42.ダンジョン探索(2)―ゲンのやつ、いい掘り出し物を見つけやがって
「なるほど。噂には聞いていたが大したものだな。それ程の魔法を多重展開して維持し続けられるのは、まさに天賦の才としかいいようがない」
ダンジョンに入りいつも通り感知と探査、そして計測の魔法を複数展開したロノムに対して、フィスケルは感嘆の声を上げながら言った。
「瞬詠とも謳われたフィスケルさんにお褒め頂くとは光栄です、感知や探査の魔法は得意分野だと自負しています。防御魔法や治癒魔法でも同じことができればよかったんですけどね」
「私達もロノム様のお力で随分と助かっております。Aランクまで駆け上ることができたのはロノム様のお陰です」
冒険者として名を馳せ何人もの術師を見てきたフィスケルであったが、ロノムのように支援魔法の多重展開を得意とする術師は見たことが無かった。
それでいて、これ程複雑な術式の魔法を使いこなせているにも拘らず初歩的な魔法が苦手というアンバランスさも持っているのだから、まさにこの技は天から与えられた物なのであろう。
性格にしても自分をあまりひけらかさず、かといって謙遜しすぎとはいえず、立ち位置を弁えているように見える。
このような男だからこそ、上位層とは決して言えないCランクの白兵士でありながら、ギルドの中にも彼の事を注目する人間が多くいるというわけだ。
「ゲンのやつ、いい掘り出し物を見つけやがって」
フィスケルはニヤリと笑いそんな呟きをしながら、最後尾でロノム達一行を見守っていた。
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「前方に中型の魔物が三体、リトルワイバーンだ。目視できる距離になったらルシアさんから攻撃を。それで何体か倒すことができれば儲けもの。その後は俺とメルティラさんで同時にワイバーンを攻撃する。アイリスさんとルシアさんはメルティラさん側で援護してくれ」
「分かりました!」
「承知いたしました」
「おっけーです!」
ロノムの言葉に三人がそれぞれ武器を構える。
その様子を後方からフィスケルは観察していた。
ロノム達は通路の突き当りにある小部屋の中にワイバーン三匹がいるのを確認し、できるだけ音を立てないように決められた立ち位置についた。
そして開幕、ワイバーンがこちらに気付く前にルシアの銃弾がワイバーン一体の首筋を撃ち抜く。
奇襲によって首筋を撃ち抜かれたワイバーンは力なくへたり込み、飛膜の先から砂へと還り始めた。
残りの二体はロノム達に気付き広めの通路を低空で飛びながら猛然と向かってくるが、一体をメルティラが引き受けもう一体をロノムが相手取る。
「行くぞ!」
ロノムは相対しているワイバーンのかぎ爪を躱しながらハンドアックスで応戦し、その合間合間をルシアの射撃が援護する。
「泉の女神様は善き勇者に祝福を授ける。その抱擁は冷たくも温かい水の羽衣。展開せよ! ハイドロヴェール!」
一方のアイリスは防御魔法を唱えると、泡のような水の膜がメルティラを包み込んだ。
先置きの防御魔法は効果覿面である。
ワイバーンがその顎を大きく開き炎のブレスを吐き出すも、水の膜に到達すると同時に「ジュワ」といった音を出しながらかき消えた。
「はぁっ!」
ワイバーンとメルティラの攻防を横目に見ながら、ルシアの援護射撃もあって隙だらけとなったワイバーンの首筋をロノムのハンドアックスが斬り飛ばし、片方のワイバーンが倒される。
そしてメルティラが引き受けていた残りの一体についてもロノムとルシアが加勢し、さしたる苦労はなく四人で処理が完了した。
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「いやいや見事だったぞ、シルバー・ゲイル。小型のワイバーンとはいえドラゴン族の一員であるからな。それ程簡単に行く相手ではないぞ」
「ありがとうございます」
フィスケルが難なくワイバーンを処理したロノム一行に対してねぎらいの言葉をかけた。
「そーいえばドラゴン族って旧文明の中では特別な存在なんですよね?」
ふと、アイリスがロノムとフィスケルに聞いてみた。
「うん。ドラゴン族も旧文明によって作られた魔物ではあるんだけど、オーガやゴブリン達のような労役を割り当てられていたかといえばそうともいえない部分があるんだ。一言でいえば、崇拝の対象となっていたというか……」
「その辺りはどうにもよく分からんのだがな……。ドラゴンについては使役をしつつも宗教的な対象として崇拝といった具合だったらしいが」
ロノムとフィスケルがアイリスの問いに答える。
「我々ギルドの方でも旧文明の研究はしているんだがね。ダンジョンを作った理由から生活様式に至るまで、正直旧文明の連中はよく分からん事をやりたがる」
