52.実を言やあ、王都の冒険者ギルドが匙をぶん投げた案件なんだ
「アライアンス『シルバー・ゲイル』です。入ります」
ロノムはアイリスとメルティラ、そしてルシアといういつものメンバーを連れ立って、冒険者ギルドの一室へと入っていった。
「出頭要請に応えて頂き感謝する、シルバー・ゲイルよ」
ロノム達が入室した先は、全体が華麗な装飾で彩られ、豪奢ともいうべき立派な長机が配置された冒険者ギルド役員議事室。
そこには冒険者ギルドの御歴々が揃っていた。
見知った顔では瞬詠のフィスケル、そして剛盾のゲンディアス。
下座にしても、かつてその時代の象徴であった冒険者である双竜のメルシーダと雷光のシーリア。
総勢十四人のメンバーであった。
いずれもSランクに複数年在籍していた歴戦の冒険者であり、一年前のロノムであれば御簾の隙間から垣間見ることすら考えられなかった人物達である。
「アライアンス『シルバー・ゲイル』よ、諸君等の活躍は常々聞き及んでいる。先日であれば、金色のドラゴンを相手に臆せず向かって行ったそうだな。大儀であった」
一番奥にいるギルド役員のリーダー格、既に老人ながら底知れぬ威圧感を内に秘めた賢僧のマルシヴァスが、重厚な姿勢を崩さぬままロノムに言った。
「は……! 先般の出来事についてはアンサスランの危機と見え、微力ながらお力添えをした次第です」
ロノム達は緊張しながら直立不動の姿勢でマルシヴァスに対して一礼する。
「まあ、そう緊張しなくていい。どちらかと言うと、今日は我々が君達にお願いする立場なんだ。四人とも、そちらの席に掛けてくれ」
上座に近い席に座っていたフィスケルが、ロノム達四人に座るよう促す。
そしてフィスケルは立ち上がり、ロノム達に今回出頭要請を出した趣旨を説明した。
「簡単に説明しよう。王都から……つまり、国王陛下から直々にアンサスランの冒険者を貸して欲しいと要請があった」
「国王陛下から……?」
フィスケルの口からでた意外な言葉に、ロノムが思わず聞き返す。
「何でも、王都近くのダンジョンから魔物が出てきて徘徊するようになっており、その調査とダンジョンの封鎖を願いたいとのことだ」
「お言葉かもしれませんが、何もアンサスランから冒険者を派遣しなくても、王都にも冒険者ギルドがあり冒険者がいるのでは……?」
無論の事ながら、王都にも冒険者ギルドは存在している。
ロノムも実際に王都に行ったことはないが、その事は知っていた。
「おう、確かに王都にも冒険者ギルドは存在しているんだがな、実を言やあ、王都の冒険者ギルドが匙をぶん投げた案件なんだ。王都だけあってよ、アンサスランの次くらいにでけぇ冒険者ギルドっつー話なのにな」
年老いながらもなお筋肉の鎧に身を包み続けている蛮風のドーンが、自分の席にどっかりと座りながら必要以上に大きな声でロノム達に説明する。
「その冒険者ギルドをもってすらどうにも解決に難いらしく、王都のギルドが直々に『ダンジョン攻略が主業務のアンサスランから冒険者を派遣させては……』と国王陛下に進言したところ、その意見が通った形だ」
「なるほど……」
再びフィスケルの言葉を聞いて、大体の事情は大体把握した。
「加えて王族の一人……ローレッタ妃殿下の口添えがあり、『可能であればシルバー・ゲイルを派遣して欲しい』と言うことで、君達に出頭要請をお願いしたわけだ」
「お、俺達が……ですか……」
名指しで指定されていることについては、完全に予想外であった。
「つーわけでよ、すまんがちょっくら王都まで行ってきちゃあくんねえかな。おめぇ等に負担をかけるっつーことは分かってんだが、ぶっちゃけた話、俺達としてもできる限り王都の連中に恩を売っておきてぇわけよ」
ドーンは頭をかきながら申し訳ない、と言う仕草でロノム達に言う。
