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お見合い結婚します「紫電一閃乙女物語」  作者: あやぺん
おまけ「結納中編」

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初喧嘩1

前話と同じ日です

 規定がちょこちょこ改定されて、申請が通った登録済みの家族婚約者二名は三時間以内は屯所の食堂に指定職員無しで居られる。

 ネビーはその二名に母親のエルを登録済み。婚約者は付き添い人と二人で一組なので祖父は私がいる場合に限り同じ制度を利用出来る。

 ネビーは下っ端でわりと時間通りになんとかだけど幹部上層部の予定休憩が狂いがちなので幅が出たそうだ。


 今夜ネビーは地区本部から戻ってくる。十八時から二十時を目安に帰ってきてそこから外回り仕事が組まれているというか相談したという。

 一区花街とルーベル家帰りの私と食堂で待ち合わせて外回り仕事にかこつけて家に送って先輩と共に少し休んでから外回り仕事。

 代わりにその先輩も家に寄ってネビーはそこで再度軽く休憩という予定が朝決まった。

 何かあった時は付き添いの祖父が疲れていて帰った、とゴネるということで祖父は私を屯所へ置いて先に帰宅済み。ネビーが無理なら職員の誰かが私を家に送ってくれる。

 激務であれこれ工夫が進んできたのと人手不足なのでこういうことが可能らしい。

 こういう、私や家族のためにゴネる時のために先輩に付き合ったり同僚と仕事を交代したり業務量を増やして下準備してきたそうだ。


 そういう訳で私は祖父と共に一区から三区六番地へ帰ってきてルーベル家で過ごして、祖父と屯所へきて今は食堂に一人。

 もうここには何度も来ているけど食堂に一人は初めてなので少々緊張。

 今はいつもの夕食どきに近くて半分くらいは顔は知っている職員で残りは見知らぬ顔、もしくは覚えていない方々。


「あの! よろしいでしょうか? 混んできて」

「すみません。失礼します」

「はい。お疲れ様です」


 二人組の若めの職員に声を掛けられたので端へ移動して場所を作ったら少しついてきて端の机で三人になった。


「おい、聞けよ」

「お前が聞けって」


 なにやら小声でヒソヒソしている。私がネビーの婚約者だと知っていて気になるから話しかけたのだろう。


「こ、こんにちは。ルーベル先輩の噂の婚約者さんですよね? たまに見かけますし噂も少し聞いています」

「俺達はルーベル先輩と接点はあまりない準官です。準官は知ってますか? 先輩は準官の指導係もしてるからたまに世話になります」

「初めましてウィオラ・ムーシクスと申します。その通りでルーベルさんの婚約者です。彼がいつもお世話になっています。準官のことも関連業務も少し聞いています」


 とりあえずお辞儀。机が間にあるこの距離で兵官が沢山いるからこの状態で初めましての男性との世間話は平気。

 後輩が先輩の噂が気になって話しかけてきたならここからまた噂が広がるということ。私とネビーはどのような噂話をされているのだろう。


「あの! どこで、どこで知り合えるんですか? どういう経路でお見合いですか? 申し込まれて検討ですか? それともお嬢様も幹部くらいになると気になってツテを探しますか?」


 自分も成り上がってお嬢様狙いってことかな。二人は名乗らないの。なぜか平家男性はちょこちょこ名乗るのを忘れる。


「どちらかの親か本人がツテを探すことが多いと思います。私は彼の隣へお引っ越ししましたのでそれがきっかけです」

「ほら聞いただろう! 隣だって。お嬢様じゃなくてお嬢さんくらいだ。ルーベル先輩って貧乏性でまだ長屋に住んでるんだぜ」

「チッ。分かった。ほらよ」


 二人は大銅貨を出して受け渡しを始めた。賭けをしていたの。


「ルーベル先輩狙いで隣に引っ越したんですか?」


 私はそういう噂をされているのか。


「いえ。治安と景色と広さなどで選びました。治安の理由がルーベルさんで驚きました。観光地のようで気に入っています」

「……観光地? 観光地とはなんですか?」


 何って観光地は観光地だ。何度も言われるけどなぜ不思議がられるのか分からない。不思議そうにするのに皆、説明すると納得する。


「河原が近くて眺めが美しいですし、春はたんぽぽ畑がありました。今は花菖蒲畑です。林が近くてちび畑もあって農村地区のようです。朝は鳥や蛙が愛くるしい合唱をして起こしてくれます」


