40.足を引っ張っていた無能な仲間に別れを告げたパーティリーダーは足枷がなくなり成り上がり街道を駆け上がる~今更自分の無能さに気付いたようだがもう遅い。土下座してきても知りません~(5)
「くっくくく。やっぱり天下の『レッド・ドラグーン』団長様ともなれば、オレ様でなければ務まらんからなぁ!」
茶髪を長く伸ばした馬顔の男ボルマンがにやけ笑いをしながら、薄暗い執務室の椅子に腰かけて何やら独り言を呟いている。
「そう、オレ様こそが大手アライアンス団長、ボルマン様その人だ!!」
人差し指を突き出すようなポーズをしながら虚空に向かってポーズを取る。
誰に向かって言っているのかは分からないが、ボルマンは非常に上機嫌であった。
……あの事件の後、レッド・ドラグーンは荒れに荒れた。
今までワンマン経営を続けていた団長のドディウスが突然死んでしまったのだから無理もないが、空いた団長の座を巡って政権闘争に発展し、いくつもの派閥で団長の座を争った。
しかし、内情は烏合の衆であると同時に強かな冒険者集団である。
レッド・ドラグーンが沈みゆく船と気付いた頃から一人、また一人と逃げ出していき、遂に団長候補はボルマンしか残らなかった。
メンバーも半分以下へと数を減らしており、もはや大手アライアンスといえるかどうか微妙な立ち位置となってしまっている。
そんなわけで消去法で団長となったボルマンであるが、本人はそのことに気付いていないし他に誰もやる人はいないしでまあ丸く収まったといえた。
「おい、ティーリ君。この後のオレ様の予定はどうなっているかね?」
ひとしきり上機嫌に笑い終わった後、ボルマンは部屋の隅で書き物をしているティーリに対して声をかけた。
「予定って……何も入ってないですよ……。今日中にこの書類の束を何とかしなきゃいけないので、そっとしておいてもらえませんか?」
「んだよ……。オレ様は大手アライアンスの団長様なんだから、ギルド役員との会食とかそういうのセッティングしとけよ。あんまり使えねーと給金停止しちまうぞ?」
「記録を見るとドディウスさんもそういった事はほとんどしていなかったようですし、いきなり役員と会食とかは無理なんじゃないでしょうか……。と言うか、そう言うのいいんです? 賄賂みたいなものなのでしょっ引かれたりしません?」
主に経理関係の書類仕事をしながら、ティーリは顔も上げずにボルマンに答える。
「知らねーよそんなん。ま、いいわ。予定がないならオレ様はもう飲みにでも行くわ。仕事はしっかりやっとけよ」
対してボルマンはそんなティーリに対して労いの言葉もかけずに部屋から出て行ってしまった。
飲みに行くボルマンを目だけで見送りながら、「いない方が仕事が捗るので早く出て行ってください」とティーリは心の中で毒づく。
正直ティーリとしても、このゴタゴタを機会にレッド・ドラグーンから出ていく予定であった。
多少なりとも尊敬できるパーティメンバーであったエクスエルとネシュレムは当事者という事もあり事件のあと真っ先に出て行ってしまったし、現在はこのアライアンス及びパーティに留まっている理由がない。
しかし、ボルマンや他のレッド・ドラグーンのメンバーから強制的に押し付けられた雑務をこなしているうちに妙な責任感が生まれてしまい、アライアンスを辞める機会を逃してしまっていた。
「はあ……どうして僕はいつもこんな目に……」
そんな自分の境遇を呪いながらも、沈みゆく船レッド・ドラグーンを何とか存続させようとティーリは今日も健気に頑張っている。
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「と、いうわけでよ。オレ様大手アライアンスの団長様なのよ」
「ええー、ボルちゃんスゴーイ!」
もう何度目か分からないその台詞に若干辟易しながらも、露出の高い格好をした女性達は馬顔の男を持ち上げる。
ボルマン自身も女性達に褒められいい気分になりながら、いくらするかも分からない酒を飲み続けていた。
ボルマンのいるこの場所はアンサスランでも有数の接待酒場である。
一回の飲食にかなりの金員を要求されるが、アライアンスの団長となったボルマンはそんな事を気にしない。
今日も今日とて腰巾着であるホリドノンを連れて飲み歩いていた。
「まあ落ち着きたまえ君達。オレ様を持ち上げる気持ちも分からなくはないが、ホリの事も構ってくれたまえよ? こいつはオレ様の右腕であり、謂わばレッド・ドラグーンの副団長なんだ。おいそれと出会えるクラスじゃないぜ?」
「そうッスね、そうかもしれないッスね」
酒が飲めればそれでいいといった感じのホリドノンが、その大柄な体をソファに沈めながら適当にボルマンにあわせる。
「んでよ、ホリ、オレ様の決意表明を聞いてくれ」
女性達に囲まれながら、ボルマンがホリドノンに話を振った。
「これから遠くない未来にな、レッド・ドラグーンをアンサスランのトップに立つアライアンスにするぞ! オレ様の類稀なる華麗な経営手腕によってな!!」
ドーンという効果音が聞こえてきそうな勢いで、ボルマンは大きく右手を上方に突き出し天井を指さした。
「正直言ってよ、ドディウス元団長のやり方は古臭かったんだよなぁ。まあ、なんつーか地味っていうやつ? あんなやり方じゃ『そこそこ』は達成できても、上に行くのは無理だったんだよ」
旧体制を公然と批判しながら、ボルマンは更に続ける。
「折角ボルマン様って言う華がありながらレッド・ドラグーンが一番になれなかった理由がこれよ。地味、古臭い、カビの生えたやり方! これらはもう今日付けでおしまいだ。これからは冒険者のカリスマボルマン様が華麗に華々しくレッド・ドラグーンを直々に導いてやっから、安心しとけ!」
「あー、はい。そうッスね。というか、何人かは辞めてしまったけど大丈夫ッスかね」
レッド・ドラグーンの人数はドディウスが団長だった頃から半数以下にまで減ってしまっている。
誰であれ流石に危機感を覚えるところではあるが、しかしボルマンにとってこの程度の事はピンチの内に入らない。
「腐ったみかんが勝手にいなくなっただけだ。むしろ今は少数精鋭、そしてこれから優秀な人材を引き入れまくって最高のアライアンスにしてやる。……いいか!? アンサスラン中で最大勢力のアライアンス、最高の稼ぎを叩き出してやるぜ!!」
「キャー! ボルちゃんかっこいいー!!」
女性達に担ぎ上げながらボルマンはふと、以前にパーティから追放したロノムの事を思い出した。
あいつも確かアライアンスの団長だったな、今は何をしているのだろう。
小さな組織で明日も知れない思いをしながら生きていることは想像に難くないし、ひょっとしたら経営が立ち行かなくなって既に野垂れ死んでいるかもしれない。
それと比較した時の自分の成り上がり街道驀進っぷりはどうだ!? 大手アライアンスの団長様だぞ!?
そんなことを思いながら、女に囲まれ酒に酔いふんぞり返っているボルマンであった。





