海3
もちちさーん、とふざけながら口説き方を悩んだけど思いつかない。なので気になっていた事を質問することにする。
「ウィオラさんって菊屋でどういう一日だったんですか? あと仕事。疑っているのではなくて強気な契約とかそれでも許されたとか気になりまくりです」
しばらく無言で儚げな様子から一転、ふふっと笑いかけられて戸惑いつつ落差にドキッとした。
「ネビーさんはわりと丸裸ですからね。皆さんが次々教えてくださり結納お申し込みの書類も沢山でご本人も昔話を色々話してくれます」
「ええ、だから逆も気になるというかお喋りするウィオラさんを見たいし話を聞きたいなと思っています。俺ばっかり話すんじゃなくて。俺がペラペラ口数が多いせいですけど」
「聞いていて楽しいです。菊屋での一日は……時期によって違います。辞める前くらいですと……」
通勤を想定した時間に起きようとするけど若干寝坊気味。使用人に混じって朝食作りに参加して料理の練習。同じく洗濯も練習。
朝食を食堂でとるところからが仕事で遊楽女達に食事作法指導をしつつ彼女達に教養話。その後は彼女達へ講義。
お昼にお披露目広場で行う菊屋の宣伝に参加してまた昼食で食事作法指導など。
午後は花魁、遊女、遊楽女に花魁道中の改善点、琴、三味線、舞の指導。そこからまた遊楽女に稽古や講義。そういう講師仕事は夜の営業が始まる十八時で終了。
遊楽女の仕事の様子でウィオラに空き時間が出来るので、そういう場合は内儀の指示で暇な遊女に芸の指導や講義という時もあったそうだ。
「朝から晩まで子ども達の誰かとほぼ一緒ですか」
「ええ。朝食や洗濯以外は誰かしらと一緒でした。夕食は一人が多かったです。楽ちゃん達は花魁達と宴席で食事ですので」
一人で夕食をとってその後は主に自分で管理している副業。所属遊女からの個別指導依頼や芸妓仕事。内儀の指示で日によっては昼間に副業をすることもあり。
副業はウィオラ管理で内儀と日時相談なので嫌な仕事は蹴り飛ばし。
本業だけでも構わないと強気に出るために本業こそ熱を込めて、その次は遊女指導の副業に力を入れて、最後は自分の稽古になる芸妓仕事。
「私一人を売るよりも得だと思わせたら勝ちです。守られるし脱がされません」
「実際そうなったというか成したんですね」
「おじい様やお父様の支援があったから、でしょう。身一つだとどうだったのか誰にも分かりません。一応お店の格は上がりました。菊屋は天の原風らしいという評判で」
「でも追い出された……。菊屋荒らしか。借金減らしをして育てた商品を逃がそうとする女は邪魔です。格が上がったし方法ももう分かったし実物のかなりのお嬢様を知れました」
「太夫さんや夕霧花魁に夏風花魁など味方がいなかったら下手すると遊女落ちです。使い切ったので今度は高値で売る、と。骨はしゃぶるものらしいですから」
ウィオラはまた遠い目をした。それで彼女は話を継続。二十二時終業でお風呂後に自分の稽古をして朝起きたい時間に起きられるくらいに就寝。
副業がなければひたすら稽古。なにせ三味線、琴、舞、歌、演劇と稽古することは山程あったという。そういう勉強や稽古は呼吸のようなものらしい。俺にとって鍛錬はそうだから少し理解出来る。
「変則ですが大体週休二日にしていたのでその日に繕い物練習や掃除に稽古や芸や女学校の先生になる勉強。道芸もしていました」
こう聞いていると過密日程。それでいて手の届かない部分は使用人にしてもらうみたいに誰かにしてもらっている。
引きこもり気味、ある意味箱入りのままだったのも頷ける。遊女達に強く影響されるような生活とも思えない。なにせその逆を求められていた。
いつかドンッとお嬢様の最初を高値で売りのためにお嬢様感を損なわないようにしていただろうし、育ててもらう遊楽女達を本物お嬢様らしくしてもらう為にも気を配られただろう。
(花魁候補の遊楽女の水揚げは大型金貨の世界って言うしな。数年間生娘のお嬢様芸妓も高そう。高く売るには生娘だとか珍しいお嬢様だと金持ち達に信じさせる期間が必要)
ウィオラとお店の利害の一致だ。ウィオラの実家も賄賂を払った従業員に気配りさせていたようだし。
こうなると菊屋の誤算は高額商品達がウィオラの味方になったことだろう。欲張ると損をするのは商売の基本のき。
「道芸は花街だけでしていた訳ではないんですよね。さっき南三区六番地でしたと言いました。しかもどこかの奥様の依頼って」
「花官を雇ってお披露目広場ですることが多かったです。宴席に追加されると確実に稼げるので菊屋の芸妓だそーみたいな。他の中店や大店にたまに行って引き抜かれたら損だぞーとかしていました」
