63.ダンジョン探索(2)―兵卒としての実直さ……そして素直さが彼女の強さだな
「次の部屋にも中型のドラゴンが三匹いる! 気を引き締めるぞ!」
「りょーかいです!」
ロノム達が通常のダンジョンよりも広い通路を抜け大部屋に駆け込むと、そこは吹き抜けのようになっており、空こそ見えないが天井は遥かな高さを見せていた。
上の方には天窓のようなものも口を開いており、太陽の光かは分からないが何らかの明かりが漏れ出している。
下にはロノムの身長よりも背の高い濃い赤色のドラゴンが三匹。
そして上空を舞うように飛ぶワイバーンが五匹。
「参ります!」
ドラゴン三匹がロノム達を確認し突撃の咆哮を上げたところで、メルティラがロノムを追い抜きドラゴン三匹を相手取って前線を構築した。
一方でロノムは立ち止まり、索敵の魔法を解除する前に部屋を見上げる。
「上にもいるか……! ルシアさん、上の奴等を任せていいか!?」
「了解しました! ええと……」
ロノムに追いついたルシアが銃を構えながら僅かな時間逡巡する。
「高すぎて届かないものは無視して構わない! 炎のブレスにしろ爪にしろ、ワイバーンもある程度接近しなければ俺達を攻撃できないからな! 届く範囲に降りてきたワイバーンから撃ち落としてくれ! 下の動向は気にしないでいい、守りは俺とメルティラさんに任せろ!」
「は、はい! 分かりました!」
それを見てロノムは再度の指示を即座にルシアに出した。
ルシアは銃を構えると、集中しながら五匹の動きを目で追い続ける。
「ここ……!」
そして一匹が下で戦うロノムに向かって急降下してきたところで、引き金を引いた。
その顎を大きく開き炎を吐き出そうとしたワイバーンであったが、しかし乾いた音と共に頭から血を流し地面へと墜ちた。
ワイバーンはそのまま尾の方から砂へと還っていく。
「ま、まだまだ……」
ルシアは再び上空を見上げた。
ワイバーン四匹はまだ部屋の上部を旋回しながら攻撃の機会を伺っている。
「ルシアちゃん、あんまり気を張り過ぎなくてもだいじょーぶですよ。多少失敗したところでみんな頑丈です」
アイリスが背中を合わせながら、ルシアに声をかけた。
「……はい!」
アイリスの言葉に多少緊張がほぐれたのか、ワイバーンの動きがよく見えるようになってきた。
その中の一匹が、どうやらルシアの位置から弾が届きそうである。
それの頭部付近に狙いを定めると、一閃銃弾を放った。
ワイバーンは中空で悲鳴のようなものをあげると、慣性を付けたまま静かにダンジョンの地面へと墜ちていく。
「残り……三匹……」
ルシアは一呼吸おいて、再び上空を睨みながら集中し始めた。
「……簡単なものではなかろう……あの武器の扱いも」
シルヴィルは地上での戦いを差し置いて、ルシアとワイバーンを交互に見ながらそう呟いた。
シルバー・ゲイルのパーティはメルティラとアイリスの二人の活躍にどうしても目が行くが、ポイントゲッターであるロノムとルシアの二人を忘れてはならない。
ことにルシアはその武器の性能もさることながら、射撃士としての技量の高さも伺える。
「だが、あの者の強みはそれではない」
冒険者としての純粋な実力で言うならば、あの射撃武器がなければ一般的な冒険者よりも劣るであろう。
ともすれば、優秀なメンバーを抱えるシルバー・ゲイルにおいてはお荷物となりかねない。
「兵卒としての実直さ……そして素直さが彼女の強さだな」
しかしシルヴィルが見るにルシアは大変優秀な兵士である。
冒険者と言う連中はどうしたってエゴが強い。
以前に冒険者であったシルヴィル自身もそうだし、彼のパーティメンバーや周囲の人物もそうだった。
在りし日は貴族と言う肩書を使って、無理矢理抑えこんでいたものである。
「あのリーダーの遠隔武器としてよく働いておる。見事なものだ」
一匹、また一匹と撃ち落とされていくワイバーンを見ながら、シルヴィルは呟いた。
「おっと……吾輩も後方の確認と言う仕事があったな……集中せねば」
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「はぁ!!」
最後の一匹をロノムのハンドアックスが捉える。
地を這うドラゴンは砂へと帰し、空舞うワイバーンは全て撃ち墜とした。
「お見事でした、ロノム様もルシア様も。特にルシア様は我々が届かない上空の敵を相手にして下さり、ありがとうございます」
「いえ、メルティラさん達の援護があったからです。いつもは僕が援護に回る側なのでいい経験でした」
そんなメルティラとルシアの会話を聞きながら、ロノムは索敵の魔法を展開した。
「ここから通路を挟んでしばらく先……奥の部屋に大物がいる。果たして黄金のドラゴンか、それとも漆黒のドラゴンか……」
ロノムは誰にともなく呟く。
「追い込んで参りましたね。さあさあ、果たしてどーなりますか」
その呟きを聞いてアイリスはロノムに声をかけた。
「ああ……。出来る事なら、ちゃんと対話ができるといいけど……」
「ちょこっとしゃべれましたし、何とかなるんじゃないですかねー。何事も、挨拶とおしゃべりを繰り返してからですよ」
「そうだね。根気よく丁寧に接すれば、何とかなるかも知れないね」
アイリスの言葉を聞いて、ロノムは少し焦る気持ちがほぐれた気がした。
ロノムは皆に指示を出すと、奥の部屋へと歩を進めていった。
「……黄金のドラゴン……か」
一行の最後尾で後方を振り返りながら、ロノム達には聞こえない程の小声でシルヴィルは意味深な言葉を呟く。
「仮に戦うことになったとして、黄金のドラゴンを討ち果たすべきなのか……それとも、黄金のドラゴンと共にアンサスランの冒険者達を殺すべきなのか……」
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『人如きが……我と対話をしようなどと不遜なことを……』
岩肌が剥き出しになったダンジョンの大きな部屋、その中央で漆黒のドラゴンは苛立ちを見せながら佇んでいた。
ドラゴン……彼の命令に従う眷属達は、彼に似ているようで全く違う存在であることがその苛立ちを加速させている。
『我等を蹂躙し誇りを奪った存在の忘れ形見に頼るしかないとは……何とも悲しい現実よな……』
漆黒のドラゴン……ハーネートから「黒竜公」と呼ばれていたドラゴンは独り溜息のようなものをつく。
『だがそれも、直に終わる。我が全てに号令をかけ、再び王となり君臨する世を創り上げるのだ。汚らわしき人など、全てこの世から抹消して……な』
そう言うとドラゴンは居住まいを正し、その首を持ち上げた。
その時である。
「追いついたぞ! あー……先程は礼を失したかもしれない! そうであれば謝りたいと思う! できれば一度、話をさせて貰えないだろうか!」
声のする方を見ると、顔に大きな傷痕が残る赤髪の人間の男。
そして、その男を先頭に二人の人間の女と一人のエルフ族の女、最後に、歳を経て衰えが見え始めている身なりのいい男が自分のいる部屋へと入ってきた。
『ほう……紛い物とは言え我が眷属を討ち果たし、ここまで来たか……』
漆黒のドラゴンは人間達に向き直り、答える。
そして威圧するように一度大きく咆哮した。
『よかろう。滅び行く身に言葉など不要だとは思うが、我も少しばかり昔話をしたくなってきた。それを邪魔せぬのであれば、話くらい聞いてやろう』





