラさんの方へ!! 大ドラゴンの前と言えども、そちらの方が安全です!」
「わ……分かった! 信じるぞ……!!」
そう叫ぶとシルヴィルはメルティラの方へと向かって行く。
それと同時に、ロノムとルシアの二人は群れなして大部屋に突入してくる眷属達の対処に当たった。
「ロ……ロノム隊長! 敵が多すぎますが……いけますか!?」
「正直分からん! だけど、やるしかない!!」
ルシアの問いにロノムが若干後ろ向きな答えを叫ぶ。
ロノムの頭に、大量のドラゴン族に囲まれたアンサスランのダンジョン、『ホール・オブ・インフェルノ』の事がよぎった。
あの時とは違い、竜術のシャンティーアはこの場にはいない。
「ロッさん! 少し弱気になっておりますよ! やるしかないんじゃなくて、やったるしかないでしょーーー!」
「わかった! やったるぞルシアさん!」
「了解しました! やったります!!」
そんなロノムとルシアに、アイリスが発破をかけた。
大きなうねりと共に襲い来るドラゴン達に対して、ロノムとルシアが立ち向かっていく。
『もはや汝らに勝ち目はない……! 大人しく敗北を認めればせめて苦しまずには殺してやろう……!!』
「残念ながら、当方の勝機は一切消えてはおりませぬ。殿方様もドラゴンとしての誇りを捨て旧文明の遺産に頼ってまで、私達を危険視しているのでしょう? ならば私達も、そのお眼鏡に適わねばならぬのが道理です!」
『抜かすな! 人如きがぁ!!』
「お……女よ……! あまり挑発するでないぞ……!? お主がここにいる全ての者達の命を預かっているのだからな!?」
一方のメルティラはただ一人、漆黒のドラゴンを押さえつけている。
その後ろでシルヴィルがハラハラとしながら戦況を見守り続けていた。
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「戦況は一進一退と言ったところですか……。参りましたねえ、やはりお強い」
大部屋の上空、岩の陰になっているようなところで、下の乱戦を見届ける金髪の優男が一人。
「私も出ないとダメですかねえ……? 出来ればやりたくないのですが、いやはや……」
独りそう呟くと、その姿を金色の魔物へと変えていった。
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『何故だ……何故押されておる!?』
漆黒のドラゴンはその無機質な爬虫類の顔つきに、焦るような表情を浮かべた。
斧を持った男と旧文明の兵器を持った女は着実に眷属達の数を減らし、目の前の甲冑姿の女は自分を捉えて離さない。
間で遊撃するローブ姿の小さき女は両者をよく助けている。
「底が見えてきたな……! ルシアさん、アイリスさん! もうひと頑張りだ!!」
「はい!」
「おっけーですよぅ!」
人間如きと侮っていたにも関わらず、古き時から積み重ねてきた計画は、僅か四人の人間により短時間で水泡に帰そうとしている。
漆黒のドラゴンにとって、これは予想もつかない誤算であった。
「よし! 全ての眷属は倒したぞ! 残りは漆黒のドラゴンだけだ!!」
そして最後の眷属が倒された時、彼はこの場の負けを悟った。
失敗はどの時点であったか……最初からこやつらを倒すために全勢力を傾けていれば、この小癪な奴等如き簡単に叩き潰すことができたか?
否。
彼の目標は小さき人間四人の抹殺なのではない、人間社会の殲滅なのだ。
目下の対象である王都に対して勢力をつぎ込むべきであって、こんなところに眷属を投入するわけにはいかない。
それにここで引いたとしても、全ての眷属が倒されたわけではない。
外に配置しているドラゴンもいれば、他のダンジョンに眷属の候補はいくらでもいる。
ドラゴンとしての誇りは些か傷つけられたが、ここは撤退が賢明であろう。
『よかろう……汝らは確かに少しは骨のある者達であったようだ。この記憶に刻んでおくくらいはしてやるとしよう!』
そう言うと、漆黒のドラゴンは飛膜を広げ飛び上がった。
「く……逃がすか!」
ロノムがそう叫ぶも、漆黒のドラゴンは大部屋の中ではあるものの高く飛び、その刃の届かないところへと逃げてしまっている。
ルシアも銃撃するが、その硬い鱗に阻まれて為す術がない。
この場の事態は漆黒のドラゴンを逃すことによって、このまま終焉かのように思えた。
しかしロノム達がその姿を呆然と見送り続けたその時である。
『今ですよアンサスランの冒険者達! 黒竜公のその首、お刎ねなさい!』
謎の声と共に漆黒のドラゴンに対して黄金の光がぶつかってきた。
その光は漆黒のドラゴンと対を成すような黄金色のドラゴン。
アンサスランの西で戦った、あのドラゴンである。
『がはっっ!! な……何故だ!? 何故貴様が!?』
そう言いながら、漆黒のドラゴンはロノム達の方向へと墜ちていく。
不可解な出来事に一瞬呆気にとられたロノムであったが、冒険者として、降って湧いたチャンスを逃すわけにはいかない。
「はああああ!!」
漆黒のドラゴンの落下にあわせて飛び上がり、その首筋に狙いを定める。
そしてロノムのハンドアックスによる一撃は、漆黒のドラゴンの首を正確に刎ね飛ばした。