見張りがいて花官が毎日菊屋へ顔を出して様子を確認もあるけど、生活が遊女達とはかなり違そう。
「ちなみに遊女さん達はどういう生活なんですか?」
「朝遅めに起きて店内のお風呂へ行かれて昼には仕事開始です。花魁達や人気花魁はお披露目広場でお店宣伝。基本的に人気者達は昼仕事はしません」
十七時に昼営業が終わって十八時から夜営業。こういう規則関係の基礎的なことは試験範囲なので多少知っている。
「最後のお客だと同じ値段で朝まで一緒で色々出来るし喋れるので最後の0時からは高い遊女程取り合いです。そこを取るために宴席や金額の上乗せになるから結局同じ値段ではないです」
「それだと金がないから貯めて一回くらい高嶺の花っていう客は早い時間を選びそうです」
「0時まで貸し切り。0時からは休ませるか朝まで一緒。それが粋な遊び人です。掛け持ちされたり隙間でとか色々ですが。新規客は常に必要です」
高級遊女はいくららしい。俺らには手が出ない。平家の噂話は的外れってこと。
それでいてお金を握りしめて行った一刻や半刻を買う平家男を相手にしてくれる時もあるのも知っている。
「五年も見聞きしていると知識豊かですね」
「見る、の方はあまりです」
「聞く方はそれなりにあったと」
「お喋りを上手くして芸も見せてなにやらをしないで満足気味にしてほれほれ、遅い時間や長い時間買った方が良いですよーというのも手練手管なので、無愛想芸妓の私はそういう接客を覚えなさいとそこそこは」
なにやらをしないでって、どこまで知っているんだか。基礎知識を知っているのは分かっているけどその先とか種類のこと。
「なにやらですか。それはなんでしょう」
「……なにやらです」
五年もいて何も知らない訳がないのは当たり前。頬をつっついたら、ウィオラは顔をほんのり赤くして俺から徐々に顔を背けた。
「ウィオラさんって知り過ぎて頭でっかちだからこそ恥ずかしいのもありますか?」
「そういう時もありますし、元々もありますし、赤面症気味です。聞かされても想像つかなかったことは多いです。店内に引きこもりで客取り部屋近くへは行かないし説明したような仕事生活なので見ていないことだらけですから」
「言葉では分かる、だと時に妄想が膨らみます。そうか。それもかわゆいな。かわゆい顔をして照れながら頭の中は激しめって」
「は、は、激しめってそのような妄想はしていません!」
照れ照れ真っ赤でかわゆい。揶揄って遊びたくなる。
お嬢様や純情売りをされていたからこれに目をつけたり惚れた客もいるだろう。あの店の遊女がいたと言っていた。
「宴席でもこうでした? 照れ照れ真っ赤になって慌てて喋ったり」
「女性を買いに来ているような方々なので警戒して近寄らないし喋りません。慣れてお喋りする方もいましたけど私に関する質問だと無視して無言が多かったです」
「俺が今、客だったらどうなっていたんですか? 試しに見たいです。遊霞さんは無垢な顔をして頭の中は激しいんですね」
「……」
ウィオラは顔は赤いけど少し赤味が減って俯いて歩いている。返事がない。
「遊霞さん」
「はい。別の芸のご希望がございますか?」
笑っていない目で笑いかけられた。しかも接客としてはあまり良い印象のない微笑である。これだと楽しいとかかわゆい反応ではない。
「いえ。それよりも気になるので教えて下さい。生まれはどちらなのですか? ぽたぽた模様って東地区ですよね?」
「生まれは空です。東地区や北地区に滞在していたことも中央区住まいだったこともございます。霞は空で生まれてどこにでも存在致します。ぽたぽた模様は北二区でも使いましたし東幸せ区でも使用していました」
ニコッと笑いかけられた。こう言われると北二区にも東幸せ区にも行ったことがないから嘘か本当か分からない。
「北ニ区ですか。何が印象的でした?」
「それはもちろんエドゥアール温泉街です」
「あの街へいつか行きたいのですが何が良かったですか?」
「御三家に泊まると良いと思います。おすすめ観光を教えてくれますから」
「あなたのおすすめを聞きたいです」
「一つなんて選べません」
「行ったことがないのでは?」
「お客様も行ったことがないので証明出来ません」
すこぶる素っ気ない。
「それなりの育ちに見えます。話し方や仕草など。元々は東地区のお嬢様ですか? 東地区訛りな気がします。東地区について教えて欲しいです」
「東地区でもそれなりの年数を過ごしましたから」
「何年ですか?」
「十六年です」
おお。本当のことを言った。
「北地区や中央区はその後ですか?」
「それぞれ十六年です」
「えっ」
っていくつだよ!
