29.王国金貨150枚くらいでなければ足りませんよ!
「残念だったな、ロノム。お前の負けだ」
冷徹にロノムを見下しながら、銀髪で顔色の悪い痩せた男、エクスエルが言い放った。
「く……。いや、まだ何か手が……手が残っているはず……!」
無精髭を生やした赤髪で体格のいい男、ロノムが苦しい表情を浮かべながらそう答える。
「諦めろ……すでにお前の命運は尽きた。もはやお前には何も、残されていない……」
不気味に笑いながらエクスエルは言う。その手には禍々しい文様が描かれた紙片が握られていた。
「お待たせして申し訳ありません、ギルドの手続きを終わらせて参りました。あら? ロノム様とエクスエル様は何をなされているのです?」
「なんか昔流行ったカードゲームみたいです。ギルドの地下鍛錬場で決闘しようとしたら整備中で閉ざされていたので、やむなくゲームでの決闘となりましたとさ」
手続きを終えて戻ってきたメルティラにアイリスが答える。
ロノムとエクスエルはテーブルの前に座りながらそれぞれ紙の束を手に持っていた。
「くっそー、もう一息だったんだけどなー。あそこで全体除去引くか? 普通」
「信じればこそだ。デッキが私の想いに応えてくれた、それだけだ」
ロノムとエクスエルはそれぞれ紙の束をシャッフルし、再び場を構築し始める。
「ええと、まだ続くみたいですね、あのゲーム」
「私にはよく分からないけど……エクスが言うには……コントロールデッキって言う……時間のかかる……ものみたい……」
ルシアとネシュレムがそれぞれ言う。正直四人には何をやっているのかさっぱり分からない。
「なんか時間かかりそうですし、あの二人の事は放っておいてお茶にでも行きますか」
「そういたしましょうか」
そう言うと女子組の四人はロノムとエクスエルの事を置いて、冒険者ギルドを後にした。
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「お、ここのパンケーキ、いいですね」
「価格が抑え気味なので不安になりましたが、それを払拭するような美味しさですね」
「この価格でこれだけ美味しいものが食べられるなら、通ってしまいそうです」
「コーヒーは……まあまあ……。悪くないかな……てところ……」
冒険者ギルドからは少し離れたオープンテラスの喫茶店で、四人はコーヒーとパンケーキを食べている。
「ネシュちゃんは最近どーですか? 冒険で何か面白いもの見つけたりしました?」
「この間は……片手上げの猫像を……見つけた……。なかなか……可愛かった……」
「片手上げの猫像と言えば商人の間で大人気だそうですね。なんでも商売繁盛のお守りになるとか」
四人は最近の出来事やダンジョン探索の話に花を咲かせていた。
「面白いな。その話、私にも聞かせてくれないか?」
そんな四人の間に割り込んでくるブロンドヘアーの美しい女性。
アイリス、メルティラ、ルシアはその女性の顔を知っている。
以前に見たジュストコール姿ではなくこの街の庶民が着るような召物を身に纏っているにも拘らず、そのオーラによって気品溢れる出で立ちが隠しきれていない。
この国の第二王女、ローレッタ妃であった。
「おおおお王女様!? ななななぜこちらに!?」
「おっと、あまり騒がないでくれよ? 爺やを説得するのに苦労したのだ。あまり大きな騒ぎになってしまえば、二度とこんなことができなくなってしまう」
ローレッタ妃が片目を瞑りながら口元に人差し指を当てて言った。
「この方は……?」
驚く三人に対してネシュレムが聞く。
「あの、あの、ええと、王女様をご存じでしょうか。あの、この方は第二王女……ローレッタ様です」
「ルシア……冗談だとしても……流石にもう少し……現実的なことを……言った方が……いいと思う……」
「と、とにかく、この場では人目が多くありますから、喫茶店の個室をお借りいたしましょう。その方が良いと思われます」
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喫茶店の奥にある比較的広めの個室で、アイリス達五人はテーブルを囲んでいた。
個室のドアには王女を見守りながら町人服に身を包んだ男が二人、直立不動で立っている。
ローレッタ妃は最初二人を追い出そうとしていたが、男達の方も引かぬと言うのでやむなく同室することとなった。