 事実を述べたのに二人は顔を見合わせて首を捻った。


「ルーベル先輩ってどんな長屋に住んでるんだ?」

「さあ。行ったことないし場所も知らない」

「お隣さんから女嫌いのルーベル先輩とどうやって婚約したんですか?」

「……。く、口説いて良いか尋ねられたので良いですと答えまして、お隣さんは毎日お見合い状態なのでそれなら間を飛ばして婚約して交際しましょうという流れです……」


 私は誰に聞かれてもこの説明をしている。秋に文通お申し込みされて隣へ引っ越してきてもらった、という話は真実に訂正中。

 長屋周りなどでないと最初の嘘話は知られていないので普通にこの説明を話すことになる。


「女嫌いの先輩からなんですか?」

「はい。あの。彼は女性嫌いではなくて一部の女性嫌いです。定期的にお見合いをしていた方です」

「……えええええ! 先輩はお見合いしていたんですか⁈」 

「たまに囲まれても興味無しだし時々酷いのに」

「女に不自由しない余裕ってやつだ。ズルいな」

「俺らなんて石ころ扱いなのに」

「幹部はやっぱり世界が違う」

「俺らもなれるか? 先輩達は候補だって言うけどさ」

「ルーベル先輩って昔からわりとモテてたらしいぜ。俺らの準官の時となんか仕事も違ったみたいだし」

「師団長とか班長もそうだって言うしビビ先輩もだ」


 激務の中、屯所勤務らしい準官なので彼等は期待されている存在みたい。


「先輩ってどうやって女を口説くんですか?」

「口説いて良いか尋ねられたって、そんなことよく言えるな」

「でもさ、言えなくないか? 嫌です。口説かないで下さいって言えるか?」


 言われてみれば面と向かって嫌ですって……ルルは言うな。


「その。嫌なら困りますとお断りします。その前に近寄りません」

「つまり婚約者さんから近寄ったんですか」

「っていうかお前、この感じはやっぱりお嬢様だから金を返せよ。俺の勝ちだろうこれ」

「えー。確認してからだ。お嬢様ですか? いくつですか?」


 レオと祖父が合間机で飲み始めると呼ばれてお酌をしてレオやネビーの友人達にこういう感じで質問されるのでこれも練習。


「一応お嬢様と呼ばれて育ちました。そこそこの豪家の次女ですので。今年二十二歳になります」

「ルーベル先輩にどうやって口説かれたんですか? その前にどう近寄ったんですか? 近寄る女に素っ気ないのにどうやったんですか?」

「近寄ってないです。偶然お隣さんになりました」

「お隣さんは婚約後からじゃないんですね」

「はい。ルーベルさんの妹さんの先生になると分かってご家族皆さんが親切にしてくださってお話ししました」

「それで口説かれたんですか」

「ちょっと待った。今、先生って言うた。先生なんですか? 芸妓さんって噂を聞きました」

「元芸妓で今は区立女学校の臨時講師です」

「うわあ。女学校の先生は俺の憧れです。昔から眺めています。握手して下さい!」


 同僚が言っていたたまに握手して下さいと言われるってこれ。


「いえ、すみません。男性が多少苦手ですので」

「えー。男性が多少苦手ってそれならルーベル先輩はなんですか?」

「口説き方を教えて下さい! 俺も女学校の先生に近寄りたいです!」

「それなら文通お申し込み以外は拒否されると思います。口説きは……。龍歌ですとか、花などです……」


 その前に怒涛のように褒められたけどそれは言わなくていいや。

 彼等が知りたいのは自分達がお嬢さんやお嬢様狙い出来るかだからこの情報が大事。


「ルーベルって先輩が龍歌? 花? ほうほう。女性校の先生には文通お申し込みと龍歌と花ですね」

「で、お前分かるか?」

「分からん。具体例をお願いします」

「……。少し違いますがそっと桜の枝をくださり花見にと群れつつ人の来るのみぞ、と。お引越し歓迎会で男性が多くて心配です、みたいに」


 準官二名は顔を見合わせて首を傾げた。


「分かるか?」

「分からん」

「後から枝文にして下さいました。蕾付きの枝二本にも意味があります」

「分かるか?」

「分からん。照れまくりでかわゆいから分からないと女学校の先生を口説けない」

「解説はしません……」

「ルーベル先輩に聞きたいけど俺達親しくないしな」

「補佐官達に聞こうぜ。お坊ちゃん達だから知ってるよな。ルーベル先輩もきっとそうやって勉強したんだ」

「お前ら、何ネビーの婚約者さんに絡んでるんだ。食べ終わったなら働け。休憩を多めにしてやってるんだから働く時は働け」


 顔見知りだから多分助け船!

