もちち
父に頼んでいた東地区銘菓もちちが赤鹿特急便で届いた。
今日を含めてあと三日はもちち本来のもちもちしゅわしゅわふわふわさや豆大福の豆みたいに生地に入っている羊羹の食感を楽しめる。
今夜はルカと祖父と一緒に屯所に来た。規定改定で婚約者の場合は付き添いも含めて一名扱いになったので三人とネビーで夕食。
小一時間も一時間に変更になってネビーは私達が来て知らせを受けた後、鐘が鳴ったら一時間休める。突発的な何かがあることもあるので来れるか来れないか事務官から伝言される。今夜は事務官が食堂に「可」という札を届けてくれた。
昨日と一昨日は「不可」の札で道場にお弁当を置いてしょんぼり帰宅。私よりもルカがへしょげていたので今日の彼女はとても嬉しそう。
食堂に来た事務官に札と一緒に荷物だと渡されたのはもちち二十四個入りの箱三箱と手紙の束などが入っていた箱。
赤鹿特急便は役所同士のやり取りで使うので便乗する一般区民は最寄りの大きな役所で受け取りになるから屯所に届くことは分かっていた。
来ました、というお知らせはないものなのでもちちのようなすぐに食べないといけないものは依頼しないか毎日届く予定の場所に確認に行かないといけない。
祖父と私にはネビーがいるので屯所着で彼宛にするとすぐに気がつける。特に今の勤務状況だと。
「おじい様。もちち祭りです。上流華族や茶道門名家の茶会でほぼ独占しているのにこんなに買えるものですか?」
「プライルドがかなり頑張ったのかもな。なにせ五年振りに娘からおねだりされた」
結納後に南地区へ戻った後の最初の手紙で頼んで「予約したので赤鹿特急便で他のものと一緒に送る」という返事が来たからワクワクしていた。
沢山届いたので私はもちちの舞と歌を踊りたい気分。
「もちちってなんですか? とても貴重なお菓子のようですが」
「ルカさん。その通りで入手が難しい東地区隠れ銘菓で私がこよなく好むお菓子です」
「ウィオラさんの顔がすこぶる嬉しそうです」
「ウィオラ、昔から得意のもちちの歌と舞を披露したらどうだ。それであちらの隊長さんへ差し入れだ」
「もうそのような子どもではありません」
三箱あるのでこの屯所、ネビーの家族、親戚、私の職場、レオ達の職場、デオン剣術道場、長屋の合計六箇所にそれぞれ十一個ずつ。
私は一箱につき二個確保して祖父と半分こして三日連続で食べる。それでネビーに三個だ。
ということで屯所へ差し入れする分のみを隊長の元へ運んで軽く説明。十一個を九等分すれば九九個になる。
「そのように少々珍しい銘菓です。九九個で皆さんを少し救急手当です」
物は言いよう。明日切って持ってくる。その時居た人のみ、先着順になってしまう。早めに来て配ります。そういう話をした。
「ははっ。九九個で救急手当とはお上手です」
「明日主人に会えなくても必ず来ます。お互いそうならお話し出来たら嬉しいです。ネビー君の婚約者さんに興味津々です」
隊長の妻に笑いかけられた。
「ありがとうございます」
「もちちとは可愛らしい名前ですね。楽しみです」
「はい。もちち、もちちと子どもの頃に歌を作って踊っていました」
しれっと来て副隊長と彼の妻に挨拶をした祖父が三味線を見せて「もしよろしければ孫娘と私で軽く皆さんを和ませます。もちちに関する芸で演奏と歌と踊りです」と告げた。別に良いけどなぜ芸をさせたいのかよく分からない。
「ネビーに琴門豪家のお嬢さんだとうかがっています。見張り役の祖父君と共に世話をしてもらっている果報者だと感謝していました。なのにさらにとは。軽くお願いしたいです」
「ええ、幼少より舞踊を嗜んでいて歌は家業の一部です。ではウィオラ。皆さんは毎日毎日お疲れなので軽く役に立ちなさい」
「はい。では少々お披露目させていただきます」
祖父に誘導された場所で弾かれた曲に合わせた舞を扇子を使って披露。曲がもちち音頭になったので舞を変更して歌う。
私は初めてもちちを食べた五歳頃に美味しくて嬉しくて祖母と歌を作って舞踊の先生と一緒に踊りを考えた。
あまりに久しぶりだし急だけど簡単な歌と踊りなので結構覚えている。
「ふわふわ もちもち もっちっち」
祖父はもっちっちに合わせるように終わりの音を出した。拍手喝采どうも。楽しかった。
