33.第一章最終戦(2)―敵だ! シルバー・ゲイルの団長とレッド・ドラグーンの破壊術師だ!!
「ん……ここ……は……」
「よかった。ネシュちゃん気付かれましたか」
松明が燃やされた薄暗い廃墟の中、その一画でアイリスとネシュレムは荒縄によって縛られ拘束されていた。
「どうやら我々は誘拐されてしまったようです。なんでも、ロッさん達をおびき寄せるエサとか盾とか」
「私達が……? どうして……?」
「おい、静かにしてろ」
監視をしている小汚い身なりの山賊風の男がアイリスとネシュレムを睨みつける。
「変な気を起こすんじゃねえぞ。なあに、殺しはしねえよ」
似たような格好をしたもう一人の男も威圧するように言った。
「……なあ、こいつらを殺すなと言われたがよ、愉しむなとは言われてねえよな?」
「そりゃあ、違えねえな」
下卑た笑いを浮かべながら二人はアイリスとネシュレムに近づいてきた。
「砂漠の風は行く手を阻む。ゆらゆら揺らめく陽炎は、あらゆる旅人を拒絶する」
「貴方の記憶の……その炎……。それはどんな……色かしら……? きっと綺麗で……美しくて……」
「「展開せよ……! フレイム・ウォール!!」」
「うお、あっちぃ!」
しかし、二人が手を出す前にアイリスとネシュレムは炎の壁に包まれる。
「ちっ……治癒術師とは聞いていたが防衛魔法も心得ていやがったか……まあいい。いつまでその強がりが持つか楽しみにしてるぜ」
負け惜しみを言いながら山賊風の男二人は持ち場に戻った。
「状況は……把握した……。エクスはきっと……来る……。ロノムも……」
「ええ、ロッさんもエクっさんもきっと来てくれると思います。おびき寄せるエサと言うのが気になるところではありますけどね」
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その廃墟は自由都市アンサスランからしばらく離れた平原の端にあった。
元々は街道の途中にある宗教施設と宿が一体となった建物であったが、アンサスランが勃興したことによって街道の位置が変わり、いつしかその建物は忘れ去られていった。
廃墟の背には切り立った崖が口を開けており、遠く崖の下には小さな川が流れている。
「魔法反応がある……。アイリスさんとネシュレムさんが囚われているのはあそこだ」
ロノムが平原の岩陰に隠れながら、廃墟を睨みつける。
「把握した。二人ともまだ無事で間違いないな?」
エクスも錫杖を握りしめながらロノムに聞いた。
「うん、二人とも生命に危険はなさそうだ。そして敵の数は十九人。構成は近接武器が十三人、射撃武器が四人だ。術師も二人ほどいるみたいだが何を心得ているかは分からない」
ロノムが探知魔法を展開しながらエクスに敵の状況を説明する。
「支援術の心得があるかどうかで話は変わってくるな……」
「忍びこむか強硬策か……どうする?」
「術師の力量が分からない以上、簡単に忍び込めるかどうか不明だ。そして時間が経てば経つほど、二人の身に何が起こるか分からなくなる。奇襲をかけ、早急に二人を解放する方が得策ではないか」
「了解、エクスさん。よし、行くぞ!」
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「敵だ! シルバー・ゲイルの団長とレッド・ドラグーンの破壊術師だ!!」
「馬鹿な!? いくらなんでも早すぎる!! 準備も整ってねえぞ!?」
今まで静まり返っていた廃墟が、突如として慌ただしくなった。
「おらぁ!!」
ロノムのハンドアックスが棍棒を持った男の太腿を捉え転倒させる。
その流れで、襲ってきた多少身なりのいい剣士を蹴り飛ばし、廃墟の窓から突き落とした。
「白刃は水より出でて明けの星に形成す。貫け! アイシクル・レイ!!」
エクスエルの唱えた氷の魔法は廊下の奥で弓を構えていた二人に命中し、そのまま氷柱の物量によって武器と利き手を粉砕する。