 

「フリド先輩! ルーベル先輩はお嬢様を龍歌や花で口説いたそうです。先輩の住む長屋って観光地なんですか? そんな長屋は知らないです」

「先輩はルーベル先輩と親しそうだから行ったことありますか?」


 働け、と後輩二人の肩を軽く叩いたのにフリドは彼らの隣に腰を下ろした。人が増えてしまった。


「観光地? 観光地ってなんだ。街外れの若干水害が気になる長屋だ。他の虫もだけど蛙や蛇がやたら出るし草も生えまくりで草刈りが面倒ってボヤいてる。若干不人気な土地だからか代わりに若干安いし広め」

「婚約者さんが観光地って言いました」

「観光地みたいだから気に入っているって」

「へえ。そうなんですか? ああ、俺はこの間挨拶をしたので覚えていますか?」

「はい。もちろんです。お仕事が落ち着いたらご一緒に食事をしましょうとお話ししました同期のフリドさんです」


 同期で同じ出世頭組。フリドは現在番隊幹部手前と聞いた。ネビーよりも一つ年下で兵官家系三代目。

 家系兵官の下の方だと番隊所属出発で彼は親の経歴をもう超えていて地元の評判も良いから家の誇り、みたいにネビーが教えてくれた。


「ネビーはどうしたんですか? 待ちぼうけですか? あれ、あいつ確かお遣いで地区本部へ行ったと思ったんですが」

「はい。そろそろ戻られる予定時間でここで待ち合わせです」

「待っていたらこいつらに絡まれたんですね」

「楽しくお喋りしてくださっていました」


 後輩二人が先輩、先輩とフリドにヒソヒソ話しかけた。


「どうやったらお嬢様って俺が聞きたい。昔からお嬢さん、お嬢さんって言ってたのに更に上狙い。俺らはお前らの頃にはとっくに遊びをピタッとやめて教養も勉強し始めたから励むんだな。ちゃらちゃら遊び続けると門前払い。会話が合わなくて袖振りされるぞ」

「俺は遊んでないです」

「俺もそうです」

「バカか。お前らコロコロ恋人を変えてるだろう」


 自分達は石ころって全然石ころじゃない!

 平家なら婚約しないで恋人をコロコロ変えるのは当たり前……ではない。

 ルカ達の会話からして彼女達は恋人をとっかえ引っ換えしていない。

 ……。

 ん?


「ピタッとやめてって、やめられたのですか? 遊ぶのを。フリドさんもネビーさんも」

「えっ?」


 しまった、というフリドの顔が証拠。


「とっくに、だとおいくつ頃の話なのでしょうか。あと遊びの程度も知りたいです」

「……あはは。ははは。男はほら、友人同士でバカにされるからとか、男同士のふざけとかあるんですよ。半見習いの頃とか……。元服前後とか? もう少し前とか? 少しです。少し変なところを触って粋に口説けるかとか?」


 ふーん。それが若い下街男性の世界。フリドは兵官豪家だけど祖父も父も下の方だったそうなので平家に近い家のはず。

 私達の登下校に見張りをつけて彼らを近寄らせないようにさせるってこういうこと。

 成人してふざけた遊びをやめていくから見張りは無くなっていく。ネビーが照れながらも真っ直ぐ口説くのはその粋遊びの賜物の可能性。

 お嬢さんやお嬢様が下街男性に惚れるのもそういう感じが珍しいのと、あの真っ直ぐさはイゼを知っているとトキメキがち。


「ほら見ろ。こうなるんだぞ。この軽蔑の眼差しを本人にも親にも向けられるとお見合いは破談だ破談」

「遊んだことはないです! 袖振りとか袖振りしただけで同時並行は……あるような、ないような? はい。やめます。その目は怖いです」

「フリド先輩。ルーベル先輩が袖振りされます。残念会をしましょう。飲みたいです! もう嫌だ! 帰りたいです!」

「お前は四日前に帰っただろう!」


 私は彼らに軽蔑の眼差しを投げたらしい。五年間も男性の色欲を目の当たりにしてきたからふーん、と思ったけどそうなの。


「あっ! あー。働いてきます!」

「ヤベッ。俺も働きます! そうだった! 師団長に呼ばれてた!」


 後輩達逃亡。


「……よお、ネビー。悪いな。慰め会はしてやるから! 俺も仕事だった!」


 見上げたらフリドの後ろに顔をしかめているネビーが立っていた。立ち上がろうとしたフリドの首根っこをネビーが掴む。


「慰め会に悪いってなんだ」

「口が滑って、俺らも年頃の時は女に多少ロクデナシだったってつい」

「……。そっ。弁当を食ってから働け。倒れたらお嫁さんや子どもが泣くぞ。来てないみたいだけど」

「おう。向こうで食ってくる。嫁は息子と出前を取りに行った。俺は休んでなって優しいよな。あはは。ははは。まっ、慰め会はするから」


 冷めた目のネビーがフリドの服から手を離した。ネビーは首の後ろに手を当てて「帰れますけど帰りますか?」と口にした。

 帰れるの? 外回りを一緒にする先輩は?