「明日この東地区銘菓のもちちを差し入れさせていただきます。少し貴重なのでほんのわずかになりますが楽しんでいただけたらと思います。地区兵官の皆様には毎日お世話になっています。ありがとうございます」
「皆様毎日ありがとうございます」
打ち合わせは特に無いけど祖父が挨拶をしたので私も一礼。それで私達は副隊長のところへ戻った。
「おおー。ネビーの婚約者さんはこのような方だったのですか。いやあ、楽しかったです」
「楽しいけど美しくもありました。最初の舞の美しいこと。愉快な歌なのに綺麗な歌声で聴き惚れました」
「孫娘をお褒めいただきありがとうございます。明日、差し入れ配布時にもいかがでしょうか。孫娘は仕事があるので同じ時間帯に来る予定です」
私は明日も芸披露なのか。別に良いけど祖父は何を考えているのだろう。
「おお、是非お願いします。明日この時間にここに居られるようにします。食べてみたいし今の芸をもう一度観たいです」
「私も楽しみにしています」
なんだか人が集まってきた。
「隊長! 俺達のために芸妓さんを雇ってくれたんですか?」
「んな訳あるか。この厳戒勤務でそんなこと出来るか。ちび助ネビーの婚約者さんだ」
「そうそうルーベルの婚約者さんだ。ちょこちょこ来てるけどお前は見てないのか?」
「ムーシクスさん! 琴門のお嬢さんと聞いています。今の歌や舞は手習ですか? 目の保養でしたしもちちの方は愉快で楽しかったです」
「琴門は歌も家業だ。演奏に歌をつける曲は多い。お前はそれを知らないのか?」
「へえ。自分は成り上がりものなんでよく分かっていません」
ワイワイ騒がしくなってきた時にネビー登場。少し前に鐘が鳴ったのでそろそろかもと期待していた。
「この集まりはなんですか? おお、ウィオラさん。こんばんは。今夜も来てくれてありがとうございます。あっ、隊長、奥様、お疲れ様です」
人が少し避けるように動いてネビーが私達の前へ来て礼をしてくれた。
「先に俺に挨拶しろよ。この恋ボケちび助。お前の婚約者のムーシクスさんが明日珍しいお菓子を差し入れをしてくれる。そういう話をしていた」
「分かりました。差し入れですか。あっ、もちちですね。ラルスさん、ウィオラさん、ありがとうございます」
「おいちび助! 女学校講師なのは聞いていたけど元芸妓なんて聞いてねぇぞ! お前は口を割らなすぎだ!」
元芸妓は私が聞いていないうちに祖父がサラッと話した?
「そうだそうだ! お前がしたり顔をする夕食に被るとムカつくんだ!」
「ちび助のくせに!」
「いや、俺はもう片足ジジイです。半見習い時の話はやめて下さい」
「婚約はこんにゃくの仲間ですか? とバカなちび助だったのに」
「変な聞き間違えを良くしていたな」
「今もたまにありますよこいつ」
ネビーが上司達に絡まれ始めた。最近「ちび助だったのに祝言か」と言われるから彼は最近ちび助と呼ばれまくりで半見習い時の話をよくされるらしい。
皆、疲れているから冗談や変な言い回しが増えたそうだ。
「泣き虫ちび助が片足ジジイでついに嫁とは俺らも歳を取ったな」
ネビーは昔泣き虫だったらしい。被害者に同情などでメソメソ泣き、と聞いて昔から優しいんだなと思ったけど本人は泣き虫話を言われるたびに嫌そう。今も「別に泣き虫ではなかったです」と拗ね顔。
「ネビー。お前、明日は十九時から二十一時まで休みだ休み。もちち音頭のお礼だ。休めるようにするから自分でも調整しろ」
「えっ。隊長。二時間もですか⁈ もちち音頭のお礼……。三味線……。ありがとうございます」
ネビーは祖父の持つ三味線を見て私達に会釈。それから副隊長にもお礼を告げた。
彼はあちこちから背中を叩かれ始めて耳を少し赤くして、それでまた揶揄われて「うっさいですよ! 元恋ボケ先輩達! 特に張り手で泣いてそのあ……もごっ」と何か暴露しようとして回された腕で口を塞がれた。
私や妹との時間がなくなるので、とネビーは脱出。それで解散になり私達は祖父とルカの元へ戻った。
「おおー! ルカが来てると思ったけどたけのこ掘りの日以来だな! お前はなんだかんだ兄バカのかわゆい奴だから母ちゃんよりも先に来ると思った」
