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お見合い結婚します「紫電一閃乙女物語」  作者: あやぺん
おまけ「結納中編」

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紫陽花

 紫陽花の季節になると短期間の淡い初恋を思い出して鮮やかな花咲花火の光が蘇るけど同時に自己嫌悪も湧いてきて気分が悪くなる。

 なので俺は紫陽花が苦手というか嫌い。彼女とだけではなくて家族との楽しかった思い出が沢山あるから好きだな、と思うけど少しすると見るのも嫌になるから家族が飾っても捨ててしまう。

 彼女の顔も声もおぼろげで何を話していたのか、どういう手紙を送られていたのかもうかなり忘れているけど覚えていることもある。


 五月は蛍、六月は紫陽花とウィオラが以前口にしたけど五月はたけのこ掘りに少しだけ顔を出すで終了。六月は出張で海へ行けた。

 その出張最終日に仮眠は出来ていないし休憩も無かったから退勤時間繰り上げ、と隊長補佐官に言われて十四時退勤になったので同時日程を組んだ先輩と小躍り。

 

「うわー! また自由です! 気楽な仕事と思ってきたのにこき使われまくりの書類の山でトドメは海賊討伐と事後処理ってわりと疲れました!」


 馬を引いて屯所の出入り口へ出て両手を空へ向かって上げた。

 朝からしとしと雨で昼頃に一時的に雷雨でびしょ濡れの中海賊達を連行。今は曇りで雨は降っていない。


「いやぁ、自由だなルーベル。とっとと家に帰ろう。家族が待ってる。早く帰れったら驚いて喜んでくれる」

「漁師達からの土産もありますしね。俺も家族が待っています」


 挨拶を交わして先輩と別れてオケアヌス神社へウィオラを迎えに行った。

 豊漁姫ウィオラの帰宅は地区兵官の俺と農林水省から手紙が来たので彼女と共に家に帰る予定。それで明日の朝九時出勤まで自由。

 そうしてウィオラと共に馬でのんびり帰宅デート。俺はこの帰路をそう呼ぶ。


「外回りをしていて紫陽花が咲いていたから約束の紫陽花鑑賞はどうですか? 寄り道です。来る時に沢山咲いてるところを見かけました」


 見かけたのではなくて少し探した、が正しい。


「お疲れではないですか?」

「疲れたから回復したいです。蛍もそろそろ飛びそうなので夕食後に散歩も。曇りのままなら飛ぶかもしれません」

「紫陽花はこのままお願いして、蛍はネビーさんの疲れ具合をみて大丈夫そうなら散歩しましょう」


 そうして紫陽花が沢山咲いているところへ行って馬を木に繋いでウィオラと手を繋いで散歩。

 ここの紫陽花は藍色が多くてあとは少し青めの紫色。ウィオラと散歩して眺めたら紫陽花嫌いが直るかもと思ったけど少し感傷に浸ってしまった。


(あの散歩が最初で最後の楽しいだけの時間だった。氷のような目で見られて怯えたけど。あれから俺は潔癖化。お嬢さんは様々だけど……)


 男だから色欲があるので多少イオ達の遊びに付き合っていたけど、彼女にそういうことがあるのではないかと指摘されて軽蔑の眼差しを向けられてお嬢さん——俺好みの潔癖系——狙いの男は多少でも遊んではいけないと学んだ。

 ヤアドが難癖で結婚させられそうだった時期だったのもあって気をつけよう、遊ばないと思っていたけど結構強めに決意。

 俺は隣を歩くウィオラをチラリと眺めた。彼女は微笑んで紫陽花を眺めている。


(やはり潔癖系の女性が好みだったから大正解。あの頃決意した以上に女を遠ざけたからプライルドさんを突破出来たし)


