海5
誰も邪魔がいない場所で二人きりでゆっくり食事は心底嬉しい。
出前と拾い物——ということにした——の魚と貝で焼き物料理をお金を払って頼んだからかお茶を淹れてもらえて、お湯の入った薬缶を置いていってくれた。
時間を気にせずのんびり食べられるし、いつも先に食べてくるウィオラも一緒に食事。
休み万歳!
(休みじゃなくて退勤後なだけだ。勤務が元に戻っていく程家でこうなる。あとは良くなるだけってやる気しか出ないな)
品良く食事をしていて俺はイマイチ、だとなんだか嫌だけど俺は何年もロイを手本にしてより上の教養を身につけたつもりだからかめ屋で一緒に食事をした時と同じく気後れ感はそこまでない。
家族や幼馴染達と一緒だと平家長屋男みたいになる時もあるけど外面は割と良くなっている。
「ウィオラさんと食堂で夕食をとれるようになったのに段々やかましい感じになってきているので、こうして同僚お邪魔虫がいないと清々します」
「ネビーさんの半見習い時の話など私は楽しいです」
「俺ばかりウィオラさんに色々知られていくから俺はラルスさんに教えてもらうことにしました」
「その件ですがおじい様とどのような連絡を取り合っているのですか?」
「覗き見出来るのにしないんですか?」
「気になるけど盗み見なんてしません」
「別にしてもよかです。知られたくない話は書いてないです」
教えてもらっているのはウィオラの新生活の様子。そこに最近はウィオラが俺の昔話を聞くから俺もウィオラの昔話を少々。
俺は忙しいのもあって一言ありがとうございます、ばかりだ。
「そうだウィオラさん」
「はい」
「俺はようやくこうしてゆっくり出来るのでウィオラさんにいくつかして欲しいことがあります」
「はい。なんでしょうか」
「なのでその前に俺にして欲しいことを聞こうかと。何かあればそれをして俺も頼み事をしようかなぁって」
「ネビーさんにして欲しいこと、ですか……」
「ご存知のとおり忙しいけど来月から緩和の可能性です。少し休みが付加や長めの休憩など。散歩したり家でなにかとか色々して今みたいに息抜きしたいです。稽古も行けそうです」
ウィオラは嬉しそうに笑ってくれて「朗報です」と告げた。
「剣術道場へ稽古に行くのは疲れないですか?」
「多分多少疲れるけど行きたいです。鍛錬も仕事だとゴネています。普通に手習ではなくて先生のところは業務提携先だから業務でもいけるんでゴネまくりです」
「それならお時間が合えば稽古を見たいです」
指導箇所探しの練習試合で格好良かったと言ってくれたから稽古して見せるだけで口説けるってこと。
昔、家の近くで自主鍛錬をしていたらモテたとか剣術大会でモテるとかそれと似たようなもの。
俺の特技で売りだし既にウィオラの反応も知っているの忘れてた。
「練習試合や剣術大会の試合も見たいですか?」
「はい。是非」
嬉しそうな笑顔を向けられて幸せ。休み万歳!
(いや、だから休みじゃない。勤務が終わっただけだ。過密勤務に残業で休みなしのせいだ。恐ろしい)
「全部見せるんで俺も芸妓のウィオラさんを独占してみたいです。遊霞を俺も買う的な。代金は今の稽古や試合関係ってことで」
「遊霞は菊屋の芸妓ですからもう存在しませんよ」
ウィオラは不思議そうに首を傾げた。俺はまたごっこ遊びをしたいからウィオラをどうにか乗せるぞ。
「なぜ遊霞だったんですか?」
「芸妓仕事を頼まれて本名は嫌なので遊女達と同じように名前を付けて下さいと申したら遊霞でした」
「理由はなにか言っていましたか?」
「触れられないから霞で芸だけで遊ばせるから、と言われたのでそれで良いと返事をしました。そのように使いますと。お嬢様売りをされていたなら《かすみ》を捕まえたら遊べるぞ、だったのでしょう」
「ウィオラさんはいくらという値段があったんですか?」
