61.足を引っ張っていた無能な仲間に別れを告げたパーティリーダーは足枷がなくなり成り上がり街道を駆け上がる~今更自分の無能さに気付いたようだがもう遅い。土下座してきても知りません~(8)
「ここが……王都……」
金髪碧眼の少年、ティーリの前には夢にまで見た王都の街並みが広がっていた。
白亜の城とも言うべき政庁舎の美しい宮殿と前に整然と立ち並ぶ貴族のタウンハウス。
そして、高い城壁の外に広がる平民の住まう街並みは、雑然としながらも歴史を思わせる佇まいを見せていた。
「あれが……かの有名な王都の魔法研究学院かぁ……」
都市内部に引かれた運河の向こうに存在する小高い丘の上には、これもまた城のような巨大な建造物も見える。
研究機関であり教育機関でもある、王都魔法研究学院がその建造物の正体であった。
「おい、なにボサっとしてんだ! とっとと行くぞティーリ!」
「い……痛たたた! やめてくださいよ! 行きます、行きますって!!」
そんなティーリの感動と感激を打ち消すかのように、ボルマンがティーリの首根っこを引っ張りながら言う。
もう少し街並みを眺めていたっていいじゃないか……そんな事を思いながら、ティーリはボルマンとホリドノンについて行った。
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「やっぱ大都会の繁華街は違うなー。なあホリ、そう思わねえ?」
「あー、はい。まあ、そうッスね」
ボルマンが王都の繁華街を悠然と歩きながら言い、ホリドノンが適当な相槌を打つ。
「あの……繁華街なんてアンサスランにもあるじゃないですか……。王都にしかないところに行きましょうよ……博物館とか、研究院とか……」
一方のティーリはそんなボルマンに対して抗議の声を上げた。
確かに似たような繁華街ならアンサスランにもある。
何も王都に来てまでやることではない。
「馬鹿だなあ、アンサスランと全然違うぜこの街は。なんつーかこう、色気っつうもんに満ち溢れてんのよ。ま、お前には分かんねーか。お勉強ばっかできて学がねーもんな」
「何ですかそれ……」
折角王都に来たのだから、正直ティーリは図書館や博物館に行きたかった。
しかしボルマンが素面であるうちは自由行動などとらせてくれないだろうし、ボルマン達だけにすると勝手に散財する可能性が高い。
半ば諦めながら、ティーリは今はボルマン達について行くことにしている。
「お、この店いいじゃん。手始めにここで飲んで行こうぜ」
そうこうしている内にボルマンは桃色に塗られた煽情的な看板が飾られている店の前に立ち止まると、その店に入っていこうとした。
「ええ……女性のいる店なんてアンサスランにもあるじゃないですか……折角だから王都でしか食べられないもの食べたりしましょうよ……海の魚とか……」
「はーーーー……馬鹿言うなお前。女のレベルが違うんだよアンサスランと王都じゃ。王都でしか味わえないような店って言ったらこういう店も王都でしか味わえないんだよ。一々興覚めするようなことを言うな、黙ってついてこい」
そう言うとボルマンはずんずんと店の奥へと入っていってしまう。
ホリドノンも少し遅れて一緒に入っていってしまったし、ティーリも黙ってついて行くしかなかった。
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「つーわけでよ、オレ様凄腕冒険者なの。それも、アンサスランで一二を争う大手アライアンスの団長様なのよ。どう? 凄くない?」
「さっすがねぇ! ボルちゃんかっこいいー!」
アンサスランと変わらないような店で、いつもと同じような決め文句を言いながらボルマンはいい気になって酒を飲んでいる。
「何が王都でしか味わえないような店だよ……これじゃあ、いつもと全然変わらないじゃないか……」
ティーリは席の端っこで誰にも聞こえないようにぼそりと呟いた。
