45.ダンジョン探索(1)―てへぺろ
「M-4ダンジョン……通称『ホール・オブ・インフェルノ』か……。ドラゴン族の跋扈するダンジョンであり、正直おすすめは出来ないのだがな……」
ロノムは一人、冒険者ギルドのダンジョン探索窓口へと来ていた。
今日の探索許可の交渉はいつにも増して難航している。
「そこを何とかなりませんか。もちろんの事ながら無茶な探索はしませんし、全員の生還を最優先に考えています」
ドラゴン族が支配するダンジョンはハイリターンなれどもハイリスクだ。
普通の冒険者パーティであれば敢えて踏み込むようなところではない。
しかしロノムは何かに取り憑かれたかのように、ドラゴン族についての知識欲が増していた。
無論、アイリスとメルティラ、そしてルシア達に相談し、意見が一致した上での探索申請である。
「ううむ、確かに『シルバー・ゲイル』は実績も充分ではあるが……Aランク二人なら大丈夫か…? いやしかし……」
ドラゴン族が中心のダンジョンともなればギルドはかなり慎重だ。
たとえAランク冒険者が複数所属していようとも、おいそれと許可を出すことはできない。
受付の壮年の男性が資料を広げつつも、渋りながらロノム達と話を続けている。
「おお、誰かと思えばロノム氏じゃない! どうしたどうしたの?」
その中に入ってきたのは栗色の髪を腰まで伸ばした銀縁眼鏡の女性。
「「げっ! シャンティーアさん!」」
ロノムと冒険者ギルドのダンジョン探索受付員がハモりながら露骨に厭そうな声を上げた。
「ほうほうダンジョン探索をね? で、どこのダンジョンを? て、ここはまさか『ホール・オブ・インフェルノ』!? うっそでしょ行く行く私も絶対行く何を差し置いても行く何いつから? 大丈夫予定空ける!!」
強引に割り込んできた女性、シャンティーアは資料をひったくるように抱え込む。
「ね、姉さんやめなよ! 他のアライアンスの方の迷惑になってるじゃないか! あ、あの申し訳ありません、うちの姉が……」
シャンティーアを嗜めようとその手を引っ張ったのは、同じ色合いの栗色の髪を短く切った眼鏡の青年であった。
その背には長めの剣を背負っており、白兵士か防衛士といった装いである。
「い、いえ。シャンティーアさんとは知り合いではあるので……ええと……」
「あ、申し遅れました。僕はアライアンス『アズール・ドレイク』の団長をしております、ルーオと申します。この不届きな姉の弟です……申し訳ありません」
「いえ、ご丁寧にどうも……。俺はアライアンス『シルバー・ゲイル』の団長、ロノムです。宜しくお願いします」
ロノムとルーオはお互いに深々とお辞儀をした。
「それで、『ホール・オブ・インフェルノ』に行くんでしょ!? 私も行くので手続きをお願いするわ!」
「て……手続きも何もシャンティーアさんと我々はアライアンスが違うので、一緒に行くことはできないからね……? 今回は諦めて……ね?」
「いや、一応アライアンス同士の合意が取れればメンバーのレンタルもできなくはないが……。それに、Sランク一人とAランク二人となれば探索許可を出す事も吝かではない……」
ギルド受付の壮年の男性はシャンティーアに対して助け舟を出した。
探索許可を出して、ロノムにシャンティーアをお引き取り頂くのが賢明と判断したようである。
「そういうことなら『アズール・ドレイク』は副団長権限で私の同行を許可するわ! ロノム氏ももちろんOKしてくれるわね!?」
「ね、姉さん!! また勝手なことを……!」
「ダ、ダンジョン許可が貰えるなら俺としては同行して貰っても構わないけど……パーティメンバーに相談をしてからでもいいかな……? ただでさえ今回のダンジョン探索は俺の我儘を通して貰っているからね……」
ロノムもシャンティーアの勢いに押されながら半ば承諾してしまう。
「大丈夫大丈夫! ロノム氏のメンバーの説得なら私も同席するわ! お姉ちゃんに任せなさい!!」
「あのお……何と言うか、姉が迷惑をかけます……宜しくお願いします……」
ロノムもルーオも観念したように深いため息をつきながら、二人で肩を落とし合った。
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「初めに伝えてある通り、リーダーである俺の指示は絶対だ。シャンティーアさんが少しでも俺の指示に従えない場合、ダンジョン探索は打ち切り全員アンサスランへ引き返すからね」
「分かってる分かってる。大丈夫!」
そんな話をしながら、ロノム達一行とシャンティーアの五人は岩山の洞窟のようなダンジョンを歩いている。
