28.ダンジョン探索(3)―私の命をかけた15秒です。無駄にしないでくださいね
「ここまできて……終わりかよ……」
ロノムにしろアイリスにしろ満身創痍だ。
炎の魔法を受けてその後キマイラにとどめを刺すとして、耐えきれる保証はどこにもない。
それ以前にロノムも蛇頭と山羊頭との大立ち回りで体力の限界だ。
獅子の眼に一撃を入れられる力が残っているか分からない。
それでも。
「いいや……終わりじゃない……」
倒れたパーティメンバーをかばうように、ロノムは立ち塞がった。
「この命に代えても……アイリスさん、メルティラさん、ルシアさんを守り……奴を倒す!!」
決意の表明と共にロノムが構える。
「ロッさん、よく言ってくれました。それでこそロッさんです、我等がアライアンスの団長です。不肖このアイリスも覚悟を決めました」
そう言うとアイリスは治癒魔法の構えに入り、金色の魔法陣を展開した。
「ロッさん、いいですか。この魔法の完成と同時に大体15秒くらい、ロッさんは無敵になります。うちの里の大治癒術師だったおばあちゃんが教えてくれた奥義です」
にこりと笑いアイリスは続けた。
「私の命をかけた15秒です。無駄にしないでくださいね」
「アイリスさん……?」
「現し世とは応に移り世 行く瀬に絶えず流るる水となり 現しお身はまた世に倣う……」
ロノムの耳には聞き慣れない詠唱。
いつの時代かは分からないが、確かにかつて使われていた調べと言葉で、アイリスは詠唱を始めた。
「然れど心は常し永に 常盤の不動身と成す……光と共にあれ! インカーネーション!!」
詠唱完了と同時に金色の魔法陣は大きく輝き、そしてロノムへと吸収されていった。
そしてアイリスは力が抜けたようにがっくりと倒れ込む。
15秒
「アイリスさーん!!」
ロノムがアイリスを抱きかかえようとする。
いや、大体15秒と言っていた。その時間は無駄にできない。
ロノムはキマイラへと向き直り、ハンドアックスを構え駆け出す。
と、同時にキマイラも大きく上体を上げ、その咆哮と共に朱色の魔法陣から紅蓮の炎が巻き起こった。
ロノムは金色のオーラを纏いながらも炎の奔流を全てその身に受ける。
しかし、無傷。
いや、正確にはロノムの皮膚は焼け焦げ、その身に灼熱の奔流を感じてはいるのだが、その端から治癒され続けている。
10秒
炎の渦をかき消し一気に駆け抜けると、キマイラに残された弱点である獅子頭の両目に向かってハンドアックスを振りかぶった。
しかしキマイラも必死である。
強靭な前脚と鋭い爪の一撃でもってロノムを弾き飛ばした。
それでもロノムは止まらない。弾き飛ばされ床に叩きつけられるも即座に体勢を整え、再びキマイラへと立ち向かっていく。
5
キマイラも最後の力を振り絞るように再び朱色の魔法陣を展開する。
そしてロノムへと向かい、その顎から灼熱のブレスを吐き出した。
4
ロノムはたじろがない。
紅く輝く焔のブレスをその身に受けながら、キマイラへと突進していく。
3
そして炎の渦の中を突き抜け、ハンドアックスを振りかぶった。
2
キマイラもブレスによる攻撃を諦め、その凶悪な前脚でもって再びロノムを弾き飛ばそうとする。
1
二度目はない。ロノムはキマイラの一撃を間一髪で躱し、その懐に入り込んだ。
「これで……終わりだ!!」
ハンドアックスによる横方向の一閃は真一文字にキマイラの両目を潰す。
断末魔と共にのた打ち回るキマイラ。
すぐさまロノムはその脳天に向けてハンドアックスを振り下ろし、とどめを刺した。
キマイラの巨体が血しぶきを上げて倒れ、痙攣しながら沈黙した。
そしてしばしの静寂後、その身体は崩れ砂へと還り始める。
その様子を半ばまで見届けたところで、ロノムは仲間達のところへと駆け出し、殊に倒れたままのアイリスを抱きかかえた。
「アイリスさん!!」
「くかー」
息はある。
どうやら力を使い果たし、気を失っているだけのようだった。
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「なるほどねえ。キマイラが大暴れしたことによって、近くにあったダンジョンが複数繋がり、J-11ダンジョンに魔物が混在していたわけだ」
冒険者ギルドのカウンターにロノムと向かい合って座っている派手な格好をしたエルフ族の老婆が、提出した報告書を手にしながら言う。