首をすくめながらフィスケルは「お手上げ」といったような仕草をした。
「そうなんですね……。確かに、確かに、前にいたアライアンスでも聞いた事があります。ドラゴン族は他の魔物とは違う行動原理を持っているみたいだって」
「養父も昔、言っておりました。『ドラゴンと相対する時は気を付けろ。魔物や対人とはまた違う思考を持っているぞ』と」
ルシアとメルティラもそれぞれドラゴンについて知っていることを語る。
「今回の討伐対象であるヴィーヴルについても、その性質はドラゴンと近いものがあると思う。だから戦う時は他の魔物と比べると注意して……」
ロノムが何か言いかけたところで止めた。
「……探索魔法に大物が引っかかった、間違いなくヴィーヴルとその眷属だ……。眷属は四体いるな。ワイバーンは周辺にはいないみたいだ……。都合がいい、通路突き当り右側の大部屋に五体とも揃ってお出ましのようだ。みんな、ダンジョン突入前に立てた作戦通りでいくぞ」
ロノムはパーティメンバーに対して早口に状況を伝える。
「アイリスさんとメルティラさんはヴィーヴル本体を引き付けながらしばらく耐えて欲しい。その間にルシアさんと俺は二人に眷属の数を減らしていく……みんないけるか!?」
そして作戦のおさらいをしながら、三人に発破をかけた。
「おっけーです!」
「用意万端でございます!」
「はい! 大丈夫です!」
「よし、行くぞ!」
アイリス、メルティラ、ルシアの三人の言葉を聞き短い号令の後、ロノム達一行は大部屋に向けて各々走っていった。
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最初に大部屋へと突入したのは大盾を掲げたメルティラであった。
目標は上半身が美しい裸体の女性を模し、下半身は鱗を持ち飛膜を生やす竜の形をした大型の魔物。
目視でメルティラを確認したヴィーヴルは、何らかの詠唱を唱えながらその右手で火球を生成しメルティラへと放つ。
「効きませぬ!」
メルティラが大盾で魔法を捌きながら、ヴィーヴルに対して一気に距離を詰め片手剣で応戦する。
「魔女に目を付けられたお姫様。困った王様は賢者を訪ね、おまじないを教わった。防げ! プロテクション!!」
アイリスも一足遅れてメルティラの傍まで駆け寄り、防御魔法を使い分けながらメルティラを援護した。
「俺達の相手は雑魚共だ! ルシアさん、行くぞ!!」
「了解です……! がんばります!」
対してロノムはヴィーヴルを取り巻く四体の眷属……上半身が人間の女性で下半身が蛇の姿をしたラミアのような魔物に向かっていく。
「たっ!」
ヴィーヴルの眷属はロノムに対して火の魔法を斉射するも、走りながら大きく飛び上がり全てを躱す。
そしてルシアは追撃の詠唱を始めようとする眷属に対して自身の得物に魔力を込めて発砲し、ロノムの事を援護した。
ルシアの援護もありヴィーヴルの眷属は一体、また一体とロノムによって屠られていく。
一方のヴィーヴル本体の方も、メルティラとアイリスの二人はうまく魔法攻撃を対処していた。
「このパーティの要はAランクの二人で間違いはないな」
一方のフィスケルは、戦闘が行われている部屋の入口に陣取りながら誰にも聞こえないような声で独り言を漏らす。
アイリスとメルティラ両名はAランクの実力に恥じない戦い方と判断力、実力を伴っている。
この二人に関しては言うことがない。アンサスランのどの冒険者と比較しても引けを取らない実力だ。
「対してリーダーのロノムと射撃士のルシアは純粋な戦力として見れば格は落ちるな……だが……」
一方のロノムは白兵士として平均よりは上であるものの、AランクやBランクの白兵士と比べればやはり物足りない。
ルシアについても射撃武器の威力と扱いについては申し分ないが、冒険者としての実力については並程度であろう。
しかしロノムについて言えばパーティの司令塔として見ると、一気に評価が跳ね上がる。
ロノムはパーティメンバーそれぞれの性格や能力を良く把握して的確な指示を送っており、各々の力を実力以上に引き出していた。
そしてルシアの方もロノムの指示を忠実に守りよく実行しており、優秀な兵卒といえる。
「四人ながら、今のアンサスランで最も優秀なパーティかも知れんな。欲を言えば、対複数に長けた破壊術師が欲しいところだ」
フィスケルがそう呟いたところで、ルシアの銃弾が最後に残った眷属の眉間を撃ち抜き砂へと還した。
「よくやったルシアさん! これから大物に当たるぞ!」
「了解です! ロノム隊長!!」
ロノムとルシアは短い会話を交わすと、メルティラとアイリスが引きつけていたヴィーヴル本体へと向かっていった。