「ええ。最初はお店からの単独依頼を毎回交渉で危険も問題もないので少し範囲を広める話し合いをして契約を変更しました。その繰り返しで契約内容は都度変更です」
「ちなみにいくらだったんですか?」
遊楽女を一、二名つけて演奏だけなら一刻八銀貨。琴だけではなくて歌もつけたり三味線も弾く。そこに見張り代二銀貨。
見張り代はお店持ちなのでウィオラは客か取るだけで店には支払わないし花官代も貰う。
ただしこれはあくまで基本料金。あの道芸の続きとか花魁や遊女とこれ、みたいな要望が増える程高くなる。
準備期間が必要だとさらに増す。値上げに関してはお店任せ。
「……つまり最低十銀貨ですか?」
高いのか安いのか俺には分からない。ウィオラは今日の道芸でこれ以上稼いでいる。
「はい。基本系の場合は五割りが私の取り分で私は四銀貨に見張り代二銀貨です。飲食代は別でそれは菊屋が決めている値段です。私は口にしないのでなくても良いですがお店は稼ぎたいからなくて構いませんとは言いません。私はその取り分も貰います」
つまりさらに高くなるってこと。
「宴席に呼ぶのが前提ですか?」
「いえ。この金額は芸のみの場合です。ただしその場合は一刻以上は無しです。予約可能なのはお店に何度も通っていて問題のない方で宴席で私が見たことのある方。もしくは見張り代上乗せです」
「この場合でも途中退席しますか?」
「ずっと芸だとあまりないです。お店に説明してもらっていて喋るのは楽ちゃんです。宴席の方が退席したくなるからそちらは勝手にです。そういう契約にしていましたので」
「臨機応変に対応してお店の利益になるようにする代わりに我儘を通してきたということですね」
「ええ。副業でこちらはしなくても構わないから強気です。十五銀貨で舞付きです。一人芝居なども可能。見張り代ニ銀貨は同じです」
「値段が上がった。常に見張り付きなんですね」
「はい。一刻以上長く、の場合はお客と内儀と私で交渉です。内儀さんが釣り上げることが多かったです」
今の値段はあくまで芸だけ買うという客への値段。見張りは最初は女性花官で様子を見て従業員へ変更。
「高いとどれだけだったんですか? 一番凄かったのとか」
「人気陽舞伎を盗んで少々変えて太夫さん中心の劇。稽古してお披露目広場で少しだけ見せて花街内の劇場で一回上演。満員御礼だったので儲かりました」
「一回だけ上演なんですね」
「はい。その一回上演は事前予告通り気になるところで終わりです。そうしてお店や太夫さんが戦略を練って宣伝して再上演や宴席です。宴席では何度か大型金貨が舞いました。考案と指導と伴奏と少しの助演で私も大儲けです」
……。
裏方だけどそりゃあ大儲け疑惑。
それはさぞ太夫や菊屋の名が上がっただろう。太夫や花魁と遊ぶのに時に大型金貨が必要ってこういうことの仲間。
本部の先輩が「俺はわりと人気者だから花魁が安く遊んでくれないかな」と言って本当に太夫が安く遊んでくれたらしいけど本来は太夫や花魁や高級店ってこういう世界。
色春売りだけではなくて流行りや話題の先端になることで老若男女の観光客や観劇客も収入源にするし浮絵も女向け、春画と売れまくる。
高額商品を作っていく支援をしていったからウィオラは高飛車芸妓遊霞。金のたまご達も残したから菊屋は彼女に退職金を用意したのだろう。
「俺の稽古や試合で見せてくれ、はあまりにも安過ぎってことです。一人芝居が気になるんですが俺は何をしたらそれをしてもらえますか?」
「ネビーさんなら何もしていただかなくてもします」
なぜ急にここで照れる。ウィオラなぞなぞ登場。
「ご友人からお祝いに華添えを頼まれた、などは多少いただきます。ムーシクス総宗家、輝き屋音家の看板を背負いますのでそこはご了承下さい」
多少、ではないってことだなこれは。わざわざムーシクス総宗家と口にしたからそうだ。
