48.ここからは俺の当て推量だ
「シャンティーアさんに関する事だ」
「私の?」
ロノムの言葉にシャンティーアは小首をかしげる。
この日に限って人通りがない図書館の正門前で、ロノムはシャンティーアを正面に見て話を続けた。
「シャンティーアさんのドラゴンに対する情熱と知識の奥深さは称賛の一言に尽きる。今までの行動でそれはよく分かった」
「そーでしょー。ドラゴン大好きお姉さんだからねぇ、私は!」
おどけた感じのシャンティーアとは対照的に、ロノムは真面目な顔を崩さず話を続ける。
「そんなシャンティーアさんがドラゴン族の刻んだという石碑を見て、はしゃぐこともなくただ冷静に『何が書いてあるか分からない』と言ったよね? それが引っかかっていたんだ」
「ふむ……?」
「あの石碑……確かに旧文明の文字ではなかったけど、少しでも古語に理解があれば、読めないというわけではなかった」
ロノムはふと、曇天を見上げながら一拍置く。
そして再び目線を戻し、シャンティーアに続けた。
「そして書かれていた内容は、ドラゴンから人に対する恨み言……それもかなり辛辣にだ。正直あの場にいたアイリスさん達三人が、古語に明るくなくてホッとしたくらいだよ」
「シャンティーアさん……あれだけドラゴンに詳しくて、あれだけドラゴンの文明を理解していた貴女が、あの碑文に書かれていた文字が分からないと言うわけがない……そう思ってね」
石碑に書かれていた文言は有用な言葉ではなく……言ってみれば罵詈雑言だった。
正直ロノム自身も「こんなものが残っていていいのかな……」と思ったくらいである。
「そしてもう一つ、シャンティーアさんの竜術についてだ」
「ほうほう」
「あの時はゴタゴタしていたし、俺の記憶違いの可能性も高い。……ただ、シャンティーアさんが切り札である竜術を使ってドラゴンへと変身した時、詠唱がなかったような気がするんだよなぁ」
「……」
魔法の発動には、始まりの詠唱と結びの呪文が必要である。
特に結びの呪文は術師に課せられたルールと制約であり、結びの呪文が無ければ現実に魔法が発動することはない。
確かにフィスケルのような例外も中にはいるのだが、シャンティーアについて言えば確実に魔法の詠唱を要しているはずだ。
しかし、ロノムの記憶違いでなければ、あの時は確かにシャンティーアは始まりの詠唱も結びの呪文も唱えていなかったように思えてならない。
「無論、俺達に配慮して『分からない』と言ったならばそれは理由付けとして充分だと思う。なのでここからは俺の当て推量だ」
「竜術のシャンティーア……その二つ名は、ドラゴンに変化する魔法を心得ている事から付けられた呼び名だと記憶している。だが……本当の所は逆なんじゃないか……? つまり……『人がドラゴンに変化する魔法を使う』のではなく、『今、ドラゴンが人に化けている』のではないかな……?」
「……」
いつになく真面目な表情で、シャンティーアはロノムを見返している。
そして緩く顔を崩し、にやりとした微笑みでもってロノムに返事をした。
「流石だねえ……まさにご推察の通りだ。ロノム氏当たり、大当たり!」
「ああ、ダンジョンをうろついているような、砂に還る出来損ないとは違うよ。正真正銘生物としてのドラゴンさ。それもまだ生まれて間もない、君達人間で喩えれば赤ん坊といったピチピチの若さのね」
ロノムとしては、それが嘘だとしても「ドラゴンなわけないじゃーん?」と返してくれる方が有難かったかもしれない。
だが、シャンティーアはあっさりと、自身がドラゴンであることを認めてしまった。
「申し訳ないけど、みんなには内緒にしておいて欲しいな。別に私は人間に危害を加える意図があって、この街に潜伏してる訳じゃないのさぁ。それに、弟が心配ってのは事実なんだよ。ああ、弟は普通の人間さ。私がただ人の家庭に潜み込んだだけだからね」
