57.ダンジョン探索(2)―書状は青白い輝きを放ちながら、ダンジョンの出入口を静かに封鎖していった
「この先に大部屋がある。……確かに明らかに大型の魔物がいるな」
探索魔法を展開していたロノムが声のトーンを落としながらメンバーに声をかける。
「キマイラやドラゴン程度でしょうか。ロノム様、お分かりになられますか?」
「いや、通常のミノタウロスよりもワンサイズ上程度だ、恐らく大型のミノタウロスだろう。確かにそれでも大きいサイズだけどね」
「かしこまりました。それでしたら私だけでも対処できますね」
若干の緊張を含みながら大盾を構え、メルティラがロノムに答えた。
「問題は大型のボス周辺にミノタウロスと思しき眷属が何体かいるみたいだな……。それぞれが今まで倒してきたようなミノタウロスと同等の強さを持っているとしたら厄介かもしれない。俺とルシアさんで眷属の殲滅、その間はメルティラさんが大型の奴を頼む。アイリスさんは相手の出方を見て臨機応変に対応して欲しい」
「はい、分かりました」
「りょーかいしました。よーするにいつも通りですね!」
ルシアとアイリスもロノムに対して返事をする。
ルシアもメルティラと同じく緊張気味であるが、アイリスは普段と同じような感じであった。
「よし、行くぞ!」
ロノムの掛け声と共に四人は突撃していった。
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ロノム達の動きはアンサスランのダンジョンと変わらず、基本通りだった。
まずルシアが射撃で先手を打ち、その後にロノムとメルティラが同時に突撃する。
そしてアイリスは少し遅れてメルティラのカバー範囲に入りながら、支援に入った。
「はぁ……はぁ……もう始まっておるのか……」
最後に大部屋に突入したアイリスよりもかなり遅れて、王都ギルドのお目付け役であるシルヴィルが息を切らしながら駆け込んでくる。
歴戦の冒険者であったのも今は昔。
現在は書類仕事に明け暮れ、その身体は随分となまってしまっていた。
「むう……あの防衛士……メルティラと言ったか、巨体のミノタウロスを一人で相手取るか……」
いつもの通り、メルティラはボスを一人で引きつけその攻撃を捌き切っている。
ミノタウロスは巨体ではあるが人型の魔物であり、以前に対峙したキマイラやドラゴンよりも与し易い。
その打撃と時折来る魔法を躱しながら、ロノムとルシアが眷属を倒し切るのを待っていた。
「お、おお……もう砂だまりがいくつかできておる……」
ロノムの指示のもと、ルシアも的確に眷属のミノタウロスを撃ち倒していく。
ロノムもアイリスの援護を受け防衛士のようなことをやりながら、小型のミノタウロスを一体ずつ倒していった。
「この短時間で全ての眷属を倒し切るとは……どうなっておるのだ……」
シルヴィルの見立てではこの眷属のミノタウロス、決して弱い相手ではない。
王都の一般的な冒険者であっても、数名のパーティで連携してようやく同数を相手にできるかどうかだ。
「いや、決して王都の冒険者が劣っているわけではないぞ。むしろ全体的な腕は王都の方が上だ、こやつ等が魔物相手の戦いに慣れ切っているだけなのだ」
シルヴィルの独り言が事実かどうかは分からない。
だがしかし、確かにロノム達が対魔物に慣れていると言うのは真実である。
苦戦すると思われた大型のミノタウロスも、アイリスの支援魔法を受けたロノムのハンドアックスがその胴を薙ぎ払い、真っ二つになって断末魔の悲鳴をあげながら砂へと還っていった。
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「見てください、シルヴィルさん。あそこに巨大な結晶があるでしょう? どういう理屈かは分かりませんが、あれが魔物を発生させる装置と言えるものです」
「ああ、うむ」
