53.何故その二人に制服のあれこれを任せちまったんだ……
「ギルド職員のシーリアです。よろしく」
アンサスラン側から昇り来る朝日に照らされる中、肩までの長さの茶髪を後ろで縛った既に中年ながら芯の通った美しい女性が軽く会釈をしながら挨拶をした。
元Sランク冒険者、雷光のシーリアである。
ゲンさんと共に今回の旅のお目付け役となる人物だ。
前回のギルド役員による出頭要請から数日経った日の早朝、ロノム達四人とゲンさんはアンサスラン西側の正門前にて大荷物を持って、ギルド職員が来るのを待っていたわけだ。
ロノム達はシーリアに挨拶をすると、ギルドが用意してくれた四頭引きの大型馬車へと乗り込んだ。
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「ええと、ここから王都まではどのくらいで到着できるのでしょうか?」
馬車に揺られながらルシアが誰にともなく質問する。
「アンサスランから馬車で四日ほど行った先に河川港のある街があってな。その街から船に乗って二日程川を下ると王都レイ・トレリムに着ける。都合六から七日ってところだな」
ゲンディアスがルシアに対して答えた。
「街道の途中には宿があるような街もあるから、そこで泊まりながらって感じかな。旅程に馬車や川が入るから、天候次第では数日足止めをくらったりするかもしれない」
ほとんど旅に出たことはないロノムも、聞きかじりの知識で回答する。
「しかしこの間も思いましたが、ゲンさんのギルド役員の制服は新鮮ですなあ」
窓の外の景色を眺めていたアイリスが、ふとゲンさんの方を見て言った。
「いや……フィスケルはギルド役員なら常々着るものだって言ってたけどよ……正直ダサ過ぎないか? この服……。もうアンサスラン離れたし脱いでもいいよな……?」
自分の姿を見回しながら嘆息するゲンさん。
いつもお洒落な服を選んで着ているゲンさんである。
そんなゲンさんにとって、誰がどう見ても野暮ったく、その上胸元付近にはワンポイント的に冒険者ギルドとは一切関係がない妙な紋章が入っており、更には背中に「自由都市アンサスラン 冒険者ギルド」などと言う刺繍が施された冒険者ギルド役員の制服は、とても着られたものではなかった。
「ゲンディアスさん、そんな事を言ってはなりません。確かにこの上ないほど野暮ったく正直着用に耐えるデザインではありませんが、これでも生地には上質なものを使っているのですよ。ちなみにこの制服デザインを発注したのはフィスケルさんとドーンさんです。苦情はお二人にお願いします」
「何故その二人に制服のあれこれを任せちまったんだ……」
シーリアの言葉に頭を抱えるゲンさん。
冒険者ギルドの底浅い闇を垣間見ながら、ロノム達は何とも言えない引きつった笑いを浮かべるしかなかった。
緩やかな会話を続けるロノム達一行と後方の席で居眠りをしているメルティラを乗せながら、馬車は街道を歩み続ける。
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いくつかの宿場を越え、四日ほど経った頃だろうか。
幸いにも好天に恵まれ、ロノム達一行は予定通りの旅程を経て、王都へと向かう船に乗ることができた。
川沿いの美しい自然と流れゆく街並みを眺めながら、ロノムとメルティラ、そしてゲンさんとシーリアの四人は川を下り行く大型の船の甲板で、王都での打ち合わせをしている。
海からはまだまだ遠いながらも川幅は広く流れも緩やかであり、そして風光明媚な景色が流れて行くその川下り自体が一大観光スポットと言って差し支えがない程であった。
「つーわけで、到着したらまずは冒険者ギルドのギルド長と冒険者を統括する貴族に謁見、その後は向こうのギルドトップや貴族達と晩餐と言う手筈になっているな」
ギルドから受け取った予定表を広げながら、ゲンさんはロノムに説明する。
ロノムも予定表を眺めながらゲンさんに頷いた。
「正直言ってですね、『紫紺の宝珠』の報酬を決める際に『王都に行った際に客人としての待遇を授けて貰う』なんて言わなきゃ良かったと後悔しているところです。無理ですよ貴族に謁見や晩餐なんて……。テーブルマナーとかどうしたらいいのかと言った感じですよ……」
ロノムが先行きの不安で軽く頭を抑えながら言う。
「まあ、その辺りは向こうの冒険者ギルドに調整して貰ってっから大丈夫だろうよ。貴族達と晩餐と言っても、上の方の連中が出てくるわけはないしな」
「だといいんですけどね……」
ゲンさんの言葉に多少の落ち着きを取り戻しながら、ロノムが答えた。
「ゲンディアスさんはともかく、私もはっきり言って不安もいいところですよ。ギルド役員などと大層な役職についておきながら、ちょっと前まで野を走り回りながら宝を追い求めていた山猿そのものでしたからね」
シーリアもロノムに追従する。
雷光のシーリアであるが、ギルド常設役員の中では最も年若い。
数年前まで現役の冒険者として名を馳せており、パーティリーダーを務めながら果敢にダンジョンアタックを続けていた。
「ああ、ところで王都とはどのようなところですか? ゲンディアスさんならご存じですよね」
そんなシーリアが、ついでとばかりにゲンさんに王都についての質問をした。
「一言で言えばゴチャゴチャした街だな。アンサスランも大概だが、それ以上にゴチャゴチャしている」
ゲンさんはロノムとシーリアを交互に見ながら言い、更に続けた。
「それは街並みに限った話だけじゃなく、中央政界の話から地場の権力者構造についてもだな。はっきり言ってあまり住み良い街じゃないが、人も金も物も集まってくるところだ」
要するに、力のあるやつが集まりすぎてて権力関係が複雑なんだ……と、ゲンさんは王都レイ・トレリムについての所見をまとめる。
ロノムからすれば聞くだけで厄介な都市であった。
「ああ、そう言えばゲンさんは流浪の旅をしていた時に王都にも滞在していたんですよね。どのくらい王都で過ごしたんですか?」
ロノムもゲンさんに聞く。
「一年もいなかったよ、あんまり長居したいところじゃなかったからな。メルティラもあんまり覚えてないだろ?」
「ええ、確かに王都に対して特別な記憶と言うものは無いかもしれません。ですが、美しい街並みは覚えておりますよ」
ゲンさんの言葉に、緩やかに流れていく景色を見ながら箱の上に座っているメルティラが返した。
メルティラにとっては数年ぶりの父子揃っての旅である。
あまり顔には見せないが、内心では少しばかり喜びがあった。
「まあ、ちょっと観光しに行くくらいなら悪い街じゃねえよ。色々と美味い物も揃ってるしな。ところで、アイリスとルシアはどうした?」
ふと顔を上げながら、近くにアイリスとルシアがいないことに気付きゲンさんが聞いた。
「アイリス嬢でしたら船室で『不肖このアイリスはここが終着の場です二度と船には乗りません乗るもんか』と呻きながら倒れていましたね。完全に船酔いです。その付き添いでルシア嬢も船室にいると思います」
その問いにシーリアが答える。
「帰りも船に乗らなきゃいけないし、川上りだから行きよりも時間がかかるんだけどな……どうしたもんか……」
ゲンさんが頭をかきながら若干の困惑を見せた。
一方のロノムはロノムで、先行きの不安さと何やら偉いことになってしまったなあと言う感想が胸の内に去来している。
ロノムは先程の王都の話を聞いた辺りから「目標はダンジョン探索を完了してすぐにアンサスランに帰ること。自分は冒険者ギルドの歯車、自分は冒険者ギルドの歯車」などと頭の中で念じ続けていた。