「あなたはせいぜい二十歳前後です」
「ありがとうございます」
ウィオラは微笑んでいるだけ。わりとつまらない。というよりもつまらない。
「本当はおいくつですか?」
「十四ですので遊楽女のようなものです」
「遊楽女には遊霞なんて名前は付きません」
「付くこともございます」
「そうですか。知りませんでした」
「水揚げ後に付くものです」
自分は生娘ではないって言い出した!
「それならこの後買えますよね?」
「私は芸妓ですので芸なら売ります。お初の方には買われないと決めています」
「さっき水揚げ後の遊楽女みたいなものと言いましたよね?」
「はい。みたいなものです。みたいなものはみたいなもので同職種ではありません。年齢の話です」
……。
その通りだな。
「十四歳には見えません」
「二十九歳です」
これまた絶妙な年齢を出してきた。
「十四歳と言いました」
「十八歳です」
「嘘ばかりですね」
「では二十歳で。ここは花街。嘘偽りの街でございます。私もお客様のご年齢を信じていません。一晩の出会いと別れに真実は必要ございますか? それに真実は誰にも分かりません」
「あなたは水揚げ後って言いました。芸以外も売ることがあるってことです。何回通えばよかですか?」
「私は芸妓です。芸しか売りません。芸妓の水揚げは舞台に上がった時です。ですので私の場合は0歳です」
「0歳で舞台とはそのような家に生まれたのですね」
「この世に生まれ落ちるということは人生という舞台に上がるということです」
上手いな。
「どのような家に生まれたのですか?」
「霞は空で生まれます。家などありません」
「人だから空では生まれません」
「私は人ではありません」
「えっ。人です。どう見ても人ではないですか」
「霞と申しました。遊霞です」
完全に遊ばれて煙に巻かれている。それでつまらない。あと悔しい。この遊霞の情報が全然手に入らない。
「場がわりと白けますので遊女達の出番です。私はこうです。これ以上芸のご希望がないのは満足していただけたということです。ありがとうございました。ではゆっくりとお楽しみ下さい。失礼致します」
「おお、逃げられた。待て。勝手に退室とはこの店はどうなっている」
「無視します。他の遊女達を無視して私にばかり話しかけるお客は怖いので退室します。すると少々機嫌を損ねたお客を遊女達が甘やかします」
「機嫌が直らないということで……。勝手に去ろうとするな。芸妓も喋るだろう」
客ごっこ継続。普段の照れや慌てっぷりを引き出したい。まずは引きとめないと口説けない。質問も不可能。
ごっこ遊びなので近寄ったり触ることは出来ない。
「もちろん、芸に関する会話なら致します」
芸に関する……。これをして下さいだと会話不可能。
「見渡せば向かつ峰の上の花にほひ。その龍歌は知っていますがその舞や曲について教えて欲しいです」
愛くるしいな、好きだぞって意味。俺が言ったら何か反応……しない。いや、少ししたな。頬が赤い。客相手に頬を染めていたかは不明。
「ご要望ありがとうございます。では隣のせせらぎが舞いますので私が夢うつつを演奏させていただきます」
「いや、教えて下さい。解説ですとか」
「ご存知のように夢うつつでございます。舞は口では説明出来ません」
これで仕事になるのか?