「はい」


 私達は二人で屯所を後にした。空気が重くてネビーは何も言わない。私も何も言っていないけど。


「あの」

「はい」

「先輩は一緒ではないのですね」

「ああ。はい。その先輩が俺らは明け方から外回りって。熱を出した先輩と怪我した先輩がいて勤務調整ついでに休憩増やしです」

「また少し休めますね」


 今朝も思ったけど昨夜ネビーの父が息子の髭剃りをしたので顔がスッキリしている。それに昨日長めに休めたからか顔色も良い。もっと元気になりますように。


「ええ。あと出張時の内容が予想に反して濃かったからです。今日まだ何も食べてないのもあります。出張中に前より多めの休憩開始になっていました」

「まあ。それは休んで下さい」

「二日連続で帰れるとは幸運です」

「あの。変なところを触って粋に口説けるか、とはこことかここですか? 劇や文学で知っています」


 胸元とお尻に軽く触れて確認。


「ゲホゲホッ。知って、知ってるんですか。っていうかなんでそんな会話をしてるんですか」

「このくらいは我慢、慣れようと宴席で多少見ています。犯罪者のお触り魔や抱き着き魔って男性しか聞いたことありません」

「そういう犯罪は確かに女は少ないです。ご存知のように男も女も恋慕色欲と生来色欲は別です。別物です。なんでそんな会話をしてるんですか」


 ネビーは顔をしかめて結構怖いお顔。なにに怒ったの?


「私は何もです。お嬢さんやお嬢様との縁談に必要なのは遊ばないこと、自分達もやめた、みたいな話をしていてふーん、と聞いていて出た話題です」

「ふーん。ふーんって、その顔……」

「かつては震えしまった唇も、何度も声を掛けてしまった雰囲気のなさも、そのような純な気持ちはもう忘れてしまっていて、そのような男に負けてしまうとはどうにもならない」

「えっ?」

「イゼ物語より」

「ウィオラさん?」

「初めてもするするとお進みでしたね」


 何もしてません。遊んだことはありませんって言わないから真実。

 拗ね。

 今さら気がついたけどネビーは絶対に多少何かで慣れている!

 劇の場面や文学であるしフリドも友人にバカにされるからと言ったから、多分そういうことだと思うけど拗ね。

 そもそも下街男性でなくても校門前で文通お申し込み練習を兼ねた突撃遊びみたいなことはある。

 私達は一人に一人家の見張りがつく勢いだから目撃した側だったけど中流層同士でもそういうことをする人はする。

 男性だけではなくて女学生が集団で文通お申し込み遊びなんかも目撃したことがある。


「すっ、するする⁈ するする進んでません!」

「そうですか。恋慕ではなくて友人関係も絡む遊びやイタズラで相手が怯えないどころか積極的ならまあ。同じ方と繰り返しとかではないでしょうし昔のことですから」


 でも拗ね。

 私も物心つく前に分家の子達と遊んでいて将来はお嫁さん、お婿さんみたいに頬にキスするようなことがあったらしいから似たようなものと思うことにする。

 そうやってそれはしてはいけません、みたいに学んでいく。ネビーの場合は元服前後にお嬢さん狙いの邪魔になる遊びだからやめたってこと。

 先輩の奥様をみたりデオンの妻や娘など身近なお嬢さんから自分はお嬢さん系が好みだと把握して、今日の後輩達みたいに半見習い中に先輩に教わったのだろう。


「するするって。するするって俺は大切に慎重に……。めちゃくちゃ緊張して……。なんか若干失敗したし……」


 そうなの?

 失敗なんて記憶にないけどな。


「……そうですか。そうなのか。悩んだのに……。えー……」


 私が拗ねたはずなのにネビーの方が拗ねというか落ち込み始めた。


(悩んだ? 何に?)


「あの、悩んだとは……」

「はあ……。そうですか」


 とんでもない不機嫌顔になってしまった!

 この空気と顔はなんだか怖くて話しかけられない。私はなにやらネビーの地雷を踏んだ気配。私の拗ねは吹き飛んだ。

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