「これだけの価値のある芸妓さんに友人の為だから安く頼む、なんて気軽に言えないです」
「ネビーさんの婚約者として自分からなら、もちち音頭のように無料なこともあります。婚約者の家族や親戚のお祝いに華添えもそうです。それは芸妓仕事ではないです」
ウィオラについて知りたかったのと疲れていなければ舞や演奏を少しお願いしたくてこの話題を出したけど、お出掛け時のお金問題に続いて大事な話が出来た。
「また大事な話が出来てよかでした」
「頼まれたら話せば良いと思っていましたがまさか菊屋での値段を尋ねられるとは思いませんでした」
「幼少期も女学校時代も菊屋時代も全部気になるから最近の事から遡ろうかなって。家出前のことはウィオラさんの実家暮らし時に家族から聞けます」
「一人芝居は何を観てみたいですか? このように見張りはいません。ど、ど、独占されたいです」
独占されたいですってとてもかわゆい発言。真っ赤になって顔を背けたのがまた。
「何が出来るか分からないし俺にそもそも学が足りないので……。俺を拐わかすようなものでお願いします」
「えっ」
「芸事だと緊張しないなら芸だと思って俺を誘惑とか。今夜は色々話したいから少しでよかなんで。一人芝居を独占してみたいです」
俺は何を言っているんだか。ウィオラは照れ屋で手を握って欲しいすら遠回しにしか言えないし、俺にキスするのに時間がかかり過ぎて邪魔されて終わりだったので、これはどうなるのか気になる。
「拐わかす……。分かりました。せっかくなので軽く化粧を変えて帯結びも変更します」
そこまでしてくれるのか、と思ったけど目が燃えている気がする。芸だと勝ち気だから彼女の何かに火がついたのかもしれない。
食事が終わって二人で洗い場へ行って歯磨きをして、少し待ってから戻ってきて欲しいと言われたのでそうして部屋へ帰るとウィオラは片目に派手な花の化粧をしていた。
正座していて隣には三味線と鈴付きの棒が置いてある。帯結びは垂れが二本になって正面からでも見えるようになっている。
「ルーベル様。芸妓遊霞でございます。本日はご指名いただきありがとうございます」
「えっ。おお。はい!」
本格的に遊んでくれるらしい。お辞儀の後に品の良い手の動きで促されたところへあぐらになった。
出前の物が少し片付けられていてお膳の上にお茶の入った湯呑みと懐紙に乗った落雁が二つ。
(ここも凝ってる)
何が始まるかワクワクしていたら語り弾き。多分これは紅葉草子の一場面。
俺とお嬢さんだと家同士や条件が釣り合うようになっても育ちは変えられなくて中身はやはり身分差だから読んでおくかと読んだので分かる。
よそよそしくなった幼馴染の気を引こうとする主人公という場面だ。
斜め読みしたけど簡単に把握ではなくて自分で読んだから理解出来るし、内容を知らなくてもウィオラの語りと動きや表情でなんとなく伝わってくる。
三味線に語り、そこから歌と舞でこれは素晴らしいなと感激。鈴も帯の垂れも使用している。そこから舞は扇子を使用に変更。
(これはすこぶる目の保養。しかも幼馴染役が俺ってことだから誘われているようでそそられるな)
娘息子の元服祝いにそれなりの華添えと考えた時に遊霞を知っていたら頼みたくなる。
なにせ俺くらいの家計の者でも、ここぞって祝いの日なら出張費を含めて払えそうな絶妙な値段。ウィオラはそういう依頼の方こそ進んで引き受けそう。
「あっ」と口にしたウィオラの手からひらり、と扇子が俺の前へ落ちてきた。表情からして舞を失敗したようだ。
拾って差し出そうと手を伸ばしたら、拾いにきた彼女の指が俺の手に触れた。
顔を上げたウィオラと目が合う。切なそうな表情にドキリとした。
なにか言いだけな表情なので待ってみる。するといつの間にかウィオラは扇子を持っていて、閉じた扇子を俺の顎に当てて軽く持ち上げた。
(うおっ….)
