44.その二つ名は「竜術のシャンティーア」
「ドラゴン族には様々な種類がいる、ヴィーヴルもドラゴンの一つ……か。なるほどなぁ……」
K-6ダンジョン、通称「リトルワイバーンズ・ネスト」の探索でヴィーヴルを撃破した次の日、ロノムは街の図書館で調べものをしていた。
ロノムなりに「意思疎通が取れる魔物がいる」という昨日の出来事は興味を惹かれる話であり、旧文明に関する書籍や魔物、殊にドラゴン族に関する資料を読み漁っている。
しかし当然といえば当然ではあるのだが、冒険者ギルドの常設役員としてダンジョンの裏の裏まで知り尽くしているフィスケルをして意思疎通の図れる魔物を知らなかったのだから、街の図書館で調べられる程度の事で解決しよう筈も無かった。
「これには何もないか……」
今回借りてきた書籍も外れだったようである。
読み終えた本を書架に戻し次の本を探しに別の書架へと向かった。
「ドラゴンかー……。確かにおとぎ話には喋るドラゴンは出てきているけどなあ、所詮は子供に読み聞かせる話だしなぁ……」
そう言いつつ、ドラゴン関連の書籍が纏められている書架へと足を運ぶ。
ふと、古い本が並べられている書架を見ると、上の方に「ドラゴン族の生活様式と情報伝達」という、昔の学者が書いたと思しきタイトルの書籍を見つけた。
生活様式はともかく、「情報伝達」については非常に惹かれるものがある。
ロノムは思わずその本に手を伸ばした。
「「あ……」」
同時に書籍へと手が伸びる、か細い色白の手。
同じ書籍を取ろうとして一人の女性と手が重なってしまった。
ロノムが隣を見ると、栗色の髪を腰まで伸ばし銀の眼鏡を掛けた美しい淑やかそうな女性と目が合う。
年齢としては二十代中盤程であろうか。
「申し訳ない、お先にどうぞ」
ロノムは手を引き女性に本を譲ることにする。
それで今回はおしまい……なんてことにはならなかった。
「貴方様! 今この本を手に取ろうとしたねいえそもそもこの書架にいるという事はドラゴン族について調べていたね!?」
「ドラゴン族について何が知りたいのかな!? 生態から歴史、能力生活サイクル何でも取り揃えていますよさあさあ何が知りたいのかな話してごらん!?」
「敢えていうなら能力ということかな? かな? そうだよね歴戦の戦士といった風体をしているものね! ドラゴン族は大凡全てブレスによる攻撃能力を有しているけど、これは肺の繋がる気管の脇に存在する礫嚢という器官が関係しているのではないかと言われているの! あ、いえ、通常の魔物と同じようにドラゴン族もその生命活動が止まれば砂へと帰してしまうので正確なことは分からないけど!!」
女性は急に早口かつ妙なトーンの口調でロノムに対して捲し立てる。
「あ、いや、あの……図書館ではお静かに……」
ひとまずテンションのぶち上った女性を落ち着かせようとトーンダウンのジェスチャーをしながら、ロノムは静かな声で女性に告げた。
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「それでそれでそれで? 貴方様はどうしていかにしてなにゆえにドラゴン族についての調べものを?」
「昨日ね、ギルドから依頼を受けてヴィーヴルという魔物を討伐してきたんだけど、自分の倒した魔物について知りたくてね」
正直昨日の今日なのでどこまでこの女性に話していいか分からない。
ひょっとしたらギルドから「黒きドラゴンが意思疎通のようなものをして去っていった件については他言無用」と後から言われる可能性もある。
それ故にロノムは適当に誤魔化すこととした。
だがまあ、ヴィーヴル撃破については記録に残る事ではあるので、この場で言ってしまっても大丈夫だろう。
「なんとヴィーヴルと! ヴィーヴル討伐をギルドから依頼されたとなれば相当の実力者だとお見受けしたよ! ヴィーヴルは確かに上半身は女性型、下半身は爬虫類型とラミアやメリュジーヌといった趣はあるがその実態はドラゴンといっても差し支えない魔物なの! 破壊魔法の雨霰だったでしょうヴィーヴルは! あの子はドラゴンの中でも特に破壊魔法が好きでね、そればっかり使ってくるの! それしか攻撃手段がないって訳ではないのに不思議でしょう!?」
とにかく早口でよくしゃべり声の大きい女性である。
ロノムは何度もトーンダウンするようにとのジェスチャーを送ったが、その女性は気付けばまた大きな声でしゃべり続けていた。
(しかしどこかで顔を見たような……誰だったか……)
会話という名の一方的なおしゃべりを聞き続けているロノムは、相手の顔に見覚えがあった。
知り合いではないが、ロノムは今目の前にいる女性のことを知っている。
恐らく名の知れた人物ではあるのだが、思い出せない。
そんな事よりも女性から溢れ出る滝のようなおしゃべりに辟易し始めていた。
「あ、ああ……ところで、君も調べものがあるのだろうから、俺はこの辺で失礼するよ。邪魔をして悪かったね」
「そう! そうなのですよ!! 私が今調べているのはドラゴンの生活様式についてでしてね! 魔物であるにも拘らずドラゴンは旧文明の制約を受けないような性質を持つ子が多いの! ダンジョンから抜け出て山岳地帯に巣を作り繁殖の真似事をしてみたり、同じ魔物であるゴブリンを捕食したりとかね! 不思議でしょ!?」
角が立たないような言い訳をしながらこの場を離れたかったロノムであったが、逆効果となってしまう。
その後も女性の一方的なドラゴントークは続いたが、ロノムが知りたかったことはほぼ出てこなかった。
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結局ロノムがその場から離れられたのは、図書館閉館時刻であった。
司書からつまみ出され図書館の入口で佇む二人であったが、ロノムは心の底から安堵していた。
「いやあ今日は充実した一日だった! まさか同好の士と会うことができるなんて、部屋に籠もり切らず外に出てみるものだわ!! 貴方様からも大変有意義なお話が聞けたよ! ありがとう!!」
「イエ、楽シンデ頂ケタヨウデ幸イデス……」
数日分の体力を使い果たしたロノムはなんとか絞り出すように声を出す。
「俺、何か彼女に向かって話しただろうか。一方的に言葉の洪水を浴びせられ続けていただけのような気がするけど……」などと思いながら、ロノムは曖昧な表情を女性に返した。
「それでは今日はこの辺りで失礼するわ」
そう言いながら女性が立ち去ろうとしたところで振り向き、ロノムに問いかける。
「ああ、そうだ! 聞き忘れていた! 貴方様のお名前は?」
「あ、ああ、ロノムだ。アライアンス『シルバー・ゲイル』の団長をやっている」
名を聞かれて思わず答えてしまったが、迂闊なことをしたものだと即座に反省した。
万が一シルバー・ゲイルのアライアンス本部までやってこられて、日がな一日彼女からドラゴントークを続けられてはたまったものではない。
「ロノム氏ね! 承知した!! 私の名はシャンティーア、アライアンス『アズール・ドレイク』のシャンティーア! 以後お見知り置きを!」
そう言うと女性はロノムに手を振り大通りを駆け出して行く。
その名を聞いてロノムは女性の事をようやく思い出した。
現在の支援術師Sランク冒険者、その二つ名は「竜術のシャンティーア」。
支援術師として現役最高峰の冒険者であった。