アイリス達三人についてだが、Sランク冒険者の戦いを間近で見られるという点もあってロノムの意見に従ってくれた。
「シャンティさんは支援術師なのですよね。ということは支援術は基本的にお任せして私は回復に専念しておいた方がよいのです?」
「どっちでも大丈夫よー。私、人にあわせるのは得意だからアイリス氏の好きにして貰っちゃって!」
本当に人に合わせるのが得意なのだろうか……という疑問も持ちながら、ロノムはいつも通り探索魔法を複数展開しながら先頭を歩く。
ホール・オブ・インフェルノはドラゴンの跋扈するダンジョンであり、少しの油断が命取りとある。気を抜ける訳がない。
「いるな……奥の空間に大きな反応が一つ……。間違いなくドラゴン族だ……」
「ほうほう、では私も。探査術展開、深度2レベル。対象範囲指定完了。詳らけ! デルヴ・ノット!!」
ロノムの言葉にシャンティーアも探査の魔法を唱え、奥にいるという敵を探る。
「その子は火竜の一種ね。火を操るけど基本的には地上戦が得意なインファイター。他のダンジョンで出たならボスクラスといって差支えないけど、ホール・オブ・インフェルノだと一般的な子。核は胸部にあるけど、硬い鱗によって守られてるわ」
「だ、そうだ。俺達の力がドラゴン相手に通じるかどうかの試金石にもなると思うので戦ってみようと思うけど、いいかな?」
「了解です。やってみましょう」
「はい、異論はありませぬ」
「大丈夫です、いけます」
「おっけーよー。やっちゃいましょー」
四人の同意が取れたところで、ロノムは一行を引き連れて奥の部屋へと駆け出して行った。
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「征きます!」
まずドラゴンと対峙したのはメルティラであった。
以前に出会ったキマイラよりも更に背丈の大きい魔物。それでもメルティラは臆することなく向かっていく。
出会い頭の強力な尾の一撃を大盾で防ぐと、片手剣をドラゴンの腹に突き立てた。
ドラゴンは「ガ」という短い悲鳴を上げるが、しかしあまりダメージを与えているようには見えない。
大きく息を吸い込み、メルティラに対して炎のブレスを吐き出そうとする。
「泉の女神様は善き勇者に祝福を授ける。その抱擁は冷たくも温かい水の羽衣。展開せよ! ハイドロヴェール!」
しかしその炎の息はアイリスの展開した防衛魔法に防がれた。
「じゅわ」という大きな音を立てて炎と水のバリアは相殺する。
「あの二人凄いじゃない、連携もぴったり。ロノム氏、我々もうかうかしてられませんなあ!」
「軽口はいいから! メルティラさんが引き付けている間に俺達でドラゴンを倒しにかかるぞ! ルシアさん、いつも通り援護を!」
「了解しました! ロノム隊長!」
そう言ってロノムとルシアはそれぞれドラゴンと戦いやすい配置につく。
「ロノム氏ー! 武器に魔法を付与しても宜しいかなー?」
「早く終わるなら何でもいい! シャンティーアさん、頼む!!」
その言葉を聞きシャンティーアは詠唱を唱え始める。
「風性付与術展開、深度7レベル。対象指定ロノム氏。纏え! ガスト・ブレード!」
シャンティーアの詠唱完了と同時にロノムのハンドアックスに緑色の風が舞い踊る。
「おらぁ!!」
魔法が付与されたのを知ってか知らずか、ロノムはドラゴンの横合いを思い切りよく斬りつけた。
ロノムの斬撃がドラゴンにぶつかった瞬間の出来事である。
ハンドアックスに付与された緑色の風は巨大な刃へと姿を変え、轟音、そして爆風と共にドラゴンの胴を真っ二つに切り裂いた。
緑の風刃の勢いはドラゴンを二つに分けて尚も止まらず、ダンジョンの岩壁へとぶつかりそのまま掘削する。
そして分厚いダンジョンの岩盤を掘削しながら数十歩程の巨大な通路を作成したところで、爽やかな風へと変化し落ち着いた。
……静寂。
ロノム達四人は唖然としながら、真っ二つとなったドラゴンと大穴が空いた岩壁を見る。
「「「「は……?」」」」
四人は揃って気の抜けた声を上げた。
「ごめーん。ロノム氏はCランクって聞いてたので深度7レベルくらいの出力でやっちゃってもいいかなーなんて思ったのだけど、予想以上にパワーファイターでしたなあー。いやー失敬失敬」
てへぺろ的なポーズを取りながら、シャンティーアが謝罪にもなってない謝罪をロノム達に向けて行った。
現在の支援術師Sランク冒険者、その二つ名は「竜術のシャンティーア」。
冒険者ギルドで内々に呼ばれている裏の二つ名は「迷惑災害シャンティーア」。





