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裏庭ダンジョンで年収120億円  作者: 三上康明


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ふたりの遭遇

 広告業界はよほどの老舗や大企業でもない限り、その会社に対する忠誠心なんて誰も持っちゃいない。

 同じブラックなら待遇のいいブラックに行く、ほんのりグレーなブラックに行くというのは当然だ。


「……松本さんは辞めないの? ていうか、辞めたほうがいいよ。松本さんが残ってがんばったって……」

「でも、まだ如月ちゃんたちがいるので」

「あ……」


 そうか。

 松本さんは制作進行を管理する立場。

 彼女がうまく交通整理することで、デザイナーたちの負担は大きく減る。

 俺がアドフロストにずるずる10年以上も居続けてしまったのも、同じ理由だ。

 自分が辞めたら他の人たちが苦しむ。


「…………」


 だけど、辞めてわかったこともある。

 俺が「働く意義」だと考えてしがみついていたその「理由」は、会社からすれば「都合のいい社員の動機」でしかないってことに。

 同僚のために働き、同僚が感謝する。それはすばらしいことだけど、結果として会社に搾取されるのであれば——もっと違う生き方をしたほうがいい。


「……制作進行は松本さんひとり。社内のデザイナーは今何人いる?」


 だから俺は、そう聞いていた。


「え? えっと……デザイナーは15人でしょうか」


 15人。

 それを全部松本さんが面倒を見てるのか?

 むちゃくちゃだ。

 さっきからずっと彼女のスマホがカバンの中で震動しているけれど、ひっきりなしにいろんな案件の問い合わせが入っているんだろう。


「野木さんとか三田さんとかは準社員だよね。他にそういう人いたっけ?」


 準社員という制度は、一応社員だが給与はほぼ固定。その代わり、個人事業主として外から勝手に仕事を請けていいという人たちだ。

 松本さんは数人の名前を挙げる。


「残りは、如月ちゃんと、7人か……」

「……その7人のうち、3人は月末で退職で……」

「そっか……」


 人が辞めていく、というのは自分が思っている以上に凹むものなのだ。

 俺は歳だけは食ったから、よくわかる。

 松本さんは28歳でいきなりこれだもんな。キツイよな。


「……後の4人はそこまで面倒見なくても大丈夫そうだな」

「え?」

「松本さんがいなくても仕事が回るってこと」

「そ、それは……そうかもしれませんけど、でも如月ちゃんが——」


 如月ちゃんは若い。会社員としてもこれから成長しなければいけないというところだ。

 崩壊していく現場を前に、うまく立ち回っていくような能力なんてもちろん身につけていない。


「……松本さん、最近眠れてないでしょ」

「…………」

「如月ちゃんがどうこう言う前に、松本さんが倒れるよ」

「……実はもう、1回倒れて病院に運ばれてまして……」


 マジかよ。すでに限界超えてたか。

 だったらなおさら放っておけない。


「今すぐ会社を辞めてください。転職先についてはゆっくり探したらいい。次が見つかるまでは俺が雇うし、なんならウチでなにか仕事を見つけてくれてもいい」

「え? ウ、ウチ?」

「あ……うん、そうなんだ。俺、会社を立ち上げたんだ」

「え!?」

「だから松本さんと如月ちゃんは俺が雇うから。当面の生活費は心配しなくていい。その後のことを考えて——」


 と言ったときだった。


「それはちょっとフェアじゃないんじゃないかなって思うけど」


 廊下から声が聞こえ——俺も、松本さんもぎょっとしてそちらに目を向ける。


「月野さん。あなた、ちゃんと自分のことを話さなきゃダメよ。いつ死ぬかもわからないんだから……それを話さずに周りを巻き込むのは、フェアじゃない」


 それは、今日会う予定だった美和ちゃんだった。


「え? あ、あの、この人は……っていうか月野さん、し、死んじゃうんですか……? あっ! もしかして会社を辞めたのって、なにか重い病気を……!? でも血色はいいですよね、むしろ若返ったというか……」


 松本さんが混乱している。

 さすがに若返りはしないでしょ。ストレスフリーではあるけど。


「落ち着いて、松本さん。今のところ死ぬ予定はないよ。ただ、まあ……ダンジョンで一山当てたおかげで、潤ってるんだ」

「あ……ダンジョン。そうか、だから前回、マイナーのビジネスをやりたいと……」


 覚えててくれたのか。


「あと美和ちゃん。立ち聞きは趣味が悪いよ」

「あー、ごめん。立ち聞きするつもりはなかったんだけどね。カギ開いてたから入っちゃったよ。いろいろ不用心じゃない? お金持ちなのに」

「俺は死ぬつもり、ないから」

「それは甘いと思うな」

「ダンジョンに潜るときは慎重を心がけているし、いきなり贅沢をするつもりだってない」

「そう? 私を巻き込んでる時点でだいぶ不用意だよ。私が信用できるってどうやって判断した? お金持ってそうだから? Wootuberだから? でも、実は私が借金していて首が回らないっていう可能性だってあったよね?」

「そ、それは……」


 言われてみると、そうだった。

 あの日、俺は換金することだけで頭がいっぱいで、降って湧いたようなチャンス——有名人に換金してもらう——に飛びついた。

 ふーっ、美和ちゃんは呆れたようなため息を吐きながら俺の横に座った。

 今日も今日とて美和ちゃんは可愛い。

 だぼっとしたロングTシャツで身体のラインは見えないのは残念だけど。

 さらりとした黒髪はそのままに、うすく化粧をした顔は、顔出ししたらWootubeでもっと人気が出そうだと思えるくらいにはキレイだ。

 つけてきたのか、サングラスをTシャツの襟に引っかけ、「私のコーヒーは?」とか聞いてくる。


「ごめん、注いだので全部。淹れなおす?」

「あぁ……別のでもいいけど」

「ミネラルウォーターでいい?」

「うい」


 俺が席を立って500ミリのペットボトルを冷蔵庫に取りに行こうとすると、


「あの!」


 がばりと松本さんが立ち上がった。


「あのっ……あの、ど、どういうことですか!?」


 理解がついていかない、というふうで。

 その前に、全然説明してないもんな……だけどどこまで話すべきか。


「この方、有名なWootuberの美和さん……ですよね? すみません、お顔を知らないので勘でしかないんですが」

アンテナの高い松本さんは美和ちゃんを知っていたようです。


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書籍版はアーススターノベルより2022/2/16発売します。イラストレーターはttl先生です! https://www.es-novel.jp
― 新着の感想 ―
[一言] 修羅場にならなくてよかった( ´ω`)
[良い点] 面白いです。 [気になる点] ペーパーカンパニーに誘いたい気持ちになるのは解るけど、人間、最高の贅沢をしたら10億なんてあっという間になくなるんだけどな・・・。 主人公ちょっと考えなしに行…
[一言] 面白い
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