62.ダンジョン探索(1)―かような練達の治癒術師は、我が生涯において出会ったことがない
「確かにダンジョンだが……アンサスランによくあるものとは若干趣が違っているような感じがする……」
ロノムが探索魔法を展開しながらそう呟く。
ダンジョンの中は旧文明の面影はあるものの岩肌が剥き出し、自然の洞窟に近い光景が広がっていた。
「本当にダンジョンなのでしょうか? ただの洞窟に近いような……」
「でも、一応旧文明っぽいところは見られるのですよねぇ。何とも不思議な感じです」
ルシアが大きく広がるダンジョンの内部を見渡しながら言い、アイリスは岩肌の間に僅かに見える金属とも石ともつかない壁を手でなぞりながら呟いた。
「むう。ここに来る前に潜ったダンジョンとは何かが違うという事かね?」
「はい。先般のダンジョンはアンサスランでよく見られるダンジョンと似たような構造や外壁でした。しかし、このダンジョンは何か雰囲気が違っているように思います」
王都冒険者ギルドの御目付け役であり半ば無理矢理ここに来させられたシルヴィルの疑問に対して、メルティラが答える。
「……見つけた。少し奥の部屋に特大サイズの魔物の反応がある。行ってみよう」
他の四人がダンジョンを観察している間に、ロノムは探索魔法の展開と索敵を終えた。
リーダーのロノムを先頭に、一行はダンジョンの奥へと歩を進めていく事にした。
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「次の部屋だ、気を引き締めよう」
「一気に突撃なさいますか」
「いや、一呼吸置こう。相手に戦闘意思があるようならば応戦する」
「承知いたしました」
先頭を行くロノムとメルティラが大広間に到達すると、そこにいたのはロノム達が追っていた黄金のドラゴンではなく、漆黒のドラゴンであった。
小さき者達がその部屋に突入したことに気付くと、漆黒のドラゴンは巨体そのままの居丈高な姿勢で、ロノム達を見下ろす。
『……人か? 何故この場所におる』
そしてドラゴンは空気の振動ではない頭に直接響くような方法で、ロノム達に対して語った。
「意思疎通ができるのか!? それに……あんたはあの時ダンジョンにいた……! 俺達は黄金のドラゴンを追ってここにきた。お前達ドラゴンと話がしたい!」
ロノムが漆黒のドラゴンに向かって叫ぶ。
しかし、そのドラゴンの返答は人間で言うところの嘆息であった。
『あの若造め……人如きに後をつけられおって……』
独り言のような言葉を呟くと、ロノム達に向き直り威嚇するように続ける。
『我は汝ら人と話すことなど何一つ存せぬ。我と汝ら人間は決して相容れぬ仇敵同士であることのみ、伝えておく』
その言葉と同時に漆黒のドラゴンは息を吸い込み大きく咆哮した。
「!」
警戒するロノム達。
そして黒き巨竜の咆哮と共に、奥へと向かう通路から色の濃い小型のドラゴン達が何匹も現れた。
『今この場にて、こやつら等紛い物共によって腸を食われ果てるがよい』
そう言い残すと漆黒のドラゴンはその飛膜を広げ、ダンジョンの奥へと飛んで行く。
残されたロノム達はドラゴンの群れと対峙することとなった。
「く……! ようやく言葉の通じるドラゴンに出会えたと言うのに……! みんな! 戦闘態勢を!!」
ロノムの叫びと同時にアイリス、メルティラ、そしてルシアの三人が構える。
「私が相手です!」
そしてまずメルティラがドラゴンの集団に駆け込み、前線を作り上げた。
「メルティラさん! 援護します!」
そしてメルティラが集めているドラゴンの数体に向かってルシアが発砲する。
「砂漠の風は行く手を阻む。ゆらゆら揺らめく陽炎は、あらゆる旅人を拒絶する。展開せよ……! フレイム・ウォール!」
ドラゴン達の息はどうやら炎よりも吹雪の方が得意なようである。
それを即座に見切ったアイリスはメルティラに対して炎の防御魔法を展開した。
