21.仕事終わりの冒険者を狙った山賊とかでしょーか
「あの、あの、僕が荷物とか全部持たなくていいのでしょうか?」
「ルシアさんにもいくつか持って貰ってるでしょ」
ダンジョン探索の帰り道、ロノム達一行はアンサスランへと向かう林道を歩いていた。
「少なくとも一番新参である僕が、野営道具一式を持つものとばかり思っていました……。前のアライアンスの時もそうでしたし……」
どう見ても野営道具一式を背負えるとは思えない華奢な体つきのルシアがそう答える。
「荷物は自分の力量に合わせて平等に持つ。これがうちのアライアンスの方針だ」
パーティの中では一番重い荷物を背負いながら、ロノムが言った。
「それに、失礼ですがルシア様に色々とお持たせしたら身体が折れてしまいそうで。私やロノム様が持つ方が理に適っているとも思います」
メルティラも見た目は嫋やかな乙女と言った風情はあるのだが、どこにそんな筋肉を隠しているのか装備と合わせればロノムと似たような重量の荷物を運んでいる。
「まーロッさんも偉そうなこと言ってますけど、最初は自分で全部持とうとしてたんですよね。『俺が持つ』『いいや私が』を繰り返しているうちに、結局みんなで持つことに落ち着きましたとさ」
ダンジョンでの戦利品が詰められた鞄を背負いながら、アイリスがそう答えた。
「荷運び人とか事務員とかも雇えればいいけど、人件費もかかるし大手アライアンスの特権だね。と言って、俺が前に所属していた『レッド・ドラグーン』も大手と言えば大手だったけど、そんなもの雇ってくれなかったなあ」
「私が前に所属していたところはマチマチでしたねえ。エースパーティなら専属荷運び人がいましたけど、私のパーティは自分で運んでました」
アライアンスによっては冒険者以外に裏方を雇っているところもある。
しかし、規模の小さいアライアンスにとっては人件費的な意味で負担が大きく、荷運びや事務作業と言った雑務もほとんど冒険者本人達でやっているのが現状であった。
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「静かに……。感知魔法に何か引っかかった」
そんな話をしながら林道を歩いていたところで、ロノムが周囲に対して気を張りながら小声で呟く。
「野生動物じゃない、人間だ……。向こうの茂みに三人、樹上に二人、後方に四人で……合計九人だ。近接武器が六人と弓が三人と言ったところか……」
「やはり……。気になっておりましたが、明確に私達に狙いを定めておりますね」
メルティラも荷物を置き背負った盾をいつでも構えられるように手をかけた。
「野盗か山賊か……。アイリスさん、対弓用の防衛魔法を頼む。ルシアさんは射撃の準備を。メルティラさんは二人をカバーしてくれ。俺は向こうに交戦意思があるようなら迎え撃つ」
「了解です! ふわふわの浮雲は妖精達と踊りたい。妖精達は浮雲に一つ条件を持ち出した。私達のお洋服になりなさい。展開せよ! クラウド・ウォール!」
アイリスが防衛魔法を唱えその詠唱が完成するのとほぼ同時に、ロノム達に向かって矢が数本飛来した。
しかしアイリスの防衛魔法によって矢の動きが目視で捉えられる程度まで鈍らされ、ロノムとメルティラが持っていた武器でそれを叩き落す。
「樹上の二人は弓持ちだ! ルシアさんの右手上方に一人! 後方遠くにもう一人!!」
「分かりました! 対処します!」
ルシアはロノムの指示と共に銃口を向け、まず右手上方に見える弓持ちをその弾丸で撃ち落とした。
続いて後方遠くの弓持ちに照準を合わせるが、これは木の陰に隠れられてしまう。
弓持ちによる攻撃のすぐ後に、片手剣を持った山賊風の二人組がロノム達に襲い掛かった。
「ぐはっ!」
「げっ!!」
しかし二人ともメルティラの大盾にいなされると同時に、どちらもロノムのハンドアックスによる斬撃によって斬り伏せられる。
そしてすぐにロノムは脇の茂みへと駆け出し、草木の陰に隠れた弓矢をつがえる山賊風の男の前に躍り出た。
「な……!?」
自分の位置は把握されていないと過信していた男は動揺を見せるも時すでに遅し。