数は多くないが、ボルマンやアライアンスの仲間に連れてこられて、ティーリも何度かこういった店に足を運んだことはある。
しかし、いつ来たところで全然楽しくないし、何よりここはアンサスランの店と何も変わらない。
(王都の無駄遣いじゃないかこんなの…)
などと思いながら、ティーリは席の端で味の薄いフルーツジュースを飲んでいた。
「やっぱアレだな。君達の美しさはアンサスランと全然違うな。なんつーの? こう、色気とかここの膨らみとかぁ?」
「やぁだー、ボルちゃんどこ触ってるのもぉーエッチー」
酒も入りボルマンはいい感じに出来上がっている。
「ねぇねぇ、ホリちゃんも凄腕なんでしょぉ? 筋肉とかすごいもんねぇ。王都の冒険者とは全然違うわぁ、お酒も凄く強いんでしょぉ?」
「はぁ。まあ、そうッスね」
ホリドノンも女性達に勧められるがままに酒を飲んでいる。
正直ホリドノンについては感情が動いているのかどうなのか、ティーリにはさっぱり分からない。
「あ。そう言えばぁ、アンサスランから凄い冒険者達が来ているらしいと言うの、噂になってたよぉ? ひょっとして、ボルちゃん達のことぉ?」
女の子の一人がボルマンにしな垂れかかりながら言う。
「なんだよーオレ様達のこと、バレてるのかよー。いやー、困っちゃうねえ有名人は!」
そんな事を言いながら、ボルマンは更にいい気になって高笑いをした。
そんなわけ無いじゃないか……。
レッド・ドラグーンの低くなってしまったアンテナにも、アンサスランの冒険者が王都に招聘されたと言う噂は入ってきている。
ティーリもちらりとそれを小耳に挟んではいたので、恐らくその人達の事を言っているのだろう。
間違いなくアライアンスとして風前の灯火であるレッド・ドラグーンの事では無いとティーリは理解している。
「はぁ……何だろう……僕、こんなところで何をしているんだろう……」
ティーリは正直いたたまれなくなってきた。
折角王都にまで来たのに、やる事と言ったらいつもと変わらず女の居る店に行って酒を飲むだけ。
そしてこんな人達のお守りをしている今の自分にも、だんだんと耐えられなくなってきた。
「……色々とやる事もあるので、僕もう行きますからね! 夜までには宿に帰ってきてくださいよ!」
何かの糸が切れたようにティーリは立ち上がると、こっそりとボルマンの懐からこれ以上の散財ができないように財布を抜き取り、代わりにこの店の代金にはなるであろう額のお金を置いて店の出口に向かって行く。
ボルマンは酔いでおぼつかない視線をその方に向けながら、呆れた顔をした。
「はぁ……なんだよあいつ……付き合い悪いなー。まあいいや、ホリ、まだまだ宴はこれからだ。大いに飲もうぜ」
「うッス。了解ッス」
……店から出たティーリは暮れかけた夕日を眺めながら、ふらふらと王都の繁華街を後にした。
「はぁ……博物館、まだ空いてるかな……」
……なおその日の夜、ボルマンとホリドノンは宿屋には戻ってこなかった。
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翌朝の事である。
ボルマンとホリドノンはゴミの集積場にて、全裸で目を覚ました。
既に日は昇りきり、街を行きかう人の数も多くなってくるような時間である。
衆人環視に晒されながら、ボルマンとホリドノンは辺りを見渡し、自分達の状況を把握した。
「げ……王都でもかよ……。ホリ、昨夜の事、記憶に残ってるか?」
全裸のボルマンが股間を抑えながらホリドノンに聞く。
「さあ。あんまり覚えてないッスね。まあ、そう言う事もあるんじゃないッスか?」
同じく全裸のホリドノンが、特に下半身を隠すこともなくボルマンに答えた。
「平然としてんなーお前……。ま、取られちまったもんはしょうがねえか……ティーリ呼んで服代貰ってこねえとな」
ボルマンとホリドノンはごみ箱に捨てられていた適当な布で下半身を隠しながら、王都の裏通りを歩いて行った。





