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56.ダンジョン探索(1)―アンサスランの冒険者にとって、ダンジョン探索はいつも通りの業務である

「事前に打ち合わせをしていた通り、今回のダンジョンはミノタウロスが跋扈するダンジョンだ。王都の冒険者ギルドではダンジョンの地図を用意していないため内部の構造は分からないけど、話によれば二層奥の大部屋にボスらしきものがいるとのことだ」



「はい、把握しております」


 王都まで持ってきた愛用のマグカップの白湯を飲みながら、アイリスが答える。



「ミノタウロスは中型で何かしらの武器を持っている魔物だ。戦い方としては対オーガと似たような感じになると思うが、オーガと違い魔法攻撃を仕掛けてくる奴もいる。中距離からの攻撃に注意して欲しい」



「大丈夫です。集中していきます」


 ルシアが自分の武器の最終確認をしながら、ロノムに返事をした。



「実際に入ってみないと分からないが、大きく違う点がない限りはいつも通りのダンジョン探索をしていこう」



「承知いたしました」


 メルティラもにこやかな表情を崩さずに言葉を返す。



 ロノム達一行はダンジョン前で突入前の打ち合わせを行っていた。


 ロノム達四人の他にはアンサスラン冒険者ギルドのゲンさんとシーリア、そして、王都の冒険者ギルドお目付け役にして下級貴族、シルヴィルと言う人物がその場について来ている。



「打ち合わせは終わったかね? それでは、吾輩も中に向かうとしよう」


 なかなか質の良い革鎧を着こんだ、中年とも老人とも言い難い男性であるシルヴィルがロノムに声をかけた。


 彼は王都貴族の一員ながら、かつては冒険者として剣を振るっていたこともある古強者だ。



「気を付けて行ってこいよ。俺達はここで封術の印を結んでおくからよ」


「大丈夫です。あなた達の実力でしたら王都近くのダンジョンであろうと関係なく力を発揮できます。無事戻ってくるのを待っていますよ」


 ゲンディアスとシーリアもロノム達に声をかける。


 二人はダンジョンの外で待機組であった。



「ええ、それでは行ってきます。封術の準備は宜しくお願いします」


 そう言ってロノム達四人とお目付け役シルヴィルは、ダンジョンへと潜っていった。





*****************************





 アンサスランの冒険者にとって、ダンジョン探索はいつも通りの業務である。


 ロノムもいつも通り探索魔法を複数展開し、いつも通り周囲に危険がないかを監視し、いつも通りマッピングを始めた。



「ふん。確かにダンジョン探索はアンサスランの連中に一日の長があるかもしれないが、我等王都の冒険者も戦闘面では負けてはおらんぞ」


 シルヴィルがロノム達に聞こえないような声で呟く。



 彼としては、王都の冒険者ギルドの対応は面白いものではなかった。


 王都のギルドだって優秀な冒険者を数多く抱えている。


 にも関わらず外の連中に仕事を依頼するような行為は、自分達の縄張りに対して外の連中を入れて土足で荒らされているような気分であった。



「前方から中型の魔物が三体、ミノタウロスが近づいてくる。全員いつも通りの配置で行こう」


「しょーちしました」


「かしこまりました」


「分かりました。やれます」



 一方のロノム達はそんなシルヴィルの胸中は露とも知らない。


 三人それぞれ戦闘準備が完了したのを見て、ロノムは前方へと駆け出して行った。



「どれ。こ奴等がどれほどのものか、お手並み拝見と行こうではないか」


 シルヴィルにとってはダンジョン探索はともかくとして、戦闘面では王都の冒険者の方が遥かに上だと思っていると言うか、手前贔屓の穿った見方になってしまうのも仕方が無いことである。