 お互い過去を無かったことには出来ない。それでこうして今の縁に続いているから。

 俺の淡い初恋と失恋がないとウィオラと噛み合わないことはわりとある。

 ウィオラもあのバカに惚れらていなかったら家出していないし虫除けされていないから誰かと縁結びしていただろう。


「昔、今よりもさらにバカだから紫陽花という漢字をシヨハナと読みました」


 集まるに真藍(さあい)であつさい。

 あの陽光に映える紫色の花はなんですか? とルロン物語に出てて集真藍では字面がイマイチだから紫陽花の漢字になったと昔教わった。

 そのあとかなり経ってからリル経由で借りたルロン物語のそこだけを読んで、こういうことかと確認済み。恋愛場面ではなくて上司達との会話だった。


「惜しいです。しようか、なら正解でしたね」

「えっ。しようか、とも読むんですか? そのままです」

「はい。アジサイの別名はしようかです。ネビーさんはイゼ物語をご存知ですか?」

「いえ。他のかなり有名な古典文学も簡単な内容と有名どころだけしか把握していないです。面白いなと思った作品は読みましたけど。龍神王創世記とかそういう系です」


 英雄の逸話みたいな話も好きだ。お嬢さんとの交流には役に立たなくても、親の印象が良くなりそうだし卿家の養子なのにこんな基礎も知らないと相手の親に言われたくないからガイやロイに尋ねたり教えてもらいながら基礎教養として読んだ文学はいくつかある。


「それなら紫陽花の漢字が真藍に集まるだったのがルロン物語で変化したのもご存知ではないですか?」

「いえ。以前ルロン物語をしっかり読んでいた人に教わりました。ウィオラさんはルロン物語は好きですか? 好きなら読みます。長いしロイさんが苦手って言うからかなり雑にしか読んでなくて」

「ルロン物語は好みの前に花柳界の基本のきです。それで女性同士や男性同士の駆け引きですとか、紫陽花の漢字みたいな小話など面白いです。むしろかいつまみだとつまらないかもしれません」


 俺はロイもかいつまんで有名どころを読んだと言っていたなと思い出しながら頷いた。


「それにルロンは女性を渡り歩く男性の代名詞ですが浮気はしません。多くの女性に憧れられているのに一途です」

「えっ。逆の印象でした」

「そういう方もいます。簡易版だと同士並行みたいな印象になるものもあるので」

「リルの嫁仲間が全巻持っていると言っていましたが二十五巻もあると聞きました」

「そちらは恋愛特化の有名な簡易版かと。ルロン物語は五十三巻です。私の通っていた女学校になると本典版を知っている前提で茶会を開くような家柄の集まりです」

「おー。そんなに巻数があるんですか。ますます敷居が高くなりました」

「長いので私もあれこれ忘れています。覚えているのは芸に関連するところや気になったところなどです。お母様がとても好んでいるので知らないから面白い巻や場面を教えて欲しいと頼むと喜ぶ気がします」

「ウィオラさんと語り合いたいから余裕が出てきたら読みたいです。でも貸本屋にあるのか?」

「お母様が持っていますので東地区にいる間は読めますし、学校の図書室にありましたので私が勤務している間やロカさんの卒業前は借りられます」


 実際に読んでみないと面白いか分からないし心に響かなくても教養になる。

 ウィオラとお喋りのネタになって、義理の母親になる可能性大の女性と親しくなるきっかけになるかもしれない。

 中官試験を乗り越えたら有名古典文学をゆっくり読破していきたい気持ちはあった。


「中官試験を乗り越えたら教養を増やすのに読書時間を増やしていくつもりだったけどルロン物語はわりと無視する予定でした。こうなると逆です」


 ルロンは浮気男、みたいに聞いてきたのに浮気なんて絶対に嫌と言いそうなウィオラが一途と表現するってどんな内容の物語なんだ?

 これまで読もうと思わなかったのに急に読みたくなった。


「私は浮気者のイゼよりもルロンがずっと好みです。でもこう、イゼの真っ直ぐさの方が……。ネビーさんはイゼに一部似ています」

「イゼは浮気男なんですか? ……俺に似てるってなんですか⁈」


 俺は浮気したことがない。なにせ現実の恋人がいなかったから浮気しようがない。


「正妻の他には恋人は一人だけなのにイゼはあちこちでつまみ食いです。それで中々破天荒です」


 ウィオラの目線が紫陽花から俺へ移動した。紫陽花の思い出が良くなるように、と思って周りを確認して誰もいないから手を出そうと考えたら彼女は扇子を持って広げて顔を隠した。


「紫陽花を太陽に輝く紫の花という意味ではなくてそのまま読んで欲しいです」

「しようか、です」

「ええ、では致しましょう。おほかたにさみだるるとや思ふらむ君恋ひわたる今日のながめを。あまりにも美しくて愛くるしい方ですあなたは。長雨ですからゆっくりと語り合いたいです」