彼女もまた、かつての熟練冒険者であった。
「ええ、キマイラの居た大部屋ですが、どうやら壁一枚隔てて別ダンジョンに繋がっていた模様です。キマイラが空けたと思しき大穴から別ダンジョンの魔物の出入りを確認しました」
「いや、正確には、『別ダンジョンに生息していたキマイラを、J-11ダンジョンを攻略していた我々が倒した』と言ったところでしょうか」
ロノムが答える。
キマイラを倒した後メルティラとルシアは何とか動けるまでに回復し、ロノム達一行はアイリスを背負ってダンジョンを脱出した。
しばらく眠っていたアイリスだったが野営地で休んでいる時に目を覚まし、四人でアンサスランに戻ってきたところだった。
「確かに、強力な魔物の核も資料に添付されてるんだから、あんた等がキマイラ倒したってのは間違いなさそうだね」
「しっかしキマイラなんてのは、Aランクが揃った六人のパーティですら尻込みするような怪物だよ。驚きを通り越して呆れたもんさね」
エルフの老婆は石のようなクリスタルのような結晶を手に取りながら見ている。
通常の魔物は砂と共に砕けて地面に還っていってしまうが、強大な魔物の場合はこう言った結晶が残っていることが多い。
冒険者達はこの結晶を魔物の核と呼んでいた。
「その件ですが、パーティの治癒術師であるアイリスが『インカーネーション』と言う古代魔法を使うことによって、紙一重で勝利することができました。ルエル先生はその魔法について、何かご存じではありませんか?」
「インカーネーションか……あれは一言で言えば」
冒険者ギルドのエルフ族の老婆……ルエル先生と呼ばれた人物は一呼吸置く。
「ヤバい」
「ヤバい」
ロノムも思わず復唱してしまった。
「まだ伝承されていたんだねえ、あの魔法が。我々エルフ族の治癒術師に古くから伝わる魔法の一つだよ。アタシも実際に見たわけじゃないさ、伝え聞いてるだけだ」
「……いいかい、一つ言っとくよ。あんたのとこの治癒術師が大切なら、二度と使わせるな」
ごくりとロノムが唾を飲む。
「魔法が廃れるのは『意味がない』『使いこなせない』『副作用が強すぎる』のいずれかさ。インカーネーションは『使いこなせない』と『副作用が強すぎる』の合わせ技だ」
「魔法の効果が正確に発動し、その上で治癒術師が目を覚ましたのは奇跡だよ。覚えておきな」
「はい、よく心に刻んでおきます」
何がヤバいのかは分からないがとにかくヤバい事を感じ取ったロノムは報告を終え、冒険者ギルドの報告窓口を後にした。
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ロノムが冒険者ギルドの報告窓口がある部屋を後にすると、夕日の差し込む冒険者ギルドのエントランス大広間にあるソファで、アイリスが独り座りながらロノムの事を待っていた。
「お、ロッさん報告お疲れ様です」
そう言いながらアイリスは立ち上がり、とてとてとロノムに対して駆け寄ってくる。
ロノムはそんなアイリスの両頬に手をあててつまみ、両手でむぎゅっと軽く引っ張った。
「なんれふか」
「いや……ごめん」
ロノムはアイリスの頬から手を離した。
「今回パーティが危機に陥ってしまったのはリーダーである俺の責任である事は自覚してる。ただ、アイリスさんは大切な仲間なんだ。今回のような無茶はしないでくれ……。俺もこんな無茶はさせないようにするから」
「なるほどなるほど、あの魔法について知ってしまったのですね。確かにおばあちゃんからも『使う時は命をかけてでも守りたいと思った時です。命をかけていいと思った時にだけ使いなさい』と教わりました」
夕焼けの光をバックに、アイリスが言う。
「でも、あの時は本当に、命をかけていいと思った時だったんですよ。だから、大丈夫です」
「それに、約束します。もうあの魔法は使わないって」
あの時と同じように、アイリスはロノムに対してにこりと微笑みかけた。
「ああ……俺も、約束しよう。あの魔法を使うような状況にはさせないって」
「お互い約束ですよ!」
約束を定めるハンドサインを交わしながら、アイリスとロノムの二人は冒険者ギルドを後にしてメルティラとルシアの待つシルバー・ゲイル本部へと歩き始めた。
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