ロノムはまず弓の弦を切断するとハンドアックスの柄で男の頭を強烈にぶったたき、気絶させた。
急ぎアイリス達の元にロノムが戻ると同時に、乾いた破裂音が二つ聞こえる。
その場を見るとルシアの銃撃によって斧を持った男が二人、そしてメルティラの片手剣によって槍を持った男が一人、倒れていた。
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「残った二人はもういないみたいだ。ひとまず安心していい」
索敵用の感知魔法を広域に展開していたロノムは、アイリス達にそう告げた。
「何だったんですかねえ、単純に仕事終わりの冒険者を狙った山賊とかでしょーか」
ダンジョン帰りの冒険者を狙う野盗は確かに存在する。
しかし襲う対象は屈強な冒険者であり返り討ちに合う可能性も高いため、仕事終わりの冒険者を狙う野盗と言うのは滅多に現れない。
特にロノムは探知魔法を誰にでも分かる形で使っており、明確にリスクを示しているつもりだった。
「この方達を起こしてお聞きしてみますか?」
斬撃や射撃にやられ地面に伏しながらもまだ息があると思われる山賊達を見回しながら、メルティラがロノムに聞く。
「いや、我々にとってもこの場に残り続けることの方がリスクが高いと思う。できるだけ早めにアンサスランに戻って、冒険者ギルドに報告しよう」
「承知いたしました。でしたら急ぎアンサスランまで戻りましょう」
幸いなことに、この後はさしたる問題もなくロノム達一行はアンサスランに到着できた。
ダンジョン探索の報告と同時に山賊に襲われたこともギルドに伝え、冒険者ギルドの建物を後にして本日の祝勝会をすることにした。
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「それで、貴様等はおめおめと逃げ帰ってきたわけだ……」
ところどころ崩れかけている薄暗い廃墟の一画で、スキンヘッドに眼帯をした大柄な男は、小汚い身なりの弓持ちと、弓持ちよりは若干いい服を着た剣士の二人を見下しながらそう言った。
「七人が一瞬でやられちまったんだぞ……!? 逃げるのも当たり前だろうが!!」
弓を背負った小汚い身なりの男がスキンヘッドの男に叫ぶ。
「ならば、次は倍の数でやるなりしたらいい。Dランク如きに何を手こずっている」
「冗談じゃねえ! ただでさえ冒険者殺しはリスクが高いってのにやってられるかよ!!」
スキンヘッドの男の言葉に対して小汚い身なりの男は更に憤った。
「ドディウスさん、あんただって分かってるだろ? 冒険者を敵に回したら、連中からどんな仕返しを受けるか分かったものじゃない」
「そもそもだ、こんなことをしていれば冒険者ギルドが黙っちゃいねえ。今回だって、以前世話になったあんたの頼みだから仕方なく引き受けただけだ」
剣士の方は冷静ながらもスキンヘッドに眼帯の男……ドディウスに異を唱えた。
「とにかく、俺はこの仕事を降りるぞ! 命がいくつあっても足りねえ仕事なんてまっぴらだぜ!」
そう言うと弓持ちは踵を返し立ち去ろうとする。
が、弓持ちの男が背を向けたその刹那、大剣が目にも止まらぬ速さで真横にその男の胴を両断した。
「残念だ」
断末魔すらなくその生を終えた小汚ない身なりの男を一瞥し、ドディウスが血の滴る大剣を両手に構え直しながら一言、そう言い放つ。そして剣士の方に目をやった。
「わかった……もう一度チャンスをくれ。準備にちょっと時間はかかるかもしれないが、必ずあんたの望み通りにする」
剣士は観念しながらドディウスにそう告げる。
「今しばらく猶予をやろう。ロノムと治癒術師、そして新入りの射撃士は貴様等で手を下して構わん」
「だが、防衛士の女は生かしておけ。あいつはゲンディアスの目の前で惨たらしく殺してやらねば気が済まん」
そう言うとドディウスは大剣を背中に収め、剣士を置いて廃墟の出口の方へ静かに歩いて行った。
「ゲンディアス……生き地獄でも生ぬるい……。この俺が味わった屈辱はこんなものでは済まされんぞ……」





