30.いや、落ち着こう俺……
「さ……さささ300枚!?」
「加えて、『爵位や称号等、望むものはあるか? 可能な範囲で話を聞く』との事だ。いや、正直我々としてもレアケース過ぎて何もアドバイスできん」
冒険者ギルドからの呼び出しを受けて出頭したロノムであったが、通された個室のテーブルに積まれていた王国金貨の山と常設役員の一人から告げられた言葉に絶句していた。
「あー……とりあえずだ……。この金貨の山、ギルド経営の銀行に預けて貰っても良いかな……?」
常設役員のその言葉に、ロノムは無言のまま三、四回頷いた。
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「不肖このアイリス、報連相を怠っていたことを深く反省しております」
「ああ……うん……大丈夫。あの日はほら、エクスさんとゲームに夢中になっていた俺も悪いから……」
ふらふらとした足取りをしながら個室から帰ってきたロノムは、冒険者ギルドのエントランス大広間でアイリス、メルティラ、ルシア達と合流した。
確かにロノムはアイリス達三人からローレッタ妃とアフタヌーンティーを共にしたことは聞いている。
しかし、その席で「紫紺の宝珠」の対価の話が出ていたことまでは聞いていなかった。
「通常時の市場価格が大体王国金貨80枚前後だったはずだから、王国金貨100枚は包んで頂けるだろうか」と言った皮算用をしていたところにその三倍の報酬が目の前に積まれてしまった事によって、貧乏冒険者気質が抜けきれないロノムは完全に色を失ってしまったわけである。
「あの、あの、僕達も王女様とのお茶会の件で舞い上がっておりまして、肝心なことをロノム隊長に話し忘れていました……。ごめんなさい」
「私としても、迂闊であったと反省しております。申し訳ございません。宜しければお水をお飲み下されば多少は落ち着けるかと思います」
ルシアとメルティラもロノムに対して反省の弁を述べ、持参していた水筒を渡した。
「大丈夫……ほんと大丈夫……。いや、落ち着こう俺……。俺はアライアンスの団長……大金を目の前にすることもザラ……どんなことがあっても動じない……王族から金貨が大量に贈られるなんて言う事もある……。あるかーーーい!!」
全く落ち着いていないが、ロノムは取りあえず自分は落ち着いていると言う事にする。
メルティラから受け取った水筒の水を飲み、一息ついた。
「そう言えば、報酬の他にも色々つけて貰えるって話でしたけど、本当だったのですか?」
お茶会の時の話を思い出しながらルシアがロノムに聞く。
「ええと、その件についてはギルドの役員と話し合いをした結果、いつか王都に行った際に客人としての待遇を授けて貰うことにしたよ。称号とか爵位とかは身の丈に合わないしね」
「なるほどなるほど。王都にも一度観光に行ってみたいですなあ」
「私は以前王都に行ったことがあります。風光明媚な良いところでしたよ」
ロノムの答えにアイリスとメルティラが相槌を打つように言葉を返した。
「王都か……。俺も話に聞くだけだし行ってみたい気持ちはあるなあ……。取りあえずだ、何だかんだでお金も沢山貰えたし、あまり散財しないようにしながらみんなで買い物にでも行こうか。シルバー・ゲイル本部の内装とかも良くしたいからね」
ひとまず落ち着きを取り戻したロノムは、折角なので何か買い物に行くことを提案する。
できればこれを機に、最低限の物しか置いていないシルバー・ゲイルの本部を改装したいところではあった。
「さんせーです! 不肖このアイリス! 本部に!! ソファを置きたい!!!」
「他にも外套掛けと言ったものが欲しいですね。今は床に直置きしている物も多いですし」
「も、もしよければ、よければですが、プランターを買って香草を育てませんか? 香草が常備できれば野営地で作る料理も華やかになりますし」
三者三様の意見が出たところで、ロノム達一行は冒険者ギルドを後にし大通りの方へと向かっていった。
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アンサスランの中心街は賑やかだ。
街の中心にある冒険者ギルドから四方に大通りが伸びており、それぞれに商店や食事処、そして大手アライアンスの本部が立ち並んでいる。
「家具屋でソファと外套掛けを注文したし、プランターも買ったし、次は何を見ようか」
「そう言えば、最近ロッさんも夕方越えても書き物することが多くなっているので、今よりもいいランタン買った方が良くないですか?」
アイリス、メルティラ、ルシアの提案した物を買ったところで、アイリスはロノムの希望を聞いていないことに気付き、さり気なくロノムの欲しそうなものを聞いてみた。
「あー、そうだね。近頃はどうしてもギルド宛の書き物が多くなってきてしまって、遅くなってしまうからね」
「ランタンでしたらいい雑貨店を知っておりますよ。大通りから少し裏路地に入ったところにあります」
メルティラの案内に従い、ロノム達四人は荷物を抱えながら大通りを歩いていた。
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「しっかしこの街は治安がいいんだか悪いんだかと言った感じですねえ」
アイリスが眺めている先をロノムも見ると、路上の端で喧嘩をしている男達と周りで焚き付けている野次馬によって人だかりができている。
それとは別にギルドの方から衛兵が数名走ってきており、その喧嘩はすぐに仲裁されそうではあった。
「良くも悪くも冒険者の街だからね。喧嘩っ早い連中は多いけど程々って言葉を知っているし、こんな街だから、アンサスランの自治権を掌握している冒険者ギルドも警察機能に力を入れているよ」
「商店の店主や職人も引退した元冒険者が大半だから、下手に強盗なんかしようものなら返り討ちに逢うってケースも多いので、この街は逆にそう言った物盗りが少ないと言う話も聞いた事があるなあ」
ロノムがアンサスランの治安状況について語る。
「不必要に夜半に出歩かなければ、普通の女性でも街を一人で出歩けますからね」
ルシアがそれに答えた。
特にルシアは射撃武器が無ければ華奢な少女と変わらないような体格であり魔法の心得もない。
街の治安には人一倍敏感でなければならないだろう。
「そうだね。だけど歓楽街は治安が行き届いてなかったりぼったくりの店とかも多いので気を付けないといけない。みんなは知らないと思うけど、戦いに慣れた冒険者の男でも美人局とかに引っ掛かって身ぐるみ丸ごと剥がされるなんてこともあるみたいだよ。突然美女に話しかけられた時は注意だね」
「そのようなものに引っ掛かかってしまう殿方もおられるのですか?」
メルティラが「そんな人本当にいるのか?」と言ったような風情で人差し指を唇に当てながら、ロノムに聞いた。
「たまにね、いるんですよ。あー……前のアライアンスにもいたねそう言えば……」
ロノムは元パーティリーダーの馬顔を思い出してしまった。
いやいや、流石にもう変な美女に引っかかって身ぐるみ丸ごと引っぺがされる、と言ったような愚かな真似はしていないだろう。
それに、俺にとってはもう関係のない人だ。
そんなことを思いながら、ロノムは今のパーティメンバー三人と共に賑やかな街を歩いていた。





