56.ちょっくら大きめの盾を貸してくれや!
「さて、俺達はどうすっかな」
「そうですね。しばらく待ちましたが何事もありませんし、ダンジョン報告書を届けに一旦王都まで戻りましょうか」
ロノム達を見送った後、ゲンさんとシーリアはロノムが作成したダンジョン報告書を閲覧しながら物見砦で待機していた。
物見砦は変わらず騎士団が駐屯し斥候や衛兵達に緊張は見られるが、それ以外は特に変わった様子は見られない。
「お? あれはロノム達と一緒に行った斥候じゃねえか?」
ゲンさんが街道の先に見えた人影を目で追いながら言う。
斥候は街道を駆けるとそのまま物見砦に入りすぐに砦の責任者に対して報告する。
そしてゲンさん達にもロノム達一行が黄金のドラゴンを追いかけて行ったことを伝えていった。
「黄金のドラゴンと言うと、アンサスラン西部に現れたものと同じですね。やはり王都まで飛んできていたのでしょうか。それにしても、いったい何故……?」
「わっかんねえなぁ。どうにもアンサスランと王都、そしてドラゴンが繋がらねえんだよなぁ……。兎にも角にも、俺達はこの報告書を届けに、一旦王都に戻るか」
「ええ。そういたしましょう」
ゲンさんとシーリアが王都への帰り支度をし始めたその時であった。
遠方から警戒を表す管楽器の音が響き渡り、それに呼応するかのように物見砦の兵団に緊張が走る。
管楽器の音は遠方から物見砦へ、そしてさらに王都の方へと伝達されていった。
「なんだ? 今度は何事だ?」
ゲンさんもシーリアも帰り支度の荷物を床に置き、最初に管楽器の音が響いた方向を警戒する。
「ドラゴンだ! ドラゴンの大群が攻めてきたぞ!!」
その声に騎士団が団長の指揮の下、物見砦の外へと陣形を展開する。
と、同時くらいに物見砦から目視できる範囲に広がる森林地帯から、ドラゴンの群れが飛び出してきた。
「すげえ数だなこりゃあ」
ゲンさんも相手の陣容を見て思わずつぶやく。
ドラゴンの数は目視できるだけで数十体。
話に聞いていた漆黒のドラゴンはいないが、赤色の巨大なドラゴンを筆頭にワイバーンから陸戦型の小型竜まで、様々なドラゴンが物見砦に向かって押し寄せてきた。
「金鷲騎士団! 前へ!! 何としても、ここで食い止めるぞ!!」
王都騎士団の一隊がドラゴンの集団へと臆せず向かって行く。
集団と集団がぶつかり合い一挙に乱戦の様相を呈したが、ものの数分としないうちに騎士団側の陣形が崩れ始め、ドラゴンの群れが有利となっていった。
「アンサスラン冒険者ギルドの両名にお告げします! 我等が誇る金鷲騎士団であってもここは僅かな時間を稼ぐのが精一杯です! お二方は今すぐ王都へお逃げください!」
砦の上階の窓から戦況を眺めていたゲンさんとシーリアに対して、物見砦責任者の衛兵が撤退を呼びかける。
その声を聞いて、二人は立ち上がった。
「おう! ちょっくら大きめの盾を貸してくれや!」
「は!?」
ゲンさんは階下へと駆け下ると、武器庫に置いてあったタワーシールドと適当な剣をふんだくり外へと駆け出して行く。
そしてドラゴンが優勢な戦場の真っ只中へと突っ込み複数のドラゴンと対峙した。
「ええと、騎士団さんよ! やられた奴は下がって手当を! まだやれる奴は俺の後ろで槍衾を組め!! 最前線は俺に任せろ!!」
そう叫びながら、あるいは爪の一撃、あるいは炎のブレスと言ったドラゴン複数の攻撃を、ゲンさんはタワーシールド一本で捌き切る。
ゲンさんの乱入により秩序を取り戻した騎士団は、ある者は前へ出てドラゴンと対峙し、ある者は引いて後詰となった。
「命令します。風よ、我が足下の大地となり、支えとなることに喜びを見出しなさい。吹け、エアリアル・ウォーク」
一方のシーリアは何らかの魔法の詠唱をすると窓から飛び降り、ふわりと地面に着地する。
そして混戦状態となっている戦場に向けて、その右手をかざした。
「命令します。雷よ、その爪を研ぎて嵐となり、猛き者共に静寂を齎しなさい。轟け、サンダー・ストーム」
ゲンさんと騎士団の前方、怒り狂うドラゴン達が無秩序に牙を剥く少し上空で、突然灰色の霧の集合体が発生する。
そして霧の摩擦により僅かな時間で膨大な静電気を発生させると、ドラゴンの集団に向かい雷の嵐を巻き起こした。
大群を成していたドラゴンの半数はシーリアの起こした雷により沈黙し、砂へと還っていく。
「ひぇ……破壊術師のSランクは規格外の奴が多いが、あいつも噂通りのバケモンだな……」
シーリアの破壊魔法の威力にゲンさんも思わずつぶやく。