 龍歌の意味は分からないけど口説いたというのは分かる。ウィオラの手から扇子が離れてひらひら落下。

 彼女は「イゼ様……」と声を出すと切なそうな表情を浮かべた後に微笑んでゆっくりと背中を向けた。


「皇族に嫁ぐ予定の女性に熱心に手紙を送って断られ続けていたのについに紫陽花を持ってこのように夜這いです。イゼもルロンと同じく皇居華族です」


 皇居華族の夜這いや致す、は初日ならキス程度。しかしそれは文通で交流したり家で使用人がもてなしたりした後のはず。

 会ったその日にキスを迫って……成功した話な気がする。キスで終わってないかも。

 ゆっくり語り合おうと口にして全然ゆっくりではない。

 皇居文化は下々とはかなり違うがその中でもイゼはさらに異質ってこと。


「……俺はそんなことしたことないですよ!」

「ルロンは遠回しな雅ですがイゼは真っ直ぐな雅なので、こう……それはそれでです。友人達とルロン派がイゼ派と語ったのが懐かしいです」

「ウィオラさんはルロン派ですか」

「いえ。足して割りたいです。私としては場面や流れはイゼの方がうっとりする内容が多いです」

「へえ」


 俺以外にうっとりしないで欲しいが出会う前だし俺も妄想、想像、創作にあれこれしてきたから仕方ない。


「それでその、まあ、あの、ネビーさんも真っ直ぐだけど雅な時もありまして、私とは異なる文化の育ちなので破天荒気味に感じるところもあります。それでルロンと同じく一途な気配です」


 こうなると俺はルロン物語よりもイゼ物語を読むべきだ。しかしルロン物語も気になる。


「ウィオラさん的にルロンとイゼを足して二で割ったのが俺ですか?」

「はい」

「平家長屋男が卿家の次男として付け焼き刃で教養を増やしたらイゼって主人公に少し近づいたってことです」

「なのでイゼ物語もいつか読んでみて欲しいです。お母様とは異なりお姉様はイゼ派なのでやはり実家に全巻あります。学校には無かったです」

「中官試験に受かったら読みます。それまではウィオラさんが好む場面や小話を教えて下さい」

「はい。それで紫陽花はイゼ物語でそのように使ったので、紫陽花を贈ったり受け取るのは時にそのような意味があります」


 ……。

 えっ?


「イゼ物語は有名ですか? 有名ですよね」

「それがリルさんやご友人達にイゼ物語の曲ですと話したら知らなかったので不思議でした。ルルさんもご存知なかったです」


 ウィオラは首を傾げた。それで南地区ではあまり知られていないのかもしれないと口にした。

 一区花街の花魁やその客は知っていたけど、そういえば南地区へ来てからイゼ物語関係の曲を音楽会で殆ど聞いていないし劇も観ていないと言った。


「でもテルルさんはご存知でした」

「そうなんですか」

「イゼの性格や内容からして教科書には載らないからでしょうか。私の通った女学校にも無かったです。なにかきっかけがあると知ると思います」


(つまりあの日の紫陽花を折って欲しいは……いや違う。明らかに学のない俺に対してそんな誘い方はしない)


 貧乏学生だった俺をイゼ物語に出てくる紫陽花を使って(かどわ)かすなんて無意味。何も気がつかれない。

 今振り返れば分かるけど今よりもバカだった俺はあの時紫陽花を折って欲しいと頼まれたのが、俺に紫陽花を贈って欲しいという意味だということさえ気がつかなかった。後からあれ? と感じた。