隣に腰掛けたネビーに対してルカは無言で怒り顔。顔は真っ赤。エルも私と祖父に軽く似たことを告げたので図星なのだろう。ルカは照れるとこうなるようだ。
「また痩せて汚い髭面だけど食べてるの? 量は増やしたはずだけど」
「食べてる食べてる。力があるから災害対応の補助に呼ばれて力仕事が結構あるからかもしれない。でもこれ以上は食えねぇ。今夜もありがたくいただきます! ルカもラルスさんもウィオラさんも家にいる家族も全員ありがとうございます!」
もう準備してあったお膳の上の箸を手に取るとネビーは笑顔で食事開始。
私はお味噌汁作り。もうお湯を注ぐだけなのでお湯をもらいに土間の火鉢のところへ移動。戻ったらもちちの話題だった。
「三日以内に食べないと損をするって言うから今日から三日間かけて食べるつもり」
「ネビーさんには食後に……ウィオラお帰り」
促されたので祖父の隣に着席。
「はい。ネビーさんどうぞ」
「三日振りの温かいもの、しかも味噌汁です! ありがとうございます!」
驚くかな、驚くかなとネビーの前の席でワクワクしながら待機。
「あれっ。いつもと味が違います。でも家で飲む味でもあります。ムルル貝の味です。身もそうだけど」
その通りで今夜はムルル貝と小ネギのお味噌汁。
「分かりました? 濃いめの出汁をとってお味噌と共にお湯で薄めました。考えたのはルカさんです」
濃い出汁は瓢箪水筒に入れてきた。
「リルにロイさんが泊まり込みならどういう工夫をするか聞いたら、もう先にかめ屋の料理長さん達に相談してくれていて教えてくれた」
ルカは真っ赤ではなくなったけどまだ頬を赤らめている。それでぶすくれ顔。
「兄孝行な妹二人ってことだ。ありがとうルカ」
「そろそろうどんを食べたいとかあるでしょう。リルが応用でうどんもわりと簡単に出来るって」
「えっ。えーっ! その通りでうどんを食べたいから難しくないならお願いします!」
「ネビーはほら、そこらのうどん屋の濃い味は苦手でしょう? いきつけから出前を持ってくると冷めるしぶよぶよしてくるからリルになんか無い? って聞いた」
「外回りの時に外食しようとしたら仕事が降ってくるから呪われていると思って諦めてた。うどんもって凄え。食べたいと思っているって分かったのも凄い」
ルカの提案でネビーはとてつもなく嬉しそう。私もこの反応を楽しみにしていたので満足。ルカからこの話を聞いた時にきっと喜ぶと思ったけど大正解。
「まあ、好みはそれなりに把握してるから」
「お前とリルは天才か! うどんだうどん! 明日は高確率でこの時間帯に休めそうだから明日はうどんだ」
ネビーは鼻歌混じりで食事を進めていった。それでルカとあれこれ話をしつつ食事を終えて私と離席。
家族の誰かも来るようになってから、彼は食後に一旦歯磨きをして私と軽く散歩をして食堂へ戻って休憩時間が終わるまで食堂に居て終わりの時間が来ると仕事へ戻る。
呼び出しが無いから今夜はまだ休憩で問題なさそう。歯磨きをするネビーの隣でドキドキ。散歩先は道場の応接室か救護室の小部屋。歯磨きを終えたネビーと道場へ向かう。
「ルカがあんなに俺と話したかったとは驚きです。連絡帳であんたは体力バカだから平気でしょうとか多忙で袖振りされるねとか素っ気ないのに。昔から天邪鬼気味なんですよ」
連絡帳ではそうなんだ。
「ネビーならそろそろうどんだうどん、とルカさんは大正解です」
「ちょっと待って下さい。いや、いいや」
なんだろう。その後ネビーは無言。道場の応接室の一つは使用中でもう一つが空いていたので今夜はここ。
部屋に入って扉を閉めると扉に寄りかかったネビーに抱きしめられた。
道場は許可範囲で個室があるぞと知られ始めていて取り合いになっていきそうと告げられた。
「ウィオラさん。さっきのもう一回。ルカの真似の最初の方だけお願いします」
「えっ? あの。はい。ネビーさんならおうどん……」
「さっきと違います」
言葉を遮られた。
「ネビーならそろそろうどん……」
分かっていて待っていたけどキスされた。それで耳元で最初だけもう一回お願いしますと囁かれる。この会話の流れなので彼の要求がなにか察する。
「ネビー……」
「ウィオラ」
ひゃあ!