大型のミノタウロスを倒した後、ロノムは大部屋周辺の安全を確かめた上でシルヴィルにダンジョンの事情を説明している。
アイリスとメルティラ、そしてルシアの三人は治癒魔法の陣に入りながら、休憩をしていた。
「魔物の中には稀に統率者がいます……さっき倒した大型のミノタウロスがそうですね。意思の伝達方法は分かりませんが、ああ言った大型の魔物が眷属やダンジョンを徘徊する魔物達の指揮官となり、通常とは違った動きをするケースがあります。ミノタウロスがダンジョンの外に出て周辺の村や人を襲っていたのもそのせいでしょう。本来であればミノタウロスはダンジョンの防衛者であるので、外に出てくることは無いんですけどね」
「ふむ……なるほど……」
いつになく真面目な表情で、シルヴィルはロノムの話を聞いていた。
「そして今回はその統率者と思われるミノタウロスを撃滅したので、ダンジョンの外までミノタウロスが出てくることは無いと思います。大型ミノタウロスも再発生する可能性が無いとは言い切れませんが、ボスクラスの魔物は再発生させるのに随分と時間がかかるようで、次に似たような事が起きるとしても、少なくとも数十年後ではないでしょうか」
「了解した……。当面の危機は去ったと言う事だな?」
「はい。加えてアンサスランのギルド役員が責任を持ってダンジョンの出入口を封印しますので、今回の件はこれで解決です」
そう言うとロノムとシルヴィルは周囲を再び見回した。
大部屋の隅には、かつての冒険者の成れの果てが数体転がっている。
それを見て、シルヴィルは悲しい顔をしながらポツリと言った。
「王都から要請のあった後でな……若くて功名心のある冒険者が何人かこのダンジョンに挑戦したんだ……」
シルヴィルは成れの果ての一体に近づき、半ば朽ちかけた手を躊躇なく握りながら続ける。
「いい後輩達だったんだ……。そりゃあ、ダンジョンの魔物を相手にするには君達に及ばなかったかもしれん。だが、吾輩がこうやって引退した後もギルドを盛り上げてくれてな……。年老いた吾輩より先に散らしていい命では無かろうに……」
そんなシルヴィルの背中を見て、ロノムも言いようのない悲哀を覚えた。
「アンサスランの流儀では、こう言う時に遺品を回収して葬儀を執り行います。王都ではどうしているのでしょうか」
ロノムの言葉にシルヴィルは立ち上がり振り向く。
「王都ではダンジョン探索の仕事はあまり無いからな……ほとんどがこのままだ。だが、確かにそのようにした方が彼等の魂も浮かばれるだろう……。前例はないが、遺品の回収をしてやってはくれんか……」
シルヴィルのその言葉に返せぬまま、ロノムはかつての冒険者達からその者を象徴するような遺品を回収し、簡易的な弔いの印を結んだ。
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ロノム達がダンジョンの外に戻ると、封術の準備が完了したゲンさんとシーリアが出迎えてくれた。
「おう、お疲れだったな! どうだったよ?」
「はい、詳しい報告は書類の形式でまとめますが、ボスと思われる大型の魔物を討伐したのでこれで解決のように思います。出入口を封印すれば完璧です」
ロノムがゲンさんに対して簡易的な報告をする。
「了解しました、ご苦労様です。アイリスにメルティラ、そしてルシアの三人も、よく頑張りましたね」
「はい! 我々はまだまだいけますが、任務かんりょーしたので戻って参りました!」
アイリスが皆を代表してシーリアに元気よく返事をした。
「あらあら、心強いことです。それではシルヴィルさん、アンサスラン冒険者ギルドの責任でもって、ダンジョンの出入口を封鎖いたします。宜しいですね?」
「ああ、宜しく頼んだ」
シルヴィルの言葉を合図に、シーリアは封印の触媒となる書状を広げ詠唱を始める。
書状は青白い輝きを放ちながら、ダンジョンの出入口を静かに封鎖していった。