「向こうの冒険者ギルドが融通を図ってくれるし、何よりも以前の『紫紺の宝珠』の件もあって、王都の方でも客人待遇として迎えてくれると思う。加えて冒険者ギルドとしても、最大限バックアップは約束しよう。端的に言えば、こっちの事情もある事だしな」
フィスケルも重ねてロノム達に言った。
「……了承いたしました。アライアンス『シルバー・ゲイル』としてはこれ以上ない光栄の至りです。喜んで、王都へと行って参りましょう」
「これ、拒否権が一切無いやつ」と言うことを肌で感じながら、ロノムは冒険者ギルドの役員議事室にて、王都への出撃要請を許諾した。
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「お疲れ様だったな、シルバー・ゲイルよ」
議事室の近くにある控室までついてきたフィスケルが、ロノム達一行を労った。
「本当に……緊張しましたよ……。ローレッタ妃殿下にお会いした時以来です」
ロノムがフィスケルに対して答える。
何しろ賢僧のマルシヴァスを筆頭とした十四人のメンバーは冒険者ギルドのトップであり、言ってみればこの都市の支配者直々の出頭要請なのだ。
「もー本気で疲れました、不肖このアイリスはもうダメかと思いました。役員会で決めたのを我々に通達と言う形でもよかったのではないでしょーか」
アイリスもソファにもたれかかりながら、不遜なことを言い出した。
「手間かけちまったな。マルシヴァスの爺さんがお前達に会ってみたいって聞かなくてよ、こんな段取りになっちまった」
ゲンさんも控室に一緒に来ている。
ゲンさんはシルバー・ゲイルのパトロンであり、かつギルド役員と言う立場もあって、事前にギルドから何らかの打診はあったようだ。
「ええと、シルバー・ゲイル全員で王都に行くわけですよね。アライアンス本部とかも空にしてしまって大丈夫でしょうか。僕とか誰かが留守番で残っていた方がいいような」
「ダンジョン探索もあるので、普段のパーティ全員で行く方がいいのではないかな。君達の本部についてはギルドが責任を持って留守を預かるし、ダンジョン探索が終わったら物見遊山をしてきても構わない。関係機関との連携や調整は全てギルドの方で受け持つ」
ルシアが王都行きに対して若干の不安を滲ませながら言い、フィスケルはルシアの不安を拭うように優しく言葉をかける。
「それと、ギルドからのお目付け役は俺とシーリアが受け持つことになった。お前達の迷惑にはならないつもりだから、宜しくな」
「シーリア様も来て頂けるなら心強いです」
ゲンさんの言葉にメルティラが軽く笑みを浮かべながら答えた。
シーリア……「雷光のシーリア」は破壊術師の元Sランク冒険者の女性である。
現役時代は雷と水の魔法を得意とし、幾多の魔物をその雷撃で葬ってきた。
十四人のギルド役員の中では一番の若さであり、引退したとはいえBからCランク程度の実力は残している。
「そうだ、王都の方と言えば……先日のドラゴンの行方も気になっています。何か手掛かりはあったのでしょうか」
「ああ。奴が飛んで行った方を調査したが、あまり実のある結果は得られなかった。あの日以来目撃報告も出ていない」
ロノムの疑問にフィスケルが首をすくめながら答える。
「承知しました。仮に王都で金色のドラゴンに関する話を聞けた場合は、ギルドに報告します」
「そうしてくれるとありがたい。だが、今回の旅の本分は王都からの依頼であるダンジョン探索だ。そちらに注力してくれ」
「大丈夫です。シルバー・ゲイルとして責任を持って対処します」
「ああ、頼んだぞ」
その後はしばらくギルドの控室で打ち合わせをした後、ロノム達一行は王都へと向かう準備のために冒険者ギルドの建物を後にする。
「目的はダンジョン探索であり、ドラゴンの事は二の次」
自分にそう言い聞かせながら、ロノムはシルバー・ゲイルのアライアンス本部へと帰還した。