 お嬢さんの遠回しな誘いや奥ゆかしさを理解していない俺は雨で濡れていて冷たいから代わりに折って欲しいんですね、みたいな事を言った記憶がある。

 花を贈ろう、それで口説こうみたいな考えがなくてロカにかたつむりを見せたらどうなるか楽しみとかお嬢さんってかわゆいなという思考。

 お嬢さんは目の保養で隣にいるからなおさら目の保養。そんな感情だった。

 ウィオラが扇子を拾って手に持つ傘を広げて紫陽花にそっと触れた。雨は降ってないけどな。


「紫陽花はよく歩く道や家の庭にも菊屋の庭にもありました。私は紫陽花がわりと嫌いなので嫌でした」

「六月は紫陽花鑑賞をしたいと言ったから好きな花だと思っていました」


 花は疎くてあまり興味が無いけど特に好きな花は桜と秋桜。他は咲いているのを見たり飾ってあるのを見て綺麗だな、くらい。

 紫陽花は俺が唯一苦手な花なので気が合うな。


「今の場面の練習だと、嫌な思いをしたもので」


 顔をしかめたウィオラが何を言いたいのかすぐに分かった。


「イゼ物語にちなんで口説いたのに嫌……。嫌いだったからですか?」


 あのバカは真っ当な口説き方もしたのか。


「稽古の休憩中にさっきの場面の練習だと人のいない暗がりで掴まれた顔が痛いし、床に倒された感じになってぶつけた頭も痛いし、押さえられた腕も痛かったです。あれは誰でも怖いです」

「げっ。見張りはいなかったんですか⁈」


 イゼ物語にちなんで口説いた、ではなくてこれだと力任せに襲われただ。

 ウィオラは嫌悪、というようなぶすくれ顔をしている。


「その頃はそこまでピッタリ張りついて見張ってもらっていなかったです。これが最初の嫌いのきっかけです。十歳頃です」

「もちろん報告しましたよね?」

「ええ。今思えば彼なりに口説こうとしたのですね。紫陽花も本物を渡されましたから。思い返したら稽古で使っていなかった桃色気味の紫陽花です。桃色は私が好んでいる色の一つです」

「あー、逃げられました?」

「このような稽古は非常識だと泣いて張り手したらこれでは稽古にならないって怒って去りました」

 

 泣いて抵抗されたら撤退出来る理性はやはりあったのか。


「その後、彼に何か変化ありました? あの性格だと謝らなそうですけど謝罪されました?」

「ええ、彼のお父様と一緒に私と両親に対して謝罪がありました。なのに陰での暴言が始まりました。この件の前は拒否の態度だけで暴言はなかったのに。なので苦手から嫌いへ変化です」

「どんどん嫌いになっていった、と言っていましたね」

「ええ。このように答えを知ってから振り返るとそういうことか、と思うことがちょこちょこあります」


 ウィオラは嫌そうな顔でため息を吐いた。


「……あいつに優しくされたことって無いんですか?」

「あの日はおかしかったですが外面が良かったのであります。人前では芸を褒めたりお菓子をくれたりなどたまには」

「真っ当に口説く時もあったと。その時はウィオラさんも外面良しですか?」

「素直にお礼を告げていました。ああ、外面良しではなくて口説きだったってことですか?」

「多分。本人的には。俺のウィオラって本当にそのままの意味かもしれません。ウィオラさんの拒否は潔癖だからそういう行為に対してだけで自分に対してではない。だからいつかは手に入るって」

「いつかは手に入る……。まあ、そういう会話もありました。私はおかしいと言われるので成人するまでは私の周りではこれが常識で親もそう言っていると言い返して、それなら元服したら違うのかとか……」


 はあ、と再びため息を吐くとウィオラは俯いた。


「元服したら違うと言ったんですね」

「ええ。違うものは違うので多少はそうです。婚約者だからそのように歩み寄るから逆もそうして下さいと言いました。私が嫌なことはしないで欲しいと。何度も」


 ウィオラの態度があの男を変に逆撫でしなかったのはこういうことか。思い込みが激しくて自分に都合の良いように解釈しがちな男だから俺のウィオラ。

 女と遊び回っていたのも奥手のウィオラ攻略のために練習していたとか、そういう意味もあった気がする。

 こういう事を積み重ねられたら男性恐怖症気味にもなる。過去のことで二度と会わないらしいが嫉妬や怒りで頭が痛くなってきた。


「そうして徐々に家出を画策、ですか」

「はい。歩み寄ってくれないしどんどん嫌いになるからこのような方に触れられたくないと準備です。優しいお兄さんが相手だったらきっと仲良くなれたのにとたまに……」


 ウィオラは家同士のためだけの婚約だと思っているから長男と縁結びだったら、と自然と考えるのは当然。

 これはあのバカ男にも伝わっただろう。つまり兄も八つ当たりされてそう。


(自分が強気がよかだから軽く押し倒したいけど様子見。まだやめておこう。我慢は正解ってこと)


