36.第一章最終戦(5)―空にあった満月は既に地平へと沈み、東の空が白み始めていた
「がはっ!!」
右腕を切り飛ばされたドディウスはバランスを崩しながら倒れ込み、人質として抱えていたアイリスを手放す。
放り投げ出されたアイリスをロノムは両手で抱え込み、はずみでロノムの手からハンドアックスが逃げ出した。
愛用のハンドアックスは慣性のまま庭園の石柱へと飛んで行き、そして蓄積され続けた金属疲労と今回の無茶もあって脆くなっていた部分から破砕した。
「アイリスさん! 大丈夫!?」
「概ねだいじょーぶではありますが、お腹がすきました!!」
ロノムに抱きかかえられながら、アイリスが元気よく答える。
「何故だ……! 何故ロノムが生きている!? 貴様等、この俺を謀ったな!?」
よろけながら左膝を大地につき、苦しい表情を浮かべたままドディウスが叫んだ。
「ドディウス団長……私もネシュレムもロノムも、伊達にパーティを共にしていた訳じゃありませんよ。互いに何も言わなくても、この程度のシナリオならすぐに連携出来ます。……ロノムを一旦団長の意識から外し、隙を見て伏兵として使う作戦でした」
膝をつくドディウスの前に、エクスエルが歩み出ながら答える。
「アイリスの破壊魔法と、第三者の登場は予想外でしたがね」
そして、エクスエルは乱入者である白髪交じりの男に目をやった。
「ドディウス……。お前がこんなことしちまったのは俺のせいだってことは分かったよ……」
ゲンさん……ゲンディアスもドディウスの前に来ると、ドディウスに対して言葉を続ける。
「だがな、これだけは聞いてくれ……。組織の統率者をやってるお前は本当に立派だよ。あの街から……剛盾の重荷と死んだ仲間への贖罪から逃げ出して、隠れ潜んじまった俺には到底できないことだ。それは分かってくれ……」
「今更……今更になって、俺にそれを言うかゲンディアス……」
大の大人二人がお互い泣きそうな表情になりながら向かい合っていた。
「そうだよな、今更だ……。それに、俺から何を言っても無駄だとは思う……。しかしだ……お前の事を慕っている仲間や部下の声には、耳を傾けてやってくれないか……?」
ゲンディアスのその言葉の後に、エクスエルとネシュレムが並びながら前に出る。
「ドディウス団長……。私はあなたのことを心底尊敬しています。こんな事になった今でも、これが団長の真意ではないと信じているくらいに、です」
「私も……エクスと……同じ……」
「エクスエル……ネシュレム……」
エクスエルとネシュレムがドディウスに言葉をかけた。
そしてドディウスの横、少し離れたところでアイリスに巻かれた荒縄をほどきながら、ロノムも続く。
「ドディウスさん……。俺、レッド・ドラグーンを追放された時、心底悔しかったんですよ……突然放り出された恨みつらみとかじゃなくて、自分の不甲斐なさにです」
ロノムがアイリスの小さな体を支えながら、ドディウスに言葉を続ける。
「覚えていないかもしれませんが、俺がレッド・ドラグーンに入隊するきっかけになったのは、ドディウスさんが『共にこのアライアンスを頂点まで押し上げてくれ。そのためには、君の力が必要なんだ』と言ってくれたからです」
ロノムのその言葉を聞いて、ドディウスは思い出したかのようなハッとした表情を浮かべてロノムの方を見た。
「俺の力が必要とされてるって、嬉しかったんですよ……。だから、レッド・ドラグーンから追放された時、本当に自分の事が不甲斐なかった。もうこの人の役には立てないんだって……、俺はこの人を失望させてしまったって……」
「ロノム……」
ロノムの言葉を聞いたドディウスは立ち上がり、斬り離された右腕をかばいながら五人と離れるように裏庭の奥へと向かっていった。
「ドディウスさん……?」
「お前達、迷惑をかけたな……。最後の最後になって、自分のやったことの愚かさに気付くことができたよ……今となってはもう遅かったがな……」
「ま……待ってください! ドディウス団長!!」
ドディウスの言葉に対して、ロノムとエクスエルが止めようとする。
「もういいんだ……いや、もう解放してくれ……頼む……。またいつ憎悪と嫉妬の炎に飲まれるか分からん。俺が……正気であるうちに……」
しかし、振り向いたドディウスの決意の顔を見ると、二人とも何故か足を前に進めることができなかった。
「ゲンディアス……最期までかけた迷惑のついでだ。貴様の言うことならギルドも信用するだろうから、ちゃんと伝えてくれ。今回の件はドディウス一人の暴走であり、アライアンス『レッド・ドラグーン』は一切関係ないとな……。お前と同じ時代にいたことを、誇りに思うよ」
ドディウスがゲンディアスに目をやりながら言う。
その目は先程までのような嫉妬と憎悪に狂ってはおらず、澄んだ目をしてた。
「エクスエル、そしてネシュレム。お前達の実力は長年見てきた俺が保証する。Bランク程度におさまる器ではないぞ? 更に上を目指して、しっかりやれ」
次にエクスエルとネシュレムの方に顔を向けた。
エースパーティに所属する冒険者として特に目をかけていた二人である。
そんな二人の目の前でこのような事態を起こしてしまったことに対して、ドディウスは殊の外恥じ入った。
「それとアイリスとやら、君がロノムの新しいアライアンスのメンバーか……。関係ないのに巻き込んでしまって済まなかったな。私の口からこのようなことを言うのもおかしな話かもしれないが、これからもロノムを支えてやってはくれないか?」
ドディウスはゲンディアス、エクスエル、ネシュレム、そしてアイリスにそれぞれ声をかけると、最後にロノムの方へと向き直る。
「ロノム……お前は俺と同じだ……。お前は一人ではAランクどころか、Bランクに上がれるかどうかもわからん。だが、お前は仲間と共にあれば間違いなく頂点を目指せる器だ。俺に代わって……頂点を目指せ!!」
しなければならない謝罪、そして後進に伝えたかったことを最後まで言うと、ドディウスは自然の風化によって浸食し崖となっていた裏庭の端からその身を投じた。
空にあった満月は既に地平へと沈み、東の空が白み始めていた。