「いと寒し……。藍の衣をわれに貸さなん……」
寒いから藍色の衣を私に貸してって……。俺の羽織りってことだよな、と思ったら顔が近寄ってきて手を重ねられて心臓がやかましくなった。
目を閉じたウィオラの顔が近寄ってくる。
こんな場面は読んでいない。扇子を落とした事自体がわざとでこれが頼んだ拐かしだ! と思ってそれなら遠慮なくと目を閉じようとしたら顔を背けられた。
「集中が途切れるとは未熟者です。はず、恥ずかしくて無理でした」
紅葉草子でこの場面はなかったからウィオラが考えたってこと。
(押したのに引くのかよ……。引いたのは天然計算なしの方か……)
彼女がしたからもあるけど、単に一連の流れや表情や声色にめちゃくちゃ胸を打たれた。
「何をする気でした?」
手は離さないようなので逆に手を弄ってみることにする。ウィオラはますます赤くなった。
「ほ、ほ、頬に……くらいはと思いましたが……。無理でした」
……くらい、は多分頬にキスくらい。
そっと抱きしめてそれをしてみたら腕の中で真っ赤。ついでなので頬意外にも。先程までとは別人みたい。
ウィオラが軽く身を捩ったので腕を緩めたら逃げ出して離れたところで正座して俺から目を逸らして扇子で顔を扇ぎはじめた。
「あの。ネビーさんは苔の衣の龍歌やその返歌はご存知ですか?」
「知らないです。本当は苔の衣なんですね。ロイさんなら分かりそう」
「そう思いました。連絡帳にこの龍歌と返歌を書いておきますので忙しくなくなったらロイさんに尋ねて下さい。龍歌会へ参加されている方ですから逸話までご存知かと」
何も知らなくても今の流れは気分良しで見事に拐かされたけどまだ何かあるのか。
「これは即興で考えたのですか?」
「いえ。扇子を落とした時の接客の一つとして考えて稽古をして教えたことです。私は使っていません」
「おお。あの店の誰かだと頬に、どころではなさそうです」
「見ていないけどそうだと思います。知識豊かな方なら自分は教養があると伝わりますし相手も返事で色々です。そうでなくても悪い手ではないかと。特に相手が緊張していて自分から、みたいな時は」
「またそういう知識などで拐かしてもらいます。かなり気分が良かったです」
ウィオラは何も言わなかったけど小さく頷いた。
ただ、あまりにも恥ずかしかったのと化粧なしや朝の寝顔はちょっと言われて早起きをして散歩と朝食をしましょうと告げたウィオラは部屋から逃亡。
まだまだ一緒にいたかったけど満足気味なので爆睡して早起きすることにした。
☆★
一週間少々後の火曜の夜、ゴネていた成果が出て久しぶりに剣術道場へ顔を出せた。
ロイと話したかったのとデオンに事前根回し前なので今回は、とウィオラの見学会は断ってこの後屯所で遅い夕食を一緒にとる。
先にお風呂屋へ行ってもらって遅い時間になるからラルスと共にジンが来る。ジンも俺に会いたいらしい。
状況が状況なのでデオンと話したら制服で稽古で許されて竹刀も借りられた。稽古は途中から参加だ。
稽古が終わって帰宅する前にロイと軽く話して気になるから苔衣のことを尋ねてみた。
帰る方向が異なって、俺は明日休みだから帰宅が遅くなっても良いと思ってルーベル家方面へ一緒に歩きながら質問のはずがロイが屯所方面へ付き合ってくれている。
「寒いから苔の衣を貸してなら、岩の上に旅寝をすればいと寒し苔の衣をわれに貸さなんです」
「多分それです」
「これ、誰かに言われたんですか?」
「チラッと聞いたので旅で岩の上で寝るとか、苔の衣ってなにかなと。珍しい苔の衣を貸して欲しいってことですか?」
俺という婚約者の衣は一つだけで借りたいのはその唯一の羽織りだけ、みたいな意味だと予想中。
岩の上は岩そのもの上ではなくて岩山にある神社のことで、そこはとても寒いからあなたの衣を貸して欲しい、とロイは語った。
「寒い寒い岩山にあるその神社仕えの者の暖かい衣をきっと苔衣と呼ぶでしょう。岩には苔がつきもので苔は暖かそうです。苔衣にはこういう含みがあります」
「珍しい苔の衣は的外れでした」
俺の予想はわりと合ってそう。
「いえ、何も知らなければ暖苔を綿と混ぜた珍しい貴重な苔の衣のことです。でもこれはあなたの今着ているその着物を貸してという意味でもあります。色恋を禁じて修行中の久しぶりに会った男性を茶化したんです」
「おお。そうなると俺がこうかなと思った内容とやはり違います。女性が男性に今着ている着物を貸して……へえ。ロイさんの解説で色っぽい龍歌になりました」
誘っても断る相手を色艶龍歌で茶化した話。
ウィオラは苔の衣と藍の衣を掛けた。色恋を禁じて修行中の相手へ、も婚約中の俺に掛けた。
誘ったけどまだダメですよ、信じていますねってこと。これを知ったらさらに気分良し。
途中までしか言えなかったからまだそこまで誘えない、か。その手前までなら今みたいに誘いますってことか?
俺の頬にキスも無理で終わったけど、しようとしたからその通り。
「なのでチラッと聞いたって、これを女性に言われたのなら思いっきり誘われています。今のネビーさんみたいに伝わらない相手には使わないはずですけど」
「今、申請許可制で家族が少し入れるようになっていて屯所の食堂で夫婦が一部を使っていました。俺も含めて誰も分からずです」
思いっきり誘われている?
