34.第一章最終戦(3)―焔! 爆裂!! 氷結!!!
「アイリスが……攫われた?」
「はい。私達も俄かには信じられぬことですが、事の成り行きを見るに事実と言えそうです」
メルティラとルシアが急ぎ向かったゲンさんの家の戸を叩くと、寝床の支度をしていたゲンさんが出てきた。
「えっと、あの、なんでもドディウスと言う別アライアンスの団長が画策して、アイリスさんを攫ったそうです。ロノム隊長とエクスエルさんと言う破壊術師の方が二人でアイリスさんの事を追っています」
「ドディウス……ドディウスがか……?」
ゲンさんは信じられないと言った表情でルシアの事を見る。
「それで、ロノムはどこに向かって追っていた!?」
「申し訳ありません、ロノム様の行き先までは把握しておりません」
ゲンさんの問いにメルティラが答えた。
「いや、あいつのことだ。何らかの魔法痕跡を残しているかもしれねえな……それでメルティラ、ルシア、お前達はこの後どうすんだ?」
「ロノム様からは、私達はこの事を養父に伝えた後ギルドに報告し、シルバー・ゲイルの本部にて待機せよと言付かっております」
「分かった。何が起こっているか分からねえが、気を付けて行って来いよ。杞憂だといいんだが、お前達の安全のために手は打っておく。俺は気がかりなことがあるので、ロノムを追ってくる」
「はい、養父もお気を付けくださいませ」
お互いに別れを告げると、メルティラとルシア、そしてゲンさんはそれぞれ自分の行き先へと向かっていった。
「ドディウス……本当にお前なのか……?」
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美しい満月が街並みを照らす夜、冒険者ギルドの夜番に対して事の成り行きを報告したメルティラとルシアは月明かりに照らされた道を急ぎ歩いている。
祝祭の夜とは言えこの街の夜道を出歩くのはあまり感心出来ることではない。
Bランクに位置する屈強な冒険者とは言え、見目麗しい女子二人であれば尚更だ。
「ルシア様、囲まれております」
「え……? あ……!」
しかし、今宵は普段とは別の理由で二人にとって危険極まりない夜であった。
メルティラが足を止め鞄に入れてあった簡易的な盾を構える。
今日は祭りに参加するだけの予定であったため、いつもの武装は持ってきていなかった。
対してルシアの銃は懐に忍ばせられる大きさの物であるため、普段と変わらぬ攻撃能力は持っている。
しかし、弾丸は量を持ってきておらず、敵の数によっては心許ない。
「ウラァ!!」
僅かな静寂の後、物陰から剣を持った小汚い男が躍り出てきた。
メルティラが小さな盾でその攻撃を受け止め、至近距離でルシアが発砲する。
弾丸を肩口に受けた男は倒れ込み痙攣するも、すぐさま別の男二人がハルバードと槍を持ってメルティラとルシアに襲い掛かってきた。
槍を持った方をルシアが迎撃し、ハルバードの攻撃をメルティラが受け止める。
ルシアがハルバードを持った男に銃口を構えようとするも、別の方から棍棒を持った男が襲い掛かってきたためやむなくそちらを銃撃で撃ち払った。
メルティラがハルバードを持った男を盾で跳ね飛ばし、ルシアと背中合わせに並び立つ。
「大声出したら……街の人達は助けてくれるでしょうか……」
「分かりません……。ただ、これだけ派手に戦っていても家屋から一向に出てくる気配がないので、我関せずなのかもしれません……」
壁際に追い詰められ、武器を持った集団にジリジリと間合いを詰められるメルティラとルシア。
暗闇に包まれ正確な数は分からないが明らかに十数人はおり、絶望的な状況である。
否、絶望的な状況だった。
「グアアァ!!?」
突如小汚い男の一人が炎に包まれ、悲鳴を上げながらのた打ち回る。
「こんな満月の綺麗な晩に、月も霞むほど美しいお嬢さん方を囲んで狼藉とは、お前さん方は中々に無粋なものだね」
メルティラとルシア、そして男達の集団が声のする方を見ると、煌々と照らす満月の真下で冒険者ギルド常設役員の制服に身を包んだダンディズム溢れる初老の男が一人、蓄えた顎髭をいじりながら立っていた。