変わらぬ軽い口調で、それでいてどこか重さのある態度でシャンティーアは答える。
「……シャンティーアさんが人の形をして、アンサスランで生活してる理由は?」
ロノムはそんな態度に警戒しながら、彼女に問いかけた。
「正直言って、無い。ただ単純に、空を飛び獲物を狩る野生的な生活を送るよりは、人に馴染んで生活した方が楽だし平和だからってだけ。ただ、やっぱりこの間のロノム氏みたいにドラゴンに興味がある人間に対しては、嬉しくてぐいぐい行っちゃう事はあるかな」
「なのでロノム氏が私を討伐する旨味はないし、私がロノム氏達に危害を加える事もないよー。だから、できればそっとしておいて欲しいんだ」
ひらひらと手を舞わせながらそう答えるシャンティーア。
「無論だ。俺だって寝ている子を起こす気はないし、同じ冒険者同士敵対する気はない。ああ、冒険者ギルドはこの事を知らないんだな?」
その態度にロノムは少し態度を軟化させながら、詰問を続けた。
「そ。だーれも気付いてない……と言いたいところだけど、ひょっとしたらバレてるかもしれないなあ。中には勘の鋭い人もいるし、ただでさえ目立つのにSランク冒険者になったのはちょっとやりすぎちゃったからねー。てへぺろ」
図書館の正門近くで会話を続ける二人。
相も変わらず今日は誰もここを通らない。
「君達ドラゴン族に共通の目的はあるのか? 例えば他の種族と友好的に接しようとか、人間に代わって世界を支配しようとか」
「無いよー。人間だって一括りで語れないでしょ? それと同じ。そもそも同族にだって滅多に会う事は無いし、どこに住んでるのかもぜーんぜん知らない。親の顔すら知らないや」
「旧文明とドラゴン族の関係は?」
「それは私にもよー分からんのよ。だから、ダンジョン潜ったり文献当たってるって感じでもあるんだよね。まー先日の石碑みたいな物が見つかっても、旧文明に対する恨み言みたいな愚痴ばっかりなんだけどさ」
ロノムの尋問にも似た質問に対して、シャンティーアは躱すでもなく身構えるでもなく、さらさらと答えていく。
それに対してロノムは若干の罪悪感すら覚えながら、最後の問いを発した。
「最後の質問だ。君の他にも、アンサスラン……いや、人の社会に忍び込んでいるドラゴン族はいるのか?」
「それは分かんない、少なくとも私の知る範囲にはいないねー。さっきも言った通り、私も同族と会った事なんてほとんど無いよ。私と同じように人と意思疎通できるのかどうかも分からんねー」
「そうか……長々とありがとう。それと、色々と不躾な質問をしてしまって申し訳ない」
「構わん構わん。私もひょっとしたら誰かに自分の事を聞いてもらいたかったのかもしれない。それに、ロノム氏はいい奴だしね」
ある程度質問をしたところで、ロノムはシャンティーアに感謝の念を述べて失礼を詫びる。
シャンティーアも「自分の事は誰にも話さないで欲しいこと」「これからも変わらぬ交友を続けて欲しいこと」を条件に、ロノムの無礼とも思えるような態度を不問とした。
「そう言えば……近頃は西の方から少し冷たい風が流れ込んできているね。ひょっとしたら、何かひと悶着あるかもしれないよ?」
別れ際、シャンティーアはロノムに予言めいた言葉を告げる。
「西の方……か……」
ロノムはシャンティーアの言葉が何を意図しているのかは分からない。
ただ、自由都市アンサスランから西には、なだらかな丘陵地帯と大きな川を越えた先にこの国の首都、王都レイ・トレリムが存在している。
以前に出会った王族の一人の顔を思い浮かべながら、ロノムは西の空を見上げた。
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