 それでも尚、ロノム達四人によるミノタウロス三体相手の立ち回りを見ながら、シルヴィルは努めて冷静に品定めをしようとしていた。



「成る程、確かに腕が立つ。しかし、あのくらいなら王都の冒険者でもやってやれないことはない」


 ロノムの攻撃を見て、顔のちょび髭をいじりながらシルヴィルが誰にとも聞こえない声で呟く。



 ロノムがミノタウロスの一体を相手にしている間に、残りの二体がメルティラ達の方へと向かって行った。


「む……あれだけの攻撃を一人で難なく捌き切るか……。だが、王都の冒険者だってあれくらいは……」


 ミノタウロス二体を軽々と相手にし続けるメルティラの盾捌きを見ながら、シルヴィルの顔に若干余裕がなくなってくる。



「あの程度の冒険者であれば王都にはゴロゴロいる……いると思う。戦闘面では……負けて……え? あの射撃武器なに? ずるくない?」


 ロノムが相手をしているミノタウロスの脳天に対して、ルシアの射撃武器による一撃が決まった。


 ミノタウロスは頭から血を噴出しながら倒れ砂へと還っていく。



「あ、なんかすっごい治癒魔法使ってる。無理」


 ミノタウロスの持った斧による断末魔の一撃により、ロノムは右肩に結構な深手を負ってしまった。


 しかしそれを見越してかアイリスは治癒魔法の詠唱を始め、たちどころにロノムの傷は塞がれていく。



 ロノムは「油断した、済まない」と言いながら残りの二体に対して向かって行った。





*****************************





「ひとまず近辺にいる全てのミノタウロスを駆逐したようです。時間がかかってしまい申し訳ありませんシルヴィルさん」


「あ……ああ、うん。君達も、まあまあの腕前ではあったな」



 最初の三体を倒した後ロノムは索敵魔法を展開し、周辺にいるミノタウロスも全て散らしておこうと言う判断を下した。


 ミノタウロスの強さを把握した上で、戦闘中に別のミノタウロスが現れ乱戦状態になるのは危険と判断した故にである。


 ざっと二十体は砂へと還したであろうか、その事実にシルヴィルは若干引き気味であった。



「それでは、二層の奥へと向かいましょう。罠はありますが大丈夫です。全て解除可能なものです」


「う……うむ。そうではないかと思っていたところだ」


 罠なんてあったんかい……などと思いながら、シルヴィルはロノムに対して返事をする。



「ま……魔物相手なら確かにアンサスランの冒険者に分があるかも知れないが、山賊とかそう言った対人相手なら……王都の冒険者の方が……上だと……思う……」


 再びぼそりと呟きながら、シルヴィルはロノム達一行の後ろについて行った。





*****************************





 岩肌の剥き出した山岳地帯の中腹で、岩陰に隠れるように明るい色の鎧を着た金髪の優男が独り座っていた。


「ん? やーれやれ、やっと来ましたか……」



 その男が見上げると、紫とも黒とも取れる深い色合いのドラゴンが舞い降りてくる。


『久しいな、ハーネート』


「ええ。黒竜公様も、ご機嫌麗しく」


 にこやかな笑みを崩さぬまま、ハーネートは黒竜公と呼んだドラゴンに人間流の一礼をした。



何故(なにゆえ)、そのような姿を取り続ける? 元の姿に戻れば良かろう』


「いえねぇ、ここは人間の領地でしてね、いつどんな目があるか分からないのですよ。『王都騎士団の団長ともあろう人物がドラゴンだったー』なんてこと、あってはならないですからねぇ。ですので、この場では人の姿にてお許しを。あ、できれば黒竜公も人の姿をお取り願えますか?」


『断る』



 その答えに「やれやれ」と言ったようなジェスチャーをしながらハーネートは苦笑した。


『それで、首尾はうまく運んでいるであろうな?』


「ええ、ええ。上々ですとも。後は機を見て仕上げを御覧(ごろう)じろってねぇ。その際は黒竜公様も宜しくお願いしますね」


『当たり前だ。我が炎によって、人間共の都を火の海へと変えてくれる』



「それでは、時期が来ましたらまたお呼びいたしますのでしばらくお待ちを。私は再び人の街に戻りますので」


 そう言った会話を黒きドラゴンと交わすと、ハーネートは周囲を伺うように見渡しながら立ち去ろうとした。



『その頭部の傷はどうした?』


 黒竜公は頭に巻かれた包帯を見ながら、ハーネートに問うた。



「え? ああ、ちょっと転んじゃいましてねぇ。いやー、人間の姿は脆くていけません。あ、そうだそうだ、聞き忘れておりました。黒竜公も東の方……えーと、アンサスランでしたっけ? そっちの方へと行ったんですよね? どうでした? ご観光の方は」


『人の(ねぐら)などに興味はない。ただかつての栄光と夢の跡を見に行っただけだ。懐かしかった……と同時に、憎悪捨てがたき記憶も蘇ってきたことも事実だ……。そう言えば、我が感傷に浸っておったところに忌まわしき者の末裔共がノコノコと入り込んでいたな……。今思えば、あの場におったあやつらの(はらわた)を食い散らかしてやれば良かったわ』


「そうですかそうですか。ちょっとよく分かりませんが、有意義な旅であったようですね、良き事です。それでは、私はこれにて」


 変わらぬ胡散臭いにこやかな笑みを浮かべたまま、ハーネートは岩山を下っていった。

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[気になる点] >黒竜公も西の方……えーと、アンサスランでしたっけ? そっちの方へと行ったんですよね? 東の方では?
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