いや、なっているのか。退室したら遊女任せで食い下がられたら戻ってまたこののらくら無愛想めな接客。
「なんなんだ君は。俺は客だぞ。なんにも楽しくない。いくら払っていると思っているんだ」
怒った客にはどうしていたか興味津々。
「遊霞は高飛車気まぐれ芸妓でございます。事前にご説明がありましたかと。今夜はもう失礼致します。金額分の芸披露はもう済みました。また遊んで下さいませ」
流し目をされて少し背中がゾクっとしてそそられた。
ウィオラはいつの間にか出していた扇子で顔を隠して舞うように動いて、少し舞ったと思ったら背を向けた。手も離されている。
「勝手に退室ですか」
「はい。追いかけてきても見張りがいますので私は振り返りません」
これは大人しくさせたくなる。でも逃げてしまうから何も出来ない。こういう客には二度と会わなそう。
会うには……気を許してくれるまで通う……金だ。犬猫ハムスターに貢物や文など必要そう。
通わないとならない。それで最後のあの去り方だと……また遊んでくれって遊びたくなる。他の客がどうだか知らないけど。
「客ではなくて日常ならどうでしょうか。はじめまして。お名前を教えて下さい」
ウィオラは俺から少し離れた。手を伸ばしても届かないくらいの位置。
「ウィオラ・ムーシクスと申します」
「おいくつですか?」
「今年で二十二歳です」
「本当ですか?」
「はい」
「嘘ではないですか?」
「こちらが身分証明書です」
ウィオラは俺に身分証明書を提示した。何も知らない者もいるけど年齢くらい読める者は多い。すこぶる簡単。
「東地区の方なのですか」
「はい」
「なぜ南地区へいらっしゃったのですか?」
「お父様と喧嘩をして話をろくに聞かずに勝手に怒って家出しました。海があるので南地区です」
「家出したんですか」
「はい。もう仲直りしました」
「実家には帰らないんですか?」
「はい。婚約していますので」
すこぶる簡単。逆に心配になる。
「知らない男とこんなに話すんですか?」
「えっ? はい。街中や長屋でお会いするネビーさんのご友人とこのようにお話ししています」
「えっ。ならやり直します。俺はそこらの知らない男です。初めまして。仕事中によく見かけます。お名前を教えて下さい」
「自意識過剰ですがこの通りなので失礼します」
ウィオラは俺に婚約指輪を見せて小走りで遠ざかっていった。逃げられた。逃げたら追いたくなるものなので軽く追ってみる。
「その通りで自意識過剰です。その制服なので妹の学校の先生だなと」
そういえば俺はウィオラの制服姿を見れてない!
「それは失礼致しました。いえ、それなら名前をご存知です」
振り返って会釈をしたけどウィオラは慌ててまた逃げはじめた。
「婚約中なら結婚お申し込みか結納お申し込みをするので書類検討して下さい! どこへ申し込んだら良いですか?」
「屯所の一閃兵官へお願いします」
振り返ったウィオラは俺にお辞儀した。
「……俺にお申し込みさせるんですか⁈ ラルスさんじゃなくて!」
「はい。嘘をついたので怖いです。ネビーさんに嘘つきが近寄ってきたと言います。詐欺師かもしれません」
つまり今のところウィオラに詐欺師みたいな男は近寄っていないってこと。
「あー。それなら婚約してなくて文通お申し込みなら受け取りますか?」
「はい」
「直接お出掛けお申し込みはどうですか?」
「文通からお願いします。まずは文通お申し込みをお願いします」
「俺は文通からって言われませんでした」
「お隣さんです。それで文通お申し込み以上の情報をあちこちからわんさかです」
「おお。素性が大切ってことです。その通りです」
「はい。ネビーさんは自分であれこれ調べなくても周りが教えてくれました」
「それじゃあ……。今、文通お申し込みはどうですか?」
「すみません」
ウィオラは俺に婚約指輪を見せた。
「手紙だけでも。返事は要りません。初めてなんです。お願いします。受け取るだけ!」
「お相手は一閃兵官です。これで引かなかった方はいません」
「……お申し込みされたんですか⁈ しかも食い下がり!」
「はい。お一人だけです。女学校講師の制服姿は少々目立つようです」
「目の保養だと思う男はそれなりにいそうです」
危うく目の保養です、と口が滑るところだった。女学校講師の制服姿は少し目立つし女学校卒のお嬢さんなのは決定なので昔から目の保養。
ウィオラが居てもそれはそれ、これはこれでキチッてしている淑やかそうな好みの女は目の保養。ただウィオラは元気かなとか、ウィオラに会いたいとか、ウィオラ以下略状態。
「多分皆さん平家の方です」
「み、皆さん?」
「見慣れない女学校講師なので最初は目立つから、らしいです。同僚の方が言っていました。皆さん大体同じようです」
俺が激務の間に虫が集まってる!
それでとりあえず横入りはされていないようだ。婚約指輪も活躍していてなにより。




