64.ダンジョン探索(3)―かつて我等は、この大地の全てを支配していた
『かつて我等は、この大地の全てを支配していた』
漆黒のドラゴンはロノム達五人に語りだした。
『人間やエルフ族、そしてドワーフ族と言った知性ある人型種族共は我等を崇拝し、神の如く崇め奉っていた。文字通り、我等ドラゴン族は生物の頂点に立っていたのだ。ドラゴンは人型種族共を導き平和のうちに支配し、人型種族共も我等の導きに応えその生命をよく育んだ』
その老竜は尚も静かに言葉を紡ぐ。
『そんな世が何百年、何千年と続いたであろうか……。文字通り、治世であったのだ。しかし、いつの日か人間共は勝手に文明を築き始め増長し、エルフ族とドワーフ族を配下に治め、実に悍ましき邪道な兵器を作り出して、我等に反旗を翻し始めた』
「それは……一体いつの話なんだ……?」
ドラゴンの語りに思わずロノムが聞く。
『遥かに昔の話とだけ言っておく。そう、汝らが旧文明と呼ぶ時代の話だ』
ドラゴンの視線はダンジョンの岩肌から僅かに剥き出した文明の残滓に行き、そして再び言葉を繋げた。
『人間は短い寿命ながら数を大いに増やし、いつしか我等ドラゴン族を不倶戴天の敵と言わんばかりに狩り始めた。いくつかの民族は始祖の支配者である我等を崇め続けていたようではあるが、その数も我等と共に次第に減らしていった……』
「なんと……そのような過去が本当にあったのか……?」
シルヴィルが独り呟く。
シルヴィルは王都の貴族だけあり、王都やこの国の成り立ちや人類史についてある程度の知識を過去に学んでいた。
だが、彼の知る歴史にドラゴンが登場した事は一度たりともない。
ドラゴンと言う存在を知ったのは冒険者稼業を始めてからであり、その実態もあくまで「魔物」としてのものだった。
『しかしある時にだ。人の世は突如として終わりを迎えた。原因は分からぬ。機構は形だけを残して機能を停止し、文明の力によって繫栄し生かされてきた人間共は、為す術もなく次々と死に絶えていった』
「旧文明の話でしょうか……機構の停止……とはどういうことなのでしょう……」
「分かりません。ダンジョンは動いているよーに見えますが、実は止まっているのでしょーか」
「僕の武器も動いているように見えますが……」
アイリスとメルティラが合間合間に密やかにドラゴンの話を確認し合い、ルシアも自分の銃を見つめながら呟く。
『崩壊する人間の文明、そして数を減らす人間共……それを好機と捉えた我は、全ての同胞達に号令をかけたのだ。今こそドラゴン族が復権する時……と……』
『だが、僅かに残された同胞達の返事は真に嘆かわしい物であった。最早ドラゴンは支配者や王にあらず。自然と共に生き、自然の中に骨を埋めよう……とな。そして同胞達の多くは、人型種族の手の及ばぬ深い自然の中や山々の奥へと消えていった……』
『同胞達がそのような弱腰の中で、人間を含めた人型種族共は再び新たな文明を築き始めた。以前の文明ほどではないにしろ……だ……』
漆黒のドラゴンは悲哀を含んだ表情を見せるようにして、声のトーンを落とす。
「お前の……いえ、貴方の話では、貴方の他にもドラゴンが存在している事になる。現に、俺はそう言った存在を一人だけ、知っている。貴方と道を分かったドラゴン達の中には、人と共に生きることを選択した者もいたのか……?」
人間のふりをしているドラゴン……シャンティーアの事を思い出しながら、ロノムは漆黒のドラゴンに対して問いかけた。
『我が道に理解を示した同胞は確かにいる。その者は王都へと入り込み、我にとって有益な働きはしている。だが、他の袂を分かった同胞の事など知らぬな。中にはおるのかも知れぬが、人型種族の中に入り、そのまま生きることを選択した者の事など知った事ではない……!』
最初は静かであった漆黒のドラゴンの口調は次第に早く、そして荒くなってきている。
その声は空気振動によって耳が捉えているわけではないが、ロノム達の頭の中に直接大きく響いていた。
『我の想いは一つだけだ! ドラゴンとしての矜持を捨てた同胞達が憎い! 我等の誇りを失わせた人間共が憎い……! 我は人間共の文明が崩壊した後、ただの一体となろうともドラゴンの復権を目指して用意を続けてきた……。そして長きにわたる時を経て、ようやくその足掛かりを得始めたのだ!!』
古きドラゴンはその言葉と共に首をもたげ、威嚇するように大きく顎を開ける。
『古き人間共の忘れ形見を我が眷属としてこの国の首都を簒奪し、勢力を拡大する! そして再び我等ドラゴン族が……否……同胞はもはや当てにはならぬ。我のみであろうとも支配者となることによって、ドラゴン族の復権が実現するのだ! その邪魔をする者は、誰であろうとも許さぬ!!』
そしてロノム達に対して攻撃をするような姿勢を見せた。
「ま……待ってくれ……! 貴方と……俺達人間は、共に歩むことはできないのか!?」
ドラゴンの態度にロノムが思わず割って入る。
『最初に言ったであろう、我にとって汝らは仇敵! その事は一切揺らがぬ!! たとえ汝らがその短命によりかつての事を知らなかったとしても、その事実は変わる事はない!』
しかし、その返事はつれないものだった。
そして漆黒のドラゴンは大きな咆哮をあげ、先頭にいるロノムに向かって突進をしてくる。
「く……! シルバー・ゲイル! 戦闘準備に入る……!」
ロノムの叫び声とともに、アイリス、メルティラ、ルシアの三人は戦闘態勢に入った。