甘い感じの低い声で呼び捨て!
胸がキュッとしたところに何度かキスをされて強めに抱きしめられてへにょへにょ気味。
「花の香りがします」
「……」
恥ずかしくて喋れない。
「峰を見渡せば花の香り、みたいに言うからそれでしょう」
「……」
多分愛おしい妻を想って作った龍歌をもじってくれた。誰の妻だろうと惚気る龍歌なのでこの龍歌を匂わせたら「好きです」という意味になるのは私の生きてきた世界では有名。
またキスされた!
特別制度の最初の日は除いて、その後からは軽く抱きしめてチュッで終わりで頭を撫でられてすぐに食堂へ戻るのに、それでいつも心の中できゃあきゃあ言うほど嬉しいのに、今日はなぜか素敵祭り。髭がなければもっと素敵……。
(早くお髭を剃る余裕が出ないかな……)
見た目もだけどこういう時に特に髭が気になる。
「今日言われたんですが三日後の土曜から海辺街へ七日間出張です。張り切るけどウィオラさんや家族不足になりそうです。せっかく新制度に馴染んできたところなのに。お前ら来てくれって五名出張です」
「えっ? そうなのですか?」
それでこの素敵祭りを開催したってことなのかな。離れる前に好きですって伝えてくれるなんて好き。
「日曜は私も海辺街へ行く日です。でも出張だと隙間時間は分かりませんよね?」
農林水省——要は漁師達——にオケアヌス神社で奉納演奏を頼まれた。この間の日曜日も依頼された。
この急な悪天候の日々で不漁傾向なので豊漁を期待されている。私だけではなくて花柳界の名家や名のある芸者などあちこちへ頼んでいるという。
「配慮されたというか意見書で得が発生しました。屯所を昼前に出て北部海辺街の屯所へ行って出張下準備などをして夕方十六時退勤残業無し。翌日出勤は九時です。なのでラルスさんへ今夜渡した連絡帳で頼みました。明後日土曜に同じ宿に宿泊希望です」
これは土曜の夜と翌朝を一緒に過ごしましょうって意味だ。
「お昼に趣味会が終わりなのでおじい様と共に十六時に屯所前にいます」
土曜日は学校は一応休みで参加している生徒だけ趣味会が午前半日ある曜日。
その趣味会の指導者補助役を私は土曜だけ引き受けている。それでかめ屋で芸妓話が出たから日によっては休むと入職前に学校に話した。補助役なので急に休んでも構わないそうだ。ネビーの激務があるからかめ屋で芸妓は保留中。
ネビーの提案は夕方集合なので休まない。ロカの所属する中年部の第二合唱会と高年部の第一演奏会が担当なので楽しい息抜きだから。
「屯所外に宿泊なので自腹です。宿を決めて屯所に俺宛の手紙を下さい。宿へ行きます。ウィオラさんは家計を知っているから宿を任せます」
「はい。無駄遣いしません。当日、おじい様と軽く観光しながら丁度良いと思える宿を探します」
「お願いします。帰宅日も十六時退勤で翌朝九時から勤務です。家で待っていて下さい。つまり俺はようやく家に帰れます!」
それは朗報!
ネビーは私を離して「よっしゃあ!」と万歳。
帰宅もだしデートが決まったようなもので笑い合えて幸せ。しかも今夜はもちちがある!
この日、帰宅した私はネビーにもちちを三つ渡して帰って家で祖父と二人で一つのもちちを堪能。
翌日、私が仕事中にエルが切ってくれたもちちを屯所へ持っていった。屯所の食堂で箱を持って食堂内を歩いてもちちを配布するのは今夜も一緒に来たルカ。
祖父に事前に言われた通り、ルカがもちちを配布中にもちち音頭。たまに祖父が曲を変えるのでそれに合わせて舞も歌も変更。
祖父に尋ねたら私にもちち音頭をさせたのはうんと久しぶりに見たかったからと、もちち音頭はふざけた感じだから愛嬌のある婚約者だと噂になって印象良しになる可能性というのが理由だった。
ちび助のもちち。もしくは単にもちちさん。
ネビーを昔から知る先輩や親しい同期は私を裏でそう呼び始めたそうだ。
家出前に私にあだ名をつける友人はいなかったし、菊屋では皮肉や嫌味系の呼び方かお嬢さんやお嬢様だったからこのあだ名を私は気に入った。
彼がもちちのあだ名を使ってふざけるようになったので余計に。