「シーリア! リーダーと思われる赤色の奴は俺が何とかするからよ! 雑魚散らし頼む!」
そしてシーリアに向かって叫ぶと、ゲンさんはまだ残るドラゴンの群れをかき分けながら奥の方にいる大物へと向かって行った。
「全く、引退して久しいにも関わらずご無体なことを……。命令します。稲妻よ、思うがままに道を奔り、暴虐に叫び続けなさい。導け、チェイン・ライトニング」
ゲンさんと騎士団の居ない方へと向かい、シーリアは再び右手をかざして魔法を唱えた。
今度はシーリアの前方から雷が発生し、ドラゴンの集団へと襲い掛かる。
一筋の雷光の線は付近にいるドラゴンを次々と繋げて襲いかかり、その全てを黒焦げの何かへと変えていった。
「出力が随分と落ちていますね。以前であればもう少し広範囲に繋げられたものですが」
電気や雷を操る魔法は確かに存在する。
しかしその扱いは難しく、また、そもそも膨大な魔力を消費するため人間が扱うのは実用的ではない。
普通の術師であれば近くの相手に電気を流し、一時的に自由を奪うのが関の山である。
それでも充分強力ではあるのだが。
「いいですか皆さん。少し驚かすような攻撃を行いますので、慌てず行動なさい。命令します。雷鳴よ、金切り声を上げ泣き叫び、大気を調伏しなさい。響け、ライトニング・クラップ」
今度は騎士団とドラゴンが戦っている中央で、電光が弾け飛ぶ。
直接的な攻撃ではないが大音量の雷鳴が鳴り響き、両軍の衝突が一時的に停滞した。
その隙を見逃さずゲンさんが赤色の巨竜を相手にしながらその剣で周囲の小型竜の首を刎ね飛ばし、何体か砂へと還す。
「流石ですね。剛盾の戦いをこの目で見ることができるとは、光栄です」
シーリアがゲンさんに追いつき言葉を交わしながら、その陰に隠れるような位置で身構える。
「もう十ウン年も実戦なんざしてねえよ! とんでもなく衰えてらぁ!」
一方のゲンさんもタワーシールドと剣を構える。
タワーシールドには創傷が目立ち剣も刃こぼれしているが、ゲンさん自身は傷ひとつついていなかった。
赤色の巨竜は怒り狂いながらゲンさんとシーリアに向かって牙を剥き炎のブレスを放つ。
しかしゲンさんは荒々しい盾捌きでその攻撃を跳ね除け、隙を付きながら右手の剣で攻撃した。
「命令します。稲妻よ、思うがままに道を奔り、暴虐に叫び続けなさい。導け、チェイン・ライトニング」
他方、シーリアは優雅に右手を構えながら魔法の詠唱を唱え、小型のドラゴン達を次々と砂へと還していく。
「何をぼさっとしとるか! 他地方の冒険者がこれだけの働きをやってのけてるのだぞ! 我々も騎士としての実力を示すチャンスではないか!」
ドラゴンがバタバタと倒れていく中で、金鷲騎士団長が叫ぶ。
王都の騎士団も二人のその戦いぶりに圧倒されながらも、団長の言葉に奮い立ち戦える者達は次々とドラゴンへと向かって行った。
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「助力を感謝いたします。貴殿等がいなければ、魔物共に王都まで侵攻を許すところでした」
物見砦の衛兵達と金鷲騎士団団長以下騎士達が、隊伍を成してゲンさんとシーリアに深く一礼する。
赤色の巨竜はゲンさんの一撃で、他のドラゴン達はシーリアと騎士団の活躍により壊滅させることができた。
物見砦と金鷲騎士団にある程度の被害を出ながらも、王都への侵攻を一切許さずドラゴンも殲滅できた点においては大勝利と言うべき戦果である。
「なに、魔物相手は慣れたもんだ。と言って、外で戦うなんて滅多にないけどよ」
「あなた方も慣れぬ魔物との戦いでよく奮起しました。私達はあなた方の勇気に少し手を添えただけです」
ゲンさんとシーリアに感謝の言葉を述べると、衛兵達や騎士団はそれぞれ持ち場へと戻っていく。
「しかし、全部のドラゴンが砂へと還ったってことは、ダンジョンから出てきた奴等なんだな。さて、ロノム達がどうなっているか心配だが、今は一旦王都に戻って諸々報告をした方が賢明か」
「同意です。一旦戻りましょう」
他方、ゲンさんとシーリアは一旦王都へと戻ることにした。
破壊術師元Sランク冒険者「雷光のシーリア」。
常人では考えられぬ程の桁外れの魔力量を持ち、その膨大な魔力でもって破壊術を力で押さえつけながら扱う天才である。
特に稲妻の魔法を好んで使っていたため、Sランクへと推挙された際に「雷光」の二つ名を飾られた。
なお、本人はできればもう少し可愛い二つ名が良かったと後に語っている。