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敵と見るや男達の行動は素早い。
まず、近くにいたハルバードを持った男が初老の男に襲い掛かかった。
「爆裂!」
しかし初老の男の叫び声と共に爆発が起き、ハルバードを持った男が吹き飛ばされる。
次いで槍を持った男と棍棒を持った男が二人で初老の男に向かっていった。
「吹雪!!」
こちらも初老の男の傍に突然発生した魔法陣から氷と雪の嵐が生み出され、槍を持った男と棍棒を持った男は二人とも押し返され凍結する。
「焔! 爆裂!! 氷結!!!」
その後も狼藉者達はある者は燃やされ、ある者は爆発によって吹き飛ばされ、ある者は凍らされていく。
狼藉者達は明らかに混乱していた。
確かに自分達は「破壊の魔法」によって初老の男に攻撃されている。
しかし、魔法の発動に必要な長々とした詠唱も結びの呪文も、初老の男は一切唱えていなかった。
「フィ……フィスケル様……!」
「よう、ゲンディアスの娘よ。この間のローレッタ妃の折は立て込んでおってロクな挨拶もできず済まなかったな。焔!!」
会話と魔法の発動を同時にこなしながら初老の男がメルティラに手を挙げて答える。
「い、いえ、こちらこそ、その節はご無礼を……! そうではなく、どうしてここに……!!」
「なに、先程ゲンディアスに頼まれてな。氷結! それに、不穏な気配が街に蔓延っていたので冒険者ギルドの職員としても動いたまでよ」
魔法の発動には、まず始まりの詠唱を要する。
アイリスであれば童話のような一ページ、エクスエルであれば小難しい小説の一節のように。
それは術師の内にある個々の魔力の流れを外に向かって開放していくと同時に、自分自身に魔法を発動すると言う暗示をかけるためでもある。
そして魔法の発動は結びの呪文で完成する。
結びの呪文は術師に課せられたルールと制約であり、結びの呪文が無ければ現実に魔法が発動することはない。
それ故に、この初老の男は異常であった。
始まりの詠唱も無ければ結びの呪文もない。
ただ一言だけ命令を下すように、魔法を操っていた。
破壊術師の元Sランク冒険者。ついた二つ名は「瞬詠のフィスケル」。
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「粗方片付いたようだね。いやあ、よくもまあこれだけの人数を集めたものだ」
破壊の魔法によって燃やされ凍らされ吹き飛ばされながら、何人もの小汚い格好をした男達が倒れてた。
「フィスケル様、助かりました……。このご恩はどうやって報いればいいか……」
「いやいや、君の親父に伝えておいてくれ。この貸しは高く付くってな。はっははは!」
あれだけの狼藉者を相手にしながら息一つ切らしておらず、フィスケルは高笑いしている。
「あの、あの、ひょっとしてシルバー・ゲイルを支援してくれているゲンさんは『剛盾のゲンディアス』なのですか……」
「あ……ルシア様にはお伝えしておりませんでしたか……。ロノム様から私の養父が『剛盾のゲンディアス』と聞き及んでいるものとばかり思いこんでおりました。申し訳ありません」
「それで、ゲンに聞きそびれたんだが、何故に君達は襲われていたのかね?」
「僕達にもよく分からないのですが、ドディウスと言う別アライアンスの団長が画策してこのような事が起こっているみたいです」
ルシアが事の成り行きを説明する。
「ドディウス……? レッド・ドラグーンのドディウスがか?」
怪訝そうな顔をしながらフィスケルは聞き返した。
「はい。確かに私もそのようにお聞きいたしました」
「その話が本当だとしても、ドディウスともあろう者が何をもってこのようなことをしているか分からんなあ……。まあ、とにかく君達の安全が最優先だ。おじさん一人の護衛で申し訳ないが、冒険者ギルドの威信にかけてレディ二人をエスコートしよう」