誘うけど信じているから手を出さないでって解説だったよな。
「ああ。そういうことですか。夫か妻か知らないですが龍歌好きの夫婦なんでしょう。それだと上手いです」
「この龍歌はあまり知られていないですか?」
「北地区名産の高級な暖綿衣の話で、寒い日に寒い地域で岩の上で寝るから金持ちが通った時に貸して欲しいとねだった、みたいな解釈が有名です。学校ではそう習います」
大体はそこから北地区の特徴などの話になるという。だからそこらの日常生活で会話で使うことはまずない。
あるとしたら親から子どもへ教養として話してそのまま文化の話だそうだ。俺が耳にするのは変ってこと。
「実は艶っぽい遊び龍歌でもあるというのは古典煌物語を知っているとか龍歌好きです」
「煌物語ですか。聞いたこともないです。返歌もありますか? 何か言ったけど聞き取れなくて」
「世をそむく苔の衣はただ一重貸さねば疎しいざ二人寝です。分かりますか?」
……。
「詳しくは分からないけど一着しかないから二人寝しようって修行中に色ボケしています!」
この返事まで分かっていると信じているけどダメですよ、でなくてそれでも貴方は私に手を出しますよね。さあ、私に手を出して下さいみたいな感じになる。
「一重貸さねばには人に貸さないと、という言葉遊びも含まれているから貸さないと薄情者なので仕方ないから二人寝しましょう、とさもそういう意味ではないと言い訳です。でもその通り誘い龍歌です」
「私を抱いてと言われてめちゃくちゃ乗り気ってことです」
「ええ。苔の衣を貸してと言ったら返歌が分かっているので貴方は私に手を出しますよね、みたいなことです。お互い理解している前提で新婚とかそういう時に遊びに使いそうです。男から言い出しても良い訳です。遊びだとその方が多いかも」
寒いから衣を貸してって俺が頼んで、ウィオラが一言一重重ねばなので、みたいに言ったら一緒の着物で寝ようだから抱いて下さいだ。
照れ照れ照れ屋もなんだか言いやすそう。
「食堂でこんなことを堂々と……誰も気がつきません。気がついても決まり文句だからまあ、ですね」
扇子を落とした時への対処にウィオラはこんなことを含めて考えたのか。彼女は菊屋の格を上げたとお店で聞いたけどこういう細かいこともってこと。
無知な相手には誘ってこちらからだけど、教養のある金持ち相手だと誘いだけどそちらからお願いしますね、って感じになるから自分優位で遊びたい客は喜びそう。
俺だ。俺も誘われたらやり返して自分からが良い。そういう話をユラと一緒の時にウィオラへしたな。
ロイに聞いてみてって、次に誘った時に俺から襲うような返事をどうぞってこと。自分は頬にキスも無理だったけどキスされるのはされるがままだから次はキスしてねってことか?
それならすこぶるかわゆい。あの状況がますますかわゆいことになったし次をおねだりだから、とんでもなくかわゆい。
「決まり文句ですけど返事に寂しいから会いたいみたいな有名龍歌の一部を返しても良いです。これを知っている夫婦ならなんとでも。人が多い場所でもわりと二人の世界です」
「先輩夫婦がそうです。ほうほう。楽しそうだから使います」
俺がそこまで知識豊かではないと分かっているウィオラは工夫したりかなり有名な龍歌や話をもじってかわゆい返事をくれそう。
「誰に使うのかは言わなくても分かります。確かにウィオラさんは知ってそうです。別の場面ですがルルさんに煌物語の話をしていましたから。文学や龍歌について博識なので自分も楽しいから会話に混ざりました」
「ええ。夫婦ですし洒落ているので、と照れ顔の彼女に言われてもなんのことやらでした。恥ずかしいから忙しくなくなったらロイさんに質問して下さいって。まだ忙しいけど気になるから聞きました」
「教え上手に見えたので中官試験の勉強のコツや手伝いを頼むと良い気がします」
その後軽く話してロイにお礼と別れを告げて帰宅。得た知識でさっそくウィオラと遊ぶかと思ったけどラルスがいて、バレると気がついてやめた。そのうち上手く使ってみよう。
中官試験の勉強があることを激務で忘れていたのでロイに感謝。