魔法を唱え終わったエクスエルに対して槍持ちがすぐさま襲ってきたが、ロノムによって迎撃された。
「出でよ、出でよ、出でよ、炎! 燃えよ、燃えよ、燃え……」
「凍結術発動。止まれ! フロスト・ブレイク!!」
敵の中には術師もいたが、術師が中空に展開していた魔法陣はエクスエルの魔法により凍結したような挙動を見せ、その後氷が割れるような音を立てて砕け散った。
「たっ!!」
そして術師本体はロノムの鉄拳によって殴り倒される。
更に襲ってくるならず者達を何人か返り討ちにしたところで、ロノムは瞬間的に探知魔法を発動させた。
「エクスさん! 左手の壁の向こうにある部屋だ! 三人潜んでいる!!」
「氷晶は連なる牙突、常闇の風は狂気を宿し吹雪と成す。吹き荒れろ! ブリザード!!」
「ぐあ!?」
「ぎゃあ!!」
「ぬわぁ!!!」
壁の向かいに発生させた猛吹雪は確実にならず者達三人を壊滅させた。
ある程度の攻撃が落ち着いたところで、ロノムは先程よりも確度の高い探知魔法の詠唱を始め、アイリスとネシュレムの位置を探る。
「アイリスさん達は外だ!! 建物の裏庭の方にいる!」
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アンサスランの祝祭の夜は決まって満月だ。
月明かりの照らす廃墟の裏庭で、打ち捨てられた観賞用の花々は野に交じりながら、逞しくも健気に代を繋いでいる。
ロノムとエクスエルが廃墟の裏にある扉から出ると、一段高くなった庭丘の上で、荒縄によって縛られたアイリスとネシュレムがいた。
「アイリスさん! ネシュレムさん!! よかった……! 無事だったか!!」
しかしロノムの安心はすぐさまかき消される。
「無事かどうかは、お前たち次第だ」
アイリスとネシュレムの後ろにゆらりと現れる大きな影。
縛られた二人の首元に短剣を突きつけながら、スキンヘッドに眼帯の男がロノムとエクスエルを見下ろしていた。
「ドディウス団長……! どうして……どうしてあなたが……!!」
エクスエルが悲痛な叫びを上げながらスキンヘッドに眼帯の男……ドディウスに問いかける。
「ロノムと……そしてこの治癒術師が『剛盾のゲンディアス』に連なる者だからだ」
ドディウスは当然とばかりに、その問いに答えた。
「『剛盾のゲンディアス』に連なる……? 何を言ってるんですかドディウスさん!?」
心当たりがないロノムはドディウスに対して異を唱える。
しかし、ドディウスの次の言葉はそれを打ち消すものであった。
「知らぬとは言わせぬぞ。貴様等が『ゲンさん』と呼ぶ男が、ゲンディアスその人だとな」
「……な!?」
確かにロノムは知っている。伝説の防衛士「剛盾のゲンディアス」のことを。
しかし、ロノムが知っているゲンさんは、人懐っこく、時には強引で、そして悩んでいれば話を聞いてくれる兄貴や父親と言ったような存在であった。
出会って一年ちょっとと言う短い時間ながら、その存在はあまりにも身近過ぎて、今までゲンさんと剛盾のゲンディアスが繋がったことはなかった。
「俺がゲンディアスから受けた屈辱は貴様等の命をもってしても代えがたい……。貴様等を殺し! ゲンディアスを俺の目の前に引き摺り出して!! 目の前で奴の娘を切り刻まねば気が済まん!!!」
ドディウスとゲンさんの過去に何があったか、ロノムには分からない。
ただ、ドディウスは必要以上に負の感情に蝕まれ、狂気に囚われていることだけは分かった。
「それでは私とネシュレムは一切関係がないじゃないですか!! どうして……どうして同じアライアンスに所属するネシュレムが巻き込まれねばならなかったのです!?」
エクスエルがドディウスに向かって叫ぶ。
「そうだな……。お前とネシュレムは関係がない」
「エクスエル、ロノムを殺せ。そうしたらネシュレムは解放してやる」