 芸妓として置き屋に引きこもりは難しい。置き屋だと所属芸妓相手に講師は派閥など色々あるから横入りはほぼ無理とウィオラに聞いたから芸妓として働くしかない。

 一方、菊屋での生活は子どもと大半の時間を過ごす引きこもり。花街にも店にも男は来るけどあまり見ないし会わない。

 街を歩くのが昼でも花街外でも最初の方は必ず女性花官を雇ったと聞いた。


(危ない橋も渡っているけどなんだかんだ知恵が働いてる。あのバカとのやり取りでもそうだったのかも。自覚、無自覚は分からないけどギリギリ逆撫でしない言動だった)


 時々、人が喜ぶような意外な返事をなんでもない当たり前みたいな顔で言うからあの男も何か浮かれる返事をされてそう。


「ウィオラさんは紫陽花の嫌な思い出を俺で上書きしたかったってことですか?」

「はい。ありがとうございます。今日から紫陽花を少し好みそうです。神社が紫陽花だらけで嫌なのか夢に出てきてモヤモヤするから愚痴りたかったです」


 それなら、と俺は紫陽花を折ってウィオラへ差し出した。


「少しからかなり好む、までなるとよかですがどうでしょう」


 彼女は無言で紫陽花を受け取ってくれて顔も耳も桃色に染めて俯いている。


「結納日みたいだとそうなるかもしれません……」


 ウィオラは俺に近寄ってきてくれた。

 俺もわりと苦手になっていた紫陽花を好きな花に変えられそう。

 自己嫌悪を思い出すよりもウィオラの役に立てたとか、彼女に好かれるような律儀で誠実な男になったと自分を褒められそう。

 なにせあの縁談の際にデオンにけちょんけちょんに貶されて大説教されてその逆になろうと励んで今だ。

 責任を取らないならお礼と言われても手紙を受け取るなとか、結局踏みつけることになると分かっていたのにズルズル引き伸ばすなとか、気持ちが小さいのに大きいようなことを言うな、養う甲斐性がない時期なのになどなどとにかく自覚している耳が痛いことを延々と説教された。

 あの時の説教は大体乗り越えたと自負しているし、大豪家のお嬢様の祖父にも父親にも婚約を許された男は良い男のはず。


「怖かったことは中々忘れられないと思うので気をつけます」

「いつも配慮してくれていると感じます」


 周囲に誰もいないと確認。雨は降っていないのにウィオラが傘を開いた理由が判明。

 相合い傘でかくれんぼ。これなら多少何かしても誰にも見られない。誰も居ないけどさらにってこと。

 

「かわゆい恋人に触れたいです。俺は絶対に優しくします」


 全然雅ではないな。ウィオラが軽く演じたイゼの流れるような口説きを真似したら喜びそうなのに龍歌は出てこないし気の利いた台詞も出てこず。

 返事はないけどさらに近寄ってきてくれてそっと寄り添われたので軽く抱きしめた。

 そこからそっと頬に触れて、唇にも触れて、キスをし始めたら雨がぽつぽつと降り始めて傘にぶつかって音を立て始めた。


「雨が酷くなる前に帰りましょう」

「……」


 紫陽花の端の花をとって、その小さな花をウィオラは俺の懐へ入れて俺を見上げて少しすると俯いて顔を背けた。

 何も言われなくても先程の会話があるのでこれがどういう意味を持つのか分かる。

 誘ってきたのも耳が赤いのもかわゆい。今見えない顔も目の前にあるこの辺りでは珍しい赤色系の紫陽花のような色だろう。

 それを見たいし誘われたのが嬉し過ぎるので誘いに乗って再度唇を寄せた。俺は今日から紫陽花好きだな。

 

「紫陽花を家に飾って今みたいに使ってもらおうと思います」


 返事がないし目が泳いでいて顔も真っ赤。ウィオラは俺に背中を向けて両手で顔を扇ぎ始めた。


「使いますか? もちちさーん」


 背中をつんつんしたら小さく頷き。

 もちち音頭の曲を思い出しながら「使えるように持ち帰りますか? もちち。もちちさん。もちもちさん」と背中をつつき続けたらウィオラは「はい。つ、使います」と小さな声を出した。

 俺は思っているよりも好まれているかもしれない。

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