おやつはパンケーキからタルト・オ・ポムやシブーストへとグレードアップしている。
「先般の礼をしにな、この街の冒険者ギルドへと参ったのだ。お陰でクリストファー伯との関係も強固なものとなり国王陛下も大層喜んでいたため、二度目の旅遊を拝命することができた」
「なるほどなるほど。我々の力が国と王女様の役に立ったのであれば幸いです」
何となく平静を取り戻したアイリスはローレッタ妃の言葉に答えた。
「それでだ。冒険者の街と言うものに興味があり、爺やに無理を言って身分を隠した上で視察をして回っていたのだが、見知った顔があったため声をかけたと言うことだよ」
「王女様にお見知り置き頂かれるとは、光栄の至りでございます」
「まさか……本当に……王女様とは知らず……恐れ多いことを……いたしました……」
「構わぬ。いや、できることならそなた達と同じ目線に立ちたい。今の私の事はただの街娘ローレッタとして接して欲しい」
なかなか無茶な要求をしながらローレッタ妃は続ける。
「あと、この場でそなた達と会えた事は僥倖であった。王国として、そなた達に『紫紺の宝珠』の謝礼を支払わねばならぬ。概算でいいので、どれほどの謝礼が必要か教えてはくれぬか?」
アイリスとメルティラ、そしてルシアが顔を見合わせ考える。そしてこの場を代表して、アイリスが金額を提示した。
「『紫紺の宝珠』は我等シルバー・ゲイルが苦労をして手に入れたものなのです。王国金貨150枚くらいでなければ足りませんよ!」
アイリスは王女様相手に吹っ掛けた。
ロノムから聞いていた相場の大体1.5倍から2倍の金額である。
勿論その金額ではローレッタ妃が首を縦に振らないと分かった上での吹っ掛け方であった。
「ダメだな。我々としても、その額では受け付ける事はできない」
ここまでは計画通り! あとはここからいかに交渉して、相場よりも高値を付けさせるかだ!
と思っていたアイリスの思惑は、ローレッタ妃の次の言葉で見事に外れてしまった。
「紫紺の宝珠は国王陛下が第二王女たるこの私を派遣してまで探していたもの……それを王国金貨150枚程度で譲り受けたとあっては、陛下の威信にかかわる」
そしてローレッタ妃はその美しい指を折り曲げ、3と言うジェスチャーをする。
「最低でも王国金貨300枚相当だ。その額をそなた達には受け取って貰いたい」
「ぴよ!?」
「その上でだ、他にそなた達が望みのものはあるか? 爵位や称号、或いは土地など、欲しいものがあればよく聞き、この私が吟味せよとの陛下の勅命だ」
「アノ、私タダノ平冒険者デシテ、ソウ言ッタコトハ、団長ヲ通シテ頂カナイト」
すっかり気圧され片言になりながらアイリスがローレッタ妃に返す。
「それももっともだな。いや、失敬した。報酬については冒険者ギルドを介して、そなた達の団長へと話を付けよう」
「それよりも今日この場に来たのはそんな話をしに来たわけではないぞ? そなた達の話を聞くために声をかけたのだ。冒険者としてどこに行って、そして何をしているのか、そう言った話を私は聞きたいんだ」
「えっと、えっと、それは例えば、この間倒したキマイラとかの話とかでしょうか」
「キマイラ!? 以前教師から教えて貰ったことがあるぞ。三つの頭を持ち、巨大な力を持つと聞く。本当に存在するのか!?」
ローレッタ妃は目を輝かせながら食い入るように聞き、ルシアに対して身を乗り出した。
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「ありがとう。今日は大変に楽しい話を聞けた」
「こちらこそ、ひじょーに楽しかったです!」
「王女様との歓談、身に余る光栄でございました」
喫茶店の前にはいつの間にか迎えの馬車が来ており、禿頭の従者がローレッタ妃の傍で早く乗るようせっついている。
「叶わぬ夢ではあるが、私も本当はそなた達と同じような冒険者になりたかったのかもしれないな。いや……よそう。人にはそれぞれ役割がある。だが願わくば、そなた達とはまた卓を囲み、ケーキを食べながら話がしたい」
「今日みたいな……話で宜しければ……ぜひ……」
「不遜でなければ、また喜んで」
四人に優しく笑いかけるとローレッタ妃は馬車へと乗り込み、整備された大通りを去っていった。
アイリス達四人は胸中に様々な思いをしまいながら、その様子を見守った。