「わ……吾輩も何か……何か……!」
一気に乱戦へと突入した大部屋の中で、シルヴィルも昔手習い程度に使った事のある破壊術を詠唱しドラゴンにぶつけるが、しかし無傷。
それどころかドラゴンの怒りを買い数匹が向かってきてしまった。
「や……やめろ……! 来るな! すまんかった吾輩が悪かったぁぁぁ!」
「シルヴィルさん!!」
シルヴィルの前に走ってきたロノムが立ち塞がりドラゴンの進軍を食い止める。
しかし、ドラゴン達の爪と牙、そしてブレス攻撃の猛攻を凌ぎ切れず、ロノムのみならずシルヴィルも深手を負ってしまった。
「く……、メルティラさんのようにはいかないか……!」
「ロッさん! シルヴィルさんを守りながら戦っててください! 草木に浮かぶ朝の白露は妖精の集めた花の蜜。それはきっと一匙の砂糖菓子。癒しの力をここに! リジェネレイト!!」
そんなロノムとシルヴィルをアイリスの治癒術が包み込んだ。
ロノムは治癒術の展開された空間に入りながら戦い、防衛士の真似事をしながら何とかシルヴィルに向かってきたドラゴン数匹全てを砂へと還す。
そして再びメルティラ達の方へと向かっていき、ドラゴンの各個撃破に入った。
「認めよう……かような練達の治癒術師は、我が生涯において出会ったことがない……」
ドラゴンの爪に引き裂かれ肩口から胸部にかけて深手を負ったシルヴィルであったが、アイリスの治癒術によってほぼ何の損傷もなく回復していた。
「あのような乱戦の中で的確に、しかも確かな集中力をもって街の治療院程の治癒術を使ってみせるとは……アンサスランにはあのような治癒術師の冒険者を他にも抱えているのか……?」
否。
アイリス程の治癒術師はアンサスランにおいても数名しか存在しない。
恐らく当代及び歴代Sランクの治癒術師くらいのものであろう。
「ルシアちゃん! 防御魔法を使うのでメルちゃんの傍に!」
「はい! アイリスさん分かりました!!」
ドラゴンの数は目に見えて減ってきている。
それは勿論ロノムやルシアの活躍によるところが大きいが、それを下支えするアイリスの働きはこのパーティの確かな土台なのだろう。
そんな事を思いながら、シルヴィルは息を整えながら戦況を見守っていた。
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「これで……全て倒しましたか……」
メルティラが若干息を切らしながら周囲を見渡す。
「ああ……周囲の部屋にも魔物の気配はないみたいだな……」
ロノムも探索魔法を展開しながら周囲を見渡す。
辺りはかつてドラゴンだった砂の山がいくつか盛られていた。
その砂も僅かな風に吹き上げられ、やがてダンジョンの地へと帰っていく。
「それで、どーします? やはりあの、まっくろドラゴンを追いますか?」
ドラゴンの攻撃によって僅かに傷を負ったルシアを治癒しながら、アイリスはロノムに聞いた。
「それで構わないかな? 漆黒のドラゴンに黄金のドラゴン……奴等がいったい何者なのか……。それに、意思疎通が可能なドラゴンなんだ。たとえ向こうが敵対をむき出しにしようとも、もう一度話がしたい」
「りょーかいです。私としても、しゃべる魔物がいるのならお話してみたいと思っておりましたしね」
「ええ、私もロノム様に従います」
「敵対している理由って、何でしょうね……? できればその辺りの理由も知りたいです」
ロノムの言葉に三人が三者三様に返す。
「シルヴィルさん、先程は危険な目に遭わせてしまい申し訳ありませんでした。以降はこのような事がないようにします」
「いや……吾輩の方こそ半端な事をしてすまなかった。次は後方警戒のみに徹することにしよう」
「後方を見て頂けるのは有難いです、宜しくお願いします。それでは、奥へと向かいましょう」
少しの休憩の後、ロノム達一行は漆黒のドラゴンを追ってダンジョンの奥へと進んでいった。





